在日問題と同じ構図 都合の悪い言論は取り上げない沖縄メディア『外連の島・沖縄 基地と補助金のタブー』

琉球新報や沖縄タイムズといった、沖縄の言論空間を独占するメディアにとって都合の悪いことは報道されず、口封じされてしまうことがよくわかる内容が『外連(けれん)の島・沖縄――基地と補助金のタブー』に書かれていました。

この内容が在日問題と共通点が非常に多かったので紹介しておきます。

 

拙論掲載を拒否した琉球新報

この『沖縄の不都合な真実 (新潮新書)』は、2015年から16年にかけて、沖縄におけるベストセラー書となりましたが、地元紙の書評欄で取り上げられたことは一度もありません。週間ランキングで何十週にもわたって上位を占めていたのに、内容紹介がないのは異例のことと思い、筆者は沖縄のある講演会でその事実を指摘しました。この指摘に応えたのかどうか知りませんが、2015年8月、琉球新報は、『沖縄「真実」本 差別隠蔽の論法』という特集を組んで、2日間にわたって小著批判を掲載しました(8月19日 桃原一彦氏執筆/同20日 池田緑氏執筆)。「小著は巧妙につくられた沖縄差別本だ」というのがその論旨でした。誤読・事実誤認に基づいた記述も多々見られました。

批判は歓迎です。が、特集を組んでの徹底的批判ですから、批判された側にも反論する機会があって当然です。誤読や事実誤認を指摘する「権利」もあると思います。私は琉球新報に連絡を取り「批判された書の執筆者として、反論の機会を頂きたい」と何度も要請しました。担当者の対応は遅々としたもので、なかなか埒が明きませんでしたが、「言いたいことをまとめてくれ」との反応があったので、共著者の大久保潤氏と相談しながら、概要600字、本文4800字の反論原稿を送付しました。ところが、その後ナシのツブテとなりました。電話で連絡を取っても担当者は出てくれません。

私たちからすれば、これは「巧妙な言論封殺」以外の何ものでもありません。自分たちにとって都合の悪い言論は掲載しないというのが、沖縄の言論空間の実態だと痛切に感じました。そこでは、「沖縄は差別されている」という言論だけが、自己主張することを許されているのです。憤りを超えて呆れるほかありませんでした。

これぞ言論弾圧でしょう。

相手は「基地を押し付けられるかわいそうな沖縄」でモラルの鎧をまとってますから、ひどいことをしていると思ってません。こんな奴らは無視されて当然だとでも思っていることでしょう。

この辺は朝鮮学校批判をする卒業生の声を徹底して無視する姿勢と似ています。

総連機関紙の朝鮮新報に学校は変わるべきだ、こういう点はおかしい、という読者の意見が絶対に出てこないのと一緒です。

沖縄メディアは、北朝鮮という独裁国家の提灯持ち新聞である朝鮮新報と同じレベルだということでしょう。

「沖縄差別論」の論者は「米軍基地の押しつけ」こそが沖縄差別だといいます。米軍基地が沖縄に偏在しているという事実はまちがいありません。それが地域の負担となっていることも否定できません。が、沖縄に基地が置かれている現状は地理的・政治的・歴史的な産物です。政府や米軍にだけ基地偏在の責任がある、といった主張は、歴史的存在である「沖縄」の重みをあまりにも軽視する議論でしょう。この論に与する人びとは、基地の押しつけは日本の民主主義が沖縄を差別的に扱った歴史的帰結であるから、その民主主義を支える「日本人」すべてが加害者であるという主張も展開します。言葉は悪いが、それは「被害者原理主義」とでもいうべき陳腐な三文イデオロギーにすぎません。

在日差別で被害者意識を炸裂させる人たちと似てます。

「沖縄」と「在日」を入れ替えるとだいたい通じる文章になります。

言い換えるとこんな感じでしょうか。

「在日の置かれている現状は地理的・政治的・歴史的な産物です。日本にだけ在日差別の責任がある、といった主張は、歴史的存在である「在日」の重みをあまりにも軽視する議論でしょう。この論に与する人びとは、在日差別は日本の民主主義が在日を差別的に扱った歴史的帰結であるから、その民主主義を支える「日本人」すべてが加害者であるという主張も展開します。言葉は悪いが、それは「被害者原理主義」とでもいうべき陳腐な三文イデオロギーにすぎません」

ちなみに大多数の在日コリアンは普通に生きてます。

やっかいなのは朝鮮学校周辺のカルト化した人々でしょう。「被害者原理主義」で脳内がガッチガチに固まってますから何を言っても聞きません。

ソルマジ公演をやめろという当然の要求も、昔からやってたのに今更言うなとか、海外で公演に参加できるのは素晴らしい教育機会だとか狂った言い訳を言い出す始末。

在日一世・二世を大量虐殺した金一族を称える公演が素晴らしい教育機会とは恐れ入ります。

なぜか北朝鮮を無視して、日本が加害者で自分たちは被害者で凝り固まり、さらには差別に苦しむ在日に手を差し伸べてくれたのが北朝鮮だと美化する。ここまで来ると目が点になります。

辺野古移設をめぐる経緯をつぶさに観察するだけで、「加害者」「被害者」という二元論が当てはまらないことははっきりします。基地問題の歴史は、日本、米国、沖縄の「共犯関係」の歴史だということです。「共犯関係」を単独犯だと強調することは、本質的・本源的な問題を棚上げしてしまいます。差別まで持ちだしてナショナリズムを煽る「外連」は、県民・国民を分断し、基地問題の解決を遅らせるだけだと思います。

言論の多様性を排除し、安田氏のように「沖縄差別」を肯定した論者や被害者原理主義を掲げる者だけに発信を許すような歪んだ言論空間は、基地問題をめぐる議論を一方通行にし、ひいては民主主義を否定することになりかねません。沖縄二紙や、沖縄二紙に同調する本土メディアの報道姿勢は、強く非難されてしかるべきです。

外連(けれん)の島・沖縄――基地と補助金のタブー』 P200-202

これも一緒ですね。

日本加害者、在日被害者という二元論はあてはまりません。

在日問題はもっとややこしいかもしれません。韓国・北朝鮮も絡んでくるんで議論が混とんとしてきます。

日本国内で在日を異質化する”在日ナショナリズム”と言えるものを煽り続け、日本とそこで生きる人たちを分断しているのは朝鮮総連であり、その指示に従う朝鮮学校でしょう。

違うというならソルマジ公演日本人に見せる自信があるか問うてみたい。もし見せたら日本人ドン引き間違いなしです。韓国人もまず間違いなく愕然とします。というか知らないだけで在日コリアンだってドン引きしますよ。

この狂った公演をやめることができない時点で、自浄能力・自己改善能力が欠如しているのは間違いない。

嫌がる声を封殺して反論を言わせない。言論の多様性がない朝鮮学校コミュニティが衰退するのは当然の帰結でしょう。

どうもこういう問題が発生するのは、「被害者原理主義」というイデオロギーが蔓延することが原因のように思えます。

このカルト宗教が広がると、問題解決が遅れて誰も幸せないしない。

沖縄問題や在日問題は、「被害者原理主義」を除去しない限り解決しないだろうなと思えます。

ただ、「被害者原理主義」教の教徒たちを対象にしたビジネスで、飯食ってる人たちも多いからなかなか無くならない。教徒たちが減ったら教祖様たちが失業しちゃいますからね。必死で布教に努めやがります。本当にやっかい。

まぁ嘆いても仕方ありませんから、事実を広めて問題を解決していくしかないでしょう。