『北朝鮮 絶望収容所』 女性を性奴隷にする

最近、韓国で親しくなった若い脱北女性に、何もない天井を見ながら、空腹で立ち上がることさえできず、数日間生死を彷徨っていた幼少時代の思い出話を聞かされました。彼女が苦しんでいたその時間に、自分は金日成の歌を歌い、主体思想を信じ、北朝鮮を我が祖国と叫んでいたのです。人間の底なしの自分勝手さと、見えることにしか興味を示さない浅はかさ、罪深さを痛感せざる得ません。

『拉致と真実 第9号』 P15 朝鮮学校修了生 リ・ナナ より

これが朝鮮学校の最大の問題でしょう。朝鮮学校は「将軍様の学校」ではありません。在日同胞のウリハッキョ(我が学校)です。学校の支援者は、本当に存続を望むのであれば、自分はいったい何をすべきなのかを己の良心に問いかけてほしいと思います。

やるべきは、北の暴君に強奪された民族奪還することのはず。それ以外何があるというのか?

それなくして朝鮮学校の存続は不可能でしょう。

このまま朝鮮学校が消滅してしまっては、この学校のために尽力してきた在日一世たちがうかばれません。

朝鮮学校の存続を願う人たちは、朝鮮総連内部の良心の声を後押しするような発言や行動をすべきだと思います。

在日社会から、こういう声も出ているわけです。

私たちの手にほんとうの民族教育を取り戻そう!

もし、総聯中央が心ある先輩たちの提言を真摯に受け止め、改善・改革に取り組んでいたならば、今日のような事態にはならなかったことでしょう。

今まで出されてきた、民族教育の改善を要求する声は、総じて、ウリ学校から金日成・金正日崇拝のための教育を廃止し、真の民族教育を取り戻したいとするものでした。

しかし、総聯中央はこれらの要望に対し聞く耳を持ちませんでした。

多くの先輩諸氏は、「なんでもないさ、ウリ教育が変質したんだよ。学校の教室から乙支文徳将軍や李舜臣将軍の肖像画がなくなり(一九六〇年代後半)、組織内で金日成の唯一思想体系の確立が狂ったように叫ばれたころから、民族教育は事実上消滅したのだ」と言うのです。

いや、在日同胞の民族教育を金日成親子にかっぱらわれたと言うべきです。

このようにして、同胞子弟の民族教育は金日成親子に対する崇拝教育、すなわち北朝鮮の国民教育になりさがり、表の顔とは別に、その裏では金親子への忠誠心教育を推し進めてきました。

(中略)

私たちの未来が、民族の言葉と文字、文化を思いっきり学び明るい希望が持てるようにするため、金親子にひったくられ、政治の道具に利用された民族教育を、みんなの手に取り戻そうではありませんか!

『朝鮮総聯の改革と民族統一・志向会 第五報』より一部引用
『光射せ!第8号』に収録 P166-167

こういう総連内部、朝鮮学校内部の改革派の力を盛り立てるようなやり方で、外部の圧力を加えていくべきだろうと思います。

そのようなアプローチこそが、同じように北朝鮮に対してもやるべきことだと思います。

「非核化するなら体制の安全は保障する」

これほど危険な発想はありません。

体制を認める=奴隷制を認めると言っているようなもの。

ありえません。

逆に言えば「体制変革なくして北朝鮮問題の解決なし」ということです。

よく「なら戦争するんですか!?」と極端なことを言って、北朝鮮との関係改善や制裁解除に前のめりな人がいますが、そういう人たちには「なら奴隷制を認めるんですか!?」と問うてみたい。

北の核問題は、もはや「核攻撃されないためなら隣国の奴隷制を容認するのか?」という究極の命題なわけです。

もちろん「戦争はしたくない、核も落とされたくない」というのは当然のことです。他人のために命を張る人間などそうそういません。

だとしても、脅しに屈服して制裁を解除するような真似はしてはいけないはずです。

己の安全のために直接攻撃は避けたとしても、ろくでなしと貿易はしない、金を渡さない、なんの支援もしないくらいの間接的な圧迫は人としてやるべきでしょう。

「朝鮮人奴隷支配をやめない限り、お前に不利益を与え続ける」

北朝鮮の人権蹂躙の実態を知れば、それくらいはやるべきだろうと思うはずです。

 

 

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