『韓国はなぜ北朝鮮に弱いのか』ごく常識的な見方をすべき

今現在、世界中を見渡しても圧倒的と言える人権蹂躙をしているのが北朝鮮です。

移動の自由もなく、政府を批判する自由もなく、私有財産もいつ取り上げられるか分からない状態です。

密告制と連座制で、訳も分からず山送りや収容所送りになる。

国家としてこんなことをしている国は北朝鮮以外にないでしょう。

南北融和ムードが漂う昨今、『韓国はなぜ北朝鮮に弱いのか』から、同じ世相であった2000年のときの警笛を引用します。

P212-216

ごく常識的な見方を

朝鮮半島の問題は、「王さまは裸だ」といった思惑に囚われない幼児の素直な目で見るのが一番である。たとえば、朝鮮戦争は南の米韓から仕掛けたもの、という議論が長く日本の論壇を支配したが、普通の生活人は、戦争初期に北朝鮮軍の連戦連勝ぶりからして、あれは北朝鮮が口火を切ったのだと見ていた。そのことはソ連崩壊後、世に出た資料で正しいことが証明された。また七〇年代までは、北朝鮮の経済建設が順調にいっていると言う文化人が多く、それが暗礁に乗り上げているなどと言うと、激しい非難を浴びせてきたものだ。しかし貿易代金が支払えない状況を見て、普通の人は「北の経済はおかしくなっているな」と言っていた。それがその通りだったことは、すぐ明らかになった。

そうした目で現在の南北関係を見る場合、それは本当の和解には程遠いと言わなければならない。難しいことをあげつらう必要はない。南北に離散している家族が、自由に会えるどころか、手紙のやりとりすらできない状況にある――という一事を考えるだけで十分である。戦争の可能性がうんぬんされる大陸中国と台湾との間でも、そんなことはない。統一前の東西ドイツの人々は、互いに自由に行き来していた。だが、北朝鮮はそうしたことを一切許していない。人道的精神を掲げ離散家族の交流を要求する韓国に押されて、八五年と今回、僅かな人数の交流は認めたが、その場合も南へ送る人間はきびしく選別し、南へ行っては「人民共和国万歳」を言わせている。

実情がこうであれば、われわれ外国人は、離散家族が手紙のやりとりができるようになったかどうか――といったごく基礎的な生活条件のありようを指標とし、南北朝鮮がいま和解あるいは統一の方向に進んでいるかどうかを考える方が間違いがない。南北当局✖段階統一方案といったものを比較検討するのもいいが、プランはあくまでプランであって、ときには現実の目隠し役をすることがあるから要注意である。

こういう当たり前のことを見ようとしない人がなんと多いことか。

「戦争は絶対ダメ!」というキャッチフレーズに目が曇りまくっているのでしょう。戦争はダメだから隣国の奴隷制は黙認しようと言っているようなものなのに、こういう人たちが人権や平和を語るのは偽善でしょう。

いろんな統一方案についてもプランはプランであって、現実の目隠し役をするという注意もまさにその通りの状態になっています。

改革不可能な体質

南北朝鮮が対立の軛から抜け出せないのは、両者がともに体制の維持に執しているからである。一九四八年、南北朝鮮は冷戦のさなかに誕生した。そのため北朝鮮は社会主義陣営の、韓国は資本主義陣営の最前線を守る国として運命づけられた。その誕生に冷戦がビルト・インされていたことは前論文で述べてきた通りである。それでも韓国の場合は自由主義体制のおかげで、体制維持の感覚にも一定の柔軟性を持つことができたが、北朝鮮の方は、社会主義の固守以外に他の道はないという線で生きてきた。そのおかげで金日成は、東欧の社会主義諸国が音をたてて崩れていく九〇年においてさえ、われわれは何が起ころうと「自主的立場を確固と堅持し、平和と社会主義の東方哨所を頼もしく守っていく」(新年辞)と、東西陣営の枠組みから離れられない体質を示していた。そうした体質を金正日政権は受け継いでいる。もっともいまは体制の維持を看板にしながら、自己の権力維持に汲々としているのが実情と言った方がいいかも知れないが。

北朝鮮が叙上のような体質である以上、あの国に経済援助をつづけることによって、異常なまでに閉鎖的なその体質を改めさせ、徐々に国際社会へ誘導して「普通の国」にする――といういわゆる軟着陸論(金大中の融和政策もこの範疇に入る)などは観念論に過ぎない。

こうした議論は、中国が開放政策をとって、社会主義経済の泥沼から抜け出したことを踏まえてのことであろう。だが、それは大きな事実を見逃している(でなければ故意に無視している)。中国には、イデオロギーに縛られた毛沢東路線に反対し、政治的生命を抹殺される危険を何度も冒しながら、改革開放を追求した鄧小平という改革者がいた。ある体制の体質を変えるには、身を捨てる覚悟の批判者が出なければならないのである。だが北朝鮮にそういう人物が出てくる気配は全くない。金日成父子はここ三、四〇年の間に、まつろわぬ者を徹底的に剔出して、超管理体制を作り上げてきたからである。したがって、現在のままで北朝鮮に援助をすれば、悪しき体制を延命させるだけで、東アジアはこれまで通り、不安定なままに残ることになる。

慧眼ですね。いや、慧眼というより事実を羅列して、常識的に考えれば誰でもそうだなと思えることです。

しかし、この常識が通用しない。

「ある体制の体質を変えるには、身を捨てる覚悟の批判者が出なければならない」のにガッチガチの監視統制でそれも不可能です。

「この状態の北朝鮮を援助するのは悪しき体制を延命させるだけ」

まったくもってその通りです。

また「金正日政権は長保ちしないと思っていたが、意外に堅固だ」と感心し、この政権をまともな対話の対象として評価しなければならない、という議論もよく聞く。しかし、そういう議論は、自分たちがあの国が崩壊するときの混乱を恐れて、北朝鮮にモノやカネを送り、金正日政権を下支えしてきたことを無視している。自分で潰さないようにしていて、あの国は潰れないと言うのだからおかしな話である。

金正恩は冷徹な戦略家だ、意外にうまく経済を切り盛りしている。金正日時代にも似たようなことは言われてましたね。同じことが繰り返されています。

自分たちが援助して崩壊させまいとしているのに、あの国は潰れないという議論も確かにその通りですね。

「潰れない」ではなく、「潰さないようにしている」というのが正確です。本気で潰そうと制裁を徹底したら対話に出てきたわけですから、この論の正しさが証明されてます。

北朝鮮の政権は長寿記録のナンバーワンである。一九九四年七月八日に急死した金日成は、第二次世界大戦後、すっと一国の最高権力者でありつづけた最後の人物だった。八〇年にユーゴスラビアのチトーが死んでからは、他にそうした人間はいなくなっていたのである。それだけでも記録的だったのに、北朝鮮が特異なのは、彼が逝ったあとを、彼の志を拳拳服膺すると言いつづける長男が後を継いでいることである。

われわれはスターリンや毛沢東の死後、両独裁者に対する批判が生じたのを見ている。金日成が息子に権力を世襲させたのは、そういう轍を踏むまいとしたのだと言われている。その真否はともかく、はっきりしているのは、ソ連も中国も、強力だった前任独裁者を後継者が批判することによって、カリスマの呪縛から逃れ、転回・新生の道を探ることができたということである。これに反して北朝鮮は、後継者である息子が、ひたすら父の「遺訓」を奉じると言っているのだから、そこに新たな転換を期待することは難しい。北朝鮮の政治世界には、冷戦時代と同じ時間が流れているのである。こういう国に援助を与えて国際社会に誘導し、常識を備えた「普通の国」にすることができるように言うのは、みずからに心理的詐術を施すに近い。

「心理的詐術」

良いフレーズです。この心理的詐術をやる人たちが実に多い。「関与」を増やして「変革」を促すという言説などはその最たるものでしょう。

最近注目している徐台教氏の記事などはその典型例でしょうね。(参考:春模様の朝鮮半島、文在寅政権の真意は「関与」からの「変化」にあり

分からんでもないし、そうなれば良いと思ってますが、最後の締めで認識の甘さが出ています。

一つエピソードを紹介する。筆者はこれまで韓国に長く住む中で、多くの人道支援関係者や北朝鮮専門家と出会う機会があった。

その中で学んだのは、人権問題に目をつぶり援助だけを行うなど、北朝鮮政府の恥部に触れない「融和派」に見えた人々も、心の中では「北朝鮮が正常な国家となること」を強く望んでいるという点だ。外からやるか中からやるか、いつやるかと、方法論が違うだけだ。

ここで言う正常とは、民主主義と自由がある国のことを指す。繰り返すが筆者は、北朝鮮社会と国際社会との接点を増やす中で、北朝鮮の社会を変えていくしか無いと考えている。そしてこの考えが、現政権でも少なからず共有されていることを確信している。

だからこそ、韓国の動きに対する安易な決めつけやレッテル貼りは禁物だ。まずは正確な情報と背景への理解が大切となる。読者の皆さんにはこの点を強調したい。

春模様の朝鮮半島、文在寅政権の真意は「関与」からの「変化」にあり

人権に目をつぶる融和派も「北朝鮮が正常な国家となること」を強く望んでいるとフォローしています。そんなもんは「世界平和を願っている」というのと変わりません。

「正確な情報と背景への理解」というなら北朝鮮がホロコーストも真っ青な自国民の大量虐殺と、徹底した自由のはく奪を行っていることを理解すべきでしょう。あるがままを理解すれば、真っ青になります。記事の中で北朝鮮を悪魔かする気はないと書いてますが、北朝鮮住民にとっては間違いなく悪魔です。

帰還事業で北送された在日同胞にとっても間違いなく悪魔です。これが朝鮮学校卒業生の限界なんだろうな~と、残念な気持ちで読ませてもらいました。

収容所で死んでいった在日一世・二世は泣いてますね。

さて、田中明氏の著書に戻ります。

特殊北朝鮮的な誤り

心理的詐術などと、少々どぎつい言葉を使ったが、それは和平ムードが少しでも起こると、たちまち以前のことは忘れて「統一への道開く」などとざわめき立つヘキが韓国にはあるからである。首脳会談のテレビ中継で、それまで悪魔的な敵将だった金正日のイメージが「話せる人物」に一変し、いつの間にか「国民を飢えさせてき、いまも飢えさせている支配者」である金正日は忘れられてしまう。いまや金正日は米国や韓国を相手に、瀬戸際戦術を駆使して有利な援助を勝ち取ってくる〝しぶとい〟戦略家という具合になっている。

まんま今の状況と同じです(笑)

  • 和平ムードが少しでも起こると、天安号撃沈や延坪島砲撃といった以前のことは忘れる。
  • 叔父を高射砲で粉々にして焼却処分にした金正恩のイメージが、文政権の唱える「平和共存、共同繁栄」のカンターパートになる。
  • 中国やロシアに電撃訪問し、したたかな外交巧者に早変わり。

金正日時代と同じことを繰り返しています。

ここ数年、あの国は外国や国際機関に食糧の支援を求めつづけるという恥すかしい身の上になっている(もっとも、支配者自身がそれをどの程度恥すかしいと思っているかは疑問である。彼らは昂然たる口調で援助を要求しているのだから)。問題は、それが一時的な政策の誤りから来たものではなく、あの国の体制が多年にわたって積み上げてきた病癖の結果だということである。

ここでまず銘記しておかなければならないのは、一九五三年七月に朝鮮戦争が終わってから、北朝鮮は戦争とか大災害を経験していないということである。韓国との緊張関係はあったにせよ、ともかく半世紀に近い平和(非戦争)の歳月を送ってきた。本来なら国作りを相当程度成し遂げていていい時間である。その間、韓国はめざましい成長を遂げ、九六年にはOECD(経済協力開発機構)への加入も認められて、先進国の隊列に加わっているのだ。たとえ一時的に政策の失敗があったとしても、半世紀という期間があれば、軌道修正や改革作業がなされていいはずである。だが、北朝鮮の支配者が、真剣に修正・改革の動きに出たという話は聞かない。第一、北朝鮮当局は、失敗そのものを認めないのである。

九三年暮れの労働党中央委員会総会で金日成は、第三次七ヵ年計画が思い通りにいかなかったことを初めて認めたが、その原因は「社会主義諸国と社会主義市場の崩壊」と、米韓の「侵略策動と悪辣な攻勢」に対抗するため国防に重点をおいたからだと言った。つまり失敗をみな外的要因のせいにしたのである。失敗を認めないところに、修正や改革など起こりようがない。

振り返ってみると、北朝鮮の経済は六〇年代の第一次七ヵ年計画以来、順調に目標を達成したことがなかった。表向きは「すばらしい社会主義建設」がうたわれていたが、それとは裏腹にどの計画も中途挫折し、計画期間を延長したり、つぎの計画に入る前に「緩衝期」をおいて、計画の未達成部分を補充・調整したりせざるをえなかった。

そういう実情に対して、それは社会主義国一般が経験した停滞状況の一例に過ぎないと言う人がいるかも知れない。だが、北朝鮮の現状はそうした言葉では括られない惨憺たるものである。種族闘争に明け暮れて国家の体をなしていないアフリカの小国ならいざ知らす、工業国家を自任する人口二〇〇〇万の北朝鮮のような国が、二〇〇万とも三〇〇万とも言われるような餓死者を出しているのである。

さらにあの国が特異なのは、経済がダメになっていることが明らかな八〇年代に入っても、「チュチェ思想塔」とか「凱旋門」といった、権力を誇示するだけで再生産には全く無縁な「記念碑的大建造物」を、世界一の規模だと自賛しながら、つぎつぎと建設していたことである。それが経済を無茶苦茶にしたことは言うまでもない。要するに、北朝鮮の経済的破産は、社会主義経済一般の失敗に帰せられるような性質のものではなく、特殊北朝鮮的な病理の表われなのである。だから、あの国の今日の苦境を、偶発的な天災のためのように言い、それへの援助を語るのは、安易で非歴史的な見方であり、病的体制を継続させるばかりである。

一言でいえば、「失敗を認めない体制に改善なし」でしょうか。

経済的苦境にも関わらず、くそくだらない記念碑を作りまくって困窮に拍車をかける。今で言えば、経済的苦境にも関わらず、核・ミサイル開発に大金をかけていた、と言ったところでしょう。

こういう体制の国に対して安易に援助しようとするのは「病的体制を継続させるばかり」です。

それにしても、2000年の論文とは思えない。今でも十二分に通用します。

同じ失敗を繰り返さないと信じたいですが、南北会談と米朝会談の行方はどうなるか。

仮に核放棄したところで、あの体制が変わらない限り意味がありません。

田中明氏の言うように「現在のままで北朝鮮に援助をすれば、悪しき体制を延命させるだけで、東アジアはこれまで通り、不安定なままに残ることになる」だけです。

核も大事ですが、北の閉鎖性や人権蹂躙を改善する条件も忘れずに入れてほしいと願うばかりです。そこが変わらない限り、援助すればするほど北朝鮮の脅威が増し、東アジア情勢が不安定化するだけでしょう。