『北朝鮮に憑かれた人々』 朝鮮戦争は北が仕掛けたという事実から逃げた進歩的知識人

「臭いものに蓋」の左翼学者

そして、朝鮮戦争が北朝鮮の韓国侵略によって始まった事実が、北朝鮮の元軍高級将校や旧ソ連の高官の証言で明白になった七〇年代になっても、家永教科書裁判で検定側との争点となった朝鮮戦争の記述に関連して、家永側の補佐人、大江志乃夫茨城大学教授は、家永教授と同様、北朝鮮を侵略者と断定できるかどうかと問い、「朝鮮戦争がアメリカ軍による侵略戦争であるという有力な学説もあるが、それをふくめ学説としては、南朝鮮側と北朝鮮側のいずれが戦端を開いたかはともかく、朝鮮民族内部の戦争として開始されたということを否定するものはいない」と書いている(遠山茂樹・大江志乃夫榻『家永日本史の検定』三省堂、七六年六月初版)。

家永裁判。今でも左派界隈ではこれを素晴らしいことだと神格化されています。

特に朝鮮学校擁護派の本ではちらほら見かけますが、朝鮮戦争の書き方からしてもその理由がよく分かります。

「朝鮮戦争がアメリカ軍による侵略戦争」とした「有力な学説」とは何を指すのか示していないが、おおかた前述の『昭和史』だろう。

それは別として、いずれが戦端を開いたのかどうかは、侵略者がどちらかとの判定と無関係なのか。国連安保理で北朝鮮を侵略者と判定したからこそ、朝鮮戦争に国連軍が派遣されたのだ。

また「民族内部の戦争」というが、朝鮮戦争がソ連の支援と中国の容認の下に始まったことははっきりしている。表向き参戦しなかったソ連も、戦闘機部隊を隠密に参戦させた事実も明らかになっている。

もし逆に韓国軍が米軍の支援と指導の下、北朝鮮に侵攻したのなら、大江もそれを侵略者と呼んで憚らないだろう。

ここが左派学者のダメなところ。米国がやったら大騒ぎして悪魔化。それ以外の勢力がやったら擁護。それも米国が挑発したからとか一生懸命その理由を探して責任転嫁するんだから救えない。

大江がこのコメントを発表した七六年には、北朝鮮の侵略を示す有力な証拠が出てきているのを知っていたからこそ、「いずれが戦端を開いたかはともかく」と逃げを打ったのだろう。

こういった、都合の悪いことは棚上げしようとする態度は、左翼学者に共通していると見え、教科書検定訴訟を支援する全国連絡会常任委員の徳武敏夫も『日本の教科書づくり』(みくに書房)で、「どちらが先に戦端を開いたかの詮索はいちおう措くとして……」と書いている。「臭いものに蓋」では、彼らがことあるごとに言い立てる「科学主義」が泣くというものだ。

藤原や大江らのこんな一派が、日本現代史の「権威」として、その後も学会に居座り続け、朝日の自虐史観報道のコメンテーターとして何食わぬ顔で登場しているのは、その面の皮の厚さに感嘆するはかない。もっとも、朝日も同じ穴の狢だから、類は友を呼ぶといったところか。

家永裁判の実態が分かろうというものですね。こういう人たちを批判するのを「反日」で片付けるのは正確ではない。事実を認める謙虚さもなく、己の過去の過ちを認めないためには平気で歴史を歪める人たちと批判すべきでしょう。歴史家としては失格です。

南の北侵説を信奉する進歩的文化人らのバイブルとなったのが、-・F・ストーンの『秘史朝鮮戦争』だった。

これは西側の新聞などに掲載された公開資料を使って、北侵説そのものを証明しているわけではないが、朝鮮戦争はアメリカの挑発によるとした本である。

杉捷夫(としお)東大教授はいちはやくこの本を取りあげ、『世界』五二年九月号「『朝鮮戦争のかくされた歴史』など」で、「ストーンの書物は恐るべき国際政治の怪物が人類の前途に立ちふさがっているさまを、今さらにまざまざと思い知らされる。しかし、同時に、それにめげず、目をさましているすべを教えてくれる」と激賞している。

杉はストーンの精彩に富む分析の見本として、開戦日の二十五日正午、ジョン・ガンサーが、日光で、米占領軍総司令部の重要メンバ上一人と昼食を食べようとしていたとき、電話を受けた一人が、「大事件が起こった・南朝鮮軍が北朝鮮側を攻撃したよ」とささやいたと、ガンサーが『マッカーサーの謎』(木下秀夫、安保長春共訳、時事通信社)で書いていることをとらえて、米国連代表が国連事務総長に電話で読みあげた、北朝鮮軍が韓国領土に侵入したとする賍韓米大使からのメッセージなるものは、米大使から国務省に送られた現実の電報ではないとしたくだりをあげている。

このガンサーの回想は、南の北侵説の有力な証拠として、ことあるごとに進歩的文化人らがとりあげている。

たとえば堀江忠男早稲田大学教授は『平和』五五年九月号の「特集 あれから十年」でこの総司令部要人の言葉をゴチックで記載、韓国軍による北侵説を強調している。


色眼鏡をかけた進歩的文化人

しかしガンサーも書いているように、「南朝鮮軍が北朝鮮側を攻撃した」との総司令部要人の発言は、電報が転送される際に誤って伝えられた可能性は多分にある。

また駐韓米大使の電報の内容は、米国連大使のメッセージと違って、「戦闘がいかにして始まったかを大使自身の権威において報告すべき準備ができていない」と明記した曖昧なものであったとストーンは指摘しているが、寝耳に水の奇襲を受けた側の情報が錯綜・混乱し、事態を正確につかめぬまま、第一報が曖昧なものになるのは当然ではないか。

もし戦争が米・韓の共同謀議で引きおこされたものなら、もっと整然とした偽装工作をやるだろう。

ちなみに平壌放送は開戦当初から南が北侵したとのニュースを流し続けている。

侵略計画建てて整然と侵攻した側が落ち着いてニュースを流す。分かりやすいですね。

前掲の呂政治委員の回顧録には、北朝鮮の侵攻部隊全軍の三十八度線への終結を完了した六月二十三日には、南に平和統一使節団を派遣し、「金日成は平和宣伝攻勢で南侵奇襲作戦を徹頭徹尾偽装した」とある。米大使の第一報が曖昧であったことこそ、米国の陰謀説を打ち消す証左だろう。

そもそもストーンは、米大使の電報と米国連代表のメッセージとの矛盾などを洗いたてるのには熱心だが、より大きな疑問には頬かぶりしている。

それは北朝鮮軍が、押っ取り刀で介入した米軍の反撃をはね返して、釜山橋頭堡の一角に追い詰めることができたのはなぜか、という疑問である。

単に北侵した韓国軍に反撃・追撃しただけならソウル占領が関の山だろう。綿密な侵攻作戦計画だけではなく、武器弾薬、食糧の備蓄など事前の周到な準備がなければ三十八度線から何百キロも進撃できるわけがない。これは軍事常識のイロハである。

ストーンの本のこの種の矛盾は、健全な知性の持ち主ならすぐ気がっくはずだ。進歩的文化人らかそれに気付かないのは、単なる無知か、色眼鏡のせいだろう。

北朝鮮に憑かれた人々―政治家、文化人、メディアは何を語ったか』P104-108

こういう色眼鏡で事実をありのままに受け取れない人が日本の歴史学会の重鎮として君臨していたわけですね。

そりゃ偏向教育だの反日教育だのと批判もされません。

この手の人たちは自分が批判されるとすぐに右傾化だの言論弾圧だのと論点ズラしで逃げます。困ったものです。純粋に己の誤りを認めれば良いだけなんですけどね。

で、争点であるはずの戦後の近現代史では分が悪いので、戦前の歴史論争で言い争いをすべき、そちらに争点を動かしてきます。うまいもんですよ。それに乗ってしまう保守側にも問題はありますが。

こういう人たちが一掃されない限り、まっとうな左派は生まれないように思えます。

自分がリベラルと思う人こそ、積極的に北朝鮮擁護をしてきた人たちとは縁を切るようにすべきでしょう。