『北朝鮮 泣いている女たち』 第13回世界青年学生祝典の裏で起きていたこと

 北朝鮮の収容所を知らずして、日朝友好はありえません。この収容所の横で朝鮮学校の子供がソルマジ公演という強制労働を強いられていることも大問題です。もはや高校無償化というレベルではなく、子供の人権をいかにして北朝鮮から守るか、という問題でしょう。そのためにも強制収容所の実態を広く知らせることが、その第一歩です。

 1989年7月に第13回世界青年学生祝典という行事が催されました。その行事のために収容所の人々がどれだけ残酷な目にあっていたか、その部分を『北朝鮮 泣いている女たち―价川女子刑務所の2000日 (ワニ文庫)』から引用します。

 

 一九八九年十一月、ついに私にも独房行きの不幸が訪れた。
 当時の班長黄明姫、組長姜和順、そして計算工の私の三人が連帯責任を問われ、七日間の独房処罰を受けたのだ。
 その年、平壌で「世界青年学生祝典」が開かれ、行事服なる男女の服を作らされた。問題が起きたのは製品の搬出時である。女子のナイロンのワンピースが一着足りないことが判明した。
 私は、裁断工場に残っていた余り生地で一着作らせ、不足分を補った。その後工場を検査すると、徐英順という娘の作業椅子の下にワンピースが隠してあるのが発見され、連帯処罰が私たち三人にも課せられたというわけだ。
 一方、当の徐英順はその日、ただちに予審室に連れて行かれた。彼女はこう釈明したという。
「先生様、お許しください。ワンピースの裾部分を縫い間違ったので、やり直そうとしたらナイロン生地の糸が引っかかり、破損してしまったんです。処罰が恐ろしくて、つい椅子の下に隠してしまいました」
 予審室で彼女を尋問した警官は、
「世界青年学生祝典を破綻させようとしたな。金日成様の世界的な権威を傷つけようという反革命的な思想を持っているんだ、おまえは。製品を破損し、隠そうとしたのがその証拠だ!」
 と問い詰めた。徐英順は拷問が恐くて、「その通りです」と答えた。彼女は翌九〇年五月、金日成の権威を毀損するため策動した反党・反革命分子として公開処刑された。
 徐英順はまだあどけない二十三歳の娘で、刑務所に収容される前は平壌建設突撃隊の炊事係として慟いていた。やさしい彼女は、突撃隊の人たちに「腹が空くからごはんの量を増やしてほしい」と頼まれると断われなくて、つい一日の決められた配給量を超過して飯を炊いてしまった。月末に食料不足になり、食料窃盗罪で逮捕されたのである。
 刑務所に来てからも、物静かでやさしかった徐英順。彼女は、死んでからも人々の記憶の中から簡単には消えなかった。

北朝鮮 泣いている女たち―价川女子刑務所の2000日 (ワニ文庫)』 P171-173

 収容所で、餓死しないギリギリの食事しかもらえず、わずかな睡眠しか与えられず、朝から晩まで労働を強いられ、この「世界青年学生祝典」のための衣装を作らされていました。

 当時の様子はこれです。
http://imnews.imbc.com/20dbnews/history/1989/1817974_19354.html』より。

 とてもきらびやかですね。裏で朝鮮人民の生き血を絞って、この衣装を作らせていたと知ったらどう思うのでしょうか?当然、朝鮮学校の生徒もこれに参加していたでしょう。なにせ1987年から在日同胞数万人を大量虐殺した暴君を褒め称えるソルマジ公演(迎春公演)をやらされていたわけですから。

 今の朝鮮大学校に通う学生が、北朝鮮のマスゲームを見てどういう感想を持っているか、この動画から良く分かります。

 「これはアリラン祭の時の マスゲームです。初めて見た時はスケールの大きさに驚きましたし、北朝鮮だからこそなせる業だとも思いました」

 裏で何が起きているか分かっていない典型的な感想です。

 この衣装は収容所の囚人の生き血を絞って作られているのかもしれない。帰国事業9万3千人の在日同胞の子孫がまだそこにいるのかもしれない。そう思ったらこのような能天気なことを言えないはずです。

 脱北者である高政美代表はマスゲームの指導者をされていたのですが、日々怒鳴り声をあげ、生徒を厳しく指導していたそうです。決められて位置から少しでもずれたら全力でビンタをくらわせる。今の日本では想像もできないスパルタです。なぜならもし本番で失敗したら、自分の命にかかわるからです。もちろん失敗した生徒だって危険です。それだけのありえない強制力だからこそ、このマスゲームが維持できています。

 それを「スケールの大きさに驚きましたし、北朝鮮だからなせる業だと思いました」という感想です。これこそが、朝鮮学校で洗脳教育が成功している証左でしょう。

 ちなみに、この時の祝典には韓国で超有名な親北人士の林秀卿(イム・スギョン)が参加して話題になりました。あまりにも空気が読めていなくて、逆に北朝鮮に打撃を与えた人ですね(笑)

第13回世界青年学生祭典_林秀卿(イム・スギョン)2

第13回世界青年学生祭典_林秀卿(イム・スギョン)1

 北朝鮮の人権弾圧の実態を知って反省すればいいものを、いまだにガッチガチの従北さんですからあきれるしかないです。

 次は囚人が独房に入れられた様子を引用します。

 一方、独房に入れられることになった私たち。一九八九年十一月十八日は刑務所生活の中で忘れられない日だ。
 私と黄明姫、姜和順は教化課長に呼ばれ、自己批判書を書かされた。
 「領袖様の配慮で刑務所に入れていただき、何の心配もなく暮らせるようになったのに、恩知らずにもその配慮に忠誠で応えられないどころか、無責任な仕事をしました。心から反省しています。今後二度とこのような不届きなまねはいたしません」という内容だった。

 私は「領袖様の配慮で何の心配もなく過ごす」という一節にはらわたが煮えくり返るのをかろうじて我慢した。

 私か怒りを抑えていると、教化課長の言葉が飛んだ。
「おい、こいつ。何をぼやっとしている。罪を犯したおまえを、殺さずに生かしているだけでもありかたく思え」

 自分を苦しめている相手に「領袖様の配慮で」と言わせるとは。。。

 きっと北朝鮮の強制収容所で自分の親兄弟を殺された人たちが、朝鮮学校のソルマジ公演を見たら同じ感想を抱くでしょう。自分の肉親を殺した相手を称える公演を、よりにもよって在日同胞のウリハッキョで行う。本当に残酷なことだと思います。

 在日同胞のウリハッキョを横から乗っ取って、民族教育をぐちゃぐちゃした相手に感謝を捧げさせる。朝鮮学校は、本当に残酷なことを子供にやらせています。

 次は、独房に入れられた囚人の様子です。

 われわれ三人は教化課長に言われるがまま、自己批判書を書いて出てきた。その夜つらい労働を終えた後、監房に入るとき名前が呼ばれ、「隊列から外れろ」と命じられた。離れて立つと「独房に入れ」とさらに怒声が飛んだ。
(中略)
 刑務所に来た囚人ならば、独房処罰を受けたことのない者はいないだろう。どんなささいな罪でも、一度は放り込まれる仕組みになっている。
 高さが一・一メートル、幅はそれぞれ〇・六メートル、〇・七メートルの独房は、まさにハト小屋だ。床には指を広げたくらいの長さの穴があり、その穴で用を足す前面が鉄格子なので、風が吹いてくると手足がしびれ、床の穴からも風が吹き上げてきて、今にもお尻の感覚がなくなりそうだった。電球もなく、廊下からの薄暗い光だけが頼りだ。
 飯が入れられた。三十グラムの飯は、スプーン一杯ほどの量で、ひとたび口に入れるともうなかった。
 天井には風通しの穴もなく、いつも暗い独房では、日付や時間が過ぎる感覚がなくなる。食事の回数を数えて想像するしかなかった。同じ姿勢でじっと座っているので、お尻と腰が痛くてとてもつらい。壁にもたれかかりたくても、剌のようにとがったコンクリートが打たれている。
 ある日、薄暗い光の中で何かがうごめいている気配がした。壁にそって動いているようだった。目を凝らしてみると、親ネズミが子ネズミを口にくわえて壁にそって屋根に登ろうとしていた。私は寒さとひもじさにぶるぶる震えながらも、しばらく一心不乱にその様子を眺めていた。この世の生きとし生ける者は、あんな小動物でさえ、自分の子を育てようと、壁を一所懸命よじ登っているのに、人間の私たちにはそれすらも許されないなんて……。私の心は深く深く沈んだ。

これが独房の様子です。
(※『Are They Telling The Truth?』より一番近いイメージのものを引用)

強制収容所の独房

 こんな狭いところに何日も押し込めます。そうやって人間としての心を砕き、服従させ、家畜にして死ぬまで働かせます。そうやってできた服やセーター、造花、下着、そういったものを輸出して外貨稼ぎに使われ、北の独裁者ファミリーを肥え太らせています。まさに人間の生き血を絞って作られた商品と言えるでしょう。

 その横で朝鮮学校の子供をは毎年平壌で、このありえないことをやってのける暴君を褒め称える公演をしているわけです。これでどうして無償化が勝ち取れるでしょうか?これでどうして民族教育と言えるでしょうか?(※画像は2016年のソルマジ公演より

ソルマジ公演2016

 

 この教育のせいで、アイデンティティクライシスに苦しんでいる卒業生の言葉を紹介します。

 最近、韓国で親しくなった若い脱北女性に、何もない天井を見ながら、空腹で立ち上がることさえできず、数日間生死を彷徨っていた幼少時代の思い出話を聞かされました。彼女が苦しんでいたその時間に、自分は金日成の歌を歌い、主体思想を信じ、北朝鮮を我が祖国と叫んでいたのです。人間の底なしの自分勝手さと、見えることにしか興味を示さない浅はかさ、罪深さを痛感せざる得ません。

『拉致と真実 第9号』 P15 朝鮮学校修了生 リ・ナナ より

 これが朝鮮学校の最大の問題でしょう。朝鮮学校は「将軍様の学校」ではありません。在日同胞のウリハッキョ(我が学校)です。学校の支援者は、本当に存続を望むのであれば、自分はいったい何をすべきなのかを己の良心に問いかけてほしいと思います。

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