なぜ史料がないのか?燃えたんじゃないか?⇒そもそも存在しないという発想にならないのが不思議

容赦なく韓国側の不誠実さをバッサバッサと切り捨てる本物の朝鮮半島専門家が書いた『韓国・韓国人の品性 (WAC BUNKO 261)』。日本の朝鮮史専門家の面白い逸話が紹介されていました。

李朝には荘園台帳の一冊もなかった

李朝社会には村界もなければ、荘園台帳の一冊もない。あるのは、流民の集まる粗放な同族中心の村と、所有権のない荒蕪地(こうぶち)ばかりである。当時は唯物史観が邪魔してそんなこともよく分からなかった。下関市立大学に籍を置いていたころ、九州大学の朝鮮史研究室が近いのでよく通ったものだった。

行くと私より年下の院生たちがいつも五、六人いた。ある日、李朝に荘園台帳がなぜないのか皆で議論になったことがある。ある者は「戦火で焼かれてしまったのでは?」と答えた。この人は今東大で朝鮮史を教えている。別の者が答えた。「寒いのでオンドルにくべてしまったのではありませんか」。この人も某大学で教授をしている

だが真相は荘園台帳自体がなかったのである。なぜならば、古代社会だったからだ。

韓国・韓国人の品性 (WAC BUNKO 261)』 P210-211

笑うしかない。

なぜ荘園台帳がないのか?と議論になり、「戦火で焼かれてしまったのでは?」「寒いのでオンドルにくべてしまったのでは?」と、「ないわけがない」という前提で議論しています。

こういう人たちが東大や大学で朝鮮史を教える教授をやっているそうです。困ったものですね。

“なぜ史料がないのか?燃えたんじゃないか?⇒そもそも存在しないという発想にならないのが不思議” の続きを読む