朝鮮学校最大の問題は、教えるべきことを教えていないこと

 「朝鮮」の民族学校を名乗るのであれば、絶対にやらなければならないことがあると思います。

1.帰還事業で帰った9万3千人の在日同胞がどうなったか?
2.「苦難の行軍」という美名のもとで、何が起きていたか?

 この2つをしっかり教えてくれるなら、反日教育大いに結構です。今の教え方でまったく問題ありません。そして、「敬愛する将軍様」が乱舞する教科書を使ってもいいでしょう。写真を飾るのもよいでしょう。止めはしません。賭けてもいいですが、この2つをしっかり教えて今の教育をそのまま行ったら、学生が暴動をおこし、学校が焼き討ちにあうでしょう。それくらいありえない内容だということです。この2つを教えずして、何が朝鮮学校でしょうか。

1.帰還事業で帰った9万3千人の在日同胞がどうなったか?

 朝鮮学校の教科書では、帰還事業が素晴らしいことのように書かれています。笑顔の主席様と、帰国者同胞が抱き合っています。

 この写真を使った教科書で朝鮮学校の子供達は学んでいます。帰還事業は素晴らしいことのように書かれています。許せない。あまりにひどい。帰還事業で帰った9万3千人がどうなったのか知っているはずです。なのにこの教科書で子供に教えています。

教科書にはこう書かれています。

「帰国の実現は自主独立国家の海外公民として、在日同胞が民主主義的な民族の権利の擁護のための闘争で勝ち取った勝利となっただけでなく、同胞の力に依拠してくり広げられる愛国愛族運動の礎となり、 高揚の契機になった。」

 あまりにふざけた内容です。怒りに震えます。親族を人質に取られて泣く泣く金品を送った人達の悲劇をどう考えているのか。血の吐くような思いで書かれた本の一部を引用します。

 帰還事業で北朝鮮に行った人に、相手の兄に頼まれた手紙と金品を渡すときの会話です。

「二人だけになると、私はH君に、私がかれの兄と友人であること、私の妻がH家と遠縁にあたること、それでこんどの兄のH氏に頼まれて手紙、現金、時計などを持ってきたと、話した。けれどもH君は、私を信じようとはせず、警戒していた。「あなたの奥さんと私の家が遠縁にあたるなんて聞いたことがない」と、私を探るような目つきでみつめた。私は、H君の心をほぐそうと努力した。「私と妻が結婚したのは、君が帰国した後だが、これは事実だ。兄さんとは朝高時代の同窓生の間柄でいまも親しく交際している。君も恐らく、私の後輩になるだろう。君は朝高の何期生だ」
 それでもH君は、身構えた表情をくずそうとしなかった。やはり私を警戒し、あまりしゃべらなかった。ばかりか、「朝高の何期生だ」という私の質問には「そんなもん、もう忘れたわ」と、関西弁で強く反発した。思い出すのも嫌だ、それにふれないでくれ、といいたげな口ぶりだった。
(中略)
 私は観念した。諦めて旅行用スーツケースを開け、そのなかに入れてあった手紙一通と現金二十万円、腕時計、ネッカチーフを取り出した。それを自分の年より八、九歳も老けてみえるH君に渡し、よく調べてみるようにいった。H君は先に現金を数え、時計の個数、ネッカチーフの枚数を確認した。それから封を手でむしるように破り、封筒の中から手紙を取り出した。
 H君の表情が変わったのは、手紙を読んでいる間だった。手紙を読み終えて私の方を向いた時は、ついさっきまでの固く身構えた、警戒するような表情は消えていた。疑い深そうな、探るような目つきもなくなり、「信じられなかったので」と、私にわびた。「でも私だけではない。みなそうしなければやっていけない」と、つけ加えた。
(中略)
 私が行くと、耳元に囗をあて「あの部屋は盗聴器があるから注意しなければなりません。こっちで話し合いましょう」といった。H君のすばやい動き、身のこなし方をみながら、私は日常的に身構え、異常なまでに他人を警戒しながら生きていかなければならないように運命づけられている帰国同胞たちの過酷な身の上にあらためて同情を禁じえなかった。
(中略)
「他人をみたらドロボーと思え。絶対に信用してはならない」。これは、帰国同胞を含む共和国人民大衆の間に確立されて久しい不文律だった。
(中略)
 H君によると、寺尾、嶋元氏らは、その本を通じて共和国は「発展している」ばかりか、夢と希望に満ちた「未来の国」だ、と強調した。それらの本は、在日朝鮮人が読めば、誰でも共和国に帰りたくなるように叙述されていた。
(中略)
 このような講演会の一つで、寺尾五郎氏は「私はあなた方の祖国、朝鮮民主主義人民共和国がうらやましい」と語り、「現在の日本人は夢と希望を託して懸命に働ける場がない」といって、私たちを大いに喜ばせた。私たちは「テラオ」と「シマモト」らが書いたり、しゃべったりしたことに血わき、肉おどらせ、拍手喝采した。
(中略)
そして、さっきみせたような薄気味の悪い笑みをもう一度その顔に浮かべては、自嘲するように「先輩、私たちのように滑けいな、星のめぐり合わせの悪い人生を歩んだ者がほかにいるでしょうか」といった。」

凍土の共和国―北朝鮮幻滅紀行 (1984年)』150-153

 これが帰国者との会話です。血の吐くような、絶望に満ちた叫びです。それを朝鮮学校では、「敬愛する金日成主席様」と書いた帰国者と抱き合っている写真を教科書に使っています。これでどうして在日同胞の民族学校を名乗ることができるのでしょうか?

 この学校を「民族教育」や「多文化共生」の名のもとに擁護している人達は、「テラオ」や「シマモト」と同じ人種でしょう。ありえません。塗炭の苦しみを味わった同胞の悲劇を教えず、塗炭の苦しみを与えた相手の満面の笑顔の写真を使う。これほどおぞましい教科書はありません。

絶望した帰国者がどうなったか、公開銃殺のことが書かれています

「中国やソ連に逃亡をくわだてる者も少なくなかった。そのほとんどが逮捕されたが、脱走を計画する者はあとを絶たなかった。
 帰国同胞は「配置」された各地で僑胞迎接委員会(帰国同胞担当機関)に対する抗議もおこなった。けじめは個人的なものだったが、ついには集団的な抗議に発展した。
 こうした帰国同胞の反発を抑えるため共和国政府は、”荒療治”をおこなう必要性に迫られた。みせしめの公開銃殺を各地で組織的に実施することにより、帰国同胞の不平不満、抗議行動を抑えつけようとした。地域によって異なるが、H君が住むようになった平壌では抗議行動の首諜者の帰国同胞七、八人が公開銃殺された。
公開銃殺には一般人民大衆、帰国同胞が総動員され、略式の”人民裁判”をへて、銃殺刑が執行される現場をみせられた。被告たちが銃弾に倒れると、「反動分子、反革命分子は打倒せよ!」「栄えある朝鮮労働党万歳!」「偉大な首領金日成同志万歳!」という組織的な喊声がとどろいた。
 H君は、耳を覆いたくなるような話を、いままで抑えていた汚物を吐き出すように一挙にしゃべった。」

凍土の共和国―北朝鮮幻滅紀行 (1984年)』 P155-156

 恐ろしい。本当に恐ろしいです。彼らの絶望はいかほどだったでしょうか。本当にありえない。こんなことを容赦なく実行した親玉が主席様です。敬愛する主席様と書いてある教科書を使っているなんて、この学校は狂っています。希望を抱いて北朝鮮に着いた瞬間に、絶望の淵に落とされた在日同胞の魂を踏みにじる教育をしています。銃殺された同胞が浮かばれません。ありえない。あまりにむごいです。本当にむごいです。

 もっと悲惨なのは、強制収容所送りになった人達です。あまりにひどすぎて、愕然とします。

 運動場に行ってみると、教壇の前に六人の生徒が罪人のように頭を下げて立っていた。すでによほどムチで打たれたのか、彼らの顔には青く痣ができてパンパンにふくれあがり、頬から涙が流れていた。生徒たちが全員運動場に集まると、朴教員は恐ろしい剣幕で教壇にかけあがり、あらんかぎりの声を張りあげた。
 「こいつらは勝手に作業場を離脱し、学校の裏山に行き、くるみの実をもいで食っていた。他のみんなが一所けんめいに働いているときに、こいつらは自由主義をしていた。今日、私がこいつ らの心根をしっかりと矯正してやる」
 朴教員は、生徒たちを摘発したのがさも自慢であるかのように、突き出た腹をさらに突き 出しながら怒鳴った。そして、おじけづいてぶるぶると震えている生徒たちに、両手をまっすぐに開いて高くあげろと指示した。高く持ちあげられた六人の手はすべて真黒にそまっていた。よく見てみると、手だけではなく、口のまわりも墨をなめたように黒くなっていた。まだ熟してい ないくるみを手で割って食べているうちに、その色素のために黒くなったのだ。その色素が肌にしみこんでしまえば、いくらぬぐい落そうとしてもちょっとやそっとでは落ちない。
 朴教員は教壇からかけおりると、六人全員に完全に腰を曲げ、手のひらを地面につけるように命じ、腰を少ししか曲げていない生徒の尻を蹴とばした。
 「完全に曲げろ、こいつめ!」
 「手のひらを地面につけろ!」
 「右足をあげろ!」
「体重を両手のひらにかけなければだめだ。もし手のひらを地面にいいかげんにつけているやつは、ひどい目にあわせてやる。いいか、要領主義(知恵を慟かすこと)起こすんじゃないぞ! それでは右足をおろせ。体重はそのまま手にかけて……」
「それから両手のひらを地面につけたまま、うしろに動け。手のひらについた黒いしみが消えるまで、やるんだ。さあ、始めろ!」
 私は全身に戦慄が走った。
 運動場を半周する前に、六人の手のひらは、皮がむけて、少しずつ土に血がしみ出始めた。生徒たちは泣きながら哀願した。
 「先生、問違っていました。許してください、助けてください」
 腰をかがめて全体重を手のひらにのせたまま、運動場をこすりながらぐるぐるまわって、やわらかい手のひらが耐えられるほうがおかしい。しかし朴教員の顔には少しの動揺の色もなかった。
 ついに1人の生徒が手がこすれ、それ以上がまんできずに手のひらを地面から離した。すると朴教授はその顔を足で蹴りつけ、手のひらを再び地面にあてさせ、靴で彼の手をめちゃくちゃに踏みつけた。女子生徒の間から泣き声が漏れ、そこに集まってこの光景を見ていた生徒全員は、体を震わせた。おびえてもいたが、同時に、朴教員の野蛮な行為に憎悪が沸きたち、耐えることができなかったのだ。
 ついに六人の指先がみなやぶれ、血がしたたり落ちた。彼らはもう死んでもいい、もうがまんできないというように、全員泣きながら地面から手を離した。
 しかし朴教員はその程度では満足できないという様子だった。彼は口許に妙な笑いを浮かべながら、「立ちあがれ!」とあとずさり、体罰を中止させた。そして手のひらの検査を始めた。指先からは血が流れ出ていたが、手のひらの真中にはまだ、くるみの黒い色が見えた。
「俺は一度やるといったら最後までやる人間だ。くるみのしみがすべて取れるまでやると、はっきり言った。さあ、また始めるぞ。用意!」
 あっけにとられるような指示が出された。
六人の子供たちはオンオンと泣きながら、血が流れる指先を持ちあげて手のひらだけを地面にあてたまま、再び運動場をまわった。そのようにして一周をまわり終えて初めて朴教員は、
 「もうよし!」
 と言って野獣のような体罰を終わらせた。
 「今日は初めてだからこの程度で許してやるが、またこんなことをしでかしたら、そのときはどうなるかみんな見ただろう? おまえたちもこいつらのようになりたかったら、いくらでも自由主義をしろ!」
 朴教員は生徒たちをさんざん脅しつけてから、学生監督を別に呼んだ。そしてこの子供たちは、他の子供より三時間余計に仕事をさせてから家に帰せと指示した。

北朝鮮脱出〈上〉地獄の政治犯収容所 (文春文庫)』 P45-48

 あまりのことに、キーボードを打つ手が震えます。同じ子供です。朝鮮学校に通う子供たちと、同じ子供です。それがこんな残酷な目にあっています。ひもじいからとこっそりくるみの実を食べていただけです。手のシミを運動場の砂地に押しつけ、削りとれるまで雑巾がけのように皮膚をこそぎとるのです。痛みに耐えきれなくなって手を放したら容赦なく蹴り飛ばされ、手を踏みつけられます。これが先生です。ありえない。あまりにむごい。それを容赦なく実行している連中の王様が敬愛する主席様です。

 こんなおぞましいことを容赦なく実行している人達に、学校の設立資金をもらったからと感謝するなどありえません。この事実を前に、敬愛する主席様が乱舞している教科書に拒否感を抱かないか、良心に問いかけてもらいたい。

 これが帰還事業で起きた悲劇です。この地獄に9万3千人を送り込んだのが帰還事業です。断じて「敬愛する主席様」の笑顔の写真で表現して良い内容ではないはずです。

もう一度、教科書の記述を引用しましょう。

 帰国の実現は自主独立国家の海外公民として、在日同胞が民主主義的な民族の権利の擁護のための闘争で勝ち取った勝利となっただけでなく、同胞の力に依拠してくり広げられる愛国愛族運動の礎となり、 高揚の契機になった。

 素晴らしいことだと書いています。どうしてこんなことができるのか、、、。こんな学校に通わされる子供達がかわいそうです。後でこの事実を知ったとき、どう思うでしょうか?愕然とするはずです。こんな教科書を覚え、テストに書き、評価される。あまりに残酷です。最大の被害者はこの学校に通わされる子供達です。

 帰還事業で起きた在日同胞の悲劇を教えない。そんな学校は朝鮮学校の名に値しません。もし教えないというなら、どうか「朝鮮」を名乗るのやめてもらいたい。そして、主体思想を唯一絶対の思想とする、チュチェ(主体)民族の学校だと、そう言ってほしい。朝鮮民族を民族浄化する学校だと、そう言ってほしい。朝鮮人を残酷に弾圧しているチュチェ人と同胞意識を育てるような、おぞましい教科書を使っています。ありえない。本当にありえないです。

 朝鮮学校を擁護している人に、Twitterで「敬愛する将軍様」が乱舞していることが問題ではないですか?とツイートしたら速攻ブロックです。見えないとでも思ったのでしょうが、ほかのアカウントで見たら、恥知らずにも保身のための言い訳を並べていました。本当にあさましいひとです。朝鮮学校を維持するために、教科書の内容を公開し、改訂して世間の理解を得られるよう、そういう活動をしてくれないかと期待してコンタクトしました。

 ですが、返ってきた答えはブロックと、保身のための言い訳です。つらつらと朝鮮学校の今後はこうすべきではないかとツイッターに書いたあとに、「総連コミュニティの外に出て、朝鮮学校を守るための様々な情報提供努力をしてきたのは、いずれも総連社会のメインストリームを外れた人ばかり。メインストリームの中にいる人たちもいろいろとがんばってはいるけれども、内向きの活動に終始していて、対外的な活動にはとかく及び腰だ。」「いつもはメインストリームから外れた人たちに朝鮮学校に対する誹謗中傷への反論を任せておきながら、いざそういう人たちが気に食わない主張をしたら陰でボロカスに人格攻撃をしたりするのって、とてつもなく卑劣なことだとぼくは思う。」

 これです。本当にありえない。教科書の内容を知っていて擁護していたなら何を今さら保身に走ってるんだ!!と非難に値する言説ですし、もし知らなかったのであれば、事実を知ったことに怒りを覚えなければ嘘です。

「自分は騙された!ふざけるな!!今すぐ教科書を公開して全面改訂しろ!!子供達の未来をどう考えているんだ!!!」

 そう怒らなければ、この人は偽善者です。子供の未来などどうでもよく、ただただ自分がかわいいだけでしょう。

 この人だけではありません。世の中の全ての朝鮮学校無償化を擁護した人達が同罪です。いったいこの事実を知らせずして、どうして朝鮮民族の学校を名乗ることができるでしょうか?高校無償化に賛成していた人達は今何をしているのでしょうか?この人達は良心が狂っているとしか思えません。

 Twitterで調べたら、驚いたことにSEALDsで騒ぎまくっている人達とのシンクロ率が凄まじいです。まさか敬愛する元帥様のために働いているんじゃないかと心配になってしまいます。まぁ嫌味はこの辺でやめておきましょう。本題からズレてはいらぬツッコミが入ります。

教えなければいけないことを教えていない。それが朝鮮学校の最大の問題です。

 この学校を擁護する在日は、チュチェ系(主体系)在日と名乗ってほしい。敬愛する主席様を高く高く推戴する、チュチェ民族です。断じて朝鮮民族などではないです。こんな方々とアジアの同胞になった覚えはありません。なぜ帰還事業での9万3千人の悲劇を教えないのか?ありえません。本当に愕然とします。どうしてこんなむごい教育ができるのか、、、。何も知らない子供達が気の毒でなりません。

 

2.「苦難の行軍」という美名のもとで何が起きていたか?

 苦難の行軍を朝鮮学校の教科書では、困難を乗り越えて偉大な発展を遂げたと書かれています。

 1990年代の半ばになると、共和国では建国以来、もっとも厳しい難関が作りだされた。民族の大国喪を契機に、共和国を孤立圧殺、窒息させるためのアメリカと帝国主義連合勢力の策動はますます悪辣に敢行された。」
「生みだされた難局を突破するか、それともへたりこんでしまうかは、国と民族の尊厳と自主権を守りぬくか、それともふたたび植民地奴隷になりさがるかの死活的な問題であった。敬愛する将軍様におかれては、主席様が銃身で開拓された朝鮮革命を銃身で最後まで完成させるという確固とした決心のもと、先軍の旗印をさらに高く掲げ「苦難の行軍」を断行することを決心なされた。

 そして、この後ひたすら敬愛する金正日将軍様のもと、人民が一致団結して様々な農場や牧場や産業施設を建設し、困難を乗り越えたと書いています。
最後のまとめはこれです。

 人民の粘り強い闘争で共和国では政治・軍事的威力がいっそう強化され、経済強国建設の突破口がととのえられることによって新世紀の強盛大国建設において歴史的転換期を迎えることができるようになった。

 苦難の行軍で何が起きたか知らないのでしょうか?300万人の餓死者が出たのです。決して統計の数値のように無感情に受け取て良いものではありません。
社会不安を容赦ない弾圧で抑え込みました。強制収容所で何人もの人が残酷に殺されました。これを教えなくてどうするのでしょうか?

『北朝鮮 隠された強制収容所』北朝鮮人権アメリカ委員会著 から、残酷な、本当に残酷な事例を紹介します。

  • 不法行為者であるとみなされた者とその親族が三世代にわたり、公安当局によって「逮捕」(より正確には拉致され)、「管理所」に入れられる。そして、法的手続きや法的訴求権等はいっさいなく、採鉱や伐採、農業などの過度の重労働をおこなう終身刑に処される。収監者は一生涯、意図的に半ば飢えた状態に置かれ、残酷な環境で生活させられることになる。
  • 李氏は平壌の保衛部の地下にある監房に六ヵ月間監禁され、正座の拷問(正座したまま何時間もじっとし、頭も動かせない拷問)や水の拷問(五、六人の保衛員に押さえ込まれ、喉がつまり、息ができなくなるまで口と鼻に水を入れられる拷問)にかけられ、むこう脛や目、耳、頭、口を激しく殴られた。そのため、歯が六本抜け、片方の鼓膜が破れた。それから何年もたつが、李氏は左目が二重に見える障害に悩まされ、むこう脛はいまでも青黒い。
  • 証言者によると、このような施設の「教育」とは、多くが金日成や金正日の演説を強制的に暗記させたり、「自己批判」をさせることであった。こうした学習会はたいてい夜に開かれ、服役囚たちは疲れきっていても、演説を暗誦できるまで監房に戻って眠ることを許されなかった。
  • 拘留中に死んだ服役囚の遺体は、死んだ動物のように山の中に打ち棄てられた。埋葬しないのは朝鮮の文化に反することであったにもかかわらず。
  • 妊娠して刑務所に入ってきた女性は注射を打たれ、強制的に堕胎させられた。
  • 崔さんに付き添われた女性は、出産誘発剤を注射され、それからまもなく出産した。しかし崔さんは、母親の目の前で、赤ん坊が濡れたタオルで窒息死させられるという恐ろしい光景を目撃することになった。母親は嘆きのあまり、気を失ったという。
  • 赤ん坊を抱き上げ、毛布にくるもうとしたとき、警備兵が赤ん坊の片足をつかみ、大きなブラスチックの箱に投げ入れた。
  • 赤ん坊でいっぱいになった箱は屋外に埋められたと、あとで元収監者24は知らされた。
  • 職員が通りがかり、箱の中の赤ん坊がまだ二人生きているのを見ると、頭骨の柔らかい部分にハサミを突き立てた。元収監者24は、われを忘れて職員に向かって叫んだが、職員が彼女をひどく蹴ったために、気を失ってしまったという。
  • 警備兵にレイプされたり、性行為を強要されて妊娠した女性の殺害された。

 あまりにも残酷です。それが現在進行形でも行われています。この国を朝鮮とは呼びたくないです。数千年の歴史を刻むアジアの同胞がこのようなことをするわけがありません。

 今の北朝鮮の正式な国名はチュチェ国です。チュチェ(主体)思想を唯一絶対とする、チュチェ人の国です。チュチェ人が朝鮮の北半分を乗っ取り、民族浄化し、朝鮮人を残酷に植民地支配している主体国です。あまりにも残酷で、悪辣非道です。

 これを一切教えず、「苦難の行軍」を祖国が大躍進したように書いている教科書です。あまりのおぞましさに、身体が震えます。朝鮮同胞の恐怖や絶望はいかほどでしょうか?この中には在日帰還者もいます。死体は山奥に打ち捨てられます。墓もなく、供養もなく、動物のように捨てられます。あまりにも残酷です。

 本当に朝鮮民族の民族学校なのであれば、この人達のための慰霊祭をするべきではないでしょうか?黙とうをささげるべきではないでしょうか?涙するべきではないでしょうか?

 さらに恐ろしいことに、運動会で「苦難を乗り越えて前へ」という演目名の競技があることを誇らしげに書いている、朝鮮学校を擁護する本があります。
「語られないもの」としての朝鮮学校――在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』で、このような写真が紹介されています。

朝鮮学校2

 あまりに残酷です。「苦難の行軍」を共有しようと言わんばかりの演目名です。これでは300万人の死んだ同胞を踏みつけているのと同義ではないでしょうか?
私はこの運動会の競技は下記も同然だと思っています。

同胞を踏みつけている

(写真は『北朝鮮全巨里(チョンゴリ)教化所―人道犯罪の現場』より)

 どうか酷い画像を見せるなと非難しないでほしい。直視しなくてはいけない現実のはずです。現在進行形で、チュチェ国の強制収容所で残酷に拷問されて殺されている人達がいるのです。目を背けてはダメだと思います。ましてや苦難の行軍を共有しようと言わんばかりの演目名など論外のはずです。本当にありえない教育をしています。これを無視しては、朝鮮民族を名乗る資格はないと思います。収容所で警備兵に好きなようにレイプされ、妊娠したら強制堕胎の上、目の前で嬰児を殺される。そんな憐れな母子のために像を建て、残酷に殺された人達のために黙とうをささげ、慰霊祭を執り行ってこそ、朝鮮学校を名乗る資格があると思います。

 北朝鮮ではこのような暴力が当たり前のように行われています。これを無視して敬愛する主席様が乱舞する教科書など論外のはずです。

 ちなみに、この動画は北朝鮮があえて流出させたと私は思っています。脱北者がこれを見た反応は、「鼻で笑った」、です。収容所の暴力はこの100億倍は残酷です。騙されてはいけません。どうせ日帝植民地時代の方が残酷な拷問があったじゃないか!!と言い返せるレベルの暴力を流出させているだけです。世の北朝鮮専門家が出してくる内部動画や内部情報はすべて、北朝鮮当局がコントロールしていると思った方が良いでしょう。信じて良いのは、身一つで逃げ出した脱北者の証言だけです。

 それら脱北者の証言を学校で聞かせてこそ、真の朝鮮民族の学校ではないでしょうか?
強制労働と暴力の末に殺され、墓もなく、供養もなく、動物のように打ち捨てられた朝鮮同胞のために涙する。それでこそ朝鮮学校ではないでしょうか?どうか教えなくてはいけないことを、隠さないでほしい。この悲劇を教えてこそ、朝鮮学校のはずです。その上で、「敬愛する将軍様」が乱舞する教科書を使うことが正しいことなのか?写真を飾っていたことはどう思えばいいのか?それを朝鮮学校自身で自問自答してほしいのです。

 決して朝鮮学校を潰したいわけではありません。本当の朝鮮民族のための教育をしてほしいのです。主体民族にするため教育をやめてほしいのです。今のままでは、朝鮮民族を民族浄化する学校と言われても仕方ないでしょう。大人になって、自分で調べて事実を知る。そのときの衝撃を想像してほしいのです。これでどうして母校を愛することができるでしょうか?子供達があまりに気の毒です。これでは朝鮮学校は崩壊の道しかありません。教えるべきことを教える。それが実現されれば、日本の植民地支配を非難する教育はどんどんやってもらってまったく問題ありません。日本の植民地支配は事実なのですから。

 チュチェ国で絶望の中で死んだ同胞のために祈る。それでこそ朝鮮学校が末永く、朝鮮民族の学校として存続していくための条件ではないでしょうか?どうかそのことに気づいてほしいと思います。

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