『韓国民主化から北朝鮮民主化へ』 韓国の80年代~90年代、主体思想派全盛期の大学

「一九八〇年五月光州」は、八〇年代初頭に大学生であった私たちにとって、二十代の青年時代を正面から貫通した時代のキーワードだった。ある人たちは、光州で一緒にいられず申し訳ないと言い、別の誰かは、真実を知らせなければならないと血沸く思いを抱いた。また他の誰かは、真相を究明し責任者を処罰するために歯を食いしばって闘った。歴史的な宿題のように私たちに与えられたのが、五月であり、光州だった。

韓国民主化から北朝鮮民主化へ―ある韓国人革命家の告白』 P74

  • 光州で一緒にいられず申し訳ない。
  • 真実を知らせなければならないと血沸く思いを抱いた。
  • 真相を究明し責任者を処罰するために歯を食いしばって闘った。
  • 歴史的な宿題が光州だった。

こういう人たちが、韓国が民主化された後に、そのまま「日帝の蛮行を糾弾すべし!」という方向に流れていきましたね。不思議なもんです。

北朝鮮民主化や、強制収容所をはじめとした北朝鮮の人権問題に流れるなら分かるのですが、やってることは反日・反米運動。

反政府意識を扇動して利用するのが大変うまい北朝鮮を褒めるしかないですね。

ただ、当時の韓国キャンパスを知ると反政府意識が生まれるのも仕方ないなと思えます。

今の大学生には想像もできないことだろうが、当時は警察が大学に常駐していた。外国の映画やドラマに出てくるように「キャンパスポリス」の名札をつけ、学内の治安を担当する鎮圧部隊が常駐していた。いつ、どこで学生がデモをするかわからないので、デモが始まったらすぐに逮捕しようと真っ黒な鎮圧服とヘルメット、盾、鎮圧棒で武装した数個中隊が学内に陣取っていたのだ。人文学部の建物の前、工学部の運動場の隣、自然学部の実験棟の向かい側……私たちの世代はどこへ行っても警察と一緒だった。

同じ年代の戦闘警察官(機動隊)は、前を通り過ぎる女子学生に向け卑猥な冗談を投げかけて嫌がらせをしたし、キャンパスのあちこちに寝転がったり、サッカーをしたりしていた。大学構内で食事をしてゴミを投げ捨て、運動場でデモ鎮圧訓練まで行った。

それが私たちの大学時代だった。情報・公安系の刑事たちは、大学構内の事務室や講義室に自分の家の居間のごとく出入りして、学生の動向を掌握しようとした。

韓国民主化から北朝鮮民主化へ―ある韓国人革命家の告白』 P75

こりゃ嫌われる(笑)

日韓併合時代の武断統治はきっとこんな感じでしょう。何せ教師が刀ぶら下げてましたから。

それにしても当時の韓国の大学は殺伐とした雰囲気です。

今こんなことしたら即首でしょう。昔と比べたら韓国もかなり良くなりましたね。

順調に改善してるね!これからも頑張りましょうと肯定的に考えれば良いのにヘル朝鮮とか妙に自虐的です。

しかし、政府のやり方もまずかったですが、それに対抗した大学生も微妙でした。

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