再検証が必要なイラク戦争 ~忘れられる管理された虐殺を受けた人々~

従北左翼さんたちはイラク戦争が大好きですね。脱北者の証言を、イラク戦争の口実に使われたというナイラ証言と比較して貶めようとしています。

 

 ナイラ証言(ナイラしょうげん、Nayirah testimony)とは、「ナイラ」なる女性(当時15歳)が1990年10月10日に非政府組織トム・ラントス人権委員会にて行った証言。

 イラクによるクウェート侵攻後、イラク軍兵士がクウェートの病院から、保育器に入った新生児を取り出し放置、死に至らしめた経緯を涙ながらに語った事で知られる。当時のマスコミはクウェートへ入れなかったため、この証言が信憑性のあるものとされ、広く喧伝された。アメリカ合衆国上院議員や大統領も幾度となく引用しており、湾岸戦争の布石を敷くこととなる。

 当初はアムネスティ・インターナショナルや避難民からの証言により、裏付けの取れたものであった。しかし、クウェート解放以後、マスコミが同国内に入り取材が許された結果、新生児の件は虚偽であった事が発覚。

ナイラ証言』 Wikiより

 

要は嘘の証言をもとに、イラク侵攻が正当化された、だから脱北者の証言も同じように北朝鮮侵攻のために利用されるかもしれないぞ!アメリカに騙されるな!!という主張ですね。

絵に描いたような北朝鮮の代弁者と言えます。

別にナイラ証言が嘘なら嘘で良いのですが、サダム・フセインがどれだけのことをやったのか、下記の本にも注目すべきだと思います。イラク版の「脱北者の証言」と言えます。

要約すると、 (※次ページへのリンクは関連記事の下にあります)

  • 気に入った女を手に入れるために、夫の資産を没収して破産させる
  • 夫が破滅し、自暴自棄になる
  • 夫と離婚させる
  • 支配して好きなように犯す
  • 16歳の娘が、フセインの長男に暴行される
  • 長男はスパイを使って毎晩10人以上の女の子を用意し、そこ娘たちを並べてその中から一人を選ぶような外道
  • 一日10人の女を連れてくるノルマを果たせないスパイは死を与えられる
  • 特に良家の若い女性を特に好む
  • 好きなように凌辱された後、その女たちは姿を消す、おそらく殺された
  • 髪をそり落とされて家族の元へ返される子もいる
  • 恋人と呼べるような相手もいるが、飽きれば別の男と結婚させてポイ捨て
  • サダム・フセインの長男はまさに獣

他にも書いたらキリがないくらいありえないことをやってきたのがサダム・フセインです。その息子も親父の上をいく残虐さでした。

北朝鮮と似たような構図です。親子そろって外道という点など、金日成と金正日親子と瓜二つと言えます。だからこそ、イラク戦争の意義を徹底的に貶めるわけです。なにせ、上手くいったら次は北朝鮮の番ですから。

なぜかイラクを作ったのはアメリカというような印象操作がなされていますが、そもそもイラクはソ連の衛星国家です。つまり、共産主義国家です。

当然のように、一党独裁、秘密警察、強制収容所(=暴力と拷問が当たり前)という、恐怖の全体主義三点セットを完備した体制でした。

事実を並べて、常識で判断すれば、潰されて当然の外道と思えます。

拉致被害者が返ってきたのも、ブッシュのおかげでしょう。故人の佐藤勝巳氏も同じように思っていたようです。私も下記の意見に賛同します。

 二〇〇二年九月一七日、なぜ日朝問で「日朝平壌宣言」が発せられたのか。自民党と家族会の一部は、小泉内閣が拉致被害者五人を解放させたと見ているが、私の考えは違う。米ブッシュ政権のおかげである。

(中略)

 イラク戦争が始まるのは○三年三月二〇日だが、小泉訪朝はその前年○二年九月である。イラク戦争の六ヵ月前である。当時は盛んに「イラクの次は北朝鮮への爆撃」がささやかれていた。
 当時日本にいた北朝鮮工作員は、アメリカが本当に北朝鮮を爆撃するのか、真剣に情報を収集していた。後に工作員から漏れてきた話だが、「悪の枢軸」と名指された金正日と政治上層部は、恐怖の虜になっていたという。
 そうだと思う。ブッシュ政権のテロに対する断固たる姿勢が肌に伝わってきていたときである。
このような国際政治の中での小泉氏の訪朝で、金正日は「五人生存・八人死亡」を認めた。
 仮にも一国の最高権力者が拉致、人を「さらった」ことを認めるなど国際政治史上耳にしたことがない。日本は北朝鮮を爆撃することなく、逆に早期の国交正常化を目指すとした「日朝平壌宣言」を発表した。この宣言は、「請求権」(北朝鮮に残した日本人の財産を要求する権利)、また「拉致」という北の「主権侵害」を追及すべき根拠を放棄した犯罪的な外交文書なのである。
 金正日がなぜ拉致を認めたのか。北は、ブッシュ政権に爆撃されたら、アフガニスタンと同じになっていたことは間違いない。金正日は攻撃を回避するのに必死であった。日本の拉致を認め、カネを取り、日朝の国交を樹立し、日米を離反させる。「肉を切らせて骨を断つ」作戦で身を守るために、拉致を認めたのが真相だと私は見ている。
 小泉純一郎氏と田中均氏(当時アジア大洋州局長)は、北朝鮮の安保のために利用された。これを粉砕したのは、日本国民の〝日朝交渉の前に(入り口で)拉致解決を〟という良識と怒りであった。
 テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、評論家たちは、金正日と北朝鮮を一斉に非難した。日朝交渉などできる雰囲気ではなかった。事実できなかった。

「秘話」で綴る私と朝鮮』 P171-173

妙に佐藤勝巳氏を貶める言説が、親北系の在日知識人から散見されるなと思っていましたが、これだけ図星をついたことを書かれていたら貶めようとする言論を書くのも納得できます。産経=極右新聞、という印象操作で信憑性をおとしめようとする手法と同じですね。

イラク戦争ですが、アメリカ叩きに使う一番のネタが、「大量破壊兵器」の件です。

結局、「大量破壊兵器」はあった、という無視できない事実については誰も騒ぎません。アメリカ非難の根拠に一番使われていたのがこの主張です。これが覆る情報が飛び出してきたのに、みんな沈黙しています。

(※大量破壊兵器があったというニュース。記事はこちら

 

もちろん出てきた化学兵器がイラン・イラク戦争の際に、西側から提供されていたものだから言いづらい、という理由もあったでしょう。

ですが、普通に考えて一番の理由は報道にもある通り、「敵対勢力に渡さないため」が、納得のいく一番の理由と思えます。「自分で作ったものだから、自分に使われても仕方ない」など狂った発想のはずです。当然、軍事侵攻も視野に入れて対応方法を考えるはずです。

そもそもどこに埋まっているか分からないのに、無邪気に「化学兵器」がありました!!と騒いだとしたら国際社会から「アメリカは何を考えているのだ!」と、非難轟々のはずです。

イラク戦争で、イギリスあたりが妙に擁護的だったのが納得できます。

「大量破壊兵器はあったが言えない」

ということを知っていたのでしょう。

当時の報道は、大量破壊兵器は無かった!という一点でもって、アメリカを糾弾する報道一色だった印象です。

ちなみにこの事実を受けて、「大量破壊兵器と言われれば、核兵器と思うじゃないか!核はなかっただろう!!」という反論をしている方がいますが、当時の共通認識は、「核はないが化学兵器はあるだろう」です。その点は、『情報と国家―収集・分析・評価の落とし穴 (講談社現代新書)』でも書かれています。

今までさんざんイラクの大量破壊兵器で騒いでいた人が誰一人イラク戦争を再評価して、意見を変えないことに驚きを通り越してあきれるしかないです。

少しくらい、「え!あんなに非難されていたよね?テロ組織へ拡散させないためにそれを甘んじて受け入れたのか、、、。たとえ非難されたとしてもやるべきことをやる。えらいブッシュ!見直した!!」という意見の一つや二つあってもいいと思いますが、そんな意見は皆無です。

そもそも本来であれば、下記のような人たちの声を大いに広めることが、メディアのあるべき姿だと思えます。

フセイン政権打倒は紛れもなくイラク解放だった

 先進国における自称リベラルや自称左翼の情報宣伝にも拘わらず、次第に明らかになったように、米英軍によるフセイン拘束当初、イラク国民はフセイン圧政からの解放を喜び、米英軍に心から感謝する者で溢れていた。それを私たち自身も微力ながら報じてきた。

 国際ジャーナリスト神保哲生と私が五年近く続けるインターネット上のニュース解説動画配信番組『まる激トーク・オン・デマンド』の第一四一回「イラク市民が日本に期待すること」(二〇〇三年一一月)にNGO日本緊急援助隊の代表ケン・ジョセフ氏をゲストに迎えた。

 彼は父親がイラク人。米国のイラク攻撃直後からバクダッド入りし、急援助活動を続けていた。毎日起こる対米軍テロの背景に米国憎しの国民感情を見出すのが私たちの常識。だが彼は、イラク人の大半は米国によるイラク攻撃と進駐を圧倒的に歓迎していると言う。

 彼は喩える。激烈な家庭内暴力がある。警察を呼ぶが「今すぐ行く」との答えばかりで警察は来ない。仕方なく近所のヤクザに助けを請い暴力が収まった。家族にとって悪いのは警察でヤクザではない。警察とは国連、特に平和を口にしつつ何もしなかった仏独日だ。

 各国首脳がフセインに会い、イラク内政と各国外交をリンクした形で取引(アメとムチ)を持ちかけていればフセインは退いたというのがイラク人大半の思いだ。なのに、どの国も対フセイン圧力を本気で行使しなかった。だから米英軍が助けてくれ、平和が訪れた。

 そんなはずはないと人は思う。ジョセフ氏の証言が続く。政権崩壊後、市場は人で溢れ、深夜も外出でき、TVチャネルは二つから三〇〇に。周囲を気にせず会話でき、盗聴を気にせず携帯電話でき、ネットも使える。道路は遊びに行く車で渋滞。ナンパも自由になった。

 「これで米国に感謝しなかったら変です」と言う彼は、諸外国はフセインの悪を想像できていないと言う。たとえ米軍が一万人殺そうと、フセインが殺した国民は一〇〇万人。「どこの家にもフセインに殺された家族親族の遺影があるのをわかっているのか」と涙ぐむ。

 ならば昨今のテロは何か。彼はカネだと言う。米英軍が攻撃を開始するとイラク兵は離散、米大統領が戦争終結宣言を出した。だがイラク兵は逃げたのでなく、空爆四日前にカネを支給され帰郷命令を受けた。フセインがカネを使ったゲリラ奨励に出たのだという。

 四〇〇億ドルの蓄財をしたフセインから、米兵一人殺すと五〇〇〇ドル、戦車一台破壊すると1000ドルが出る。米英暫定占領当局(CPA)長官ポール・ブレマーの愚策で間接統治せず、バース党関係者五〇〇万人(国民の二割)が失職したのが効いた(むろん当初の話で、その後が部族間抗争の観を呈するのは周知)。

 ジョセフ氏は言う。イラク人は中東政策史ゆえに米英が嫌いだ。でも「だからテロだ」にはならない。フセイン圧政はもっと嫌いだ。とはいえ、一人殺せば家族と一年間食えるのだ。背に腹はかえられぬ。嫌いな米英だから殺すことに躊躇はない。そんな具合だと言う。

なぜ、民主主義を世界に広げるのか-圧政とテロに打ち勝つ「自由」の力』 P295-296

この本の解説として、社会学者 宮台真司氏が書いたあとがき部分です。

これを読むと、イラク戦争後の報道で、いかに印象操作されていたかが分かります。

事実をありのままに受け入れ、何が問題かイデオロギー抜きで検証しなければ、いつまでたっても世の中から独裁体制や、そこで行われる「管理された虐殺」はなくならないでしょう。

そういう点では、「戦争=悪」、「アメリカ=悪」という思考回路の左派系ジャーナリストの罪は重いと思います。

イラクの人々の次のような言葉をどう思うのか?

「諸外国はフセインの悪を想像できていない」
「どこの家にもフセインに殺された家族親族の遺影があるのをわかっているのか」

そう言って涙ぐむ姿は、まさに北朝鮮に対してそのまま言えることでしょう。

街頭に出て、解放と自由を喜ぶ姿をもっと報道し、イラクの未来は明るいぞ!という印象を世界中に広めていれば、有望なマーケットになりそうだと世界中の投資家が投資して、雇用も生まれ、金のためにテロをする必要もなくなり、イラクは安定していたかもしれません。

別にアメリカは正しい!という主張をしたいわけではなく、なぜ失敗したかをきちんと検証して次に生かさないと同じ失敗をしてしまう、と言いたいだけです。

仮に、北朝鮮の核ミサイルを理由に、アメリカが北朝鮮に侵攻したとしましょう。そこで核ミサイルは実は嘘で存在していなかった、ということが明らかになったとしましょう。

イラク戦争後の報道姿勢についての反省がなければ、きっとメディアは「核はなかった!」という理由を取り上げて大騒ぎすると思います。その裏で、強制収容所から釈放され、圧政からの解放を祝う民衆を無視するでしょう。

結局、核はなかったじゃないか!という理由で大騒ぎし、その対応に追われ、いつまでたってもゴタゴタしていたら、中国やロシアあたりが武器を流して、米韓軍に賞金をかけてテロを煽るかもしれません。

そしてテロが起きたら北朝鮮への投資や工場進出などに、二の足を踏むことになるでしょう。いつまでたっても食うのに困ったままでは不満がたまり、金のためにテロに走る。そういう負の連鎖が生まれると非常にまずいわけです。

イラク戦争を意義をゆがめ、こういう言論を広める次のような自称リベラルは本当に危険だと思います。

 

内田 ここでちょっと教えていただきたいのですが、イスラームの国家って、なぜこうも揃って放っておくとすぐに独裁政権になるんでしょう。それほど国民的支持があるとも思われない抑圧的な独裁政権がかなり長期間にわたって、秘密警察とか駆使して、強権的に支配していますね。僕だちから見ると、これはかなり奇異な光景に見えるんですけど。

中田 それはですね、単純に言って反対派が現れてもめた時、反対する人間を全部粛清するとある程度安定するんです。例えばイラクなどはサダム・フセインの独裁の時反対派をみんな殺して、その結果、かなりまとまっていました。アメリカが侵攻したころには、反体制派は殺し尽くしていたので、かなり安定しており、大規模な組織的虐殺は起きておりませんでした。シリアも同様で「アラブの春」が始まる以前には反体制派を殺し尽くして安定しておりました。

内田 それってぜんぜんうれしい話じゃないんですけど……。

中田 ええ。しかし、ザダム・フセインのころの方がよかったっていう声は、実際けっこうあるのですよ。エジプトもムバラク大統領の独裁政権のころの方がよかったという声が多いです。

一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教 (集英社新書)』 P184

こういうのんきな討論をする中田考氏と内田樹氏は、一度北朝鮮の収容所に入って、人生観を変えた方が良いかもしれません。

サダム・フセインに家族を殺された人が聞いたら、血の涙を流して激怒するやりとりです。

まさに、「諸外国はフセインの悪を想像できていない」と言えます。

大臣がサダム・フセインの長男に娘を犯され、それを訴えたらその大臣が二日後にガンで死亡する。(どう考えてもガンは嘘で殺された)

そういうレベルの「管理された虐殺」が行われていたわけです。

それを「アメリカが侵攻したころには、反体制派は殺し尽くしていたので、かなり安定しており、大規模な組織的虐殺は起きておりませんでした」と言える神経は、人としてありえないと思います。

大臣は娘を暴君の息子にレイプされても、笑顔でペコペコ頭を下げながらサダム・フセインのために働かなければ生き残れないわけです。それをもって反対派を殺し尽くしていたから安定している、などありえない発想でしょう。

北朝鮮に対しても同じです。北朝鮮については、典型的な反米原理主義である一水会のような偽装保守団体までもが体制擁護にまわっています。

もちろん軍事侵攻して独裁者を殺したらみんなハッピーになる、などという無邪気な動機と計画性で、軽々に軍事侵攻などやるべきではないでしょう。

やるべきは、次の通りだと思います。

各国首脳がフセインに会い、イラク内政と各国外交をリンクした形で取引(アメとムチ)を持ちかけていればフセインは退いたというのがイラク人大半の思いだ。なのに、どの国も対フセイン圧力を本気で行使しなかった。だから米英軍が助けてくれ、平和が訪れた。

なぜ、民主主義を世界に広げるのか-圧政とテロに打ち勝つ「自由」の力』 P295

 

強制収容所の廃止、連座制の廃止、洗脳教育の廃止(=情報の自由化)という、恐怖の3点セットをなくす要求を北朝鮮に行い、改革開放を「本気」で迫るべきだと思います。

それを拒否するなら韓国主導&日米フルバックアップの人道的軍事介入もやむなしです。憲法9条など関係ありません。

この恐怖の3点セットが、現在の独裁体制を維持できている核心と言えます。むしろここから目をそらさせるために、ミサイルと核実験を繰り返していると私には思えます。

核ミサイルを撃つことはないでしょうが、核放棄のかわりに、体制維持の保障と国内不干渉は確実に要求してくると思います。もしその要求をのんで北朝鮮の人権蹂躙を黙認するとしたら、そのような外交をしたトップは永遠に歴史に汚名を残すことになると思います。

ネットでは安倍首相と朴槿恵大統領をさも独裁者のように印象操作する人が多いですが、おそらく従北左翼の情報操作でしょう。私の目には安倍首相はかなりリベラルに見えます。

北朝鮮の人権問題では、ここ数十年、歴代首脳の中で安倍首相と朴槿恵大統領が一番熱心に取り組んでいます。そのことを国連北朝鮮人権報告書のまえがきで、ヒューマンライツウオッチの土井香苗日本代表が下記のように指摘しています。

 日本の皆さんに知ってほしいのは、COIの産みの親は、実は安倍首相であり日本政府であること。世界で重大な悲劇が起こることは少なくない。しかし、そこに巻き込まれた罪なき多くの人びとを守るために日本政府が先陣を切った例は残念ながらこれまでほとんどなかった。言い換えれば、世界的な悲劇に立ち向かう壮大な世界的プロジェクトを他でもない日本政府が開始したことは、日本外交史上でも初めてのことと言っていいのではないか。高く評価したい。

日本語訳国連北朝鮮人権報告書』 P.VIII

「北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)」の生みの親は安倍首相であり、日本政府です。

北朝鮮にとって最も都合の悪いことをやり続けてきたのが安倍首相と言えます。本来リベラルこそが安倍首相を支持していなければいけないはずですが、そうさせないよう極右を粘着させ、軍国主義の安倍晋三という印象操作をやるのでしょう。

この辺の構図は、「親日派」だの「独裁者朴正煕の娘」という印象操作と同じです。

北朝鮮は、日韓ネット世論のがん細胞と言えます。

来たるべき北朝鮮の自由化・民主化に向けて、イラク戦争は再度検証しなければならないと思います。なぜ失敗したのかを分析し、同じ過ちを繰り返さないようにしなくてはなりません。

最後に、イラクが独裁体制になっていくときに、その国にいる人々がどういう感想を抱いたか、『生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』から引用します。

 国が独裁へ向かって進む過程は驚くべきものです。日常が色を変え、すべてが灰色になります。人々の言葉遣いが変わり、お互いを疑いの目で見るようになり、友人と敵がはっきりします。恐怖がカビのように繁殖する。人が姿を消す。何も言わずに、ある日突然いなくなる。そして二度と戻ってこない―――国を逃れたから? 暗いうちに連行されたから? もう息絶えているから?

 誰にもわかりません。誰もききません。人はすぐに学びます。きくことは命とりだと。知らないことが一種の防御。目をそらすことを、子供にも教えるようになります。

 当時を振り返ってみて一番驚くのは、こんな状況にも人はあっというまに適応するということです。またたくまに、政治や宗教について冗談を言う者はいなくなりました。

 皆、黙り込みました。恐ろしい噂話を囁くことはあっても、絶対に信用の置ける相手にだけ。その相手の数もすぐに少なくなり、夜は早くからカーテンを閉め、外出は必要なときだけ、パーティも催さなくなりました。皆が黙って、時が過ぎ去るのを待ち、すべてが静止する。つい最近まで当たり前だった生活が、夢のように思えてくる。同時に、皆、何ごともないかのようにふるまっていました。

生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』 P72-73

まさに北朝鮮がチュチェ思想に染め上げられ、個人崇拝の独裁国家に転がり落ちるプロセスそのままと言えます。

それが起きていたのがイラクであり、主導したのがサダム・フセインです。

この暴君がアメリカに潰されたとき、金正日が恐怖に震えあがったというのは本当でしょう。

当然、徹底してイラク戦争の戦後処理を失敗させようと、死ぬ気で従北左翼を扇動し、アメリカ非難の世論を巻き起こして、アメリカのやる気を失わせようとするでしょう。そういう事実をゆがめる言論をまき散らしたはずです。その後遺症は今も残っていると言えます。

次は長男ウダイの残虐さを紹介しましょう。

 ウダイにはモハメドという名の友人がいました。妻と二人の子供がいる男性でした。そのモハメドにも、サダムはウダイを見張るよう命じていました。どういう経緯か、モハメドはウダイの暗証番号を入手し、ウダイのオフィスへ忍び込んだのです。特に何か探していたわけではなく、サダムに〝何か〟報告しなければいけない状況だったからです。

 ウダイはオフィスに隠しカメラを仕掛けていて、モハメドが中に入って嗅ぎ回ったことを知りました。しかし何も言いませんでした。

 ある日、ウダイがバグダッドの大きな遊園地へ自分の客を招待しました。その中には私の二人の娘も含まれていました。一般の客は皆、追い出され、ウダイとそのゲストのためだけに遊園地が開放されました。ジェットコースター、観覧車など、すべて。

 突然ウダイが、今からモハメドがメリーゴーランドに乗ると言い出し、他の乗り物はすべて止めさせました。モハメドだけがメリーゴーランドに乗って、全員それを見物するよう指示されました。

 モハメドは木馬に乗せられ、ウダイが最高速度を指示しました。そして、スピードが上がりきったとき、急ブレーキをかけるよう命じたのです。

 モハメドは鳥のように飛んでいきました。そして死にました。それ以来、誰も彼の名を口にする者はいませんでした。

生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』 P147-148

メリーゴーランドに乗せてぶん回し、急ブレーキで吹っ飛ばして墜落死させる。

恐ろしい殺し方をします。

やり口は公開銃殺と変わらないでしょう。誰もメリーゴーランドから鳥のように吹っ飛ばされて死ぬような最後を迎えたくはないでしょうから、恐怖に震えたと思います。

こういう圧倒的な残虐さを無視し、イスラムの価値観だの、西洋やアメリカが悪いだのと言うのは本当にズレた意見だと思えます。

むしろこういう残虐行為を無視し、広めようとせず、ひたすら米軍の誤爆だけを報道する良心の欠如した報道姿勢こそが糾弾されるべきだと思えます。

 サダム・フセイン政権のイラクではお互いのことを報告し合うのは普通でした。独裁の典型的なパターンとも言えるでしょう。カストロ政権下のキューバ、ムッソリーニのイタリア、ヒットラーのドイツ、スターリンのロシア……どこも同じです。指導者が権力を持てば持つほど、社会に恐怖が蔓延します。隣人が報告し合い、兄弟が密告し合う。誰もそんなふうに生きたいと思っていないのに、それが義務、いや、強制となる。生き延びるためなら、人間は何でもするのです。

生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』 P148

まさに北朝鮮と同じシステムです。共産主義、全体主義の条件をそろえています。

生活総括という名の相互非難合戦で、親兄弟、友人知人とのつながりを破壊する手法と一緒です。誰もそんなことはしたくないのに、生きるためにはそうするしかない。恐ろしい限りです。

 サダム・フセインは一番下からのし上がった人物でした。人脈やお金に物を言わせて地位を築いたのではなく、元々はあくまで民衆の一人でした。だから、最初は民衆の支持を得ていたのです。

 でもすべてが変わりました。権力が増すにつれ、サダムはその邪悪さをまきちらし、恐怖を武器に支配を始めました。彼はまず自分の手下に恐怖を植えつけ、それが国民にまで広がっていきました。どこでも同じパターンです。

 イラクではどこの家庭にも、サダム・フセイン政権時に何らかの怒りと悲しみの思い出があります。撃ち殺された夫。戦争で死んだ息子。消えてしまった娘。飢え死にした子供達。

 誰もが、大切な人を失って嘆き悲しみ、思い出すたびに憎悪がみなぎるような経験をしました、玄関でノックが聞こえるたびに、恐怖を感じざるを得ないのです。誰が来たの? 誰が連れていかれるの? そして、どうなるの? 本当に有罪か無罪なのかは関係ありません。理由をきくのも無駄。サダム・フセインの死の徴笑は、誰にでも向けられる可能性があるのです。

 私の話を理解するには、当時がこんな状態だったことを理解してください。サダム・フセインは肉親を殺すことすら躊躇しない男です。私だけ特別扱いしてもらえるわけがないでしょう?

生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』 P148-149

まさに北朝鮮で起きたこととまったく一緒です。

「玄関でノックが聞こえるたびに、恐怖を感じざるを得ない」など、まさに北送された帰国在日が「帰国者狩り」で家族ごとある日忽然と消されたことと同じでしょう。

下からのし上がり、最初は民衆に人気があった、というのも金日成をほうふつとさせます。そして、その後、恐怖政治で権力闘争に打ち勝ち、部下を恐怖で支配し、それが国民にまで広がる。

まさに北朝鮮と同じです。

イラク戦争の戦後処理がうまくいくと非常に都合が悪い国が北朝鮮と言えます。だからこそ当時、左派を煽って「大量破壊兵器」はなかった!という一点で必死になって宣伝し、イラク戦争の戦後処理を失敗させようとしたのだろうと思います。

姜尚中氏など矢継ぎ早にそういう本を当時出しています。

そういう人たちは、そのようにアメリカ非難の大合唱を世界中で巻き起こし、中東の軍閥暴力団を駆逐しようとする意欲を失わせ、米軍が撤退した後にはるかに残虐な支配者に弱者が踏みにじられても良いと言っているようなものでしょう。

アメリカの統治が下手くそだとしても、イスラムを詐称する軍閥暴力団よりははるかにマシです。

朝鮮民族を詐称するチュチェ人に長年支配された北朝鮮が今どうなっているかを見れば分かるはずです。

ぜひイラク版「脱北者の手記」をご一読いただき、イラク戦争=アメリカ悪、という思考回路がいかに偏った見方なのかを知っていただければと思います。

 

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