『北朝鮮 絶望収容所』 目を見開いたまま死んだ娘

 

 北朝鮮を語る上で、絶対に読まなければならない本です。
これを日本全体で共有しない限り、日朝国交正常化はありえません。

  『北朝鮮 絶望収容所』 文庫版 P188~195より引用します。これが在日帰国事業で帰った9万3千人が受けた、祖国からの仕打ちです。これが日本のメディアでまったく注目されていないことに戦慄を覚えます。

目を見開いたまま死んだ娘

 収容所内にある東浦地区の拘留所(完全統制区域内の刑務所とでもいうべき存在。実態は政治犯に対する懲罰所)に金福徳という当時二十六歳の女性がいた。
 彼女は六二年に日本からの帰国船で両親とともに北朝鮮に戻ったが、父親がスパイ罪で捕らえられ、母親と彼女は収容所に連れてこられた。

 母親は13号収容所で飢え死にし、長女である彼女は父親の無実を訴え続けるとともに、自分を日本に送り返してくれと担当保衛員に哀願した。しかし、両方とも聞き入れられるわけはなく、逆に、まだ資本主義の思想が抜けていないと見なされ、拘留所に入れられてしまったという。
 拘留所に入れられ鞭打ちと飢えの苦痛に耐えている彼女の哀れな姿が、拘留所の戒護員・崔哲南特士の目に止まった。
 崔特士は彼女と言葉を交わすうちに同情と憐憫の情を募らせ、取り調べをするという口実をもうけては彼女を拘留所の戒護室に呼び出して、しばしば密会の機会をつくっていたようだ。
 崔特士は家から鶏汁と、時には餅まで持ってきて彼女に食べさせた。そのような形で二人の逢引きが重ねられていった。
 福徳は手厚く接してくれる崔特士に、日本の大実業家である親戚に手紙を書くので郵送してほしいと頼んだ。もし成功すれば、そのお礼に自家用車を、それが難しければ自動車を買えるだけのお金をあげる、とさえ言ったそうだ。
 大金を与えるという約束と彼女への同情から、崔特士は彼女に紙と鉛筆を与え、彼女は他の戒護員の目を盗みながら、拘留所内で一字一字手紙を書きつづっていった。
 しかし、その手紙が別の戒護員に発見されてしまったのだ。
(中略)
 手紙には、日本にいる叔父と叔母たちに、北朝鮮に帰国して以来のことが綿々と書かれていた。
父はスパイの濡れぎぬを着せられて逮捕され、その夜のうちに家族は収容所に収監された。
父親が生きているか死んでいるかもわからず、母は子供たちが飢えていくのを見かねて、自分の食事を子供たちに与え続けたため、とうとう自分自身が餓死してしまった
 そんな内容だったという。
 十七歳で収容所に入れられ、夜ごと母親から日本にいる叔父や叔母たちの話を聞いていた。母は臨終の際に、彼女だけでも生き残って日本に渡り、自分たち家族がどんなにひどい扱いを受けたかを伝えてくれ、と涙を浮かべながら言った。在日同胞が自分たちのように騙されて、北朝鮮に帰国することが今後ないように、と。それが母の遺言だった。
 などとも書かれていたという。
 この手紙を読んだ戒護員は、これを非常事態だとしてすぐさま保衛課長に報告した。金福徳は保衛一課に連れていかれ、そこで集中的に尋問が行なわれた。
 しかし、保衛課長の参席のもとで実施された尋問は、それに名を借りた凄絶な拷問だったのである。
「誰がお前に紙と鉛筆を与えたんだ!」
金福徳は、鞭打たれても決して囗を割らなかった。
(中略)
 福徳がそんな仕打ちをされているなどつゆ知らず、その日果樹園でたまたま蛇を生け捕りにした崔特士は、家で蛇酒でもつくろうと、持ち帰るために1メートルほどの蛇を紐で縛った。それを持って入っていった戒護員の事務所に、尋問疲れでたまたま休憩をとっていた保衛課長がいた。
 崔特士が捕まえてきたた蛇を見た保衛課長は、思い浮かぶことがあったのか、その蛇をつかみ、尋問室に入っていった。そして、半死半生になるまで鞭を受けて気絶している金福徳の服を、すべてはぎ取ってしまったのだ。
 政治部部長と政治部教養課の指導員、保衛課長の三人で、彼女の手足を大の字に広げて縛りつけ、冷たい水を浴びせた。
 気がついた金福徳は起き上がろうとしたが、素っ裸にされたうえ、手と足が縛られているのに驚いて周囲を見回した。
 「アマっ、これに我慢できるかな」
保衛課長は彼女の陰部に生きた蛇の頭を押しつけた。蛇は陰部にもぐりこもうとして、銀鱗がぬめりと光るその体をくねらせる。
 「助けてください。そればかりは勘弁してください」
 「協力者の名前を言う気になったのか」
 「は、はい、私か間違っていました。崔先生が手伝ってくれたのです」
 と声を挙げて泣き出した。「崔先生」といえば、戒護員の崔哲南特士しかいない。保衛課長は協力者が崔哲南と知ると唖然とした。
 崔哲南は、党への強い忠誠心が高く評価されて早くから入党が許された人物で、生活態度も申し分かい、性格も温順で、いつも保衛課の模範として称賛されていた。当の保衛課長自身が最も信頼していた人物の一人でもあった。
 その崔哲南特士が協力者であったという事実を知っているのが自分ひとりだったなら、彼女を殺してしまえばその事実を闇に葬ることもできる。しかし、この件はすでに政治部のみならず7局にまで報告されていたために、事態を秘密裡に処理することはすでに不可能になっていた。
 下手なかばい立てはもはやできない。そればかりか、自分の部下がかかわったこのような事件が公になれば、保衛課長自身も当然責任をとらなければならない。
 当事者である崔特士はもちろんだが、自分にまで災いが降りかかるとわかると、保衛課長は狼狽し、怒り、すべての元凶は福徳だとばかりに彼女への拷問をさらにエスカレートさせたのである。
 まず、彼は外で餌を食べていた犬を引っぱってくると、金福徳に「犬のチンポコをなめれば許してやる」と言った。「許す」という言葉に彼女は恥辱を飲み込み、命ぜられるままに犬の陰茎をなめたのだった。
 犬がもがきわめくと、保衛課長は犬を追い払い、彼女への尋問を再開した。一緒にいた政治部部長(中佐)と教養指導員(小佐)も、福徳と崔特士の関係を知りたくて身を乗り出した。
 「おまえ、崔特士と何回浮気をしたんだ?」
 「浮気などしていません」
 「ほんとうにしていないのか。またひどい目に遭わせるぞ」
 一糸まとわぬ彼女への執拗な尋問が続く。
(中略)
 浮気、つまり性の交わりをしたとなると、食べ物の供与よりもさらに重罪になる。保衛員と政治犯が一緒に寝たということは、政治犯を同等の人間として扱ったということになり、政治的変節者と見なされるからだ、彼女は恩義のある崔特士を重罪からだけは守るために、浮気だけはしていない」と言い張ったわけである。
 繰り返される同じ尋問に彼女が否定し続けると、業を煮やした尋問者たちは火かき棒を持って入ってきた。
 火かき棒はトネリコの木でできており、長さは約七十センチ、男根よりも少し太い。
 「このアマ、泣かないで耐えてみろ」
保衛課長は彼女の陰部にその火かき棒を押し込んだ。苦悶の声が尋問室に響きわたる。執拗な尋問。否定、否定、否定……。そのたびごとに、火かき棒の動きは激しさを増す。ほぼ二時間にわたって、そんな責めが延々と繰り返された。そして、ついに彼女は、
 「五回しました」
と絶え入るような声で自白したのだった。
それを聞いた保衛課長は部下の不始末に対する満身の憤怒を込めて、陰部に突き立てられた火かき棒を蹴りつけたのである。錯乱し、恐怖に脅え、悶え苦しんだ金福徳は、「う、う……」という声を上げて、そのまま息絶えた。
 服をはぎ取られ、大の字に縛られ、蛇で脅され、犬を使って辱められ、七十センチもの火かき棒を押し込まれた彼女は、最後には目も閉じずに死んでいったのだった。

P188-195

 

これが、帰還事業9万3千人の、地上の楽園だと夢見て帰った祖国で受けた残酷な仕打ちです。あまりの残虐さになんと言ってよいか言葉になりません。

朝鮮学校では、「敬愛する将軍様」と書かれた教科書を使って授業をしています。将来子供達がこの脱北者の手記を見たらどう思うでしょうか?自分の母校を憎んでしまうと思います。なぜ先生はこれを教えてくれなかったのかと、そう怒ると思います。民族のアイデンティティが崩壊してしまうほどの衝撃を受けると思います。

北朝鮮全巨里(チョンゴリ)教化所―人道犯罪の現場』P128より、一番近いイメージの絵を引用します。

目を見開いたまま死んだ娘

こういう現実感が乏しい絵でしか表現できないのが歯がゆいです。

もし、実際の写真や動画を見たとしたら、世界の北朝鮮に対するイメージは完全に変わることでしょう。しかし、そうさせないよう徹底的に情報操作が行われています。反日や嫌韓などは、この残虐な人権弾圧から目をそらさせるための煙幕でしょう。これが、帰還事業で起きた、北朝鮮で地獄の苦しみの末に死んでいった在日同胞の現実です。

朝鮮学校の教科書ではこの帰還事業について、素晴らしいことのように書かれています。写真を見るだけでも十二分におぞましいでしょう。

帰還事業1 帰還事業2 帰還事業3 帰還事業4

帰国実現のために、在日同胞がいかに立派に戦ったかを、大変情熱的に書きあげている教科書です。世界中の進歩的人民の幅広い支持を得て、実現したのが帰国事業だと、日本当局や韓国李承晩政権はそれを邪魔した在日同胞の敵だと書いています。恐ろしい、本当に恐ろしい教科書です。北朝鮮で、どれほど残酷な目にあったかを後で知ったら、この学校の子供達はどう思うでしょうか?なぜ、もう二度と騙されてはいけない!!と教えてくれないのかと、そう怒り狂わないでしょうか?

そして最後の締めはこの写真です。

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「帰国の実現は自主独立国家の海外公民として、在日同胞が民主主義的な民族の権利の擁護のための闘争で勝ち取った勝利となっただけでなく、同胞の力に依拠してくり広げられる愛国愛族運動の礎となり、高揚の契機になった。」

戦慄を覚えます。脱北者の手記や、内部告発した在日の人達の本を読めば、こんな教科書を使うなど耐えられないはずです。

陰部に蛇を押し付けられ、犬の陰茎をなめさせられ、火かき棒を陰部に突っ込まれ、最後はそれを蹴り上げて殺される。

そんな残酷な最後を迎えた在日同胞の娘がいたのです。それが証言で明らかになっているのです。

帰国したのは最も民族教育に熱心に取り組み、朝鮮学校建設に尽力した在日一世たちであり、朝鮮学校に通っていた子供たちです。

他でもない、在日同胞のウリハッキョを作った在日一世と、朝鮮学校の先輩たちを、筆舌に尽くしがたい方法で虐殺したのが金日成であり、金正日です。

この人たちが、朝鮮学校の子どもたちが毎年平壌で行っているソルマジ公演を見たらなんというでしょうか?

「どうして自分たちのことを忘れ、自分たちを虐殺した相手を愛する教育を、他でもない自分たちが作った民族学校でやらせているのか!?」

そう叫んで血の涙を流しながら激怒すると思います。

朝鮮学校は狂っています。子供達が将来自分でこの手記を手にとって読んだとき、母校を憎んでしまうような教育をしています。「敬愛する金日成主席様」と説明する写真が掲載された教科書を使い、読み上げ、暗記し、テストで回答させています。子供達の未来を何だと思っているのでしょうか?この学校に通う子供達があまりにも不憫です。もし知らなかったというのであれば『北朝鮮 絶望収容所』を必読書として、朝鮮学校の学生に読ませるべきでしょう。『凍土の共和国』も必読書とすべきです。きっと学校の図書館にはこの2冊はないでしょう。

最大の被害者は、この学校に通っている子供達です。決して朝鮮学校を潰したいのではありません。朝鮮学校には、主体民族教育をやめ、真の朝鮮民族の教育をする学校に生まれ変わってほしいのです。

なぜ、北の大地で塗炭の苦しみを味わった、帰還事業9万3千人の在日同胞の悲劇を、朝鮮学校で教えてくれないのでしょうか?帰還事業は素晴らしいことだ書いた教科書を、この人達に胸を張って見せることができるでしょうか?それはまるで、ホロコーストをユダヤ人に素晴らしいことだと教えることと同義ではないでしょうか?これが在日同胞のウリハッキョだと、これこそ朝鮮民族の民族教育だと、胸を張って誇ることができるでしょうか?

強制収容所で、飢えのあまりクルミを食べた子供が、手のシミが消えるまで運動場の砂地で手の皮膚を削りとられる。そんな在日同胞の子供達のために、なぜ涙してくれないのでしょうか?これを命令した張本人を、「敬愛する将軍様」と子供に教えることは、ドイツ人に「敬愛するヒトラー様」と教えることと同義ではないでしょうか?

強制収容所で、自分が愚かなせいで、日本から子供や孫を連れてきてしまった。
そう死ぬまで自分を責め続けた在日同胞の声を語り継ぎ、なぜ涙してくれないのでしょうか?この悲劇に積極的に加担した朝鮮総連を、在日同胞の民族団体と子供に教えることは、民族詐欺ではないでしょうか?

死ぬまで働かされ、死んだ後はその辺の「道」に人知れず埋められ、墓もなく、平土(ピョンド)にされる。 肉親は、その上を歩き、遺体を踏みにじらされる。なぜ、その人達のために、いつか遺骨を掘りおこし、供養します、待っていてくださいと、そんな慰霊祭を執り行ってくれないのでしょうか?これを命令した張本人を、「敬愛する将軍様」と子供に教えることは、子供の未来を奪う、残酷な教育ではないでしょうか?

1990年代に発生した苦難の行軍300万人の死者のために、なぜ涙し、黙とうを捧げ、冥福を祈ってくれないのでしょうか?「苦難を乗り越えて前へ」という運動会の演目名は、この人達の魂を踏みにじる行為ではないでしょうか?この悲劇を教えず、何も知らない子供に、朝鮮同胞の魂を踏みつけさせる、それが朝鮮民族の民族教育なのでしょうか?

帰還事業9万3千人の在日同胞に、胸を張って誇れる学校に生まれ変わって欲しい。
それが北の大地で散っていった朝鮮同胞のあの世からの声ではないでしょうか?

 

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