リベラル復権の必読書 橘玲著『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』

自民が圧勝した衆院選。「リベラル」の定義を説明するテレビ番組をちらほら見かけます。

私自身は自分をリベラルだと思っていますが、それを説明するうえで、まさにこれだ!という説明が橘玲著『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』にあったのでその内容を紹介したいと思います。

タイトルから、脊髄反射的にリベラル叩きのネトウヨ本だと思う人もいそうですが、そんなことはまったくなく、むしろリベラルの崩壊を危惧する人たちこそが読むべき本だと思います。

橘氏は冒頭でこのように自分の思想信条を述べています。

 

(『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』P4-5より)

「リベラル」が嫌いなリベラリストヘ

最初に断っておきますが、私の政治的立場はリベラリズム(自由主義)です。

故郷に誇りと愛着を持つという意味での愛郷心はありますが、国(ネイション)を自分のアイデンティティと重ねる愛国主義(ナショナリズム)はまったく肌に合わず、国家(ステイト)は個人が幸福になるための「道具」だと考えています。

まったくもって同意見です。

国家は道具であり、憲法は国家運営マニュアルだと思っているので、憲法に妙な感情論を持ち込む意見は全然肌に合わないです。

神や超越的なもの(スピリチュアル)ではなくダーウィンの進化論を信じ、統計学やゲーム理論、脳科学などの〝新しい知〟と科学技術によって効率的で衡平(公平)な社会をつくっていけばいいと考える世俗的な進歩主義者でもあります。

おっしゃる通りですね。

まぁ、神を信じたり、アイデンティティの問題は人間の本質ではあるので、なくならないとは思いますが。

自由や平等、人権を「人類の普遍的な価値」とする近代の啓蒙思想を受け入れ、文化や伝統は尊重しますが、それが個人の自由な選択を制限するなら躊躇なく捨て去るべきだとの立場ですから、最近では「共同体主義者(コミュニタリアン)」と呼ばれるようになった保守派のひとたちとも意見は合わないでしょう。

「人類の普遍的な価値観」

言い換えれば、昔の人が壮絶に血を流して”悟った”ボトムラインの権利と言えます。

生命・財産・自由を守れなんて、人を殺してはいけません、財産を奪ってはいけません、言論弾圧してはいけません、ってことですから。

例え戦ってでも、このボトムラインの権利を死守してこそリベラルだと思います。

そして次が重要なのですが、橘氏はこうも述べています。

しかしそれ以上に折り合えないのは、日本の社会で「リベラル」を名乗るひとたちです。なぜなら彼らは、リベラリズムを歪曲し、リベラル(自由主義者)を僭称しているからです。

これです、これ。

似非リベラルが跳梁跋扈するせいで、まっとうなリベラルが日本に根付かない。

「世界中で右傾化が進み…」と嘆いている暇があるなら己の不明を反省して、発言と行動を変えるか、いっそ黙ればいいのに昔ながらの行動で周りに迷惑をかけまくります。

この著書では、どうやってリベラルが失墜していったか順を追って解説しつつ、常識的なリベラルがやるべきこと色々と書かれています。

おっしゃる通りと思ったのはこの部分。

〝進歩的〟似非リベラルからまっとうなリベラルへ

安倍政権の特徴は好き嫌いがはっきり分かれることでしょう。「保守」「愛国」というイデオロギーを前面に押し出しているからで、自民党の福田康夫政権や麻生太郎政権、民主党の野田政権のような〝無味無臭〟とはかなり異なります。

欧米諸国もそうですが、イデオロギー対立が激しくなるのは、政党が政策で差をつけるのが難しくなったからです。消費税増税も、TPPへの参加も、原発再稼働も、安倍政権の進める政策の多くは民主党政権が決めたことです。日本は1000兆円を超える巨額な借金(これは歴代の自民党政権がつくったものです)によって政策の選択肢がほとんどなくなっているので、誰がやっても同じようなことしかできないのです。

2014年12月の衆院選で野党は「アベノミクスの失敗」を攻撃しましたが、「2年で2%のインフレにして強い日本経済を〝取り戻す〟」のが公約だとすると、その結果が明らかになるのは翌年で、「失敗する前に選挙をやってしまう」自民党の作戦勝ちになっだのは当然です。あとは特定秘密保護法や安保法制で安倍政権の「本性」を暴くしかありませんが、これは有権者の関心が高くなくほとんど効果がありませんでした。

日本はアメリカやイギリスのような二大政党制を目指して小選挙区制を導入しましたが、このままでは当分、政権交代は起こりそうもありません。いちばんの原因は民主党の失敗ですが、それに代わる野党が出てこないことも事実です。なぜ日本では「健全な二大政党」にならないのでしょうか。

共産主義の実験が壮大な失敗に終わったいま、社会の構成原理は自己決定権を持つ市民による「民主政」「法治」「自由な市場」しかなくなりました(中国ですら理念的にはこれに反対していません)。これを「歴史の終わり」と呼ぶかどうかは別として、政治の世界から大きな対立はなくなり、残っているのは「(ささやかな)伝統」を大事にするか、「(ささやかな)理想」を目指すかの違いです。これが「保守」と「リベラル」の対立ですが、日本の場合、自民党のなかにこの両派が混在し、野党においては、いまだに「革命」を綱領に掲げる政党がリベラル勢力の代表のように振る舞っている、という異常な状況が続いています。

その責任は、保守的な自由主義者を「オールドリベラル」と骨董品のように扱い、揶揄中傷してきた〝進歩的〟なメディアや知識人にあります。彼らは「マルクス」「革命」「共産主義」という言葉に過剰な憧れを持ち、ソ連や中国、北朝鮮の評価を一貫して間違え、北朝鮮の拉致問題を無視し、従軍慰安婦をめぐる誤報を放置してきました。こうした知的退廃の結果、いまでは「保守派は正しくリベラルは間違っている」という話になってしまったのです。

いま日本に必要とされているのは、進歩的なリベラルではなく、まっとうなリベラルです。保守派の正論に対抗するには、集団的自衛権を認め、自衛隊を軍(国家の暴力装置)として憲法に明記したうえで、法による徹底した管理(シビリアンコントロール)を行なうことや、「日本的雇用」という差別制度を改め、同一労働同一賃金や定年制廃止を法定化するなど、「世界標準」の政策を掲げるリベラル政党が出てこなくてはなりません。

「一強多弱」になるのは、弱い側に問題があるからです。選挙結果が気に入らないからといって、駄々っ子のような大人げない態度はいい加減にやめた方がいいでしょう。

「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』P122-124

いちいちごもっともです。

  • 統計学や経済学など、実証的な研究が進み、誰がやっても政策に違いがなくなってきた。
  • 残ったのは「(ささやかな)伝統」を大事にするか、「(ささやかな)理想」を目指すかというイデオロギーの違いしかない。これが保守とリベラルの対立。
  • 日本の場合、自民党の中にこの”常識的な”二派が混在し、野党には「革命」を綱領に掲げる政党がリベラルの代表面してきたため歪みが生じている。
  • 日本に必要なのはまっとうなリベラル。そのためには集団的自衛権を認め、自衛隊を憲法に明記し、シビリアンコントロールを法律に組み込むべし。
  • 一強多弱になるのは弱い方に問題がある。駄々っ子のように文句ばっかり言うんじゃなくまっとうなリベラルになれ。

言いたいことはこんなところでしょう。

真摯に受け止めてほしいのですが、右翼の妄言と言って聞く耳持たない人が多いから困ったもの。

そう考えれば外交安全保障で踏み絵を迫った希望の党は正しいですし、自分は改憲派だとはっきり言った枝野氏も”まっとうなリベラル”を目指していると言えます。

立憲民主党は、狂った左翼集団にいかに邪魔されずに勢力を拡大できるかにかかっているでしょう。

山尾しおりさんが憲法を一言一句変えさせないカルト的護憲論は不毛で、野党が主導して改憲しようと言ったらさっそくカルト左翼が大騒ぎしています。

改憲を口にするなと叱っておく必要があるそうです。

何様なんだこいつは(笑)

山尾さんもこんなのが支持層にいて大変ですよ。

立憲民主党の枝野さんもこいつらをいかに黙らせるかで苦労しそうです。

凄いな~と思ったのは反差別・反ヘイトでカウンターデモが大好きなこういう連中の意見。

マジで狂ってると思う。

大日本帝国に戻すなとか、対米従属主義者とか、軽々しい日和見主義者、対ファシズム共同戦線とか、大日本帝国の亡霊極右勢力とか、これは北朝鮮の報道か?と勘違いしてしまいそうになる。

極右が壊滅するまで改憲してはいけないんですって。

投票した多くの国民の意思は平気で無視してますよね。頭おかしい。

これが「デモクラシー」とかアカウントに名前つけてリベラル名乗っているんだから笑えない。

こういう連中こそが日本にまっとうなリベラルを根付かせない諸悪の根源と言えます。

こういう連中を徹底批判して黙らせない限り、リベラルに未来はないでしょう。

前途多難だな~。ふぅ~。