北送に加担した元総連活動家、悔恨の証言 『光射せ!第4号』より

長年、朝鮮総連の尻拭いをやってきた「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の機関誌、『光射せ!第4号』から、北送事業(帰国事業)に加担した元総連活動家の悔恨の念に満ちた証言を一部紹介します。

 

送り出した側の証言
北送船のタラップは、北朝鮮・収容所の入口だった
神奈川県在住  金 基燦

私は、八〇歳に手のとどく在日コリアン二世である。今から五〇年前(一九六九年)に在日同胞の北朝鮮への「帰国事業」が始まった、私は二十歳代の青年期にこれを迎えたことになる。帰国船(北送船)が出て二年のあいだに、父母、兄弟、そして妻方の義父母等、総勢六〇余名を北へ送った。

亡国の民であった在日同胞にとって、「故里」とは母の懐であり、「帰郷」、「帰国」とは疼くような念願であり、格別のものであった。

ある出来事や事業などをどう呼び命名するかは、じつに大切なことだと思う。五〇年前から私たちは、北朝鮮と総連の同胞集団略奪を、「帰国事業」と呼んできた。しかしどうであろう。それは、母なる祖国への帰国というイメージからは、あまりにもかけ離れたものであった。その命名から詐欺的なものだった。

同胞の望郷の念を逆撫でし、九万三千人あまりの人々、(六千六百人の日本人妻ら日本国籍者を含む)を誘拐していった呪わしい悪夢が、「帰国事業」であった。すでにその全貌が暴かれているように、金日成の指令に従い国全体が広大な強制収容所である北朝鮮へ、朝鮮総連が同胞を献上した世紀の人権抹殺犯罪、「人間狩り」以外の何ものでもない。

『光射せ!第5号』 P169

「帰国事業」ではなく、「同胞を献上した人間狩り」。

これが的確な表現でしょう。

なにせ数万人が収容所で虐殺され、生きている人は日本に残った親族から収奪するために人質として利用されているわけですから。

それにしても断固聞く耳を持とうとしない態度はすさまじいものがあります。

総連批判や北朝鮮の体制批判しているけど、朝鮮学校を無条件に擁護している人は、形を変えた従北さんだと思っています。朝鮮学校こそが、北の暴君にとって在日社会への影響力を行使できる一番のツールですから。

以前SAPIOの取材があってインタビュー記事が載ったのですが、ネットでも配信されました。その記事に対する親族が向こうにいる人たちのツイート。

日本のデイリーNK周辺の方々ですね。韓国のデイリーNKと全然違い過ぎて本当に驚きます。どういうつもりなのか聞いてみたいところです。

一応反論しておくか、ということで朝大生200人北送したことや、その後の顛末などを書いた記事をお知らせしておきました。

だいたいこういうのって返事がないのですが、安宿緑さんから返信あり。一連のやり取りはこちら。

「あなた自体がデタラメなんですよ」

これです、これ。基本都合が悪くなると人格攻撃が始まります。

これも印象操作ですよね。

「批判ありきのソース選び」などしていませんし、朝鮮学校について脱北者から「だけ」コメントを取って判断などしていませんよ。それくらい、このサイトの投稿を見れば分かるでしょう。

とにかく「おまえはデタラメ」の一言で切って捨てるやり方ですね。

まぁこのときのツイートでは言いませんでしたが、実際に学校を訪ねて帰国事業のことや、朝鮮学校卒業生が北朝鮮の収容所で虐殺されたことをどう思うか聞いてみましたが、聞く耳なしでしたね。

安宿緑さんと同じです。

「一方的じゃないか!」

とにかく最終結論はそれで終了でした。

「創価大学にも言え!」

とも言われましたよね。他にも悪い奴がいるんだからそっちにも言え式の言い訳です。子供の言い訳だとしか思えない。何言ってもダメだな、こいつらは、、、と思いましたよね。

「批判ありき」と言われますが、「金一族崇拝教育の廃止」が今まで何十年にも渡って保護者から出されているのに、いまだに頑っっくなに変えようとしないことを批判しているわけです。

さっさとやめればいいだけなのに、改善しない言い訳が「信じている生徒はいない」ですからね。何を言っているのか意味が分からない。

その言い訳がまかり通るなら、「朝鮮人を殺せ」、と書いたプラカードを持って練り歩く在特会に、「本当に殺す気ですか?」、と聞いてみて、「いや、本気じゃないっす~」、と答えれば問題なし、と言っているようなものでしょう。

信じる信じないの問題ではなく、ウリハッキョを作った在日一世と朝鮮学校卒業生を大量虐殺した相手を愛する教育は「反朝鮮民族教育」だ、という的確な批判なわけです。

それを取材態度がどうとか、批判ありきのソース選びだの言われては本当に困惑します。

特にひどいなと思ったのがこれ。

 

北の親族と密接なつながりがある「例外」が人質ビジネスの被害を受けているわけです。その人達のために何かすべきだとは思わないのでしょうか?だいたい大昔の話しだからと言って、北の暴君が在日同胞数万人を虐殺したことを忘れていいことにはならないでしょう。

この辺の反論でいつも思うのですが、顔を出して今の朝鮮学校はおかしい、と堂々とメディアで発表する現役生徒や卒業生が「一人もいない」ことに疑問を抱かないのでしょうか?

顔を出して朝鮮学校を批判する人は、死ぬ間際の元教員や元教授くらいしかいません。

生徒の声は、匿名で新聞や市民団体の機関誌に寄稿するのが限界です。

分かりますか?「匿名」じゃないと本音を言えないのです。

それだけ報復を恐れている、ということです。

もしくはウリハッキョを批判をすると罪の意識を感じるように徹底して教え込まれているのでしょう。こういう点が洗脳教育と言えます。どう考えても北の暴君と手を切る以外、愛するウリハッキョの未来はないはずなのに、そういう批判ができないように幼少の頃から徹底して無条件に擁護するよう思考回路を形成するわけです。

彼らの中では帰国同胞は脱北者と言う名の他人か、民族の裏切り者だという認識なのでしょう。

もちろんそんな人ばかりではありません。

冒頭で紹介した北送に加担した元総連活動家の人も、大量の誘拐だということを見ぬいています。

私たち同胞の中では、当時の在日の置かれていた状況から、帰国事業は少なくとも人道主義の物差しではかりえる肯定的な事例であったとの見方が存在する。

「集団誘拐とは言い過ぎではないか。自らの意志で帰った人も多いし、十万もの人がそう簡単に騙されるかね?」と。

それで、「お互いにもっと自由に逢えることさえ出来ればの人道問題だけだ」と説く人たちがいる。

仕組んだ側から見ると、これは願ったりかなったりであり、その本質と犯罪性、人権的な見方を曇らせる格好のしろものである。

『光射せ!第4号』 P175-176

「集団拉致とは言い過ぎではないか?」、「自らの意志で言った」、「そんなに騙されるわけがない」、こういう発想の人は相当数います。

というか北朝鮮の帰国事業についての言い訳で多いのがこれでしょう。だいたい元総連活動家や、朝鮮学校卒業生の在日知識人に多いですね。こうでも言わないと良心の痛みに耐えられないのでしょう。

「仕組んだ側から見ると、これは願ったりかなったりである」

まさに北の暴君が喜ぶ思考回路と言えます。

北送事業の本質を、人権の視点で徹底的に究明しなくてはならない。

金正日は、ヒットラーの収容所にもまさる強制収容所を持っている限り自分が安泰だと言う事をよく知っている。いちばんの延命手段なのだ。決して核とミサイルだけが彼の延命道具ではない。

私たちのたたかいは、帰国者の人権解放運動であり、拉致された人々の奪取であり、人権に光りをあてるたたかいである。金正日が生き残っているのは、強制収容所が存在するからである。収容所の解体は金正日軍事独裁政権の崩壊を意味する。

『光射せ!第4号』 P176

まったくもって同感です。

強制収容所、連座制、洗脳教育、この辺が北朝鮮の支配体制が維持できる最大の要因と言えます。なぜか経済停滞のせいでこういう残虐なことが起きるんだ、というありえない発想の人がいますが逆でしょう。

チュチェ農法だの、千里馬運動だの、〇△日間闘争など、経済合理性を無視したプロパガンダ全開の洗脳と、馬鹿馬鹿しいと思っても逆らうことが許されない強制収容所と連座制の恐怖の支配力が原因で経済が破たんしているわけです。

前述の指摘通り、「ヒットラーの収容所にもまさる強制収容所を持っている限り自分が安泰だと言う事をよく知っている」、というのは名言だと思います。

朝鮮学校の構図も同じでしょう。馬鹿馬鹿しいと思いつつも金一族賛美教育をやめられない原因は何か?

強制収容所の恐怖がまだ在日社会に厳然と存在しているからです。

ある会合の二次会で、日本人の友人が「ところで在日、特に元総連の活動家は卑怯だよ。帰国問題などでも先頭に立ってたたかおうとしないじゃないか!」と、話をした。私は「うん、それは…」と、答えただけで黙ってしまった。その場では自己弁明にしかならないからだと思ったからであった。

確かに、総連中央級の幹部や帰国運動の犯罪性を暴いてたたかった先輩たちはいた。しかし残念にも大き輪にはならなかった。そこには、北に人質が囚われていることと、再び肉親や友人に政治的な報復を加えさせることは出来ないという思いがあるからである。今も強制収容所の恐怖が在日同胞社会に存在しているのだ。

私は三十年近く総連の専従活動家であった。青年期の私は、「帰国運動」にすべての情熱をかたむけた。宣伝パンフを小脇に、または映画のフイルムを背負い同胞の住む部落を駆けずりまわった。青年たちを集め「祖国建設の夢」を語り合い、新潟へと送り出した。帰国技術者集団を組織し北へ送ったりもした。

その中に、北の工作員であったアボジを持つ高校の後輩がいた。彼を口説いて船に乗せた。その後輩は「俺は日本の大学を出てから帰る」と、首を縦には振らなかった。彼を総連の青年行動隊の力を借りて船に無理やり押し込んだ。その彼もやはり山(政治犯収容所)で死んでいった。悪夢の中に出てくる彼の笑顔は辛くてならない。だのに、肉親の犠牲だけを先に考えていた自分が恥ずかしくてならない。

私は金親子の手先となって、多くの人々の自由を奪い人権を踏みにじり殺人を犯した罪人に間違いない。にも拘わらず、十五年前までは自らを反省、総括しようとは考えなかった。金親子の忠実なしもべとしての誤った生き方をあらため、思想的な総括にいたる期間は決して容易いものではなかった。

しかし、何度も何度も煩悶し、心おさまらなかったことの第一は、北送運動への加担、実行者であったという厳然たる事実だった。いちばん重い問題であった。

そして、金日成、主体思想と決別した。すると不思議にも少し気が楽になった。何かこう重い荷物、十字架を降ろしたような気持ちであった。

その後、私は北の人権問題に取り組み、アムネスティにも参加してみた。北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会にも出かけてみた。カン・チョンファンさんや脱北者の講演会に出たり、「平壌の水槽」をグループで読みあったりもした。いろんな会合や集会にも参加している。そして、微力だがたたかいの戦列に加わっていることを誇りにおもう。

私の反省と総括は、犯した罪にくらべ決して十分なものではない。しかし総括は総括それ自体にあるものではない。人は自らの人生観をかえたりもする。問題は正しくかえることだ。そこを起点にした新しい生き方こそ肝要なことだと思う。

『光射せ!第4号』 P176-177

「今も強制収容所の恐怖が在日同胞社会に存在しているのだ」

今無条件で朝鮮学校を擁護している人は、この人の言葉を真摯に受け止めるべきでしょう。

安宿緑さんのツイートを見てれば分かるでしょう。向こうに親族がいる人はああなるしか道がないわけです。

朝鮮学校を作った在日一世や朝鮮学校の先輩を数万人規模で虐殺したのが「敬愛する将軍様」なわけです。その仇敵と言える相手を、よりにもよって朝鮮学校に通う子供を使って褒め称える公演をさせるなどありえないはずです。

そういう苦しさをくみ取って、その鎖を無理やりにでも断ち切ってこそ、本当の朝鮮学校支援者ではないでしょうか?

まぁこう言っても、子供の味方面して右翼がごたくをほざいている、くらいに言ってくるでしょうね。

ずーっとそう言われ続けると嫌になって関わりたくなくなるんですよね。

そうやって改革を求める在日同胞をひたすら追い出し続けてきたのが朝鮮学校の裏歴史と言えます。

朴正煕と民団の偉業である、総連人士訪韓墓参団事業をまとめた『故国の土・再会の涙』の中で、朝鮮学校の発展に尽力し続けてきた商工会の人が、金日成に乗っとられてしまった朝鮮学校を「民族虚無主義の源泉」と表現しています。

残念ながら今も変っていないでしょう。延々と他でもない在日同胞から改善要求を突き付けられているのに、頑として聞かない姿勢には、よっぽどこの人たちの方がガッチガチの「保守」のように思えます。

そうやって頑なに改善しないことに絶望した人たちが「民族虚無主義」になって、一人また一人とウリハッキョから去っていくわけです。

「今変わらなきゃ、学生はいなくなり、学校は消えてゆくしかない。ボクの子供だって今のままじゃ通わせたくはありません。瀬戸際に追い込まれているのに(総連や朝大の幹部は)分かっているのですかね」

『光射せ!第15号』 P44

これが母校愛を持ち、朝鮮学校の未来を憂いている、朝鮮学校卒業生の大多数の意見でしょう。

こういう声は無視して、安宿緑さんのように、
「内容もデタラメだし朝鮮学校行ってない人がよくそこまで断定的に書ける。ソルマジ公演行ったくらいで「洗脳」されてる子を誰一人見たことないしむしろ何事もなかったかのようにギャル化、ヤンキー化していく人も多いんだけど」
と断定して、「反朝鮮」民族教育では希望が持てない、だから変わろう、と願う人たちの声を圧殺し続けているわけです。

そもそも在日同胞数万人を虐殺した相手に「敬愛する元帥様!」と言えることこそが、洗脳教育の成果だとは思わないようです。

まぁ、親族が北にいる人を責めるのも酷でしょう。

それにしても、そろそろ朝鮮学校改革派の声がちらほら出てきても良さそうに思うのですが、どうも気配がない、、、。まぁ水面下で動きはあると思いたいが、むぅ~、、、。

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