次元の違う北朝鮮の慰安婦証言:切り落とした生首を煮て食わせ、釘の山で血だるまにし、水拷問で膨らんだ腹の上でシーソーをし、焼いた鉄棒を子宮に入れて殺し、入れ墨で体に落書きする

北朝鮮の慰安婦ハルモニの証言が多数収録されている『無窮花(ムグンファ)の哀しみ―「証言」性奴隷にされた韓国・朝鮮人女性たち』。

今では韓国の専売特許のようになっている慰安婦問題ですが、よくよく証言の出元を精査してみると、ぶっとんだ内容の証言はだいたい北朝鮮発。

つまり北朝鮮がこの件を炎上させるべくせっせと活動してきたわけです。

さんざん炎上させてきたのに、今では存在感を消して慰安婦問題についての日本国民の怒りはすべて韓国に向くようになっています。

大変巧妙な北朝鮮の日韓分断工作。見事の一言です。

大事なのは、慰安婦問題に熱心に取り組んでいる人たちは「北朝鮮発の慰安婦証言を信じている」ということ。北朝鮮発の証言だと信ぴょう性を疑われるから大々的に言わないだけであって、北朝鮮の元慰安婦は真実を語っており、自分たちは正義を行い、彼女たちの無念を晴らすべく、これからも粘り強く活動していくんだと強い信念を抱いているということです。

これではいくら日韓の間で色んな取り組みをしたり合意を結んでも、この集団が納得するわけがありません。

 

日本側の最大の不満は、「20万人もの若い女性を銃剣で脅して強制連行した」という嘘がまかり通っていることですが、そういう極悪非道な人権蹂躙というイメージは北朝鮮の慰安婦ハルモニの証言が源泉になっていると言えます。

実際にその凄まじい証言内容を知れば、「極悪非道な人権蹂躙」というイメージ定着に、どれだけ北朝鮮が貢献しているかが分かります。

 

無窮花(ムグンファ)の哀しみ―「証言」性奴隷にされた韓国・朝鮮人女性たち』P195-200

全身に残る刺青

のぞいていたビデオカメラのファインダーの中で、ソファーから立ち上がった鄭玉順(チョンオクスン)さんがこちらへやって来るのが見えた。椅子に腰掛けている私の腕をつかみ、怒鳴るように人きな声で話し続ける。目の前にいる日本人が、自分に虐待の限りをつくした日本兵と重なって見えたのだろう。

日本軍によって性奴隷にされた女性たちの口からは、日本兵や日本人を罵る言葉が次々と飛び出す。彼女たちの私への態度からみると、日本人そのものに嫌悪感を持っているのは明らかだ。被爆・強制連行・軍人軍属などの被害者たちと比べ、日本軍の性奴隷にされた女性たちは長期間にわたって過酷な体験をさせられ、しかもその時の被害によって祖国解放後も苦しんできた。

鄭玉順さんは、咸鏡南道豊山郡把揆里(プンサングンアパルリ)で1920年12月28日に生まれた。

1933年6月3日、井戸で水を汲んでいたところ、いきなり後ろから髪の毛を強く引っ張られた。制服を着た3人の男に捕まり、連れて行かれたのは把揆里の駐在所だった。ここで汚い布を口に押し込まれて強姦される。抵抗したので目を強く殴られ、この時から左目が次第に見えなくなった。

そして十日後、7~8人の兵隊にトラックへ乗せられ、恵山にあった日本軍の守備隊に連行された。恵山は中国東北地方との国境にあり、鄭さんの家から北北東に約50キロメートルの所である。ここには、大勢の女性たちが各地から集められていた。鄭さんは、1日に約40人もの兵隊の相手をさせられる時もあり、子宮からは血が流れ出した。

この年の8月27日、「1日で兵隊100人の相手ができるのは誰か」と刀を下げた兵隊が聞いた。その時に手を上げなかった15人の女性は、他の女性たちへの見せしめとして殺された。その方法は、裸にした女性たちの頭と足を兵隊たちがつかみ、一面に釘を打った板の上をゴロゴロと転がしたのだ。噴水のように血が噴きだし、釘には肉片がこびりついた。それを見ていた時の気持ちを、「天と地が逆さまになった」と鄭さんは表現した。

凄い証言が飛び出しました。

一面に釘を打った板の上に載せて転がしたそうです。

鬼気迫る勢いの感情表現に圧倒されて著者は信じてしまったようです。

次に兵隊は、「言うことを聞かない者はまだいるか」と言って、釘の上を転がされて死んだ一人の女性の首を切り落とした。鄭さんたちが泣いているのを見た中隊長は、「慰安婦たちは肉を食っていないので、肉が食いたくて泣いているんだ」と言った。兵隊たちは、殺した女性の頭を釜で煮始めた。そして鄭さんたちを木刀で叩いて、無理やりその汁を飲ませたのである。

今度は人肉食いです。

切り落とした生首を鍋にれて煮て、その煮汁を飲ませる。

凄いな、ほんとに。

なぜこのぶっとんだ証言を本当だとあっさり信じるのかが謎。

鄭さんはそこまで話をすると、この時に殺された女性たちの名前を指を折りながら一人ずっあげた。ケオリ、タノリ、ミョンスギ、ケチュニ、プンスギー。途中で分からなくなると最初からやり直した。それが終わると、「その守備隊の大隊長は『ニシハラ』、中隊長は『ヤマモト』で、小隊長は『カネヤマ』、慰安所の監督は朝鮮人の『朴』でした」と語った。鄭さんは日付や人名をくわしく覚えているなど記憶は実に鮮明だ。

記憶は実に鮮明だ=だから証言は信用できるとでも言いたいのでしょう。

記憶が鮮明な理由なんて簡単です。北朝鮮当局が書いた台本を暗記しているだけ。

北送された在日朝鮮人が日本の親族と会ったときに「祖国の配慮で幸せに暮らしている」と壊れたテープレコーダーのように繰り返していましたが、本当のことを自由に話せないのが北朝鮮です。

著者はそんなことも知らないのでしょうか?

1933年12月1日にはオ・チョンヘという女性が、将校によって子宮に鉄の棒を押し込まれて殺された。翌年2月4日にはオ・ズンイという女性が、梅毒を将校にうつしたという理由で殺された。彼女は口に布を詰められ、焼いた鉄の棒を子宮に入れられて即死。引き抜いた棒には肉がこびりついていた。

えげつない。

焼いた鉄の棒を子宮に入れて殺す。

北朝鮮の政治犯収容所で同じことが行われていますね。

自分たちがやっていることを歴史捏造で投影し、「日本も昔はやってただろう」と言って人権蹂躙への批判を封殺するのが北朝鮮のやり口。

この手の証言は、「ああ北朝鮮は収容所でそういうことやってるんだな」と思えばほぼ間違いないです。

日本軍のあまりにも残虐な行為を次々と聞かされ、私はすっかり気がめいった。質問もできず、大きなため息ばかりが出る。驚くべき話はまだ続く。

恵山の部隊は、女性たちを連れて中国へと移動。台湾とも近い所にしばらくいた後、1935年9月には広州に着く。市街地から12キロメートルほど離れた所の立派な建物に入れられた。

翌年6月15日に鄭さんを含めた12人の女性が逃亡したが、二日後に全員が捕まってしまう。「逃げようと最初に言ったのは誰か。それを言えば首謀者以外は助けてやる」と言われたものの全員が黙っていた。鄭さんは鉄の棒で頭をめった打ちにされた。この時の傷は今も残っている。忌まわしい体験を話すのに、彼女がおしゃれをするかのように薄い布を頭にかぶっているのに違和感を感じていたが、その理由がこれで分かった。

次に受けたのは水拷問。鄭さんの口にゴムホースが押し込まれ、水が注がれた。膨れ上がったお腹の上に板が乗せられ、兵隊がシーソーのように踏みつけた。鼻と口から水が吹き出し、これが何度か繰り返されて気を失った。

とんでもない証言ですね。

水を腹がパンパンになるまで飲ませ、板を載せてシーソーゲームのように飛び跳ねる。鼻と口から水が噴水のように噴き出す。

これも北朝鮮の収容所で行われている拷問で、近い証言があります。

妊婦を強制堕胎させるために、妊婦の腹の上に板を載せて囚人にシーソーをさせる。

これが北の収容所です。

この人たちと連携する韓国の慰安婦支援団体。

意味が分からない。

そして、さらに残忍な行為が行われた。鄭さんたちは、足首を縄で縛られて逆さに吊り下げられた。兵隊は、針がたくさんついた拳大の黒い塊を持って来てそれに墨を付けた。そして鄭さんや他の女性たちの口をこじ開けて強く押し込んだのである。鄭さんの前歯は折れ、激しい痛みで再び気を失った。

北朝鮮の元従軍慰安婦 鄭玉順さん 入れ墨を入れられる『無窮花(ムグンファ)の哀しみ』P199

口だけでなく、全身に入れ墨が行われた。兵隊たちは女性たちを殺す前に、その肉体に落書きをしたのだ。馬車で運ばれて来た女性たちが、野原に捨てられるようすを中国人の男性が見ていた。彼は日本兵が立ち去ると息のあった二人の女性を運び出し、2ヵ月間ほど介抱をした。鄭さんは奇跡的に生き残ったのである。

入れ墨を見せてもらった。鄭さんが指でめくった唇の裹には、鮮明な濃紺の斑点がある。ぼやけてはいるか、舌にも青っぽい箇所がいくつかある。たくさんの針を舌に剌されたので、それからは話をすることも困難になり、完全には治っていないという。今も話し方に不自然なところがある。背中の下部には、背骨に沿って丸い点が数珠つなぎに描かれている。

胸と腹部の入れ墨には、思わず大きな声を上げてしまった。何を描いたものなのか判別できないが、子どもの落書きのような模様がくっきりと残っている。

朝鮮人慰安婦殺す前に、日本兵が遊び半分で入れ墨で落書きしたそうです。

凄いな、ほんとに。

「内鮮一体」を掲げながらも、支配していた朝鮮から膨大な人数の若い女性たちを拉致し、人間としての尊厳をすべて奪って虫けらのように踏みつぶした。鄭さんの体に深く刻まれた入れ墨は、どれほど多くの話を聞くよりも、日本がおこなった朝鮮支配の実態と「皇軍」の本質を明確に示している。

「日本がおこなった朝鮮支配の実態と「皇軍」の本質を明確に示している」そうです。

この著者は自由に発言できない北朝鮮発の証言をなぜ無邪気に信じてしまうのでしょうか?本当に謎。

それにしてもぶっとんだ証言です。

北朝鮮政治犯収容所の悪逆非道を、そのまま主役を日本兵に変えて話を創作したとしか思えません。

そしてこれを信じている慰安婦支援団体の面々。

さらにはこの証言に引きずられて話を盛る韓国人慰安婦。

韓国人慰安婦の証言内容が話しを聞くたびにグレードアップしていきますが、それも当然。普通の内容だったら他の証言者より目立ちませんから。

良くある話ですね。

脱北者の証言にも似たような事例はあります。

目立つために他の脱北者の話を自分のことのように話す。

これと同じパターンでしょう。

そしてその証言を信じてしまった支援団体の面々。確かにこのぶっとんだ北朝鮮慰安婦の証言を真実だと信じてしまったら、義憤に駆られて熱心に謝罪と賠償を求める運動をしてしまうのは分かります。

やっかいなのは、「もしかして嘘かも?」という疑問を呈することができないこと。そんなことをしたら訴訟騒ぎになってメディアからフルボッコにされます。

「変だな?」と思って真実を追い求める人は沈黙を強いられ、慰安婦支援団体の面々はどんどん元気になる。

寄付金も集まり、熱心に支援すれば政界への進出にも有利。

こんなもんなくなるわけがない。

元駐韓大使の武藤正敏氏も指摘しているように、慰安婦問題では日本はもっと慰安婦支援団体と北朝鮮とのつながりを指摘していくべきでしょう。

そうすれば、日本に対しては普遍的な人権問題で糾弾するのに、北朝鮮の人権問題に沈黙する文政権の二重姿勢に国際社会の注目があつまります。

慰安婦問題で盛り上がれば盛り上がるほど、北朝鮮の人権問題に言及しなければならなくなる。こういう構図に持ち込むのが日本がやるべき対応です。

嫌韓ネトウヨのおバカさんみたいに、「戦前の素晴らしい日本兵の皆さんがそんなことをするわけがない!」「自分のおじいさんたちがそんなことするわけない!」というアホな主張ではどの国からも共感してもらえません。

そのためにもいかに北朝鮮がこの慰安婦問題を炎上させるために初期段階でせっせと宣伝扇動してきたかを知ることが大事だろうと思います。

 

関連投稿: