『北朝鮮に憑かれた人々』 朝鮮戦争は北が仕掛けたという事実から逃げた進歩的知識人

韓国軍の北侵を信じた人々

この種の決定的な証言は、もちろん五〇年代には出現していなかったから、そこにさまざまなこじつけや憶測を日本の進歩的文化人がほしいままにしたのは当然の帰趨だった。

韓国軍の北侵という物証は見当たらなかったために、開戦直前の五〇年六月中旬に、米国防長官や統合参謀本部議長、さらに極東政策担当者のダレスが南朝鮮を視察したことが、開戦を謀議し命令した傍証とされた。

しかしそんな陰謀を企んでいたなら、彼らの行動は厳重に秘匿されるはずだし、ダレスが三十八度線の韓国軍前線の塹壕から北側を見るといった写真を記者に撮影させるわけはないだろう。

米国陰謀論はだいたい左派がその起源だったりします。米国は帝国主義で悪い奴に”違いない”という強固な思い込みが真実を見えなくさせるのでしょう。

一九五五年初版の『昭和史』(岩波新書)の著者、遠山茂樹・今井清丁藤原彰も、韓国が北朝鮮を侵略したことから朝鮮戦争が始まったというデマを書き散らした。

そのなかで、「(五○年六月)二十三日、在日アメリカ空軍戦闘機部隊は九州に集結した。そして二十五日、北鮮軍が侵略したという理由で韓国軍は三十八度線を越え進撃した」と記述、朝鮮戦争はアメリカ・韓国側が仕掛けたものだと、開戦初日から平壌放送が韓国が北侵したとのニュースを流し続けたことに象徴されるような、北朝鮮側の偽装的政治宣伝を後生大事に奉っている。

一方、国境を越えて進撃した北朝鮮軍は、戦争準備の全くない韓国軍と、押っとり刀で支援に駆けつけた米軍を蹴散らし、六十日間で釜山近くまで追い詰めた。

このような急進撃は、事前に周到な侵攻作戦計画と兵力配置などの戦争準備、弾薬・食糧の豊富な備蓄・補給のプログラムがなければ実行不可能であることは、軍事常識からして明白である。

陸軍士官学校卒の職業軍人(陸軍大尉)として、戦時中は中国戦線の大隊長まで務めた藤原がそのことに思い至らなかったのは奇怪としか言いようがない。

実に不思議ですね。攻撃を仕掛けられた方が反撃してあっという間に釜山まで追い詰める。不意打ちくらった後の反撃ならソウルくらいまでが限界だろうという常識も通じない。

この記述は、当時、共産党を筆頭とする左翼が掲げていた、アメリカは戦争勢力、共産圏は平和勢力というスローガンに忠実だったのにすぎない。

平和勢力の一員である北朝鮮が、侵略などするはずがないとする思い込みがあったと思われる。その意味でこの本は、歴史書というより、政治的プロパガンダと言ったほうが正確だ。

しかしその嘘は、ソ連のフルシチョフの回顧録や、金日成体制に反対してソ連に亡命した当時の北朝鮮軍作戦局長愈成哲の証言から、金日成が韓国侵攻作戦を計画し、スターリンがそれを承認、協力したものであることが明確になった。

五九年に出た『昭和史』の新版でも、「北鮮軍が侵略したという理由で」のくだりを「攻撃してきた」と一部の字句を変えただけで、そのまま引き継がれた。

おまけに「二十六日、北朝鮮軍は韓国軍に反撃、逆に三十八度線をこえた」と、北朝鮮軍南侵の時日(六月二十五日未明)を一日ずらして、北朝鮮軍の侵攻は「反撃」だと強弁するために、史実を改竄までして辻褄を合わせようとしている。

北朝鮮に憑かれた人々―政治家、文化人、メディアは何を語ったか』P102-103

「共産党を筆頭とする左翼が掲げていた、アメリカは戦争勢力、共産圏は平和勢力というスローガン」

今では考えられませんが、これが当時の世相です。

米軍にボッコボコにやられたから、その辺の恨みもあったのかもしれませんね。

「平和勢力の一員である北朝鮮が、侵略などするはずがないとする思い込み」も今は昔。

 

新たな証言や証拠で嘘が分かったから頭が切り替わるかと言うとそうではない。

「それは間違いだった。だからと言ってアメリカが正しいとは限らない」式の言い訳で自分をごまかします。

北擁護はやめても、米国叩き、韓国の軍事独裁叩き、日本の軍国主義叩きはやめない。ちょっとでもそういう傾向が出てきた(と勝手に)思った瞬間大騒ぎです。

そこませファシズムが嫌いで人権という普遍的価値観を大事にするなら北朝鮮の独裁体制下で苦しむ人たちを救出するために何かやれば良いのにやらない。

臭いものに蓋をして目を背けるのは彼らに共通する病癖と言えます。

(次ページに続く)