慰安婦・教科書問題 真の親韓派の見方 『物語 韓国人』より

田中明氏の著書『物語 韓国人 (文春新書)』。真の親韓派が書いた韓国理解の本として今も通用する内容です。

昨今、巷に流布されている韓国本も、こういう先人の歴史研究の焼き直しだな~と思わされます。まぁしょうがないと言えばしょうがない。韓国専門家ではないが、そこそこ名前が売れている有名な人が韓国本を書くと、安定した量が売れてしまうのでしょう。そりゃ出版会社はやめられません。

10年ぶりの左派政権誕生もあり、金大中や廬武鉉時代はどうだったか過去の本をあさっていますが、まぁやっていることが変わらない。

あとがきから慰安婦問題や教科書問題の論争を受けて、本物の親韓派がどう思っているかを紹介します。

 

本書では、教科書問題とか従軍慰安婦問題……総じてこのごろ話題になっている現代の日韓関係には、全く触れなかった。ああいう話に深入りすると、相手が尊敬できなくなるからである。韓国人は認めたくないかも知れないが、過去の植民地支配に対する負い目の意識を、世界中で一番強く持っているのは日本人だと、私は思っている。同じ文化圏に属した同類と〈支配・被支配の関係〉になり、しかも自分が支配の側に身を置いていたということに、日本人は何かしら咎めを覚えるのである。日本と韓国とは同列・一体でなければならないという意識がそこにはあった。朝鮮総督府が「内鮮一体」とか「皇国臣民化」といった、いまや悪しき同化政策の典型だと攻撃されている施策を、しきりに唱えたのは、そういう意識があったからだ(「満州国」建国にさいしてうたわれた「五族協和」という理念についても同じことが言える)。にもかかわらず、現実には差別したという事実があり、それが負い目の意識として胸を刺すのである。だから韓国や中国から、過去の所業を謝罪せよ・反省せよと言われると「すみません、すみません」と反応するのだ。

これに反して植民地支配の本家である西洋人には、負い目の意識など全くない。むしろキリスト教文明の恵沢に浴させてやったという気持ちであろう。だから、謝罪せよなどと言われると、怪訝な顔をし反発する。その辺はかつての被支配国の方も心得ていて、謝れなどという要求は口にしない。要するに韓国や中国は、突っつき易い日本を突っついて、外交的に有利なポジションを得ようとしているに過ぎないのだ。だから、それは政治的次元の問題で、道徳の問題ではない。

もっとも「それが国益になるのなら、なんで悪い」と開き直られれば返答に困るが、私など自分では親韓派と思っている者には、腑抜けた戦後の日本人を恐れ入らせるような易しいことを―――白人には通用しないが日本人には有効だという、そんな安易なことを、いつまでもやっていていいのだろうか、という気がする。でんと書斎に居座った俗儒たちが、政治的次元の問題に道徳的な装いをこらして、あれこれ文句を言いながら、血と汗を流す戦いへの備えをおろそかにして、国を亡ぼした昔が思い出されるからだ。

こういうことを言うと相手は怒るんでしょうが、植民地支配に対する贖罪意識は欧米に比べればあるでしょうね。

まぁ植民地支配と言うかは微妙ですね。イギリス王家がフランス王家兼任して同君連合という統治形態を取ったことがありますが、韓国に関してはそれが一番近いでしょう。

それはそれとして、日本に対して慰安婦や教科書であれこれ言う姿勢は口だけ番長の儒家が国を亡ぼしたことを彷彿させます。そういう指摘こそが相手のために耳に痛いことも言う本物の友人であり隣人でしょう。

今で言えば、いつまでも日本相手に女性の人権振りかざして文句言ってないで、不法占拠されている国土の北半部を取り返すためにやるべきことをやれ、と言うことが日本がやるべきことのように思えます。

それに「われわれはお前たちからこんなにひどい目に遭ったんだぞ」と日本に〝やられた〟ことを得々と(そう私には見える)語って、日本を謝らせようとする行動のスタイルは、どう見ても他者の尊敬を得る道ではない。とくに慰安婦問題はひどかった。従軍慰安婦が政府の強制動員によるものでないのは、当時の空気を少しでも吸った人なら、誰でも知っていることである。だから『文藝春秋』九二年七月号の「対決・日韓経済摩擦」という座談会で韓国人の出席者が、また、同誌九三年三月号で退任間際の盧泰愚大統領が、口を揃えたかのように「従軍慰安婦問題は日本の言論機関か騒ぎ出し、韓国人の反日感情に火をつけた」と迷惑そうに語っている。

「盧泰愚大統領が、口を揃えたかのように「従軍慰安婦問題は日本の言論機関か騒ぎ出し、韓国人の反日感情に火をつけた」と迷惑そうに語っている」

これが実態ですね。

盧泰愚大統領や当時の韓国政府からしたら日本の言論機関が騒ぎ出して韓国の反日感情を扇動し、日韓外交をこじらせた迷惑行為以外の何者でもないわけです。

こういうと被害者切り捨てだと叫ぶリベラルたちがいます。それも一理ありますが、挺対協のように現在進行形で収容所で女性を性奴隷している北朝鮮と共同声明を出すようでは善意を疑わざる得ない。

さらには「おまえにひどい目に合わされた!」と得々語るスタイルは田中明氏の言うように他者の尊敬を得る道ではないでしょう。

被害者意識でアイデンティティ確立するとろくなことになりません。そんな教育されては次の世代が迷惑します。

だが、反日日本人が編み出したあまたな画策の一つだったこの問題に、韓国側かすぐ乗ったうえ、かつて慰安婦だった老女まで動員して運動を〝盛り上げ〟ようとしたのは、何ともあざとくあさましく、多くの日本人に〝韓国人はいやらしい〟と思わせ、その評価を限りなく落とさせた(この手のことをマスコミは取り上げないが、心ある人は気づいているはずである)。あれは人間の正常な倫理的羞恥感覚の、限界を越えるものだった。当時、私は日本人慰安婦についても、同じようなことが起こるのかとハラハラしたが、日本はそこまでは落ちていなかったのでホッとしたものである。

こういう評価は当時は少数派だったのでしょうが、今の状態を思えば的確な指摘だったと思えます。

日韓が従軍慰安婦問題で揉めているとき、腑抜けの日本は「ともかく謝ってくれれば、なんとか収拾する」という韓国側の提案を真に受け、慰安婦の募集には強制性があったみたいな言い方で官房長官が謝罪談話を発表した。九三年八月のことだった。おかげて、その後日本がいくら事実関係を挙げて反論しても、韓国側は「日本政府は強制を認めたではないか」のひと言で退けることができることになった。いっときの政府の軽挙が、日本の未来をいつまでも汚しつづけることになったのである。政府の公式発表を覆すのは難しい。あのときの発表者である当時の河野官房長官が「国民にお詫びする」と言って、腹でも切らなければ、どうにもなるまい。

「日本は「ともかく謝ってくれれば、なんとか収拾する」という韓国側の提案を真に受け、慰安婦の募集には強制性があったみたいな言い方で官房長官が謝罪談話を発表」

これは見事に破綻しましたね。

韓国政府は案外「謝罪を受け入れてこれ以上この件にこだわるのはやめよう」的な声明を出し続けています。

これを全部ひっくり返してきたのが挺対協。従北団体なめてたな~、という感想しかない。カルトですからね、あの人たちは。狂信的なキリスト教徒に聖書はほとんど嘘だと言っても断固聞かないのと同じです。

(中略)

私は解放後の韓国で、悠揚迫らない大人風の紳士に親切に遇せられ、後でその人が、植民地時代には剛直な反日家だった、と聞かされてびっくりするという経験を何度がした。六〇年代のことである。この人たちは「日本のおかけで、われわれは今こんなに苦労している」といったことを一言も言わなかった。そんなことを言えば、われわれはまだ日本の影響下にある、と告白するみたいなものではないかと、その種の言葉をみずからに禁じていたのである。そこには腸(はらわた)のねじ切れるような亡国の無念を、新たな出発のテコにしようとする強靭な志があり、私は感動した。人間の「格」というものを思わせる経験でもあった。そうした経験をした者には、近ごろ喋々されている歴史論議などに加わる気がしない。敗北にも平然としておれる人々のおはなしは結構である。私は師事・兄事してきた韓国人と(その多くはすでに他界されたが)夜空の星をなかだちとして、はるかに通信できれば十分である。

物語 韓国人 (文春新書)』 P187-191

60年代の誇りある韓国人は「日本のおかけで、われわれは今こんなに苦労している」といったことを一言も言わなかったとのことです。

まぁ今も韓国人としてのプライドがある人は言わないでしょう。

亡国の悔しさをかみしめてれば逆に言えないはずです。

この頃の気概を失った韓国。

日本相手には徴用工や慰安婦で人権問題を振りかざすわりに、北朝鮮にはダンマリを決め込む。

どうしようもない。

昨年11月のトランプ訪韓の晩餐会で脱北青年を招待したの米国。

米国議会に脱北者呼んで北朝鮮の人権弾圧のひどさを訴えたのも米国。

平昌五輪にオットーワームビアさんの親を連れて行くのも米国。

全部韓国が率先してやるべきことなのにやってるのは米国。

北朝鮮との対話を維持するためには被害者は黙れということでしょうか?

こういう最悪な行為についてはダンマリなのが慰安婦支援団体界隈の人々。そもそも日本で熱心にその手の活動しているのが朝鮮学校周辺の人たちですからね。あたり前と言えばあたり前かもしれません。何せ毎年平壌で忠誠の公演を子供にやらせてなんら心が痛まない人たちですから。

親韓であればあるほど北朝鮮に厳しくなりますし、北朝鮮との深いつながりを持つ挺対協が主導する慰安婦扇動には懐疑的になります。

いい加減方向転換しないと韓国五千万人を北送することになりかねません。

日韓友好を願う人たちには、そういう視点を持ってほしいと思います。

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