『韓国民主化から北朝鮮民主化へ』 韓国の80年代~90年代、主体思想派全盛期の大学

韓国民主化活動を経て、北朝鮮民主化活動を命がけで続けている金永煥氏の著書『韓国民主化から北朝鮮民主化へ―ある韓国人革命家の告白』に、たとえ昔の韓国が軍事独裁政権だったとしても、なぜ北朝鮮への崇拝につながるのかが理解できないというまっとうな若者の疑問が紹介されていました。

 

最近、二十代を対象に講演をする時によく訊かれることがある。「当時の韓国が情報統制されていたとしても、なぜ北朝鮮を崇拝することになったのか? 到底理解できない」。これに対する答えは本書の中でゆっくりと示していくことにして、その前に、まず「世代」と「共感」について考えてみたいと思う。

一九八〇年代の学生運動を経験した私のような五十代の中年は、当時をまるで昨日のことのように話すが、実際には三〇年以上も昔の話だ。それは、私たちが八〇年代に五〇年代の話を聞かされるようなものだ。朝鮮戦争を経験した大人たちが「あの頃は……」と切り出そうものなら、我われはそれをとても陳腐に感じたし、当時の社会的な雰囲気や生活相について、まったく実感がわかなった。今の二十代の若者たちの八〇年代の話に対する感じ方も、それと似たようなものだろう。

歳月がそんなに早く経ってしまったのかと、個人的には妙な感覚を抱くこともあるが、三〇年の歳月は間違いなく流れた。映画館では上映前に国歌が演奏されたし、政府がコメの消費を減らそうと雑穀と混ぜて食べるように指示したため、学校では昼休みになると先生が弁当の検査までした。

大学でも軍事教練の授業があって、前線入所訓練というものまで受けたと話すと、「ええ、本当ですか?」と驚く学生かいるほどだから、この間、世の中は簡単に説明できないほど大きく変わったのだ。そんな学生たちを相手に、やたらと「八〇年代にはね……」と言ったところで、陳腐で退屈な説明に過ぎないだろう。

それでも八〇年代、特に学生運動について紹介することは、少し大げさに言えば、韓国社会にある世代間葛藤の核心部分を理解するための助けになるだろう。様々な世論調査の結果が物語るように、今、大韓民国の四十~五十代は、二十~三十代に比べて反米意識が強く、資本主義や市場経済を否定的に見る性向が比較的高く、いまだに北朝鮮政権に対して友好的な感情を持つ人も少なくない。

年を取るにつれて、現実を直視し徐々に柔軟な方向へと変化するものの、社会運動団体の熱心な活動家たちは、四十~五十代が主力を占めている。なぜ息子の世代が父の世代をイデオロギー的に心配してあげなければならないのかという、冗談のような話まで飛び交っているが、とにかく今日の四十~五十代を理解しようとするなら、私たちが活動を始めた八〇年代を歴史的に理解することが必要である。

韓国民主化から北朝鮮民主化へ―ある韓国人革命家の告白』 P70-71

世代間の認識の違いというのは万国共通ですね。

韓国政府が自分の失政を反共イデオロギーで誤魔化そうとしたことに対する反発があったにせよ、それを北朝鮮がうまく利用して親北情緒を韓国に広めたのは間違いない。

映画館では国歌が流れ、米の消費を減らすために雑穀を混ぜる。準戦時体制というのはそういうものなのでしょう。そう考えれば今の韓国はえらく自由化したもんです。まぁ日本と一緒でヘタレ化まで進んだのはいただけませんが。

沖縄で反基地運動したり、反原発運動したり、護憲運動している60代、70代の教条的な人たちが、韓国の四十代、五十代にあたるのかもしれませんね。

著者は当時を振り返り「北朝鮮崇拝はしないだろうが社会主義運動はしているだろう」と述べています。

「いくら情報が限られていたとしても、なぜ北朝鮮を崇拝できるのか」という質問は、学生運動圏に主体思想を紹介し、反米闘争を扇動し、北朝鮮コンプレックスを克服しようと先頭に立って走っていた私のような人間にぶつけられる痛烈な非難である。しかし、再び過去に戻ることができたとしても、北朝鮮に追従的な行動はしないだろうが、社会主義に関心を持って反米-反独裁闘争に身を投じるだろう。それらがすべて正しかったという訳ではないが、「あの時代」の学生街や時代的な雰囲気とは、そのようなものだったということだ。

韓国民主化から北朝鮮民主化へ―ある韓国人革命家の告白』 P72

当時はそういう世相だったのでしょう。戦後日本で社会主義フィーバーが起きましたがそれが韓国でも発生していたようです。

まぁ社会主義というよりも求めていたいのは自由と民主主義です。

ただ共産主義系や主体思想の書物なんかは書いていることはご立派なものが多く、民主化も当然のやるべきことのように書いています(実際やってみると全体主義まっしぐらの詐欺本ですが)。

ああいう書物の危険なところは国家転覆の手引書みたいな側面があるからでしょう。

ある意味、エドワード・ルトワックの『クーデター入門―その攻防の技術 (1970年)』と相通じるものがあります。

美しい理想を掲げ、それに向かってこうやって反体制運動をやるんだよ!と暴力上等の方法を教唆する。そのための手引書としては大したものだと思います。

こういう極端な主張というのは不景気が続いたり、抑圧が続くと流行り出します。

抑圧が続き、それが爆発したきっかけとなったのが光州事件です。

(次ページに続く)