『韓国はなぜ北朝鮮に弱いのか』北の住民に冷淡な人々

まるで今現在のことを書いているかのように思える田中明氏の『韓国はなぜ北朝鮮に弱いのか』。南の人はなぜ北の住民に冷淡なのかと嘆いている脱北者の話があります。

これがそのまま「在日コリアンはなぜ北送同胞に冷淡なのか?」という話とも通じます。

94年の論文の内容だそうですが、読めば読むほど、昔のことではなく今のことを言っているとしか思えない内容です。

 

北の住民に冷淡な南の人々

亡命して来た建築家・金永成氏(月刊朝鮮=94・3)

金永成氏は一七歳で、北朝鮮政権の樹立以後、最初の海外留学生に選抜され、チェコに留学する(五二年)という恵まれた人生のスタートを切った人である。留学中は延亨黙・養成山という元・現総理と一緒だった。帰国してからは、国家建設委員会で建築関係の仕事をしていたが、長男がソ連派として粛清されたり、二人の兄が南へ脱出したりして、身分は不安定だった。党が氏に下した評価は「敵対分子だが、共和国が育てた新しいインテリ」という奇妙な表現だったという。

一九七四年から咸鏡北道の鉱山に追放され、五年間辛酸をなめる。八〇年に下山が許され、清津で設計員として働いているうち、八六年、金正日の平壌・光復通り建設計画に技術者が不足していたため、建設旅団参謀に登用される。さらに八九年には国家技術委員会代表団として東独に派遣され、そこで三年後に「帰順」したのであった。浮沈の激しい人生であるうえ、最初の留学時はスターリン死後の東欧混乱期、後の東独派遣時は、東独の崩壊→統一の現場に居合わせることになった。

氏は韓国に期待を持ってやってきたが、南の人間の北判断には失望と憤慨を繰り返さざるをえなかったようである。氏にインタビューした『月刊朝鮮』の記者はこう書いている。

金永成氏は帰順後、昨年(九三年)七月から『国土と建設』という専門誌に、北韓の建築、北韓住民の生活などを連載している。月刊朝鮮が彼をインタビューするようになったのも、彼の文章が、北韓社会に対する正確な診断と具体的な事例から成っていたからである。だが、彼の文章のなかにあった知性的なイメージは、会ってから一時間もせぬうちに完全に壊れた。文章のなかに表われた深みのある技術水準、ユーモラスな表現は、対話中には見出すことができなかった。インタビューをしに来たのではなく、まさに喧嘩をしに来た人のようだった。とくに韓国の言論に対する不満の吐露はとどまるところを知らなかった。

専門誌に書いたものには、ユーモラスな知性を漂わしていた大物のこうした豹変ぶりには、北の状況をいくら伝えようとしても、親身に耳を傾けようとしない南の人間に対する絶望感のようなものがある。たとえば、こういう言葉――。

野党の代表が、金日成に会うと言っているという話を報道を通じて聞きました。会うと言うのなら、止めることはできないでしょう。だが、いままで金日成を訪ねて行った企業人、在野運動家、学生たちが、何をしましたか。(金日成と)抱き合ったり、カネをやって来ただけではないですか。なぜ理性のある人たちが会ったのに、北韓住民の悲惨な生活を改善しろ、と言えないのですか。……それでいてこちらに戻ると、統一の先駆者とかなんとかいうことを言っています。偽善者たちです。歴史の審判を受けますよ。

炭鉱送りになって地獄を見てきて来たらこその血を吐くような訴えです。

これがいまでも変わらないのが救えない。

せいぜい米国が会談の場ではなく、演説で北朝鮮に人権蹂躙について批判するくらい。

北のお偉いさんにあって、収容所閉鎖しろとか、公開銃殺はもうやめてほしいとか、連座制や密告制は重大な人権蹂躙だからやめなさい、と言う人は皆無ですね。

日頃人権や自由を掲げるメディアの人間も北朝鮮に滞在しているわけですが、そんな訴えする人はいないでしょう(まぁ当然ですが)。

北朝鮮に訪問する人は数多くいるはずなのに、ダンマリな人がなんと多いことか。

「なぜ理性のある人たちが会ったのに、北韓住民の悲惨な生活を改善しろ、と言えないのですか。……それでいてこちらに戻ると、統一の先駆者とかなんとかいうことを言っています」という嘆きも当然です。

…………………  …………………

本当に統一を望むと言うのなら、北韓住民に対する同情心・博愛心・愛情を持たなければなりません。

そんな人いませんよね。人間そんなもんでしょうけど、日ごろ人権を語る人や、在日一世・二世を大量虐殺された末裔が、平壌だけ見て北韓住民も普通に暮らしてるとか馬鹿なことをいう体たらくです。

また北韓をしっかりと見て理解しなければいけません。北で二千万同胞が飢えにうち震え、いつ流配されるか分からぬ不安のなかで、ものも言えずに暮らしているのに、なぜ同情心が生じないのですか。そうした心が備わっていない統一論議は無意味です。……こんなことを言うと、南北和解に冷水を浴びせるものだと、非難する方たちもいます。しかし、問いたい。どちらが偽善者ですか。

正論すぎて返す言葉がない。

人権問題に触れると「北朝鮮国民自身で解決すべき問題」「戦争を煽る連中が人権を利用しているだけ」と反論して結果的に北の体制擁護に協力する人も多い。

「氏は韓国生活一年半の間、失望と疑念の日々を送ったようだ」と記者は見る。氏は、南の人が「北韓について知らないということはありうる。だが、知ろうとさえしない大多数の国民」を見ては、情けないと思わざるをえない、と言っている。

隣人であり、同族同胞であるはずなのに知ろうとさせしない。困ったもんです。

日本も人のことは言えません。

月に二~三回講演に呼ばれるという氏に、そこで接した聴衆の評価を、記者は聞いてみた。すると「一番まじめに聞いてくれるところは教会です。信者たちは心から同情の涙も浮かべます。

一番無誠意なのは若い記者たちです。飢えの話をすれば『われわれだって朴正煕のとき、とっぷり味わったさ』といった調子です。若者には同族に対する愛や同情が、あまりにもありません」という答えが返ってきた。氏が喧嘩腰でインタビューに臨んだわけも分かるというものだ。

若い記者は「俺たちも朴正煕独裁で苦しめられた」と次元の違うことを並べて、北朝鮮の圧倒的な弾圧を矮小化して理解してしまうようです。

北に比べたら朴正煕時代の弾圧なんてガキのままごとですよ。だってデモできますから。北レベルの圧政下ではデモも自由な発言も不可能です。

ここには先述した、北朝鮮の実相を知るより、おのれの欲する北朝鮮イメージで北を論じる韓国人に対する苛立ちがよく出ている。こんなことを言っているうちにも、北朝鮮住民の悲惨は進行しているのだ、という金氏の訴えに対し、南の人の感度はあまりにも鈍いのである。

己の欲する北朝鮮イメージで語る人々。最近では脱北者の無数の証言から実態が知れ渡り、明確に擁護する論調は減りましたが、あるがままの北朝鮮を直視しようとしない傾向は今も続いています。

私が最も疑問に思うのは、南韓の住民たちの考える統一の対象が誰か、ということです。金日成か、二千万の住民かが、正確に区分されていません。北韓を知らぬために生じる混乱です。

北韓の体制が維持されているのは、なぜでしょう。私は金父子の恐怖政治、無慈悲な人権弾圧だと思います。言い換えれば、北韓住民の人権を担保に延命しているのが北韓の支配体制であり、金日成父子です。

ところが、北韓は変化しつつあるとか、いまは南北和解・共存の時代だとかいうことを、統一院の幹部も言っています。なんのために特使交換をするのですか。なんのために金父子に経済援助をすると騒ぎ立てるのですか。そんなことをすれば、金父子はいまのまま延命し、住民たちは数十万名ずつ栄養失調で死んで行くのです。北韓を知らすにそんなことを言ったとすればバカであり、知っていながら言ったとすればスパイです。

これが今も変わらないのが嘆かわしい限りです。

今では統一というフレーズが消えて「平和」と「共存共栄」ですね。

で?その対象は誰なの?北韓二千万人なの?それとも金正恩と一部の特権階級の人たちなの?という大事な点は語られません。

今の状況では、まず間違いなく、北の独裁者集団との共存共栄と平和が実現するでしょう。

北の二千万同胞は置き去りです。

興奮の言であることは確かだが、北からの亡命者が南の人の〝甘さ〟に不安を覚え、控え目に批判をしていることはこれまでにもあった。たとえばコンゴ駐在北朝鮮大使館で参事官だった高英煥氏(九一年五月亡命)は九三年春の雑誌インタビュー(月刊朝鮮=93・5)で「北韓も、NPT脱退を実行すれば、体制の危機を覚えた国際社会からの制裁を受けることになると、考えないことはないと思うが……」という質問に、こう答えている。

わたしはそうした状況が来るとしても、最後の瞬間の突破口は、北韓の屈服によってでなく、韓国側が開いてやる可能性が高い、と思います。北韓の権力層もそう考えているでしょう。それは、これまでの南北関係ではいつも、北が強く出れば、韓国がしおしおと引き下がるという具合だったからです。……国際社会の制裁がとられ出したら、北韓はIAEA脱退、国連脱退といった措置で、行き着くところまで突っ走るということもありえましょう。そして最後に「こんなふうに我々を締め付けてくるなら、われわれもソウルを爆撃せざるをえない」とハッタリを噛ませれば、韓国が融和措置をとって来るだろう、と信じているかも知れません。

これが凄い。93年ですが、今もそのまま通用する慧眼です。

  • いよいよ追い詰められた場合の突破口は韓国が開いてくれる。
  • 北が強くでれば韓国は引き下がる。
  • そこまで追い詰めるならソウルを攻撃するぞと脅せば融和措置を取ってくる。

今のところ全部予言通りです。

くどいようですが93年の発言です。

二年の亡命生活のうちに、韓国の甘さをすっかり見通してしまった――というような語り口である。ただ、同じ感想を抱きながらも、鉱山の底辺生活も強制されてきた六〇歳の金氏には、現状の継続は一般労働者の悲惨な生が延長されることだ、という思いがあって、一層矯激な言を吐かざるをえない心情になるのであろう。

韓国はなぜ北朝鮮に弱いのか』P141-146

90年代前半の論文や関係者の証言が、今もそのまま通用するのが現在の北朝鮮を取り巻く国際環境です。

過去から何も学んでない。

もちろんまったく一緒ではありません。

核・ミサイル破棄もあれば、北に抑留されている米国人や、日本人拉致被害者の返還も交渉もあります。

しかし、脱北者が繰り返し訴えている本質的な問題、つまり「金父子の恐怖政治、無慈悲な人権弾圧」と「北韓住民の人権を担保に延命しているのが北韓の支配体制」という点には蓋がなされたままです。

文在寅の南北首脳会談でも、トランプの米朝会談でも、この件はスルーされるでしょう。

なにせ「体制を保証」するわけですから、触れるわけがない。

「北韓をしっかりと見て理解しなければいけません。北で二千万同胞が飢えにうち震え、いつ流配されるか分からぬ不安のなかで、ものも言えずに暮らしているのに、なぜ同情心が生じないのですか。そうした心が備わっていない統一論議は無意味です」という脱北者の嘆きはまだまだ続きそうです。