北朝鮮一押し、梶村秀樹のありえなさ

日本の在日コリアンの仮面をかぶった在日チュチェリアンたちが、妙に「梶村秀樹」を押すな~、と思ったので調べてみました。

正直、あまりのありえなさい空いた口がふさがりませんでした。まんま北朝鮮史観でしたね。まぁ昔の朝鮮専門家などみんなそうでしょう。

この梶村秀樹さんですが、佐藤勝巳さんと一緒に朝鮮研究家として一緒に活動していた時期もあります。その後、佐藤勝巳さんは社会主義の幻想に気づき、北朝鮮のありえない帰国在日への弾圧を知って、考えを変えました。

ですが、この梶村秀樹さんはそのまま突っ走ったようです。途中で気づいたかもしれませんが、考えを改めて真逆のことを書いた本は残さなかなかったのでしょう。

 

残っている著書には、凶悪な主張がバンバン書かれています。

叢書現代のアジア・アフリカ〈4〉朝鮮統一への胎動 (1971年)』という本からいくつか引用しつつ、ありえなさを指摘していきたいと思います。この本は佐藤勝巳さんとの共著なのですが、梶村さんが書いた部分を引用します。

第三章 民衆の戦い

1.解放を踏みにじった米軍政

P82

出だしからもうヤバイです。

一章、二章は佐藤勝巳さんが書いているので、実質梶村秀樹さんの始めの一歩にあたる記述ですが、「解放を踏みにじった米軍政」がタイトルです。もう展開が読めてしまいます。

だいたい南北分断も解放を踏みにじったのも、ぶっちぎりNo.1のA級戦犯は金日成でしょう。もはや事実として明らかになっているのに、それをなんとか抹消、もしくは矮小化しようと朝鮮学校の子どもから生き血をすすりつづけている、日本の従北さんたちがこういう危険な人物の著書を猛プッシュしてきます。

日本敗戦後の解放直後の記述がこれ。

 このような下からの動きを基礎にして、建国準備委員会を真に民衆の主権を代表する中央機関の実体を備えるものとするために、建国準備委員会は積極的に地方との連絡にあたり、八月末には一四五市郡に地方支部が組織された。

 そして、米軍の進駐を目前にした九月六日、建国準備委員会が前記各地方政権機関に呼びかけて、ソウルで全国人民代表者会議が開かれ、朝鮮人民共和国臨時組織法を採択、人民委員および候補七十七名、顧問十二名を選出、朝鮮人民共和国の成立宣言と綱領、そして閣僚名簿を発表した。それ以後、地方政権機関は朝鮮人民共和国の地方機関としての人民委員会という名称に統一され、若干の未組織地にもオルグが出されて、十月末までに全市群に成立している。

(中略)

 このように、解放された朝鮮の民衆は政治・経済・文化の諸分野にわたって、自分の確信に満ちた判断を下し、その方向に歩み出そうとした。外側の力もその自主性を保障するものであることを期待した。しかし、やがて外側から、特に南朝鮮を分割占領したアメリカ軍によって、その自主性は踏みにじられ、期待はうらぎられていく。志をかえぬ民衆は、またも新たな屈曲多い闘いに進んで行かざるをえないことになった。

P91-93

解放後に自分たちで自主的に政治組織を作っていたのにアメリカに潰された、という主張です。これぞ従北史観!と言える内容でしょう。在日チュチェリアン系の知識人が、なぜ「梶村秀樹」を猛プッシュするのか理由が一目瞭然ですね。

こんなのは序の口です。まだまだ従北全開の主張が飛び出してきます。

アメリカの軍政強行

 米ソ両大国は自己の占領地域に自国に好都合な状況をつくり出すことを追求した。その場合、北朝鮮地域では比較的問題はなかった。前節でみたような下からの人民委員会結成の民衆の動きを承認し奨励することが、当面ソ連の国家利益にも合致していたからである。

 しかし、南朝鮮に進駐した米軍はそうするわけにはいかなかった。不都合な左翼勢力が圧倒的民衆の支持をえていた。様子もよくわからぬまま、何をやっても都合良く運ばず、結局なりふりかまわず力づくで民衆をねじふせて、完全に反民衆的な政権をつくりだしたのだった。

P95

ありえないことを書いていますね。まぁ1971年出版の本ですから、当時の北朝鮮と韓国への認識がどのようなものかがうかがえます。

まだまだ社会主義への幻想が強かったころですからね。

なぜ朝鮮学校を擁護する知識人がこの著者を擁護するのかが良く分かります。

この本では、終始一貫して、ソ連に全朝鮮を占領されていれば良かったと言っているに等しい言論を展開しています。

今の北朝鮮を見て、そのような恥知らずな主張をする人間などいない、というのが常識人の思考回路ですが、今でも同じような主張をする人はいます。姜尚中氏などその筆頭と言えます。鄭大均先生の『姜尚中を批判する』でも、姜尚中は北朝鮮の主張をそのまま言っているに等しい、というような指摘をされています。

朝鮮学校でも同じように、うまくはっきりとは言わずに、南北分断はアメリカのせいで、ソ連後援、金日成主導で赤化統一されていれば良かったんだと思わせるよう印象操作をする教育をしています。そのために、徹底して南北分断はアメリカが一番悪い、と思わせようとしてきます。

それが正しいのだ、と思わせるよう、こういうガッチガチの社会革命思想の梶村秀樹のような知識人の著書を猛プッシュするのでしょう。本人や関係者が死んでからが歴史捏造の本領発揮です。こういうところは本当にマメですね。

さらに本当に凶悪なのは帰国事業の書き方でしょう。

 かつて一九五九年に在日朝鮮人の帰国が実現した当初、六〇年代半ば以降と違って北朝鮮でまだ日用消費物資が非常に不足していたことは、在日朝鮮大社会ではよく知られていた。

 しかし帰国運動のなかでは、ともすると「朝鮮では天国のような生活ができる」かのごとき幻想が宣伝されたそうした宣伝を行なってきたある日本人がその後朝鮮を訪れたとき、帰国した青年から「あなたの話にだまされた」と抗議されたことがあった。幻想が破れると脱出して三十八度線を南に越え、今日では反共宣伝の道具にされている、愛知県岡崎に住んでいた帰国青年金幸一のような例さえ実際ある。

 この場合、責めらるべきは、「社会主義とは額に汗して自らつくるもの」であることを知らせなかった宣伝のしかたであろう。もちろん、耐乏生活を十分承知していながら「生活が楽になったころにぬけぬけと帰っていくなんて恥ずかしいことができるか」と明るい歯をみせて帰っていった人たちがおおぜいいる。甘い考えで帰って行ってショックを受けつつも、そこで踏みこたえて自己変革を遂げていった青年も多いだろう。そういう人たちは、いまどのような気持ちで自分の苦闘の跡を振り返っているだろう?

P189-190

恐ろしいことを書いています。

「地上の天国のような宣伝」をしたことが責められるべきこと。
だから「幻想が破れると逃げ出して反共宣伝に使われる」ような事例も出てくる。
「社会主義とは額に汗して自らつくるもの」であり、「甘い考えで帰って行ってショックを受けつつも、そこで踏みこたえて自己変革を遂げていった青年も多いだろう」、と主張しています。

しょせん、日本の常識の延長でしか考えられない人なのでしょう。佐藤勝巳さんは事実を知って考えを改めましたが、この梶村秀樹氏は考えをあらためられなかったようです。

邪悪な人の特性ですね。「自分の間違いを認めないためには他者を平気で犠牲にする」という特性を備えているようです。(関連記事:なぜ過ち認めない人がいるのか?『平気でうそをつく人たち』に答えがあった

このような主張が許されるほど、甘いものではありません。

帰国者は自由をはく奪され、徹底した監視・統制・分断の元に置かれました。体制批判すると、家族ごと収容所に送られ、家畜以下の扱いの中で人生を終えることとなります。

梶村秀樹さんのように、日本を批判する本などまず書けません。もし書いたら親類縁者丸ごと収容所送りです。そういうことが分かっていない。こういうありえない言説がまかり通っていたのが、70年代だと言えます。

「天国じゃなかった」から責めているわけではありません。ありえないほどの「地獄」だったから責めているのです。

脱北者の方が、「10のうち、1つでも真実があれば我慢できた。でも全部が嘘だった。」と、テレビで言っていました。まさにその通りだと思います。

71年出版の本ですから、朝鮮研究家として在日朝鮮人とも深くかかわっていたはずです。そうであれば、北送された在日がどういう目にあっていたかは聞いていたはずでしょう。人は自分の信じたいものを信じる生き物ですが、ものには限度というものがあります。

そして、こういう邪悪な人たちがよくやるのが、潜在的な罪の意識から逃れるために、他者をスケープゴートにして罪悪感をごまかすやり口です。

当然、そこでやり玉にあがるのが、日本とアメリカと韓国です。

一九六五年以後「日韓新体制」下の日本資本の乱入、それによる朴政権と南朝鮮資本主義の隷属的補強、階級矛盾の深まりなどは、政治・経済と社会との一定の変容を生まずにはおかなかった。それは、「平和統一」の志向への決定的な阻害者としての日本帝国主義・軍国主義との対決を不可欠の軸とする、綱領・戦略論・組織運動論の再構築を、ぬきさしならぬ新たな課題とさせた。

(中略)

朴政権と日・米帝国主義は、民衆が自由に主体的に論議に参与しはじめることの恐ろしさを予感するがゆえに、言論のみをもってする彼らのたたかいにたいしてすら、直接物理的弾圧を加えている。

(中略)

このような力と対決しきるのに、議会内だけに戦線を局限することはできない。むしろ議会外での下からの大衆運動、あらゆる実力をもってする大衆的対決をつくり出そうとする試みは、別の人々によって、当然もっとひそかに準備されつつある。スパイ行政の間隙をぬいながら、六四年以降、多くの小規模な組織が生まれ、そのいくつかは朴政権の弾圧を通じて、人々に知られるところとなってしまった。六七年以降「対南赤化工作団事件」(いわゆる西独蒸発事件)など、朴政権によるデッチあげの要素もふくむ先制攻撃的「摘発事件」の激増を通じても、それが氷山の一角にすぎないことを考えれば、すそ野の広さをうかがうことができる。

P294-296

大変危険な主張が書かれています。きっとなりたい職業は革命家でしょうね。

この辺の主張は、そのまんま朝鮮学校の歴史教科書通りと言えます。その信憑性を増幅させるために、こういう常軌を逸した主張を書いてある著書や、著者を猛プッシュしてきます。

日・米帝国主義と結託した朴正煕が無辜の民衆を弾圧した、という主張です。はっきり言ってこのころの革命マンセーの地下組織など危険極まりない連中だったわけです。当然きっちり取り締まらなければ大多数の国民から怒られます。

こういう主張をしている本を読んで、それを真に受けてしまうと、とにかく反体制でギャーギャーわめけば正しい、という狂った主張をするダメ人間が大量生産されることになります。

朴正煕政権時代の韓国は、アジアの四昇竜と言われ、まさに大躍進の時代だったはずです。北朝鮮との体制間戦争で、逆転不可能な決定的勝利をおさめたのが朴正煕大統領と言えます。

だからこそ徹底して貶める。

北朝鮮からした当然の戦略でしょう。そのために、韓国の評判が悪かった時代に書かれた著書を、わざわざ再販して広め、在日コリアンへの歴史洗脳プロセスに利用するわけです。

ヘイトスピーチにかこつけて、この危険な主張をしている梶村秀樹氏の著書が再販されてますね。

ヘイトヘイト、差別差別と騒いでいる人がこういう本を読んで真に受けて、反政府市民デモ闘争をする革命闘士になってしまうわけです。

そんなことをしている暇があるなら、朝鮮学校の子どもが毎年平壌に強制連行されて常軌を逸した公演をさせられていることに激怒すべきでしょう。(関連記事:在日朝鮮学生少年芸術団 2016年迎春公演 音楽舞踊話「朝鮮学校の生徒の日記」

そちらには沈黙し、それをやらせている人たちと結託して反差別運動をして、自分たちを正義の味方なんだと気持ちよくなっている姿には、あきれ果てるばかりです。

今現在、収容所で女性を性奴隷にしている北朝鮮と共同声明を出す。それが慰安婦おばあさんの代弁者のつもりでいる韓国の「挺対協」です。残酷な二重レイプといえますが、やっていることはそれと変わらないでしょう。今現在の強制連行に激怒しない。あまりにも邪悪です。

親北傾向が大変強い『抗路』でも梶村秀樹氏が大変プッシュされています。そこで使われている写真が凄い。

梶村秀樹

小首を傾げて、かわいらしく映っている写真が載っていますね。笑うしかない。

「甘い考えで帰って行ってショックを受けつつも、そこで踏みこたえて自己変革を遂げていった青年も多いだろう」、というメルヘンな思考回路では研究者失格でしょう。

一度、北朝鮮の収容所にぶち込まれて1カ月でマッチ棒になる拷問を受けてみれば考えもきっと変わると思いますよ。

ちゃんとイメージしやすいように、北朝鮮の収容所の絵と、ホロコーストの写真を並べてみましょう。北朝鮮や在日の歴史について語る場合は、この写真を頭に叩き込むべきだと思います。

収容所の虐殺2

 

まぁ、この梶村秀樹氏も考えを180度変えて、過去の著書を否定する本を書く時間的余裕がなかっただけかもしれません。89年に死去されていますから。

さすがに90年代、脱北者の証言で北朝鮮のありえない収容所の実態が明らかになり、帰国者がどういう殺され方をしたのかはっきりしてきた段階で、同じような主張はできないはずです。

それにしても、こういう北朝鮮にとって都合の良い本を発掘して、せっせと広めようとする情熱を他のことに使ってもらいたいものです。

こういう人をお勧めしてくるようでは、「抗路」という雑誌は、在日(コリアン)総合誌ではなく、北朝鮮が裏で支援している在日(チュチェリアン)総合誌だとしか思えません。

まぁ自分でも自覚せずに、自律的に親北言論を書いてしまうのでしょう。この辺が洗脳教育の恐ろしさだと言えます。

在日総合誌を名乗るのであれば、朝鮮同胞と在日同胞が金日成と金正日にどういう方法で殺されたかが書いてある、下記のような本を推奨すべきでだと思います。それができないようでは、在日コリアンの総合誌を名乗る資格はないでしょうね。

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