佐高信の「日の丸の赤は血の色」という狂った発想

小学生のときは、左翼風潮がまだまだ強い時代でした。

その時の先生が、「日の丸の赤色は血の色なんです!!」と、いきなり号泣。

子供ながらにドン引きです。

大人になると、あの先生ちょっとおかしかったな~、しみじみ思ったりもします。

もうそんな狂った風潮もだいぶ廃れてきたよね、と思っていたらまだまだいました。

2011年出版の佐高信氏の著書『民主党の背信と小選挙区制の罪』にこう書かれています。

 

P118-120を引用しつつ、いちいちツッコミを入れてみたいと思います。

日本の日の丸はどうして赤いのか?

太陽は燃えているから。

火は赤いから。

以上終了です。

それ以外の何があるというのか?

私の郷里、山形に非常に尊敬する木村迪夫という農民詩人がいる。木村の父親と叔父が戦死している。木村にとっての祖母が息子二人を戦死させている。農家では総領息子を重んじるが木村の父親は長男だった。祖母は次男が死んだ時は、「お国のためにあげたんだ」と言った。続けて長男が死ぬ。すると神棚も拝まなくなって、「むごいあそびじゃ、天子さまのむごいあそびじゃ」と言って、飯も食わなくなった。

木村の母親つまり嫁が、「ばばちゃん飯食ってくれ、飯食わんと死ぬ」と言っても、「死んだほうがええ、死んだほうがええ」と言う。それ以来、一切、天皇の「て」の字も言わなくなった。その木村が祖母の言葉としてつくった詩が「にほんのひのまる なだであがい かえらぬおらがむすこの ちであがい」である。「日本の日の丸はどうして赤いのか。帰らぬ自分の息子の血で赤いんだ」という意味である。

子供を戦争で失った悲しみは当然ですし、その人が日の丸の赤は血の色だと恨みに思うのも仕方ないでしょう。考えは人それぞれですから。

だからと言って、その個人的な心情を猛プッシュし、思想教化のごとく広めるのはそれはそれで問題でしょう。

これを真に受けた教師が、授業でいきなり「日の丸の赤色は血の色なんです!」と号泣しだしたら、子供はついていけないですよ。

で、この「日の丸=血の色」という思想誘導の後に来るのは、軍隊放棄論。

軍隊はほんとうに必要なのか。あるいは私たちにとって必要なのか。誰かにとっては必要かもしれない。番犬を必要とする人たちはいるだろう。住んでいる家が大きければ大きいほど、番犬が必要になる。そういう人たちにとっては必要かもしれないが、私たちには必要ないだろう。

出ました、この発想。

「軍隊は必要なのか?私たちにとって必要なのか?」

警察に置き換えてみれば良い。

警察のいない世界であんた暮らせますか?

ならず者が好き放題やっても泣き寝入りするしかない世の中です。

どう考えても隣人と自警団作りますよね?

じゃあ隣人の隣人とも協力して、、、そのまた隣人とも協力して、、、というようにどんどん広がって今現在は国民国家と国家を守る軍隊をできているわけです。

軍隊がなければ世界は平和になるという狂った発想はなんとかならないものか?

「番犬が必要な人はいるだろう」という発想も、一部の金持ちだけだろ?となんともまぁ共産主義的な発想です。

みんな平等な社会になれば、軍隊なんて必要なくなるという考えを持ってそうで怖いです。

先ほど述べた、横浜米軍ジェット機墜落事件だが、被害にあって死んだ二人のお孫さんと娘さんの、祖父であり父親である土志田勇が『米軍ジェット機事故で失った娘と孫よ』(七つ森書館)という本を書いている。土志田も亡くなったが、私はこの本こそ憲法の本だと思う。土志田はまさに一瞬の事故によって娘と孫を奪われた事実と、その後の娘の看病の様子を切々と書いているのだが、その姿はまさに今日の日米安保の問題、憲法の問題を示しているのである。

憲法を変えたほうがいいという人にこの本を持って行って、「じいちゃんばあちゃん孫がいるんだろう。孫がこういう目にあっていいのか」と話すのである。そうすると、孫を見たらメロメロだから、説得力をもつ。

この情緒でオンリーで、法理を捻じ曲げるやり口は本当にやめてほしい。

ジェット機墜落という事故で被害にあった人はもちろん気の毒だし、繰り返さないようにすべきだが、それがなぜ日米安保と憲法の問題になるのか?

年間、交通事故で大量の人間が死んでいるが、そちらは憲法の問題にはならんでしょうに。

なぜ米軍のジェット機だけ特別扱いするのか。

差別はやめてほしいものです。

 

それにしても、「日の丸=血の色」という情緒が凄まじい。なんというか一種の病気ですね。

ことさら日の丸振って、「すめらぎ~、やさか~~~っ!」と感動するような感性は持っていませんが、敬意をもって国旗を扱うという”礼儀”はわきまえているつもりです。

教育現場で国歌・国旗問題がたびたびクローズアップされますが、確かに是正した方が良さそうですね。

「日の丸の赤色は血の色なんです!!」と、いきなり号泣する左翼教師の病気を子供に伝染させられては困ります。

まぁだからと言って、その逆に振り切られてもそれはそれで病気ですが。

「絶対」を頭の中に作って、思考停止にならないような教育が大事だろうと思います。