本物の韓国専門家は安易な嫌韓にも親韓(=反・嫌韓)でもない

読めば読むほど考え方が偏る嫌韓本や、同じく逆方向に考え方が偏る反・嫌韓本。どちらも色々読みましたがやっぱり落ち着く先は本物の韓国専門家の良書でしょう。

今回は左より(左の人が好意的に読める)の良書『嫌韓問題の解き方 ステレオタイプを排して韓国を考える (朝日選書)』から、「反・嫌韓派」の人も気をつけないと同じ穴のムジナですよ、という部分を紹介します。

 

反・嫌韓派の危うさ

先日わたしは・嫌韓のヘイトスピーチに強硬に反対する人びとと会食をした。「在特会」(在日特権を許さない市民の会)のヘイトスピーチは表現の自由で許される限度をあきらかに超えているとわたしも思っているので、ヘイトスピーチに強硬に反対する人びとに対してわたしは基本的に好意と敬意を持っている。だが、「危ういな」と思う側面もあるのである。

嫌韓に反対する人びとの特徴として、韓国・韓国人のことを全面的に肯定しようという立場を取ることが多い。わたしの観察では、良心的なリベラル・左派の人びとにそういう立場が特に多いように感じる。このような人たちと話していると、頭ごなしに「嫌韓は悪」という図式を人に押し付けようとする。だがその人たちの韓国・韓国人に対する情報・知識は、わたしから見ると実はあやふやだ。

そもそも韓国語ができるわけではない場合が多い。主に第二次情報から判断しているという点において、嫌韓の人びとと差はない。おまけにそのあやふやな情報・知識にもとづく自分の判断に絶対性を付与しようという態度も、嫌韓派とよく似ている。「敵対するどうしは似る」ということは事実であるかもしれない。

たとえばある反・嫌韓派の人はこのようにいった。

「日本のほうが朝鮮よりたった二十年、三十年先に西洋化して近代化に成功したといっても、大差はないし大したことはない。朝鮮がもし二十年、三十年前に西洋化していれば、日本と同じく近代化できた」

問題は、このような見解を披瀝することが反・嫌韓的なコードからいって「正しい」ことだと認識されてしまうことである。つまり、この認識が成立するかどうか自体が、膨大な証明が必要な重要な問いなのだが、その知的作業を抜きにして、「韓国に寄り添ったような見解を持つことがコード的に正しい」とされてしまうことが問題なのである。

わたし個人の見解をいえば、右の認識は正しくない。日本は朝鮮より二十年、三十年先に西洋化したから近代化できたわけではないであろう。なぜならその前の時代、つまり日本の江戸時代と朝鮮王朝の社会的・文化的な様相がまるで異なっていたからだ。ここで詳しい論証をしたいとは思わないが、西洋に門戸を開放したら近代化ができるというものではなく、きちんとした社会的・文化的土台がなければ近代化は不可能である、とだけいっておこう。ポストモダンの時代になってからというもの、近代をあまりにも軽く見る傾向が広がっているのは問題だと思う。

嫌韓問題の解き方 ステレオタイプを排して韓国を考える (朝日選書)』 P18-20

本物の知識人の意見とはこういうものでしょう。

なんでもかんでも軍国主義だの右傾化だの戦前回帰だのとレッテル貼りのオンパレード本とは根本的に違います。

なんでもかんでも反日勢力がー!コミンテルンがー!で押し切る本もこれと同じで問題だったりします。

反・嫌韓派の人たちの問題点は「韓国・韓国人のことを全面的に肯定しようとする」態度。これって相手のことを対等に見ていないんですよ。ダメなところはダメだと言わないと相手のためにもならない。

植民地支配の贖罪意識も大いに結構ですが、本当に贖罪したいなら北で奴隷支配を受けている朝鮮人を解放するために戦いましょう!くらい言うべきなのに、むしろ韓国の左派と一緒になって奴隷支配体制を認める方向に世論を誘導するんだから笑えない。

それにしても「日本のほうが朝鮮よりたった二十年、三十年先に西洋化して近代化に成功したといっても、大差はないし大したことはない。朝鮮がもし二十年、三十年前に西洋化していれば、日本と同じく近代化できた」という考えの人がいるのには困ったもの。反知性の極みでしょう。

これを自分の頭の中だけで終わらせるなら無害ですが、これを韓国に輸出するのがやっかい極まりない。韓国自身が自己反省が出来ずに、亡国という同じ過ちを繰り返しかねない。結局相手のためにならない。

どちらにせよ嫌韓も反・嫌韓も「絶対化」という病気をお持ちです。

この絶対教徒同士の不毛な罵りあいのせいで、まっとうな専門家の建設的な意見が埋没しがち。まぁしょうがないんですよね~、面白いんですよ絶対教徒同士の罵りあいって。

専門家の良書は有能な人間による冷静な会議の場って感じでつまらない。興味がある人しか見ない専門番組みたいなもの。

会議のごとき討論番組と、暴言暴論が飛び交うバラエティ番組。前者は眠たくなりますが、後者は怒ったり笑ったりしながら楽しく見れます。

嫌韓本を出すとはけしからん!と出版会社責めても仕方ない。だって売れるんだもん。

もっと韓国専門家の良書を読め!と言っても”眠くなる良書”なんて誰も読まない。

これが実に悩ましい。

きっと『嫌韓問題の解き方 ステレオタイプを排して韓国を考える (朝日選書)』を書いた小倉紀蔵先生のような韓国専門家の方々も同じように悩んでいることでしょう。そして悩ましいなりに、少しでも本当の多様な韓国の姿を伝えるために本を出しています。

保守の人たちもテンプレート化した嫌韓本を読むくらいなら、左派よりの韓国専門家が書いた良書も読んでほしいですね。

 

まぁもちろんこれらの本が一から百まで全部が全部正しいとは思っていませんが、まともな人は次のような考え方に共感するはずです。

・・・わたしたちは、日本と韓国が文化的にも社会的にも異なる側面が多いにもかかわらず、表面的に似たような姿を見せることに、ある種の驚きを感じる必要があるのではないだろうか。

そして互いの類似点と相違点を正確に認識したうえで、相手の社会が経験していることやそれへの対策などに敬意や共感を持ったり、さらに真摯な批判をしたりすることが重要なのではないだろうか。嫌韓派も反・嫌韓派も、あまりにも韓国と日本を実体として分離して認識しすぎているのである。

嫌韓問題の解き方 ステレオタイプを排して韓国を考える (朝日選書)』 P36

韓国全体が反日一色だと思うのは誤りですし、韓国人が日本が軍国化してるという理解もぶっ飛んでます。

お互い等身大の姿を見ることが大事です。まぁ妙な感情移入はせずに思いっきり他人事のように淡泊に見る方が良いように思えます。

ちなみに北朝鮮はありのままを見れば見るほどドン引きします。

なぜかありのままの北朝鮮を見て批判しているだけなのに「北朝鮮の一面しか見ていない!」と批判する人がいます。

意味が分からない。こういう人たちこそ等身大の北朝鮮を見るべきでしょう。ホロコースト現在進行形でやってる国なんてもはや地球上で北朝鮮くらいでしょう。

平壌だけ見て北朝鮮を評価するような方々は、己の目が曇りまくっていることに早く気づいてほしいですね。