元朝大副学長の回顧録『ある在日朝鮮社会科学者の散策』

朝鮮大学校副学長を務めた朴庸坤(パク・ヨンゴン)氏の回顧録が今年の2月に出版されています。

NHKスペシャルに出演し、朝大生200人を金日成に捧げたことを暴露したことが書かれていました。

 

四 NHKスペシャル出演、在日朝鮮人の帰国問題を論ず

二〇〇九年は、在日朝鮮人の北朝鮮帰国事業が実現して五〇年を迎える年であった。

帰国事業は、朝鮮総連が一九六〇年代に展開した「地上の楽園」北朝鮮への帰還運動(北送運動)であった。この運動で一九五九年十二月から一九八四年までに、約一〇万人の在日朝鮮人が永住帰国した。六〇万在日朝鮮人の一七パーセント、六人に一人が北朝鮮に渡った。在日朝鮮人はほとんど南朝鮮出身であった。しかし、帰国事業で身内が北朝鮮に永住帰国したため、在日朝鮮人社会と北朝鮮のあいだに切っても切れない血縁的紐帯が生じた。在日朝鮮人が永住の地に北朝鮮を選択したのは、社会主義へのイデオロギー的憧憬、日本における「貧困」からの脱出、メディアが煽る千里馬朝鮮への礼賛などが作用した。

しかし、数年後、帰国朝鮮人からイソップの言葉で綴った便りが届きはじめ、隠蔽されていた「地上の楽園」北朝鮮の矛盾と惨状を人々は認識しはじめた。帰国朝鮮人は「帰胞(キボ)」として、最下層の社会成分である「複雑階層」にランク分けされ、満足な衣食住も保障されない劣悪な生活を営んでいることを知った。「暮らせない、援助を頼む」という悲鳴が聞こえてきた。朝鮮総連も北朝鮮の帰国者の実情を知り、在日朝鮮人の怨恨の視線を感じはじめていた。「しまった!帰国者を人質にとられた!」と臍をかんだ。しかし、気がつくのが遅すぎた。総連組織そのものが、北朝鮮が張った蜘蛛の巣に絡めとられていた。総連中央は朝鮮人を修羅の場に送り込んだ罪を隠蔽し、帰国事業への一切の批判を封印した。

北朝鮮への帰国事業は、私の人生設計にも大きな影響を及ぼした。

帰国船が新潟を出た年、一九五九年に、私は愛知大学講師の職を辞して、北朝鮮への帰国を決めた。そして日本人妻の帰国をも認めるという北の言葉を信じて、妻を娶った。初めて朝鮮総連と繋がりが生じ、中央学院を経て朝鮮大学校に配置された。

一九六〇年代初め、私の脳裏にあった北朝鮮のイメージは、北朝鮮の朝鮮中央通信や、労働党の広報紙誌である『労働新聞』『勤労者』『朝鮮画報』『朝鮮新報』などが伝える、「地上の楽園」「社会主義模範の国」だった。私は大学政経学部の教員として、そのイメージを勝手に膨らませ、数多くの文書をつくり講演をした。社会主義に陶酔していたため、こうあるべきという理想像をすべて北朝鮮の見知らぬ現実に置きかえていたのだった。

帰国事業と関連して、いまでも「席藁待罪(藁敷きに跪き、罰を待つの意。朝鮮王朝時代の臣下が国王に謝罪する形式)」しても悔いない過ちを犯したことがあった。金日成の還暦を迎えた一九七二年、金日成の業績を顕彰する主体思想塔、人民大学習堂、凱旋門、金日成競技場の建設に北朝鮮は国力を傾けた。陣頭に金正日が立っていた。朝鮮総連は、傘下組織まで挙げて、金日成へ捧げる高価な贈り物の準備に狂奔した。指揮棒は金炳植が振っていた。異なった意見を挟めば忠誠度が疑われた。贈り物の強要は、学校などの機関にも及んだ。

朝鮮大学校には、在日朝鮮青年同盟が贈る六〇名の自動二輪オートバイ隊に合わせ、二〇〇名の男女大学生を北朝鮮に送れという指示がきた。リストには大学に在籍している総連活動家の子弟、有力商工人の子弟がピックアップされていた。大学はパニックに陥った。北朝鮮の事情を薄々知る学生たちは反抗し、拒絶した。私は学生を説得する側にいた。「主席誕生六〇年を祝賀する栄誉ある代表団に選ばれたのだ。帰国すれば総合大学に入り、卒業後には社会主義建設の指導者として貢献できる。外国にも雄飛し活躍できる。日本にいても就職はできないし、活躍の場は狭い」と吹聴した。学生の家庭にも戸別訪問し、顔をしかめる父兄を必死に説得した。当時、私の社会主義や北朝鮮に対する認識はその程度だった。

それから数年経って、北朝鮮への自由往来の道が開かれた。私は三七回も往来した。いつも心にあったのは、北朝鮮に渡った知人、学生たちのその後だった。特に二〇〇名の大学生たちの「その後」だった。私は同じ学部の同僚だった呉在陽、金宗会、親友だった崔水鐘の消息を訪ね、面会を申請した。いつも「出張中」と云われた。しかし、北朝鮮に渡った「帰国朝鮮人」には、彼らなりのネットワークがあった。誰それが、いつ来て、どこのホテルにいる、という情報を知っているようだった。

ある日のこと、私か泊まっていた大同江ホテル前を幾度も行ったり来たりしている青年を目撃した。ホテル前に出てみると青年が駆け寄ってきた。私か説得して北に送り出した二〇〇名の学生のひとりだった。彼の父親は古い活動歴をもつ元総連副議長の李心喆で、韓徳銖のライバルと評された活動家たった。母親は日本人であった。父はどうしているかという私の問いに、自然環境担当相を務めていると答えた。彼は贈り物だといって、花瓶をくれた。私は返すものをもっていなかった。心のなかで「済まなかった、許してくれ」と、謝罪の言葉をつぶやくだけだった。

またある日、万景峰号で日本に戻るため元山にいたときだった。出港までに少し時間があった。外貨食堂で飯を食べ、腹ごなしに海岸を散策した。岸壁にいた三名の青年が「先生!」と叫んで、走り寄ってきた。見ると北朝鮮へ帰るのは嫌だと手こずらせた学生だった。さぞ恨んでいるだろうと思った。彼らは「いま元山経済大学で学んでいる。心配しないでください」といって、私との巡りあいを喜んでいた。そして土産の蟹醤を差し出しながら、「みんなが見ているから帰ります。アンニョン!」という言葉を残して走り去った。遠くに消えていく彼らの後ろ姿を見ながら、私はどうしようもなく頬を濡らした。私があの有望な青年たちの運命を狂わせたという、悔悟の嘆きだった。

二〇〇七年一〇月、NHKスペシャルが在日朝鮮人の帰国事業五〇年を記念したTV番組を制作した。不思議なことは、あれほどイヴェント好きな北朝鮮、朝鮮総連で帰国実現五〇年の記念行事はいっさい企画されていなかった。朝鮮総連を離れた私に、元副学長の肩書でNHKから出演依頼が来た。私は万感の思いをこめて、帰国事業にかかわった思い出を語った。そこで朝鮮大学生二〇〇名を北朝鮮に送った秘話を公にしてしまった。これは朝鮮総連でも、朝鮮大学校でも厳重に封印されていたタブーだった。大学の沿革から永久に消去して、忘れてしまいたい出来事だった。いまでは厚い瘡蓋(かさぶた)で覆われた古傷、良心に突き刺さったままの棘として、忘却の彼方に追いやられていた。

番組を見た人から賛否両論の反応があった。「よくぞ語ってくれた。あなたの勇気に力づけられた」という意見もあった。しかし北朝鮮と朝鮮総連、朝大から猛烈な抗議が来た。朝鮮中央通信は「朴庸坤は変節者である。NHKの番組は捏造劇である。出演した朴庸坤は、黄長燁と同じく人間の良心と義理を捨てた人間の屑である」と罵詈雑言を浴びせた。朝鮮総連は下部組織の講演で、「民族反逆者、朴庸坤の正体について」と題した文書を流布した。朝鮮大学校の教職員たちからは、TV出演をとがめる抗議はがきが連日届いた。

懲罰キャンペーンが終わった11月、大学の教養部の責任幹部が訪ねてきて、金日成勲章、国旗勲章一級など国家受勲と共和国科学院院士、共和国博士、教授の証書を返還しろと迫った。私はすべてを段ボールに詰め込み、可憐な使者に託した。NHKスペシャル騒動は終わった。

ある在日朝鮮社会科学者の散策: 「博愛の世界観」を求めて』 P136-140

凄まじいのは、勇気を出して告発した人に対する朝鮮総連や北朝鮮の罵詈雑言。

こうやって朝鮮学校や朝鮮総連が良くなってほしいという善意の意見をことごとく潰してきます。

最近では直接やると反発されるので、「私も同意見です!一緒に頑張りましょう!!」と表面上は味方面して、いつの間にかヘイトスピーチやりだす右翼を近づけて、「あいつも同類だ!」というやり方で貶める手法が基本方針のようです。

手が込んでますよね。

帰国事業は過去のことで、朝鮮学校も変わった、総連も変わった、ノンポリ化してる、などなど総連へ警戒心を抱かないよう矮小化する言論が散見されますが大嘘です。

2007年時点でも、朴ヨンゴン氏に対する個人攻撃を行い、総連は組織をあげて「民族反逆者、朴庸坤の正体について」と題した文書を配ってかつての恩師を貶めています。

さらには勲章や博士号の証書を返還させています。

これぞ朝鮮総連。

北朝鮮は公営メディアで口汚く罵る。

これぞ北朝鮮。

帰国事業をかっこ書きで「北送事業」と書いているのはさすがですね。帰国事業の本質をちゃんと見抜いています。

自称「親日」の在日の人とTwitterでやりとりしましたが、帰国事業を「北送」と表現するのは韓国と民団だと言って、私のことを「親韓の反日左翼」であるかのように言ってきた人がいました。

バリバリの親北人士だった元朝大副学長の方も「北送事業」と思っているのですから、もはや「北送」で統一して良いように思えます。こういうことに文句をつけてくるのはほぼ従北工作員が管理するSNSアカウントだと思って間違いないです。普通の日本人はそんなことで文句言わないですから。

この北送事業の呪いは今も続いています。

マイルド北送事業と言えるのが、朝鮮学校の子供たちによるソルマジ公演や、修学旅行で北朝鮮へ送り込むことです。

向こうに人間的なつながりができたらお終いです。何せ北朝鮮はその相手をいつでも殺せますから。普通の人間なら北からの要求を断れません。

北のハニートラップは、ある晩女性を訪ねさせ「抱いてくれなければ殺される。お願いだから一晩一緒にいてください」と言わせるような最悪なやり方です。

そういう非人間的な行為を平気でやるのが北朝鮮です。

こういう内部告発本が出てくるのは良いことですが、いつまでたっても朝鮮総連や朝鮮学校が北朝鮮の鎖から解放される気配はないようです。

人間をあたり前のように殺す集団にからめとられると抜け出すのは本当に大変。

本来、北に人質がいるわけでもない周囲の人間が動かないといけません。しかし、やっていることは北の指令通りに無償化要求を全国展開。

朝鮮学校や朝鮮総連を擁護する連中は、もはや人権犯罪者ですね。何せ人権犯罪集団である北朝鮮と結託しているわけですから。

いい加減そのことに気づいて、朝鮮学校の子供たちのためにやるべきことをやってほしいものです。