昔から変わらない朝鮮学校の問題点

1954年3月13日の読売新聞の朝刊記事『特殊教育をやめねば廃校 朝鮮人学校問題に都教委強硬』の内容が、今でも通じる指摘になっている。

60年以上経過するも、問題点が大して変わらないことに驚かされる。

 

特殊教育をやめねば廃校 朝鮮人学校問題に都教委強硬

東京都立朝鮮人学校問題につき都教育委員会では十二日午後三時から臨時委員会を開き最終的協議を行った結果、二月十二日同委から朝鮮人学校当局に警告した民族、赤化教育など七項目(既報)にわたる特殊教育を禁止させることを再確認し、これを学校側があくまで受入れない場合は朝鮮人学校廃止という事態もやむを得ぬとの強硬方針を学校側に徹底させることとなった。現在全国的に問題化している朝鮮人学校の特殊教育に対するモデル・ケースとして関係方面から注目されている。

全国の朝鮮人学校は小、中、高校合わせて二百八十一校、このうち都立は十五校、生徒は四千七百七十一人いる。

同委および治安当局が入手したこれら学校の特殊教育の実体によるとほとんど日本人教員は無視され制規の朝鮮人教員およびそれ以外の用務員(小使)や給食作業員名義の臨時職員らが授業にたずさわりその内容は朝鮮語訳による「マルクス、エンゲルスの資本論」「レーニンと社会主義」はじめ少年パルチザンをたたえた「パルチザン戦法解明論」「スターリン、金日成、毛沢東の人物、闘争記」なども含まれており、表紙のすぐウラにはこれら赤色革命家の写真をかかげている。また過程も中学から高校へと進むにつれ、その特殊教育ははげしくなり、中学の化学、物理の時間に毒ガス、爆弾の方程式を教え、さく薬からパチンコ玉利用の手製爆弾や、時限爆弾の作り方まで授業しているという。
校外では全生徒が民戦の下部組織である民主愛国青年同盟(中、高校生徒)民主少年団(小学生生徒)に加盟、教師、生徒、PTAが一体となってそれぞれ活発な役割を果たしている。

『読売新聞朝刊 1954年3月13日』

1954年の記事ですが、今の朝鮮学校の問題点と同じであることに驚かされます。

結局この問題点を解決できず、ズルズル今まで引きずってきた結果が、生徒激減という現実なのでしょう。

「民族、赤化教育など七項目(既報)にわたる特殊教育を禁止させることを再確認」

東京都の朝鮮学校報告書を見る限り、「特殊教育」は今も健在です。

「学校側があくまで受入れない場合は朝鮮人学校廃止という事態もやむを得ぬ」

これが1954年時点にできていたら、帰国事業もなく、9万3千人を地獄送りにすることはなかったかもしれません。

朝鮮民族の民族教育が金日成民族教育に乗っ取られることもなければ、生徒数が激減することもなく、今でも子供たちがのびのびと朝鮮学校で青春を謳歌していたかもしれません。

朝鮮学校での洗脳教育がなければ、在日朝鮮人からの莫大な北への献金もなく、北はとっくに崩壊して自由化・民主化への道を進み、南北統一ができていたかもしれません。

「特殊教育の実体によるとほとんど日本人教員は無視され制規の朝鮮人教員およびそれ以外の用務員(小使)や給食作業員名義の臨時職員らが授業にたずさわり」

今も一緒ですね。教員免許がない先生が子供を教育しています。

「朝鮮語訳による「マルクス、エンゲルスの資本論」「レーニンと社会主義」はじめ少年パルチザンをたたえた「パルチザン戦法解明論」「スターリン、金日成、毛沢東の人物、闘争記」なども含まれており」

この点は、改悪につぐ改悪で、マルクスもエンゲルスもレーニンも毛沢東も消えて、金日成オンリーになっています。

「校外では全生徒が民戦の下部組織である民主愛国青年同盟(中、高校生徒)民主少年団(小学生生徒)に加盟、教師、生徒、PTAが一体となってそれぞれ活発な役割を果たしている」

これも同じ。子どもたちは、北朝鮮傘下の少年団、青年同盟にみ~んな加盟しています。

まったく変わってないですね。

朝鮮学校周辺の方々はたいへん右翼を嫌ってますが、断固変わらない姿勢をみると、そちらの方がガッチガチの保守主義=右翼では?と言いたくなります。

今の東京都も1954年の東京都教育委員会の判断を見習って、朝大の認可取り消しと廃校の判断をすべきではないかと思います。