『北朝鮮よ、銃殺した兄を返せ!』 金剛山歌劇団の黎明期を支えたスターは北で殺された

兄を北朝鮮で殺された朴春仙(パク・チュンソン)さんの著書、『北朝鮮よ、銃殺した兄を返せ!―ある在日朝鮮人女性による執念の告発』から、在日朝鮮中央芸術団(後の金剛山歌劇団)の黎明期を支えたスターでもある、著書の兄、朴安復さんの話しを紹介します。

兄の挫折

兄は昭和三〇年に朝鮮総連が結成され、その傘下組織に在日朝鮮中央芸術団(現在は金剛山歌劇団)ができると、すぐ団員になりました。しかしそこに所属するまでは職業を転々とし、苦労の連続でした。

(中略)

兄は生活のために働くか、朝鮮総連という組織のなかで祖国のために働くか、昔からの夢だった役者の道に進むかずいぶん悩んだようです。
結局、兄が選んだのは役者の道でした。それからは、バレエの練習に通ったり、劇団に大って芝居の稽古をしたりと、食べる間も惜しんで役者修業に情熱を傾けました。

(中略)

しかし、そんな楽しく活気のある兄の姿も長く続きませんでした。日本人のなかにいる朝鮮人という壁、日本のなかで朝鮮人として自分の夢をつなげていくことの限界にぶつかってしまったのです。

(中略)

 

日本名で役者をしていたBには役がつき、本名で、朝鮮人として役者になろうとしていた兄には役が回ってきません。
「チキショー、日本人は朝鮮人のオレを全然使ってくれない。朝鮮人ではこの国で役者になれないのか」
どうしようもない憤りと焦りが兄を襲いました。
「役者としてやっていきたければ、日本名に変えたほうがいい」
「日本人のとこへ養子にでも入ればいいじゃないか」
日本名で仕事をする同胞の役者仲間にそんなことを言われたようです。

兄はしだいに酒を飲むようになり、荒れて、挙げ句の果てには泣きだしてしまうこともありました。

朝鮮学校時代から朝鮮人として民族意識を培い、父譲りの朝鮮人としての誇りをもって兄は生きてきました。そんな兄には日本名に変えることなどできるはずがありません。

兄のように、日本で芸術・芸能生活を送ることに限界を感じていた在日朝鮮人は多くいたようです。その代表的な存在がオペラ歌手の永田絃次郎さんでした。オペラだけでなく永田さんは黒柳徹子さんとラジオ番組をやるなど、多芸な人でした。そんな恵まれた生活を捨ててでも永田さんは家族とともにウリナラに帰国する道を選んだのです。

しかし、日本で生まれ育った日本人の奥さんは朝鮮での苦しい生活に馴染めなかったのでしょう。帰国後何年かして奥さんが日本に帰りたいと切望したので、永田さんはせめて妻と子供だけでも日本に帰したいから離婚させてほしいと金日成に直訴したそうです。その直後に、永田さんは当局に連行され収容所に入れられてしまったということでした。

(中略)

そうした時期に朝鮮総連が結成され、在日朝鮮中央芸術団が旗揚げしたのです。総連の人からも入団を勧められ、兄はさっそく入団します。これによってようやく兄は立ち直り始めました。

中央芸術団の活動が順調になると兄は水を得た魚のようになりました。日本人社会に受け入れられなかったものの、日本人のなかで、ダンスも芝居も一生懸命稽古してきたので兄は瞬く間に、中央芸術団では中心的存在になりました。

舞台ではいつも主役。演出から振り付けまですべて兄が手掛けていたようです。衣装を付け化粧して舞台に立つ兄は、妹の私でも惚れぼれするくらい素敵でした。スラリとした長身で、彫りの深い顔立ちが舞台では一層映えて、兄が出てくると観客席は拍手と歓声の渦です。

兄の夢が総連の朝鮮中央芸術団でかなえられたのでした。

北朝鮮よ、銃殺した兄を返せ!―ある在日朝鮮人女性による執念の告発』 P58-62

戦後、日本社会の朝鮮人差別の辛さが分かる内容です。

そういう人たちの希望となるために設立されたの朝鮮総連です。それが今や戦後もっとも在日同胞を弾圧した組織としてその悪名をとどろかせることになりました。残念なことです。

永田絃次郎さんの話しも出ています。別投稿でも引用しましたが、この在日朝鮮中央芸術団を立ち上げた初代団長です。真っ先に北朝鮮へ帰り、そして収容所送りとなって殺されました。(※関連投稿:『北朝鮮という悪魔』 収容所送りにされた在日朝鮮人芸術団初代団長

朴安復さんも同じです。スラリとした長身、いつも主役をつとめ、演出から振り付けまで手掛ける多彩ぶりを発揮し、黎明期の在日朝鮮中央芸術団を支えた人です。

そういう人たちを容赦なくスパイ容疑で収容所送りにし、虐殺したのが金日成であり、金正日です。

在日朝鮮中央芸術団は、今は金剛山歌劇団と名前をかえ存続しています。

その人たちが平壌に毎年やっているのが下記のような公演です。
(※https://youtu.be/9uZcwW7cVo8?t=4m53sより)

あふれんばかりの忠誠心ですね。祖国は将軍様のものであって朝鮮人のものではないそうです。金剛山歌劇団の李栄守(リ・ヨンス)人民俳優様が、熱く熱く将軍様への忠誠を誓っておられます。(団員紹介ページ

殺された初代団長や、黎明期を支えた朴安復さん、その他大勢の関係者がこの体たらくを見たらどう思うでしょうか?

これが自分たちの作った芸術団の成れの果てか・・・と、愕然とすることは間違いないと思います。

北朝鮮へ渡った兄、朴安復さんは平壌でアナウンサーとなります。朴春仙さんはそのラジオ放送を楽しみにしていましたが、ある日、兄の声が一切聞けなくなりました。

祖国訪問で兄の安否を調べますが、情報封鎖国家では下手なことは言えません。兄の嫁も口をつぐみます。

祖国訪問後も兄の安否が分からなかったため、総連本部に毎日のように電話します。抗議などという生易しいものではなく、怒鳴りちらすという勢いで問い合わせます。

東京にいる妹も同じように安否確認運動をしていたところ、兄の安否が確認できました。

『1985年8月21日、スパイ罪で銃殺』

どこで殺されたか、どういうスパイ行為をしたのか、すべて謎のまま銃殺という事実だけが知らされました。

残された家族が言うには、ある日保衛員に連行さていったそうです。妻と子供は山奥の農場送りです。夫は収容所送りなのか、炭鉱労働なのか、きつい農業労働なのか、謎です。

奇跡的に遺骨は返してもらえ、墓も作れたようです。

このような人はまれです。

普通は墓もなく、ただ平らな土の下にまとめて埋められ、存在すら抹消されます。

それが北朝鮮強制収容所の恐ろしさでしょう。

そのような目にあわされたのが、朝鮮学校を作った在日一世であり、朝鮮学校の先輩であり、金剛山歌劇団の基礎を築いた団長や劇団のエースたちです。

その人たちが、朝鮮学校の子供たちがやっているソルマジ公演を見てどう思うでしょうか?

これが自分たちが作った在日同胞のウリハッキョなのか!!と激怒することでしょう。

北朝鮮よ、銃殺した兄を返せ!―ある在日朝鮮人女性による執念の告発』のあとがきで、李英和先生がこう書いています。

あとがき―――李英和(リ・ヨンファ)

「金日成がこれまでやった政策は失敗ばかりだった。だが、ひとつだけ成功例がある。『帰国事業』がそれだ。これがなければ、朝鮮総連はとっくに消滅していることだろう。もし朝鮮総連がなければ、金日成-正日体制も、これまで存続しえたかどうか……」

私の留学中(一九九一年)、北朝鮮の知人がふと洩らした言葉たった。

北朝鮮経済は完全に破綻してしまっている。長年にわたる金父子の失政のせいである。いまや国民に満足な衣食も提供できないでいる。おかげで、国の将来を担う子供たちは栄養不良や結核に冒される始末である。

密告と強制収容所――これに象徴される圧政だけで、独裁体制をいつまでも支えきれるものではない。朝鮮総連-在日朝鮮人による〝経済的支援〟があればこその独裁体制なのである。

(中略)

 

「約束がちがうではないか」――皆の声を代表して北朝鮮当局に抗議する帰国者もいた。

だが、そんな〝勇気ある人〟は、「スパイ」の汚名を着せられ、家族ともども強制収容所に囚われた。また、金父子が政治的な〝引き締め〟をおこなうたびに、身寄りの少ない帰国者は、〝見せしめ〟のための〝格好の餌食〟とされた。

こうして多くの帰国者が、何処とも知れず〝消えた〟あるいは、ひと知れず〝消された〟ひとは、数千人とも数万人とも言われる。

収容所での〝獣のような生活〟――長い間、秘密のベールに包まれていたその実態は、元囚人の証言で暴露されているとおりである(姜哲煥著『さらば、収容所国家・北朝鮮』、ザ・マサダ、一九九四年、参照)。

〝ひと〟としての良心があるなら、誰しも涙せずにはいられない〝悲劇〟である。だが、金父子-労働党は、この悲劇を逆手に取り、生き残った帰国者を〝人質〟に取って、在日朝鮮人-朝鮮総連から金品を吸い上げる。そのカネとモノを元手に、独裁者は失政を糊塗し、恐怖政治を強める。そして、新たな悲劇がつくりだされる。

「まだ生きている家族・親戚を収容所から出してやるから〝寄付金〟を出せ」――こう持ち掛けては数千万円も要求する。金銭的に余裕のある在日朝鮮人は、資産を処分して〝身代金〟を支払う。

余裕のない者は、身内を収容所に囚われた〝憤り〟よりむしろ、要求を断ることで見殺しにしたような〝罪悪感〟に苛まれる。

そして、北朝鮮の庶民は「地獄の沙汰もカネしだいか」と吐き捨てる。

愛する肉親を強制収容所で亡くしたひと。いまだ行方知れずのままのひと。いつ終わるともしれない〝仕送り〟に疲れ果てるひと。送金したくても生活が苦しく、家族や親戚からの手紙を断腸の思いで破くひと……。

胸が張り裂けるような悲しみを抱きながらも、帰国者を身内に持つ在日朝鮮人は鉛のように重い沈黙を強制されてきた。そして、「北」にいる家族・親戚の安否を気づかう一心で、朝鮮総連に所属し続け、あるいは〝熱心〟に活動し続けてきた。そうでなければ、朝鮮総連は今頃、ほんの一握りの熱狂的な、金日成教信者だけの小組織になっているところだろう。

そんな〝弱み〟に北朝鮮の工作員は巧みに付け込む。そして、本書の朴春仙さんのように、在日朝鮮人を〝協力者〟に仕立てあげ、利用する。おかげで人生を台無しにされた人も決して少なくない。

そんな在日朝鮮人も、ようやく沈黙を破りはじめた。朴春仙さんのように、勇気を振り絞り、真実を語りだした。

実情をよく知るがゆえに、この在日朝鮮人たちは、自分の家族・親戚だけでなく、北朝鮮の民衆の窮状にも心を痛める。その訴えはまさに〝天の声〟であり、〝真実の叫び〟である。

だが、その声は日本の知識人やマスコミには届かない。北朝鮮の独裁者との腐れ縁、朝鮮総連との長年の友好関係、あるいは圧力への屈伏……。〝理由〟はわからない。

「夢の実現の有無は北朝鮮に限らず、どこの国にもあることだ」――平然とこう言ってのける高名な在日朝鮮人の知識人もいる。〝夢破れし者〟は収容所に囚われ殺される。どこにでもあり、あって当然のことだ、とでも言うのだろうか。

「帰国者全員が殺されたわけではない。幸せに生きている者もいる」――帰国事業を推進し、その結果に責任を負うべき朝鮮総連は、謝罪し救済の手を差し延べるどころか、こう言って居直る。

帰国者を家族・親戚に持つ在日朝鮮人の苦しみは、いつまで続くのだろうか。そして、食糧危機と圧政に喘ぐ北朝鮮の民衆は、〝巨大な監獄〟から、いつ抜け出ることができるのだろうか。

すくなくとも、これだけは断言できる。知識人やマスコミが意図的にこの真実に耳を塞ぎ、正義に目を覆い続ける限り、悲劇は終わらない。

一九九四年六月六日

北朝鮮よ、銃殺した兄を返せ!―ある在日朝鮮人女性による執念の告発』 P247-252

これが1994年です。

もう昔の話しですよ、と言う方々が多いですが、今も続いています。

平壌で金剛山歌劇団の俳優たちが、将軍様に忠誠を誓う公演をやっているのに一切取り上げない北朝鮮専門家たちを見れば良く分かります。モランボン楽団よりよほど重要でしょうに。

ましてや子供を平壌に強制連行して「敬愛する金正恩元帥様!」と絶叫させるにいたっては、朝鮮学校を作った在日一世たちが激怒すること間違いなしでしょう。

このありえない強制収容所の実態や、どれだけ残酷に殺されたかが90年代に判明しているのにいまだに誰も知らない。

北朝鮮の日本に対する情報統制能力はかなり凄まじいです。

李英和先生の、「すくなくとも、これだけは断言できる。知識人やマスコミが意図的にこの真実に耳を塞ぎ、正義に目を覆い続ける限り、悲劇は終わらない」、というあとがきが、今でもそのまま変わらないことに驚きを隠せません。

正直、朝鮮学校の子供たちによるソルマジ公演を見たら、朝鮮学校を応援する人であればあるほど、激怒するはずです。

1987年から、2015年を除いて毎年行われていたわけです。

つまり90年代、餓死者が大量に出ていたときも、強制収容所で何十万人もの人間を獣以下の扱いで虐殺していたときも、その横で子供に「敬愛する元帥様!」と絶叫させていたことになります。

これが民族教育と言えるでしょうか?

本当に「敬愛する元帥様」などとは思っていない、誰も信じていないなど問題点をごまかす妄言でしょう。

朝鮮学校を作った在日一世、朝鮮学校の先輩、朝鮮学校の黎明期を支えた恩師、在日朝鮮中央芸術団で活躍した団長や劇団員。

そういう人たちを無実の罪で筆舌に尽くしがたい、残虐な方法で殺し尽くした相手に、冗談でも「敬愛する元帥様」など言えないはずです。

先祖の魂を踏みにじる、残酷なことを何も知らない子供にさせている。

朝鮮学校から生徒が去り、在日の子孫が子供を通わせない理由はそれが全てです。

もはやハングル教育うんぬんの問題ではありません。

子供の学ぶ権利を蹂躙しているのに、民族教育がどうこういうのは欺瞞もはなはだしい。

ちなみに向こうに親族がいる人を責める気にはなれないです。

むしろ周りの人権派と称する人たちがありえないです。

朝鮮学校を擁護する人たちが、よく「歴史的経緯」だの、「在日の歴史」だのと言っているのを聞きますが、戦後在日同胞を弾圧したのは、「ぶっちぎりNO.1で北朝鮮と朝鮮総連」、という事実を理解していない時点で在日の歴史を語る資格はないでしょう。

右翼に学校が襲撃されたことでヘイトヘイトと騒ぐ暇があるなら、今年のソルマジ公演は断固阻止せよ!くらいの運動をしてもらいたいものです。

ミサイル発射と粛清の嵐でかなりきな臭い状態になっているわけです。小学生や中学生、高校生という未来ある子供をそんな危険なところに渡航させるなど狂気の沙汰と言えます。

無条件に朝鮮学校を擁護している人は、何をすべきか己の良心に問いかけてもらいたいと思います。

 

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