世界の現実に気づきだした北朝鮮民衆

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』に、「世界の現実に気づきだした北朝鮮民衆」という寄稿がありました。

内容は、流入するデジタルコンテンツによって、北朝鮮民衆が政府に騙され、裏切られていることに気づき、内側からの体制変革の原動力になりえる、というもの。個人的には賛成ですが、外圧も必要でしょう。その外圧も、空爆や暗殺のような実力行使ではなく、北朝鮮政府に「民衆を弾圧させない」圧力が必須です。

結局、反抗しようにも、銃を持った軍隊が相手では無駄死にですし、逆らって親族丸ごと連座させられ、地獄の収容所送りになるのでは、反抗心も霧散します。

外部の圧力は、内部の変革を促すようなやり方を心がけるべきでしょう。

フォーリン・アフェアーズの寄稿論文で、北朝鮮での外部情報流入の実態が書いてあったので一部紹介します。

 

アンは2004年に脱北し、現在は韓国の首都ソウルで北朝鮮に情報を流す非政府組織(NGO)を運営している。

(中略)

その夜、アンが豆満江の川岸に立っていたのは、はっきりとした目的があったからだ。彼はこれまでにも何度も同じことをしてきた。近くに国境警備隊がいないことを確認すると、アンはUSBメモリをプラスチックケースに入れ、さらにそれを分厚いビニール袋に包むと、頑丈なワイヤを結びつけ、その一端を持って勢いよく向こう岸に投げた。袋が北朝鮮側に近い水中に落下すると、向こう岸からク(仮名)がさっと出てきて、袋を引き揚げた。

クの役割は、アンの仕事よりもはるかにリスクが高い。USBメモリの受け取り役として、クはアンの組織から100ドル相当の支払いを受けている。これは北朝鮮では家族を1-2ヵ月養える大金だ。だが、そのために大きなリスクを侵している。国境警備隊に捕まれば、殴られるだけでなく、強制収容所送りにされるか、下手をすると、処刑される恐れもある。

川から出ると、クは乾いた服に着替えて姿を消した。(アンの組織の要請で具体的な町の名を明かすことはできないが)彼は町に戻って、USBメモリをグレーマーケットに持ち込んで1個Iドルで売りさばく。買い手は、外の世界をひと目見たい人たちだ。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』 P77

韓国のNGO組織が、外部情報をUSBメモリに入れ、北朝鮮側の協力者に渡す。

協力者は市場で外部情報を知りたい人に売って稼ぐ。

こういうネットワークが構築されています。

こういう活動は、相手側の利益になるとかなり強力です。リスクはありますが、お金を稼ぐことができるのは大きい。

こういう地道な活動が、内部からの変革を引き起こす原動力となるかもしれません。累積戦略的な活動だと言えます。

このようなグレーマーケットの存在が、当局に禁止されている技術やメディアの流通を容易にした。北朝鮮の国内総生産(GDP)の大部分は、麻薬の生産と輸出、通貨偽造、マネーロンダリング(資金洗浄)によって支えられているが、そのための違法ネットワークが外国メディア情報の流入も支えている。

いまや外国NGO、脱北者、密輸業者、仲介業者、ビジネスマン、そして買収された兵士や役人で構成される驚くほど堅固なネットワークを通じて、禁制品である携帯電話やノートパソコン、タブレット型端末、コンピュータドライブが持ち込まれ、人々を外の世界と結びつけている。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』 P78

北朝鮮の国内総生産の大部分が麻薬の生産と輸出、通貨偽造、マネーロンダリングだそうです。本当に犯罪者国家ですね。

しかし、その違法ネットワークが、外部情報の流入にも使われており、体制を脅かす可能性も秘めています。

1974年に金正目は「党の唯一思想体系確立の10大原則」を発表して、主体思想を規律として明文化した。その原則の大部分は、最高指導者の絶対的権威と国家への絶対的服従を求めており、北朝鮮民衆のすべてはこの原則を暗記し、日常生活で順守することを義務付けられている。

毎週開かれる自己批判と隣人や同僚の相互監視のための会合が、これらの原則を実践する場だ。現在も毎週、教室、職場、工場で自己批判の会が開かれ、人々は10大原則を暗唱し、自分や仲間が主体思想に違反したことを批判する。子供でも、小学校に入学する頃から自己批判の会に参加しなければならない。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』 P79

生活総括という相互批判合戦は今も脈々と続けられています。

よく日本の北朝鮮専門家が、生活総括もすたれてきているとか、裏で口裏合わせして差しさわりのない批判をお互いするようにしている、などと言っていることをよく聞きます。

そういうのを聞くたびに、「だから何?」と言いたくなる。

やらされている方からしたらなんの慰めにもなりません。本当に北朝鮮の民衆のためを思うなら、隣人や友人とのつながりを破壊する最悪な仕組みだ!と糾弾して、国際世論を喚起すべきはず。妙に北朝鮮の最悪なシステムを矮小化する専門家が多くて嫌になります。

北朝鮮の各家庭には国から支給されたラジオがあり、それが1日中政府のプロパガンダを放送している。音量は調整できるが、スイッチを切ることはできないように作られている。チューナーは動かないために、選局はできない。放送内容はすべて厳格に検閲されている。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』 P79

スイッチを切ることができず、チャンネルを変えることもできないラジオが自宅にある。

かなりうっとおしい。

潜在意識への刷り込みでも狙っているのでしょうか?

金正日の『ジャーナリストの手引き』は、記者と編集者に「偉大なる革命の指導者として、国家主席に最大限の敬意を払い、愛し、間違いなく称える記事を掲載するように」と命じている。北朝鮮のジャーナリストたちは、その言葉に忠実に従っている。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』 P79

日本で報道の自由を求めるジャーナリストは気高い理想論を掲げますが、北朝鮮のような独裁国家の場合は、急に現実的になります。

「少しでも北朝鮮内部の情報を得るためには、従う以外術はない」、とか。

まぁその通りなんでしょうが、その二重基準についてジャーナリストとして少しは恥ずかしいと思わないのか?と本当に不思議になります。

先進国では理想に燃える反権力ジャーナリストが、独裁国相手にはそのシンパですか?と言いたくなる言動や行動をすることがなんと多いことか。

まぁ仕方ないと言えば仕方ないんですが、北朝鮮内部のことはともかく、朝鮮学校の子供が北朝鮮から被害を受けているのに、そのことを報道せず、隠蔽・矮小化に加担するジャーナリストや専門家がいることは本当に許しがたい思います。

現体制がより問題視しているのは、携帯電話よりも追跡が難しい携帯型のメディアプレーヤーだ。北朝鮮では現在多くの人が、グレーマーケットで中国製のMP4プレーヤーを購入し、密輸されたメモリーカードに入った動画を視聴している。MP4プレーヤーは小型で、充電可能なバッテリーで連続約2時間使用できるから、コンセントに接続しなくても映画を見ることができる。電力供給が安定していないために、多くの家庭にとってこれは非常に貴重なデバイスだ。

北朝鮮では「ノテテル(ノテルとも呼ばれる)」という携帯型メディアプレーヤーも人気だ。コンピュータのようにUSBメモリやメモリーカード、DVDを利用できるし、テレビやラジオの機能もある。ノテテルは中国製で、2005年頃からグレーマーケットに登場し、30-50ドル相当で入手できる。現体制は当初これを取り締まっていたが、2014年に現地の当局に登録することを条件にノテテルの所有を合法化した。だが脱北者たちが運営する報道機関によると、2016年夏以降に方針が転換され、現在ノテテルの所有は再び禁止されている。

捜査官が突然家宅捜査に来て、メディアプレーヤーが使用によって熱くなっていないかを調べられることも珍しくない。こうした事態に備えて、多くのノテテルユーザーは、USBメモリの違法コンテンツを見ているときも、合法的なDVDをデバイスに入れておき、家宅捜査に入られたら、USBメモリを抜き出し、合法的なDVDを見ていたふりをする。ノテテルの威力と危険性は、「監視と停電という、北朝鮮で外国コンテンツの視聴を妨げてきた二つの障害を克服していることにある」と、カリフォルニアのNGO「リバティー・インーノースコリア」のソキール・パクは、2015年3月にロイター通信に語っている。「北朝鮮の人々のために完璧な電子機器を作るとしたら、ノテテルがそれだ」

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』 P81

中国の「上に政策あれば、下に対策あり」を彷彿とさせる内容。

携帯型メディアプレーヤーで当局の統制を逃れようとしています。

そんでもって最後のまとめが秀逸。

真実を密輸入する

内外の情勢についてより正確な情報を入手するにつれて、人々の間では国に裏切られたという思いが生まれ、政府に対する不信感が広がっている。こうした不信感が、狂信的な個人崇拝を中心とする全体主義国家を蝕んでいくかもしれない。

ただし、政治的に真の変革が起きるには、こうした不信感が集団的な行動として具体化する必要がある。当局の許可なしでは集会が厳しく禁止されている北朝鮮ではこれは大きなハードルだろう。

(中略)

北朝鮮が変わるとすれば、内側から変わるしかない。外国の情報や文化的コンテンツの流通は、それを推進するもっとも持続可能かつ費用対効果の高い方法だろう。北朝鮮の今後に利害関係のある政府や人権団体そして個人は、デジタル技術や外国コンテンツを北朝鮮に送り込んでいる韓国やアメリカ、その他の国のNGOへの資金援助を検討すべきだろう。特に重要なのは、外国の情報を北朝鮮の将校や知識人、政治エリートたちに知らせることだ。さらにターゲットである民衆をよく知る脱北者に、コンテンツ選びや実際の密輸行為の訓練をするNGOの活動にも大きな価値がある。

北朝鮮当局がその気になれば、こうした活動を取り締まるのは簡単だとか、すでに不正な情報が大量に流入しているという批判の声もある。しかしこうした批判は、北朝鮮の人々が外国の情報コンテンツに抱く大きな渇望を理解していない。

現体制はこれ以上どうやって抑圧を強化するというのだろう。これまでの厳しい措置をもってしても、人々が禁止されたコンテンツを視聴するのをやめさせることはできなかった。北朝鮮の人々は、禁断の果実の味を知ってしまったのだ。たとえ厳罰に処せられる危険があっても、その果実をもっと欲しがっている。ドアに鍵をかけた暗い部屋で、誰にも見つからないことを祈りながらでも、彼らは外の世界を見たくて仕方がないのだ。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2017年2月号 (フォーリン・アフェアーズ・レポート)』 P82-83

「国に裏切られたという思いが生まれ、政府に対する不信感が広がっている」

喜ばしい傾向です。

しかし、地方ではとっくの昔のこういう感情は広がっています。問題は、平壌の一部特権階級は金正恩と運命共同体になっているため、この感情が弱いところでしょう。

忠誠を誓う相手に銃を与えて、不満分子を管理統制させる。

この構図を崩す必要があります。

そういう点で、「特に重要なのは、外国の情報を北朝鮮の将校や知識人、政治エリートたちに知らせることだ」という意見には賛成です。

ちょっと異論ありなのが「北朝鮮当局がその気になれば、こうした活動を取り締まるのは簡単だとか、すでに不正な情報が大量に流入しているという批判の声もある。しかしこうした批判は、北朝鮮の人々が外国の情報コンテンツに抱く大きな渇望を理解していない」という意見。

もちろんその通りなのですが、こう言われると「北朝鮮の政治犯収容所の恐怖を理解していない」と反論したくなります。

親族根絶やしの恐怖の前では、外国コンテツンへの大きな渇望も霧散します。

外国コンテンツが徐々に広がってきているのも、脱北者の証言や支援団体の尽力で、国際世論の圧力が高まり、政治犯収容所の残虐さが多少緩んできているためでしょう。

北朝鮮の体制を維持できる大きな理由は、連座制、強制収容所、密告制度、洗脳教育です。これらのどれかを崩せれば北の体制は揺らぎます。

脱北者が大量発生した90年代から20年以上たってもいまだに北朝鮮の収容所について話すと「それって本当?」という反応が大半です。思い出すのも辛いのに、繰り返し繰り返し、今までずーーーーっと訴え続けてきた方々に敬意を表したいと思います。

なぜか慰安婦と取り上げて国連や人権団体「全体」を批判をする右翼が多いですが、北を利する行動をしていることを理解していない。

こういう輩の危険なところは、一部を取り上げて全体を批判し、「組織そのものを潰してしまえ!」という革命思想が見え隠れするところです。

「誤り」を論理的かつしつこく指摘すればよいのに、なぜか名誉と誇りだの精神論を持ち出してくる。こういう思考回路は北とそっくりです。

慰安婦問題なみに、北朝鮮の政治犯収容所の実態がメジャーになれば、北朝鮮の体制変革も近くなるでしょう。

北朝鮮民衆が世界の現実に気づくのも大事ですが、世界(特に韓国と日本)の民衆が北朝鮮の現実に気づくもの同じくらい大事なことだろうと思います。