嫌韓になる思考回路ではなくインプットする情報が問題

左右両極端の本ばっかり読んでると脳みそが腐るので、まともな韓国専門家の本『嫌韓問題の解き方 ステレオタイプを排して韓国を考える (朝日選書)』で、嫌韓の何が問題かを的確に指摘している部分を紹介します。

こういう冷静な意見が左派側で主流になれば、左翼ではなく健全なリベラル勢力として大衆から支持も得られるようになるでしょう。

P14-18

・・・ただ、韓国文化に対する理解が増えるということは、韓国人の世界観に対する知識が増えることを意味しており、それが好感の方向に進む場合もあれば、逆に違和感の方向に進む場合もあるはずだ。

「嫌韓」の登場

日本において二〇〇五年ごろから顕在化した「嫌韓」という認識は、後者に分類されるものだ。日本人が韓国に対してさしたる知識を持たなかった時代にも、韓国に対する嫌悪感や差別意識は存在したが、それらはこの十年ほどのあいだに進行した嫌韓とは質的に異なるものであった。

嫌韓以前の韓国に対する否定的な意識は、主に①近代以降、日本社会に蓄積され、残存する韓国・朝鮮に対する差別的な蔑視意識、②在日朝鮮人などとのあいだの直接的な経験、③メディアや風説などからの間接的な認識・イメージ、によって形成されたと考えられる。

しかし二〇〇五年ごろからその姿を明確化しはじめた嫌韓は、それ以前の嫌悪感や差別意識とは異なるものだった。嫌韓は主に、韓国側の歴史認識や世界観に対して「客観的な」認識をしたという自己認識のもとに、それに対して批判的な態度をとる、という形で噴出した。つまりここには、括弧つきの「客観性」という概念が介在している。

もちろんその「客観的」認識なるものは、直接韓国人や韓国社会と接して得られたものではなく、多くは間接的に日本語による第二次文献などから得られたものであったろう(ただし第3章で述べるように、韓国の新聞のウェブ日本語版が日本人の嫌韓に与えた影響は大きい)。

まだまだ経済規模も小さく、国際社会への影響力もあまりなかった頃に比べて、今ではG20の一角に食い込むほど成長した韓国。

左派系の本で韓国や中国が強くなり日本が経済停滞で弱くなったことに対する己のちんけなプライドを守るための自己防衛が、反中・嫌韓感情として噴出したのだ、という説明をちらほら見かけます。

実はこれ一理あるんですが、大多数の人は「そんなことない!自分は客観的に見ている!!」と言って「もしかしたらそういう面もあるかも?」と自分の内面を見つめようとしません。

こういう人たちが、「韓国側の歴史認識や世界観に対して「客観的な」認識をしたという自己認識のもとに、それに対して批判的な態度をとる」という対応をしがちです。

まぁそれが問題というわけではなく、やたらと”強硬な”態度をとるのが問題だったりしますが。日韓双方でそういう連中が盛大に罵りあいを繰り広げるので、冷静な議論にならないので困ってしまいます。

そして常識的な人ほど嫌気が差して討論の場から去り、その結果どんどん先鋭化して罵りあいに拍車がかかる。

問題解決からどんどん遠ざかります。

そしてこの問題の構図を、『嫌韓問題の解き方』ではこう指摘しています。

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