なぜ過ち認めない人がいるのか?『平気でうそをつく人たち』に答えがあった

北朝鮮の人間を家畜化する収容所問題、在日朝鮮人9万3千人の帰国事業という大量拉致、そしてその悪逆非道を行う暴君を愛する教育をしている朝鮮学校。

事実を知ればショックを受けて、改善のために行動を起こすのが当たり前だと思っていました。

しかし、ぶつかったのは「オールドタイプネトウヨ」というレッテル張りや、無視、他にも問題があるのだからそちらをやったらどうだ、というありえない反応でした。

特に朝鮮学校の子どもを守れ!と叫ぶわりに、北朝鮮と朝鮮総連に子供の未来が踏みにじられていることに一切怒らない人々の頑なな態度には愕然とさせられました。

最初、金でももらってるのかとも思いましたが、どうやらそうではなく、本当に正しいことをしていると思っているようです。ちょっと理解ができない思考回路だな、、、と疑問でしたが、その答えが『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)』にあったので紹介します。

 

この本の著者、M・スコット・ペック氏は、長年精神科医として心理療法カウンセラーとして患者の治療にあたった方です。この著書には治療の経験をもとに、「邪悪な人」を定義しています。

邪悪な人たちの特性となっているのは、本質的には、そうした人たちの罪悪そのものではない。彼らの罪悪の名状しがたさ、その持続性、そしてその一貫性である。これは、邪悪な人たちの中核的な欠陥が、罪悪そのものにではなく、自分の罪悪を認めることを拒否することにあるからである。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 単行本版 P94

「自分の罪悪を認めることを拒否すること」が邪悪な人の特性だと言っています。その事例がこの本には書かれています。

朝鮮学校を擁護している人たちと、その周りで差別ビジネスを展開している左翼がまさにこれだ!と目の覚める思いでこの本を読みました。

もちろん極右もこういう傾向があります。

共通しているのは「自分の罪悪を認めることを拒否すること」でしょう。さらにはその罪悪感をごまかすために他人をスケープゴートにする点が、最大の特徴です。その点を著書の中で指摘しています。

これにたいして、私が邪悪と呼んでいる人たちの最も特徴的な行動としてあげられるのが、他人をスケープゴートにする、つまり、他人に罪を転嫁することである。自分は非難の対象外だと考えている彼らは、だれであろうと自分に近づいてくる人間を激しく攻撃する。彼らは、完全性という自己像を守るために、他人を犠牲にするのである。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 単行本版 P98

他人をスケープゴートにする。これが最悪です。こういう邪悪な人間が特にリベラルに多い。看板がきれいな分、自分は絶対に正しい、と思いがちな人が多いせいでしょう。

そして、その自己像を守るために都合の良い右翼があらわれるとそちらを攻撃することに逃げます。右翼と戦っている間は、自分の罪悪感から逃れることができますから。そうやって朝鮮学校の裏の顔を維持し、今も人質ビジネスで在日社会から生き血を吸い続けているのが北朝鮮であり、朝鮮総連です。

このツイートなど良い例でしょう。ソルマジ公演を見てこの意見。

これが一番多い言い訳です。「心底信じてやってるとは思えない、だからいいじゃないか」、という発想です。そしてヘイトスピーチを持ち出し、右翼が問題だと都合の良いスケープゴートに逃げるわけです。

仮に、ヘイトスピーチがなくなればソルマジ公演もなくなり、朝鮮学校の今の教育内容が是正されるとしましょう。その論理が成り立つなら、間違いなく北朝鮮と朝鮮総連は右翼に裏から金を流してヘイトスピーチをさせるでしょうし、学校も襲撃させるでしょう。そうすれば「敬愛する元帥様!」と子どもに絶叫させる教育が維持できるわけですから。

こういう意見の人は『朝鮮学校問題がなぜ解決できないのか?』や『在特会に入り込んで差別を作りだす朝鮮総連』を読んでほしいところです。

 スケープコーティング、つまり罪の転嫁は、精神医学者が「投影」と呼んでいるメカニズムによって生じるものである。邪悪な人間は、自分には欠点がないと深く信じこんでいるために、世の中の人と衝突したときには、きまって、世の中の人たちが間違っているためそうした衝突が起こるのだと考える。自分の悪を否定しなければならないのであるから、他人を悪と見なさざるをえないのである。自分の悪を世の中に投影するのである。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 単行本版 P98

「自分の悪を投影」するやり口は、日本の植民地支配の悪行や、李承晩、朴正煕を独裁だと徹底して貶めるやり口に良くでています。北朝鮮の強制収容所や連座制、洗脳教育、そういったことを全て他に転嫁し、己の罪悪感から逃れようとするわけです。

まともな思考回路を持っていれば、重要度や優先順位は、
現在進行形のチュチェ帝強占期>>>(越えられない壁)>>>70年前の日帝強占期
のはずです。韓国の何十年も前の軍事独裁についても同じ等式が成り立ちます。
(※「チュチェ帝強占期」とは現在の北朝鮮の国家体制のこと)

そもそも今現在の北朝鮮の国家体制こそが悪辣非道な植民地支配と言えるはずです。北の三代続く暴君に、朝鮮人が民族浄化されて、チュチェ民族に作り変えられた、それが的確な歴史認識でしょう。

それを認めることができない、罪の認識から逃避したい。そのために日本の植民地支配や李承晩、朴正煕の軍事独裁を持ち出し、スケープゴートを作りだし、自己の罪悪を投影するわけです。

邪悪な人間は、自分自身の欠陥を直視するかわりに他人を攻撃する。精神的に成長するためには、自分自身の成長の必要性を認識することが必要である。この認識をなしえないときには、自分自身の不完全性の証拠となるものを抹殺する以外に道はない。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 単行本版 P98

「自分自身の不完全性の証拠となるものを抹殺する以外に道はない」

まさにこの発想で歴史の闇に葬られようとしているのが、帰国事業9万3千人の末路でしょう。自分の欠陥を直視せず、徹底して他人を攻撃する天才である姜尚中氏とそのバックにいるリベラルたちが、テッサ・モーリス・スズキ氏に都合のよい情報をインプットして、帰国事業の責任を日本政府や赤十字に転嫁するために書かせた本が『北朝鮮へのエクソダス―「帰国事業」の影をたどる』と言えます。

色々と外交文書や赤十字の文書を持ち出してごたくを述べていますが、そもそも金日成と金正日がスパイ容疑という冤罪の罪で数万人の帰国同胞を収容所にぶち込み、獣以下に貶めて虐殺したのが最大の問題なはずです。

日本に帰せ!と叫ぶ若者を公開銃殺で黙らせるやり口など、本当にありえません。

帰国事業も、そもそも金日成がちゃんと国家運営をして北朝鮮を発展させ、帰国同胞を差別なく扱い、全人民を幸せにしていれば美談となっていたはずです。

つまり、帰国事業そのものに問題あるわけではないはずです。

「帰国同胞を虐殺した将軍様」、「朝鮮総連はそれに加担した」という罪悪を他者に転嫁し、罪の意識から逃れようと、責任転嫁する本を書かせる。そうすると、同じ邪悪さをもった人がそちらに逃げてしまうわけです。そのストーリーに沿って、在日の歴史がどんどん書かれていると言えます。彼らの書く歴史はあくなき歴史洗脳プロセスそのものと言えます。

ちなみに最近の流れでは、朝連は日本共産党に利用された、だから色々とおかしくなった、という言い訳の歴史を捏造していますね。どう考えても朝鮮総連と朝鮮学校をぐちゃぐちゃにして、在日社会から生き血を吸い続けたのは金日成・金正日のはずなのに、それを直視したくないため、徹底して他者に責任転嫁しています。

近頃の、ネトウヨ(=従北偽装保守)が盛大に騒いでいる共産党叩きも、この辺がエネルギー源になっていそうです。

そういう邪悪な人たちが在日の歴史を書いて、せっせと生まれてくる子供に洗脳教育をほどこしています。本当にタチが悪い。

奇妙なことに、邪悪な人たちは、悪を破壊するために破壊的になることが多い。問題は、彼らがその悪の所在を見誤っていることである。自分自身のなかにある病を破壊すべきであるにもかかわらず、彼らは他人を破壊しようとする。生命というものは、しばしば、彼らの完全性自己像をおびやかすものである。そのため彼らは――通常は正義の名のもとに――生命を憎み、生命を破壊することに専念することが多い。しかしながら、この場合の彼らの過ちは、彼らが生命を憎んでいることよりも、むしろ、自分自身の罪深い部分を憎んでいないというところにある。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 単行本版 P99

「悪を破壊するために破壊的になる」、「自分自身のなかにある病を破壊すべきであるにもかかわらず、彼らは他人を破壊しようとする」、「彼らの過ちは・・・自分自身の罪深い部分を憎んでいないところにある」

実に的を得た表現です。排外&差別全開のクサレ右翼や、市民デモ闘争が大好きな左翼がその典型例と言えるでしょう。

朝鮮学校を擁護する人たちも同じでしょう。在日同胞数万人を虐殺した暴君を愛する教育を、在日同胞のウリハッキョで行う。筆舌に尽くしがたい残酷なことを子供にやらせています。

北の暴君は、これと同じことを強制収容所で、朝鮮同胞に行っています。それを『北朝鮮 泣いている女たち―价川女子刑務所の2000日 (ワニ文庫)』から引用します。

輸出工場が稼働した当時、集められたのは刑務所の中でもわりと若くて、刑期の短い比較的健康状態のいい人である。しかし、その後、二年間の厳しい労働と殴打、独房処罰の末に、何十人もが障害者になり、生命まで失う人が続出した。

それほどまでして私たちが价川(ケチョン)刑務所で稼いだ外貨は、外国からテレビや冷蔵庫を輸入するために費やされた。そして、輸入された電化製品は各地域の警官に配られたそうだ。いわゆる〝金日成の贈り物〟だった。血と涙の結晶が、私たちをどん底に落とした張本人たちのプレゼントに使われる——。このやるせなさは筆舌に尽くしがたい。

P170

まさにこれと同じことをやっているのが朝鮮学校の最大の問題でしょう。そしてその罪悪感を直視できない人たちが、破壊をまき散らしていると言えます。

在日同胞数万人を虐殺した相手を愛する教育を、よりにもよって在日同胞のウリハッキョで行う。あの世で虐殺された在日同胞がこの学校を見てどう思うか?想像するだけで恐ろしくなります。

この罪悪を直視せず、他者をスケープゴートにする。その邪悪な人たちに、朝鮮学校に通う子供の未来が踏みにじられているの現状です。朝鮮学校支援者は、下記の事実を直視すべきでしょう。

この事実を知って、激怒しない朝鮮学校支援者に、朝高ラグビーを誇りに思う資格はないでしょうし、在日差別を語る資格もないと思います。

特に「のりこえねっとTV」は最悪と言えます。53分10秒からの辛淑玉氏の語りです。

 

「警察とか国家とかは、私たちを管理し、シバき、何らかの形で嫌がらせをする存在」

まさに北朝鮮ですね。別に他国のことだから知ったことではないと無視するのは良いのですが、朝鮮学校の子供がその被害にあっているのに、何の行動もせず、その手先として働いているのはありえないはずです。

ソルマジ公演という、現在進行形の強制連行を無視して、それをやらせている集団を守ることに加担しているのに、他者を攻撃することだけは大変熱心です。

「邪悪な人たちは・・・自分自身のなかにある病を破壊すべきであるにもかかわらず、彼らは他人を破壊しようとする」

まさに『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』に書かれてある通りと言えます。(単行本版 P99)

 

この人たちの厄介なところは、外から見ると善人に見えてしまうことでしょう。その点も、『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』で言及されています

完全性という自己像を守ることに執心する彼らは、道徳的清廉性という外見を維持しようと絶えず努める。

(中略)

 「イメージ」「外見」「外向け」といった言葉が、邪悪な人たちの道徳性を理解するうえで重要なものとなる。彼らには善人たらんとする動機はないように思われるが、しかし、善人であるかのように見られることを強烈に望んでいるのである。

(中略)

虚偽とは、実際には、他人をあざむくよりも自分自身をあざむくことである。彼らは、自己批判や自責の念といったものに耐えることができないし、また、耐えようともしない。

(中略)

 ここである種のパラドックスにおちいる。邪悪な人たちは自分を完全だと考えていると私は書いた。しかしながら、それと同時に彼らは、自分自身の邪悪な性格にたいして名状しがたい意識を持っている。というより、彼らが死にもの狂いになって逃れようとしているのがこの意識である。邪悪性の基本的要素となっているのは、罪悪や不完全性にたいする意識の欠如ではなく、そうした意識に耐えようとしないことである。彼らは、自身の邪悪性を自覚していると同時に、そうした自覚から逃れようと必死の努力をする。精神病質者のように心楽しく道徳意識を欠いているのではなく、彼ら特有の良心の陰にある自分の邪悪性の証拠となるものを消し去ることに、絶えず専念しているのである。われわれが邪悪になるのは、自分自身にたいして隠しごとをすることによってである。邪悪な人たちの悪行は直接的に行われるものではなく、この隠しごとをする過程の一部として間接的に行われるものである。邪悪性とは罪の意識の欠如から生じるものではなく、罪の意識から逃れようとする気持ちから生じるものである。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 P100-101

「善人であるかのように見られることを強烈に望んでいる」

こういう人が朝鮮学校擁護者に実に多い。「子供を守るために戦っています!」という善人に見られるイメージを壊されないためには、現在進行形で朝鮮学校の子供をが毎年平壌に強制連行され、常軌を逸したソルマジ公演をやらされていることに平気で目をつぶります。

この公演を子供にやらせていることに激怒しない人に差別を語る資格などありません。

朝日の「子供に罪はない」という朝鮮学校を擁護する社説にもその邪悪性がよくあらわれています。

どう考えても、自分の叔父を機関銃でひき肉にする暴君に、子供の命を預ける危険な行為こそ非難されるべきでしょう。結局、子供の人権を蹂躙しているのはこの人たち自身なわけです。

都合よくあらわれて学校を襲撃する右翼には喜々として戦うのに、今も北の暴君に子供の未来というかけがえのないものを蹂躙されているのに、その相手とは戦おうとしない。

まさにこの「罪の意識から逃れようとする気持ち」をいいように利用されているわけです。

それにしても、この人たちの情熱は凄まじいものがあります。普通であれば、帰国同胞がどういう殺された方をしたかこれでもかと本に書いて、慰霊祭の一つや二つあっても良さそうなものですが、やっていることは「関東大震災の朝鮮人虐殺」や、「済州島4・3事件」などです。この手の本はじゃんじゃん出版されます。

そういう無尽蔵の情熱と行動力についても、『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』の中で指摘されています。

邪悪な人たちというのは、一般的な意味での苦痛からの逃避者、つまり怠惰な人間ではない。それどころか彼らは、ご立派な体面や世間体を獲得し維持するためには人並み以上に努力し、奮闘する傾向がある。地位や威信を得るためであれば、大きな困難にも甘んじ、熱意をもって困難に取り組むことすらある。彼らに耐えることのできない特殊な苦痛はただひとつ、自分自身の良心の苦痛、自分自身の罪の深さや不完全性を認識することの苦痛である。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 P101-102

これがリベラルたちの邪悪さが維持される最大の要因と言えます。この人たちは「自分が間違っていた」と認めないためには、ありとあらゆる努力をしますから。

まぁ右翼も問題でしょうが、だいたい廃れてますよね?基本、言ってることがまったく共感できないので誰からも支持されません。ゆえに常に金欠ですから、簡単に金で動くわけです。街宣でがなる連中は、ヤクザまがいのろくでなしが基本ですからね。金をもらえば朝鮮学校を襲撃するなんて平気でやるでしょう。

北朝鮮と朝鮮総連が金出して維持できている右翼団体なんてそこら中にあると思いますよ。「一水会」なんて典型的ですよね。しょっちゅう北朝鮮のちょうちん持ちやってます。まぁ、反米原理主義団体なので大変利用しやすいでしょう。韓国でも反米の右翼団体がいますしね。

こういううさんくさい右翼に朝鮮学校を襲撃させることで、左翼団体と朝鮮学校卒業生を「一心団結の熱意」で「将軍様」の元に「隊伍」させられるわけです。

「自分の罪悪から逃れるためには何でもやる。差別だって作りだす」、右翼あっての朝鮮総連、右翼あっての朝鮮学校、と言えるでしょう。本当に最悪です。

この「自分の罪悪を否定」するためにありとあらゆることをやる集団が、北朝鮮であるともいえます。失敗を認められない暴君たちが容赦なく己の政敵や自国民を虐殺してきたのが、北朝鮮の歴史ですから。

 

この邪悪性は精神病なのだと著者は言っています。しかし、その治療は絶望的です。その理由がこれ。

自省に伴う特有の苦痛を避けるためにはあらゆることをやってのける彼らが、心理療法を受けようとするなど、通常の状況のもとではまず考えられないことである。邪悪な人たちは、光—自分の正体を明らかにする善の光、自分自身をさらけだす精察の光、彼らの欺まんを見抜く真実の光—を嫌うものである。心理療法は、光を照射する優れた処置である。よほどゆがんだ動機による場合は別として、邪悪な人は、精神科医の診療台に横たわるくらいなら、ほかに考えられるあらゆる道を選ぶはずである。
精神分析によって求められる自己観察の試練を受けるということは、彼らにとって自殺に等しいことである。人間の邪悪性については科学的にはほとんど知られていないが、その最大の理由は、研究の対象となることを当の邪悪な人たちが極端に恐れるというところにある。

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 』 P102

「邪悪な人にとって心理療法は自殺行為。心理療法を受けになど来ない」

うーん、救いがない。この著書の中での事例でも、そんな人がいます。邪悪な人が診療を受けにきた稀なケースがあったが、治療途中で先生を罵って出ていく、というパターンです。治療はできず、邪悪な人は邪悪なままです。

まっとうなリベラルとしてやるべきことは、邪悪な人たちに、
「光—自分の正体を明らかにする善の光、自分自身をさらけだす精察の光、彼らの欺まんを見抜く真実の光」
を照射し続けることでしょう。

右翼も左翼もなく、邪悪な人たちを撃滅することが大事なことだろうと思います。

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