韓国歴史教科書 南北分断はアメリカのせいと言い切る

  • アメリカが親日派の警察や官僚をそのまま使った。
  • 民衆は親日派処断を要求した。
  • だから親日行為処罰の根拠を憲法に入れることができた。
  • 政府の樹立後「反民族行為処罰法」を制定し、「反民族行為特別調査委員会」を設置して取り締まり開始。
  • 李承晩政府は親日派の処罰に消極的。
  • 活動が展開されると李承晩政府は、委員会の活動を非難し、警察が襲撃して職員を連行したりした。
  • 範囲を狭め、期間を短縮して1年で解体。
  • 反民特委は700件あまりを調査したが、調査された人のほとんどは解放され、特別裁判にかけられても執行猶予で釈放。
  • 実際に処罰を受けた人はほとんどいない。

恐ろしいことに、こういうことをしてはいけない、という事例ではなく、無念極まりない、という印象を抱くような書き方をしています。

これが実行されてなかったからダメなんだ。

さぁ今こそ親日派清算をやろうじゃないか!という従北左派団体が韓国で大変活発に活動しておられますが、その人たちの主張が正しいことだと擁護するような内容になっています。

戦争が終わった後に、こういう魔女狩りのような裁判をして国内を分断してはいけない、という歴史教育をした方が建設的だと思えますが、そうはしないようです。

日本も明治維新の近代化の過程で、西南戦争などで国を二分する争いをしましたが、敗軍の将である榎本武揚など、2年の投獄のあと国政に戻り、対露全権大使や、様々な大臣など歴任しています。罰を受ければ罪はチャラにする。

出所後能力があれば、しかるべき地位で仕事をしてもらう。その方が国が発展する。これこそが教訓として学ぶべき歴史の事例でしょう。

親日派は悪い。それを擁護するアメリカは悪い。李承晩も悪い。右翼も悪い。親日派清算を要求した民衆は偉い。それができなかった。無念だ!今からでもやろう!!

そういう超短絡的な思考回路を子供の脳に刻み付けたいとしか思えない書き方をしている教科書です。

今までいた経験豊かな日帝時代の官僚たちと、外で独立運動をして粋がっていただけの前時代的なダメダメ人間たちの実態を紹介しましょう。
日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想 (ちくま文庫)』任文桓著から引用します。

行政研究班の目に映った臨時政府の閣員達は、一致団結せず、各自別々に自分の進路を開拓しているもののようであった。建国路線についても右寄りと左寄りの差があり、これが行動統一の邪魔をしているようであった。いずれにせよ、この状態では十分な政治力を発揮することは不可能のように思われた。

それに行政研究班員達を痛く悲しませたのは、申氏と自分達との間に厳存する断絶感であった。

申氏は青年時代に東京に留学した開化人であり、臨時政府要人中では最も秀でた文化人でもあった。にもかかわらずこれから二年半後に憲法を制定するとき、「大統領の官印を誰が保管するかを憲法の条文に入れろ」と言い張って、バウトクら専門委員を弱らせたことがあった。

これは李承晩が大統領となり組闍をするに際し て、「国務総理よりも財務部長官がもっと重要である」と演説したのと軌を同じくする。

思うにこれは、臨時政府を組織して海外を旅していたとき、官印と金を保管していた人が最も権力を振るい、独断で任命状に捺印交付して人を買い、独断で金を支出して人を買った体験 に基づくものであったろう。

これはまさに李朝末期を連想させる政治のやり方であり、国内の韓国人は三六年間日本人に圧迫されながらも、日本人のやり方に慣れて、こんな愚昧な領域からは、とうの昔に脱却していたのだ。

李承晩氏政権一〇年の間に、こうした断絶が引き起こした欠損は、計算しきれないほど大量であったし、この巨木の政治末路を哀れにしたのも、国民の思考水準を余りにも低く見積もった錯覚に基因したと言えよう。

日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想 (ちくま文庫)』P319

日本で近代国家の運営に長けていたテクノクラート層(=親日派と貶められた人々)の官僚におとなしく任せておけばよいものを、30年前に国を出て、ずーっと独立運動していただけで、何ら近代国家の国家経営の経験がない者が、横から口をはさんで足を引っ張り、独立当初の政府の立ち上げを邪魔したわけです。これこそ歴史の教科書で教えなければならないでしょう。

親日派清算など、そんな古い中華的な、死者に鞭打つという格言のような復讐裁判をやってはいけない。日帝時代は、日本政府に従う以外に道はないのだから、過去は水に流し、能力のあるものはどんどん起用すべきだった。

このように歴史の教訓から学び、同じ過ちを繰り返さないよう子供達に教えた方が賢い大人に育つと思います。

(次ページに続く)

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