『韓国に自由と正義を!』と叫んだ人々 北朝鮮には同じ姿勢で対応しない

かつて韓国の軍事独裁(と左派が一方的に主張している)時代に、日本の人権派の皆さんは大変熱心に活動されておられました。

その一端を読み取れるのが『韓国に自由と正義を!―′81韓国民主化支援緊急世界大会 (1981年)』という著書。

色んな人の文章が載っていますが、編者である小田実氏の前書きがツッコミどころ満載で非常に笑えます。

 

 

韓国に自由と正義を!―′81韓国民主化支援緊急世界大会 (1981年)』P1-5

はじめに

小田実

簡単に言ってしまえば、「韓国民主化支援緊急世界大会」は、世界中の韓国民主化闘争の支援者たちが闘争の当事者たちとともに開いた「大会」だった。八一年五月一六日から一八日まで東京で開いた(一九日は、大衆集会で「大会」の成果を人々に伝えた。「大会」の事業として、一一日から二三日まで李應魯氏の絵画展、二〇日には尹伊桑、高橋悠治氏の音楽の演奏会が行われ、また、一二日から二五日までのあいだに、日本全国九ヵ所で成果報告の集会が開かれた)。日韓両国以外の二五ヵ国から「オブザーバー」を含めて五二名の参加者が来て、日韓両国の参加者とともに数えると五百余名が出席する大きな集会となった。文字通り「大会」と言ってよいものだろう。

似たような大会が韓国でも開催されています。

第15回北朝鮮自由週間の開幕式『「惨憺たる会談」溢れる専門家の酷評…太永浩「北金正恩体制必ず滅びる」』

しかし、韓国民主化運動に一生懸命活動されてた知識人たちはまず参加しない。

いやいや、不思議ですね。韓国の自由と正義のために闘っていた人たちこそ、北朝鮮の人権問題や脱北者と連携して、北朝鮮に自由と正義をもたらすよう頑張るべきなのにまずやらない。

意味が分からない。

「大会」の目的は、およそ三つあった。一つは、まず、「呼びかけ」の一文の副題にあるように、韓国の現体制――全斗煥政権の実態をあきらかにすることだった。彼の「前任者」朴正煕政権の実態――それがどのようなひどい反民主主義の軍事独裁政権であったか、どんなふうに民主主義の実現を求める人びとの願いを踏みにじり、手ひどい人権弾圧の政治を行ったかは、すでに世界の誰の眼にもあきらかなことになっていた。

「全斗煥政権の実態を明かにすること」を「金正恩政権の実態を明らかにすること」に置き換え、「朴正煕政権の実態・・・」のくだりを「金正日政権の実態」に置き換えればそのまま北朝鮮への文章としてそのまま通じます。

しかし、朴政権以上の軍事独裁政権であると言われる全斗煥政権については、必ずしも実態があきらかにされていない――どころか、かえってそれが希望にみちあふれた民主主義的政権であるかのような宣伝が今強力に行われている。あるいは、全斗煥政権は朴政権と違って「自主独立」の気概をもった民族主義的政権であるということになっていたりする。そしてまた、全斗煥政権は「南北統一」に向かって真剣に歩もうとする……。

三つともに実態とあまりにもかけ離れている。かけ離れているどころか、正反対だ。私たちは、まず、この実態をあきらかにしようとした。

本当に笑えます。

このセリフをそのまんま南北首脳会談後の南北融和ムードに対して言えば良いのに、なぜか言わない。

むしろ金正恩は結構良い奴論がはびこってます。

上述の文章を置き換えれば、金正恩政権は「自主独立の気概をもった民族主義的政権」で、「南北統一」に向かって真剣に歩もうとする、といった感じでしょうか。

金正恩政権の実態についても、数百人の幹部粛清と、高射砲で叔父を粉々にし、兄を暗殺し、サイバー空間で堂々と銀行強盗をするテロ集団なのに、プラグマティック(実利的)だとか、金正恩も馬鹿ではないとか、その手の評価が乱れ飛んでいます。

不思議なことに、全斗煥政権時に「その実態が知られていない」と批判していた人々が、上述のような金正恩擁護論を展開する。

もはや何かのコメディを見ている気になります。

二つ目の目的は「呼びかけ」の一文の副題の第二番目のところにある。実態をあきらかにした上で、韓国民主化闘争に対して支援の叫びをあげ、彼らとのあいだに連帯をかたちづくることだった。「大会」に参加した人たちの国籍、民族、主義主張はさまざまだった。いわゆる「先進国」の人もいたし、第三世界の人もいた。それは「大会」に来た人には、人びとの皮膚の色の違いによってすぐ納得できたことだろうと思う。考え方の違いも、少し話してみれば判ったことかも知れない。ただ、二つのことにおいて人びとは一致していたに違いない。一つは、まず、軍事独裁政権に対しての韓国の民衆の自由と正義の実現を求める闘いが、人間として当然の、まちがいのない行為であるということにおいての共通した認識だった。それから、その彼らの闘いを自分の問題として受けとめる世界の民衆の一人としての共感――そこでも人びとは同じであり、それゆえに彼らは韓国の民衆ともつながり、お互い同士もつながりあっていた。

「実態をあきらかにした上で、韓国民主化闘争に対して支援の叫びをあげ、彼らとのあいだに連帯をかたちづくること」

良いこと言いますね。しかし、この人たちは北朝鮮に対しては同じ行動はまずしません。北の自由を求める脱北者たちと連帯すればいいのにそんな人はまぁいない。

「軍事独裁政権に対しての韓国の民衆の自由と正義の実現を求める闘いが、人間として当然の、まちがいのない行為であるということにおいての共通した認識」

良いこと言いますね。しかし、この人たちは北朝鮮に対しては同じ行動はまずしません。自由と正義の実現が切実に必要なのは北朝鮮なのに、そのことには目を向けません。北朝鮮政府に人権蹂躙の停止を核と並ぶ交渉案件にするのは「人間として当然の、間違いのない行為」だと思えるのですが、「ちゃんと金正恩言え!」という声はほとんど聞こえてきません。この手の連中が人権を掲げてリベラルだと自称されても困惑するばかりです。

「その彼らの闘いを自分の問題として受けとめる世界の民衆の一人としての共感」するそうです。

良いこと言いますね。自分の問題として受け止め、共感するのであれば、脱北者支援なり、中国で人身売買される女性の人権のために何か行動してほしいのですが、この著書に登場する人たちがその手の行動や発言をするのはまずお目にかかりません。

やってることは日朝国交正常化と日朝友好。朴正煕政権や全斗煥政権相手に、日韓国交正常化や日韓友好を掲げて仲良くしようとすると、「それは独裁政権を支えて韓国国民の人権蹂躙に間接的に加担する行為だ!」と批判するのに、自分たちが北朝鮮に対して同じことをしている自覚はない。

衝撃の二重基準です。

三つ目の目的――全斗煥政権は、このところの「東西」の軍事緊張のなかにそのよりどころをおいている。その緊張をつくり出しているのは、どうあってもソビエトの脅威にかっこうな口実を見つけたアメリカ合州国の軍事力の増強と世界戦略の大きな展開だが(この世界戦略は、究極のところでアメリカ合州国を中心とした「西」側「先進国」の既得権、既得利権の維持、強化を目的とした第三世界戦略だ)、ここで息づいたのは全斗煥政権、あるいは、パキスタンのハク政権のような軍事独裁政権だ。それが自分の利益にかなうものなら、どのような人権弾圧、反民主主義の政治にも眼をつむるというのがレーガン氏のやり口だが、そのレーガン氏のメガネにかなったのがまず全斗煥政権であったことは、彼が大統領就任後に最初に招いた外国の客が全斗煥氏であったことによく示されている。アメリカ合州国の軍事力の増強、世界戦略の拡大、強化が軍事緊張をさらに増大させ、軍事緊張の増大が軍事力の増強、世界戦略の拡大、強化を促すという図はまさにイタチごっこだが、このイタチごっこで軍需の増加をテコとした経済はかつての繁栄を取り戻し、アメリカ合州国はかつての威信を取り戻す。

この人たちの特徴。悪いのは全部米国。この思考回路は昔から一貫しています。この論理で北朝鮮の人権弾圧も米国の経済制裁のせいだと責任転嫁するんだから笑えません。

米国のレーガン大統領を「自分の利益にかなうものなら、どのような人権弾圧、反民主主義の政治にも眼をつむるというのがレーガン氏のやり口」と批判していますが、同じ論理で中国の習近平を批判する声はまず聞こえない。

何年も大変素晴らしい勢いで軍事費を増強して軍拡を行っている中国や、自国民がどれだけ飢えようとも核兵器開発に大金を投じ続ける北朝鮮に対して、「緊張を作り出しているのは中国と北朝鮮だ」という批判はまずしない。むしろ日本や米国、韓国が対抗して”しかたなく”国防費を増やそうとすると、「行きつくところは戦争だ」とか「戦前回帰だ」と言って、相手側の非は徹底無視。

もう意味がわからない。

そこらあたりがレーガン氏の思惑だとすれば、全斗煥氏の思惑も同じ程のイタチゴッコに基づくものだろう。彼の軍事独裁政権が強力な「同盟」国としてあることによって、朝鮮半島の軍事緊張は高まり、おかげで軍事独裁政権は心ゆくまで自らの政権の維持、強化をはかることができる。人権の弾圧など当然のことになって不思議はない。そして、結果として、軍事緊張はさらに高まり、さらにまた、それは軍事独裁政権の維持強化につながる。

これはまさにイタチゴッコだ。

自分自身で核とミサイル発射で軍事的緊張を高め、その結果独裁体制を強化し、人権弾圧を当然のこととしてやり続けているのが北朝鮮なわけですが、全斗煥政権相手に独裁だと批判してきた人たちが、北朝鮮にはダンマリ。

ことごとくちゃぶ台返しされてきた、今までの六カ国協議などの対話路線と軍事威嚇の無限ループを「イタチゴッコ」と批判することもない。

今の世界、まさにこのイタチゴッコの集積であるように思える。それは日本の軍事力増強、「安保体制」の拡大、強化を観ても判ることだろう。「西」側のイタチゴッコは「東」側のそれを招き、さらに大きくなって、世界全体のイタチゴッコを招く。それらイタチゴッコの集積のはてに、いったい何が待っているというのか。世界の破滅でなくてそれは何か。

この過程の中で世界全体が「軍事化」し「右傾化」しつつある。これは参加者すべてに共通した認識ではなかったかも知れない。ミッテラン社会党政権の出現を理由に。ヨーロッパからの参加者には、世界の「軍事化」「右傾化」への危惧の表明に対して自分はそうは思わないと言った人たちもいた。しかし、そうした人たちより、そんなふうな危惧を抱きながらこの「大会」にやって来た人の数は圧倒的に多かったように思える。

ことに、日本とアメリカ合州国という直接に全斗煥政権のうしろ楯となる政権をもつ二国の参加者に共通していたのはまさにその危惧だった。両国が今や強力に推進しつつある「軍事化」「右傾化」の政治路線が全斗煥政権を支えて韓国の民衆を苦しめることになるだけではない。それはいやおうなしに自分たち自身に立ちかえって来て、自分たち自身の上にのしかかってくる。そのことのありようのはてに世界戦争さえがある。こうした現状と未来の認識を共有するゆえに、「大会」のなかで日米両国の参加者のなかの有志はともに語りあって、これからの韓国の民主化にかかわっての、また、自分たち両国の民主主義にかかわっての行動の土台となる「日米共同宣言」まで出していた。

問題は、もちろん、日米両国の民衆だけにかかわることではない。世界の「軍事化」「右傾化」、戦争への道は、世界の民衆がともに手をとって何としてでも阻止しなければならないものだ。この「大会」をそのためのひとつの場としてあらしめたい――それは私自身をふくめて「大会」の組織者たちが願ったことだった。

「日本の軍事力増強、「安保体制」の拡大、強化を観ても判る」、「世界全体が「軍事化」し「右傾化」しつつある」

このセリフがいつも謎。北朝鮮ほどバリバリの右翼もいないと思えますし、世界全体の軍事化云々の前に、揺るぎない軍事最優先国家が北朝鮮です。しかし、常に悪いの日本であり米国であり、その二カ国にバックアップされる韓国保守政権。

文在寅政権の北の人権を無視した「体制の保証」や「平和共存」に「この政治路線が金正恩政権を支えて北朝鮮の民衆を苦しめることになる」とは誰も言わない。

81年に韓国民主化支援緊急世界大会に参加していた人々はどこの消えたのでしょうか?

それら三つの目的の底に共通の基盤として「光州決起一周年」があった。

私は一九日の「大衆集会」の場で、これは現実的にも言えることだし、象徴的にも言えることだと前おきして、世界には、今、「光州決起」にかかわって二種類の人間がいると話した。ひとつが「光州決起」を忘れることができない、それがいやおうなしに自分に突き刺さってくる問題としてある人たちで、そういう人たちが「大会」に集まって来た人たちなら、もう一種類の人たちは全斗煥でありレーガン氏でありわが鈴木何某氏であるのだろう。すなわち、それらは「光州決起」を一日も早く忘れたい人たちだ。彼らは本当にそれがあたかもなかったことのようにして語る。そう語ることの上に彼らの政治を既成事実として急速にかたちづくろうとしている。

このセリフがそのままブーメランのように自分に返ってきているのに、北朝鮮への甘さは依然として維持する人々のなんと多いことか。

上述の文章をこれらの人たち用に置き換えれば、「ひとつが収容所で散っていった朝鮮同胞や北送同胞の無念を忘れることができない、それがいやおうなしに自分に突き刺さってくる問題としてある人たち」と言ったところでしょうか。

「もう一種類の人たちは全斗煥でありレーガン氏でありわが鈴木何某氏である」というセリフは、北の独裁体制維持に協力する韓国左派や中国共産党、ロシアなどに入れ替えられるでしょう。

世界には、今、この二種類の人間がいて、むかいあっている。いや、一方は他方を全力をあげて押しつぶそうとしている。他方が黙っていていいのか。

これはまさに脱北者を黙らせようとする面々のことですね。南北融和に水を差すなと黙らせようとする文政権とその支持層。

自分たちがさんざん批判した相手と同じことを弱者に対してやるのが日韓リベラルの危険な傾向です。

その黙っていられない他方の人びとが集まったのがこの「大会」――「韓国民主化支援緊急世界大会」だった。人びとの中には「先進国」の人間もあり、第三世界の人間もあったことはさきに書いた。別の分け方をしてみてもよい。韓国問題にこれまでかかわってきた人たちもいれば、自分の国の民主化、解放に懸命の努力をしてきた人たちもいた。既成の政党に属する人たちもいたし、そういう「正統」派の政治活動から離れて自分独自の運動を形成している人たちもいた。違いは千差万別。それは外国からの参加者の名簿にあきらかな通りだ。それにもかかわらず、共通していたこと――それはすでにこの小文の中で書いてきた。その共通していたことの上に、この「大会」は開かれた。

全斗煥政権を支えようとするレーガンや鈴木善幸に黙っていられない人々が集まって開催されたのが「韓国民主化支援緊急世界大会」なのなら、文在寅の融和路線が北の独裁体制維持に利用されることを恐れて黙っていられない人々が集まって開催されたのが「第15回北朝鮮自由週間開幕式」に集まった人々でしょう。

「韓国に自由と正義を!」と叫んできた人々こそが、こういった集まりに積極的に参加すべきはずが、やっていることは逆。

さんざん理想を追求して日本政府や韓国政府を突き上げてきたのに、北にはダンマリ。もうどうしようもない。

こういうとすぐ「じゃあ戦争になってもいいのか!」と極論を言って反論を封殺しようとします。本当にタチが悪い。

別に難しいことなど何もありません。核放棄に対する圧力と同じだけの情熱で収容所閉鎖や連座制・密告制といった圧政の停止を求めればよいだけ。韓国政府にやったことと同じことをやればいいんですよ。なぜやらないのか?

本物の独裁の前では、急に理想を引っ込めて「現実論」に逃げる。

こういう二重基準こそが、「リベラル=うさんくさい」と思われる根本原因です。

今からでも遅くない。これらの人びとにはあなた方が大事にしている「自由・人権・正義」を北朝鮮に求めてほしいと思います。

それにしても韓国民主化活動家たちの著書を読めば読むほど、なぜ北朝鮮には擁護的なのか理解不能です。

これが従北でなくて何なのか?と言いたくなります。いい加減、このような姿勢は改めてほしいと願うばかりです。