次元の違う北朝鮮の慰安婦証言:犬で犯そうとし、胎児を刺し殺し、子宮をタバコで焼き、朝鮮と中国の女性150人を並べて首を切る

北朝鮮の慰安婦ハルモニの証言が多数収録されている『無窮花(ムグンファ)の哀しみ―「証言」性奴隷にされた韓国・朝鮮人女性たち』。

今では韓国の専売特許のようになっている慰安婦問題ですが、よくよく証言の出元を精査してみると、ぶっとんだ内容の証言はだいたい北朝鮮発。

つまり北朝鮮がこの件を炎上させるべくせっせと活動してきたわけです。

さんざん炎上させてきたのに、今では存在感を消して慰安婦問題についての日本国民の怒りはすべて韓国に向くようになっています。

大変巧妙な北朝鮮の日韓分断工作。見事の一言です。

大事なのは、慰安婦問題に熱心に取り組んでいる人たちは「北朝鮮発の慰安婦証言を信じている」ということ。北朝鮮発の証言だと信ぴょう性を疑われるから大々的に言わないだけであって、北朝鮮の元慰安婦は真実を語っており、自分たちは正義を行い、彼女たちの無念を晴らすべく、これからも粘り強く活動していくんだと強い信念を抱いているということです。

これではいくら日韓の間で色んな取り組みをしたり合意を結んでも、この集団が納得するわけがありません。

 

日本側の最大の不満は、「20万人もの若い女性を銃剣で脅して強制連行した」という嘘がまかり通っていることですが、そういう極悪非道な人権蹂躙というイメージは北朝鮮の慰安婦ハルモニの証言が源泉になっていると言えます。

実際にその凄まじい証言内容を知れば、「極悪非道な人権蹂躙」というイメージ定着に、どれだけ北朝鮮が貢献しているかが分かります。

無窮花(ムグンファ)の哀しみ―「証言」性奴隷にされた韓国・朝鮮人女性たち』P76-83

『無窮花(ムグンファ)の哀しみ―「証言」性奴隷にされた韓国・朝鮮人女性たち』P76

朝鮮と中国の女性150人を並べ、首切りを始めたんです。

金大日(キム・デイル Kim Daeir)

1916年11月5日生まれ
朝鮮民主主義人民共和国
黄海北道開城市で生活
2005年死亡

私の故郷は黄海道の沙里院です。家はあまりにも貧しく、私は数え年で12歳の時、わずかな米と引き換えに、お手伝いさんとして金持ちの家に連れて行かれました。その後、日本人の経営する紡績工場に売られたんです。

1932年のある日、「福田」という日本人に「食べ物に困らない所に連れて行ってあげる」と言われました。汽車に乗せられて釜山港に着くと、そこには朝鮮人女性が20人くらいいました。私は、どこに行くかも知らずに船に乗せられたんです。

下関で船から降りると、「お前は今から朝鮮人ではないし、朝鮮語を使ってはいけない。名前はシズエにする」と「福田」は私に言いました。そして、連れて行かれた所は大阪の病院でした。

私は、ここで雑役をしました。血で汚れた包帯・ガーゼや大小便で汚れた患者の衣類の洗濯など、人の嫌がる仕事ばかりをやらされたんです。

そして、18歳になった正月のことです。それまで会ったことすらなかった院長が、私の部屋に突然入って来てナイフを突きつけたんです。そして「シズエ、俺の言うことを聞かないと死ぬぞ!」と言いながら、私の口をふさいで襲いかかってきました。

大阪の病院の院長という地位も名誉も金もある人が、いきなりナイフを突きつけてレイプ。戦地で血に酔った兵士ならともかく、病院の院長ですよ。もうすでにだいぶ嘘くさい。

そのことからしばらくたったある日、「お前はこの病院に2年間も奉公したから、もっと良いところに連れて行ってあげよう」と院長は言い、見知らぬ日本人に私を引き渡したんです。1934年のことです。

病院の院長が人身売買です。本当にやってたら普通に警察に捕まってるでしょ。日本人の看護婦が密告してますよ。

その男は東京に私を連れて行き、「従軍慰安婦」として軍隊に送り込みました。私を含めた30人くらいの朝鮮人女性が東京から釜山へ渡り、次に軍隊と一緒に「満州(※1)」に連れて行かれたんです。新京・哈爾濱(ハルビン)・斉斉哈爾(チチハル)・牡丹江を汽車で転々としました。兵隊は、途中で動けなくなってしまった女性を「えーい朝鮮人だ!」と言ってその場で刺し殺したんです。こうして数え切れない数の朝鮮の女性が殺されました。

言い方は悪いですが、大事な商品を動けないからと刺し殺すわけがない。

証言を信じる人は、日本兵はどれほど残虐だったのか!とショックを受けることでしょう。

そして私と数人の女性が選ばれて、船で連れて行かれたのが上海でした。そこには朝鮮人女性がたくさんいました。彼女たちは、「なぜこんなところに来たのか」と言って私を哀れんでくれました。

私が閉じ込められたのは軍隊が接収した中国人の民家で、その中は一畳くらいの広さに部屋が仕切られていました。この部屋の前には1~40番までの番号が付けられていました。つまり40人の女性がいたんです。私の番号は12番でした。

部屋の中には、布団ではなく毛布が1枚あるだけでした。しかも、それを被ってゆっくり寝る暇などなかったんです。兵隊は、朝6時くらいから夜中の2~3時まで部屋に大って来るので、寝る時間は1~2時間しかありませんでした。1日40~50人もの兵隊が部屋の前に列をつくって「早く早く!」とせかし、部屋に入るとすぐにのしかかってきたんです。私は、日本の着物を着て帯もしていたのですが、それをそのたびにつけたりするどころか起き上がる暇もありませんでした。兵隊は、各自がコンドームを持って来ましたが、性病にかかった女性もたくさんいました。

最初の頃は、第12師団(※2)に連れ回されて上海・漢口・南京などを転々としました。私は12年間も「慰安婦」生活を強要されたのですが、その中でも九州の第6師団(※3)から受けた数々の暴行は決して忘れられません。彼らはお酒を飲んで酔っぱらい、ごほう剣で壁や廊下を切りつけ、私にも突きつけながら「こら朝鮮ピー。俺の言うことを聞かないと殺すぞ!」と脅したんです。

剣振り回して、その辺切りつけながら殺すぞ!と脅迫。

狂人ですわ。

ある時、私は50人もの相手をさせられたので、疲れ果てて倒れてしまいました。「ノーシン」という薬を飲まされたものの、意識はもうろうとしたままでした。そしたら兵隊は、火の付いた煙草を私の鼻や子宮に入れたんです。そればかりか将校が、「もう俺はあきたので今度はお前の番だ」と、シェパード犬に私を襲うようにけしかけたんです。さすがに私も恐ろしくて「助けてくれ!」と悲鳴を上げました。

タバコで鼻や子宮を焼く。

俺は済んだからお前の番だとシェパード犬に獣姦させようとする。

めちゃくちゃですわ。

ちょっとは疑えよ。

帰還事業で北送された在日朝鮮人が、常に「祖国の配慮で」「祖国の懐に抱かれて」と嘘を言うしかなった現実を知らなすぎです。

残虐者のレベルが桁違いで何一つ信用できません。

不思議なことに、北朝鮮の強制収容所で似たような話しをよく聞きます。

蛇を膣に押し付け、膣に焼きコテを突っ込んで殺す。(参考投稿:『北朝鮮 絶望収容所』 目を見開いたまま死んだ娘

赤ん坊を犬に食わせる。(参考投稿:『北朝鮮 絶望収容所』 赤ん坊を犬に投げ与える

これが北朝鮮の政治犯収容所で行われていることです。

北朝鮮のパターンですが、自分がやっていることを歴史捏造で自己投影し、相手になすりつけて「お前もやってたんだからまずは自分が反省しろ!」と言って批判をかわすのが彼らのやり口です。

北朝鮮の韓国軍事独裁時代を徹底して悪魔化するやり口も同じだったりします。

この北朝鮮在住の元慰安婦の証言もそのパターンでしょう。

(次ページに続く)

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