この本は、強制収容所から脱出した方の手記です。この強制収容所の実態を知らずに、北朝鮮は語れないでしょう。
『北朝鮮脱出〈上〉地獄の政治犯収容所 (文春文庫)』 P206-209
絞首刑を初めて見る人は、かたずをのんで見つめていた。数千にのぼる人びとの呼吸音さえ聞こえるほど、緊張が高まった。水の流れる音が思いがけなく大きく聞こえた。
死刑囚二名が、保衛員に引き立てられて絞首台にあがった。そして頭に頭巾をかぶせられ、すぐさま首にロープがかけられた。
二名の保衛員が現われ、白い布で絞首台の前をさえぎった。つばをのみこむ音さえ聞こえるほどまわりは静かであった。沈黙の中で何分経ったことだろうか。
「一列に整列せよ」
という声が聞こえた。 ようやくのこと、ぼうぜんと我を忘れていた人たちが動き始めた。それまでは銃声とか、血が飛びちる現場が見えなかったせいか、彼らが死んだという実感はまったくなかった。しかし絞首台の前をさえぎっていた天幕をとり除くと、状況は一変した。
まるで二匹の犬を吊るしたように二人の首が虚空にぶら下がっており、その顔は二人とも黒く変色していた。一人はすでに死んでしまったのか、微動だにしなかったが、もう一人はかすかに動いており、ズボンのすそからは小便が垂れ落ちていた。
それを見た瞬間、私は目まいがしてその場に倒れた。意識と無意識とが行った来たりし、黄色い水を吐いてしまった。どれほど時間が経ったことだろうか。少し気分を取り戻した。
「一班の独身者から、絞首台の前を通過しながらそれぞれの村へ帰る。各自、地面にある石を一つずつ持って、絞首台の前を通るとき、死んだやつらに投げつけろ」
管理所長みずからが命令した。一班の独身者たちが列を作って二人の前へ進んだが、誰もが命令にしたがって石を投げることができず、その前で立ちどまってしまった。
「おまえたちも同じ目にあいたいのか。この反逆者に向かって石を投げろ!」
所長が再び大声で怒鳴りつけた。立ちどまっていた監督が手に持っていた石を二人に投げた。すると驚いたことに、あとから来た人たちも、われもわれもと力いっぱい石を投げるではないか。
それは、そうしなければ自分も災難にあうかもしれないという必死の生存本能が、理性や人間性まで抹殺してしまう、凄惨な光景であった。
ある人はわざと保衛員たちに近づいて大きな石を投げ、
「民族反逆者を打倒せよ!」
と叫んだりした。
ぶら下がった死体の顔の皮が破れ、どす黒い血が流れ落ちた。どれほど石をぶつけられたのか、肉片がそげて骨が白くなった部分もあった。死体の下に石が小山のように積もった。帰国同胞の娘や女性たちは口から泡をふいて卒倒した。
私たちは保衛員の命令で、倒れた人たちを横へかついで移動させた。とうとう帰国同胞者の順番になった。
十班僑胞村の責任者のハン・ソンミンさんがあきらめて石を投げた。彼はもともと近視だったが眼鏡をかけておらず、よく見えなかったのか、とんでもないほうへ石が飛んだ。
私も死刑囚を狙うふりをしながら、かけ離れたところへ投げた。
そんな渦中でまた事件が起こった。日本から帰国してまもない成信煕兄さんが、顔をそむけたまま石を投げず、そのまま通りすぎようとしたのである。保衛員がそれを見逃すはずはなかった。保衛員たちは成信煕兄さんを押し倒し、こづきながら、
「何をしている。おまえもあんなふうに死にたいのか?」
と靴で頭を踏みつけた。すでに縮みあがった人びとは彼の顔が裂け、鮮血が流れても気づかないかのように、そのまま通りすぎた。
村に帰る途中、誰一人として言葉をかわす人はいなかった。
死者の尊厳さえ、踏みにじります。それを収容所の人間にやらせます。日本から帰って来た、在日同胞がこの暴挙を強要させられ、拒否して通り過ぎようとしたら容赦ない暴力が加えられます。朝鮮学校では、この在日同胞の苦難を教えていません。帰還事業は素晴らしいことだったと書いています。この人が、「敬愛する将軍様」が乱舞する、朝鮮学校の教科書を見たらなんというでしょうか?
「これが在日同胞のウリハッキョか!ふざけるな!!」
そう怒ると思います。
朝鮮学校は、先祖の魂を踏みにじる残酷な民族教育を行っています。
それに気づき、北の大地で無残に殺された人達のために祈る。そんな真の民族教育をしてほしいと、そう願ってやみません。
※トップの画像は『図説 北朝鮮強制収容所』より一番近いイメージの絵を引用。