『韓国の民族意識と伝統』在日朝鮮文化人への疑問 その2

昨日に続き、田中明著『韓国の民族意識と伝統 (岩波現代文庫)』より、今も通じる在日朝鮮人への疑問(というか苦言)を紹介します。

二重性、親北性がよくあらわれているのが、朴正煕政権時代の韓国批判の論理が、なぜか今の北朝鮮へは適用されないことでしょう。

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『韓国の民族意識と伝統』在日朝鮮文化人への疑問 その1 朴正煕維新体制の批判は北朝鮮からの指令

慰安婦・教科書問題 真の親韓派の見方 『物語 韓国人』より』で紹介した韓国専門家の田中明氏の別の著書『韓国の民族意識と伝統 (岩波現代文庫)』に、在日朝鮮人文化人への疑問という章があります。

1981年に書かれた文章のようですが、今でも変わらない傾向があるので、現在での事例と並べて紹介します。

在日朝鮮文化人への疑問

1981.5

在日朝鮮人について、とくにその批判にわたることについて語るのは少々気の重いことである。それらの人に加えられている日本人の差別や偏見は抜きがたく今も存在しており、その負い目を常に感じざるをえないからだ。そんなところから良心的であることを自負する日本人の間には、日本人が朝鮮人にたいして何か批判的なことをいったり、疑問を提示したりすることを不当だとする雰囲気がある。「日本が朝鮮に加えた(そして加えている)悪行を思えば、そんなことをいう資格が日本人にはあろうか。われわれはまず朝鮮人にたいする抑圧をくつがえすための努力をするのが先決である」といった言葉が投げかけられる。

朝鮮学校の反在日的、反朝鮮民族的な教育を批判すると差別問題にすり替えられ、まず日本人の差別をなくせと声高に言う人たちがこの思考傾向を持ってます。

北朝鮮擁護で、植民地支配の清算をという人も同じ。今現在、朝鮮人を奴隷支配している相手になぜ朝鮮人植民地支配の清算をせにゃならんのだ!?という発想はない。加害者Aが被害者Bのために、新たな加害者Cに被害者Bの慰謝料を払うようなもの。そこに疑問を感じない人のなんと多いことか。

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「蔑視」の反対は「非蔑視」ではなく「敬する」である

韓国専門家の田中明先生の著書に、「蔑視」の逆は「非蔑視」ではなく、「敬する」だと書かれていました。

非常に納得できる指摘です。

差別を無くすために差別する側の「蔑視」を批判して、「蔑視してはならない」と一生懸命啓蒙しても、実は蔑視観はなくならなかったりします。

一番良いのは、成功物語の啓蒙でしょう。

そういう点では、『「親日の在日」として』という本で、アメリカンドリームならぬ、ジャパンドリームを成し遂げたことを誇っても良いのではないか?という点に意見には大賛成です。

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慰安婦・教科書問題 真の親韓派の見方 『物語 韓国人』より

田中明氏の著書『物語 韓国人 (文春新書)』。真の親韓派が書いた韓国理解の本として今も通用する内容です。

昨今、巷に流布されている韓国本も、こういう先人の歴史研究の焼き直しだな~と思わされます。まぁしょうがないと言えばしょうがない。韓国専門家ではないが、そこそこ名前が売れている有名な人が韓国本を書くと、安定した量が売れてしまうのでしょう。そりゃ出版会社はやめられません。

10年ぶりの左派政権誕生もあり、金大中や廬武鉉時代はどうだったか過去の本をあさっていますが、まぁやっていることが変わらない。

あとがきから慰安婦問題や教科書問題の論争を受けて、本物の親韓派がどう思っているかを紹介します。

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『大阪で闘った朝鮮戦争―吹田枚方事件の青春群像』ただの侵略者の手先

大阪で闘った朝鮮戦争―吹田枚方事件の青春群像』。朝鮮戦争勃発時に、日本の米軍基地にテロを仕掛けた人々をえらく美化した本です。

そもそも大前提が間違っていたのに、そのことを反省してないのが特徴でしょう。

大前提とは、「侵略者は北朝鮮で、被害者が韓国」ということです。

加害者の手先となって、自衛戦争をしている韓国を支援する日本と米国の邪魔をした。

これが歴史の総括のはず。

本当に愚かなことをしたと反省すれば良いのに、自分たちは戦争協力に反対し、平和のために戦ったとテロ活動を正当化するんだから救えない。

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