60年代の日本と90年代の韓国の類似性

90年代~2000年代前半の韓国では、猛烈な民族主義の嵐が吹き荒れてました。

やばいのは反米活動との結びつき。

南北融和の雰囲気で「統一を阻害しているのはアメリカ帝国主義のせいだ!」という馬鹿な若者が大量生産されておりました。

ちなみに昨今のネット上の嫌韓論調は一昔前の韓国のことを、まるで今も同じかのように言っているのが多いです。まぁ実際その残りかすはいまでもあるし、馬鹿にならない勢力を誇っていますが、間違いなく徐々に改善していっています。

まぁ日本や米国、その他の国々から韓国批判が出てくるのも、韓国が力をつけてきて、外国に対する発言に責任と理性を求められるようになった良い証拠でしょう。

この辺の構図は昔の日本もたどってきた道だったりします。

 

韓国で言われるがままではなく、「日本=軍国主義」「日本=悪、韓国=被害者」的な、思考停止としか思えない議論にしっかりとした反論をして韓国との関係正常化に貢献した、元外交官の道上尚史氏の著書から、昔日本がアメリカに言われてことを引用します。

 

第三の視点

日韓二力国だけを睨んで悩むと、煮詰まってしまい、思考回路がショートしやすい。他の問題でもそうだが、第三の視点を持てば、視界がぱっと開けることがある。

まず、〈日本-韓国〉を〈米国-日本〉との対比で見ることは、大変よい頭の体操になる。

(一) ライシャワー発言

一九八六年、当時の中曾根総理が、黒人差別発言と受け取れる発言をしたとして問題になった。この発言について、ライシャワー元駐日大使はこう言った(「諸君/」同年十二月号)。

(一九六〇年代までは)日本人は、アメリカについて、帝国主義だとか何とかひどい事を言っていたものです。アメリカがもしそれを真に受けていたら、激怒するようなことばかりだった。

でも、その頃は日本は小さくて弱く、たいして重要でなかったので、気にしなかったんですよ。

(中曾根発言は)日本人が、日本語という垣根の中で、自分たち同士だけでしゃべることに慣れていることの例証ですよ。それが、外の世界にも聞こえ、波紋を起すかもしれないという事実に、慣れる必要がありますね」

大変鋭い指摘だと思う。一九六〇年代までの日本では、アメリカを批判するのはいわば当然であった。「反米」は、知識人、学生の使命であった。その米国批判の内容が正確でなければならないとか、相手にも通じる論理でなければならないという発想は乏しかった。米国が逆に怒って再批判を加えてくるなどとは夢にも思わなかった。しかし今はこの「甘え」は許されない。

国の力、発言力の大小という点だけではない。社会、経済の成長とともに、国際社会で普遍的な価値観の共有が期待されるのだ。ルールに従った行動が当然視され、相応の責任が求められる。

既に日本が高度経済成長をほぼ達成していた七〇年代末でさえ、私は、「僕らの父親が一生懸命働いても働いても貧しいのは、つまるところ米帝国主義のせいだ」という主張を大学のキャンパスで聞いた。日本が世界有数の経済大国になっていた段階だ。どの国もかように被害者意識が強く、世界が、自国が見えないものだというべきか。

九八年に私か初めてソウル大学で日韓関係の特別講義をした際、「このライシャワーが指摘した図式は韓国にも当てはまる、日韓ともに気を付けるべき点だ」としてこの話を紹介した。

昔、韓国の日本批判には実は非論理的で無茶な議論も多かったが、日本の耳にまで届かなかった。近年韓国は経済成長を遂げ、国際的地位が向上し、世界が注目するほどの大きさになり、その発言が日本を刺激するようになった。

例えば外国を批判するときは相当慎重で自己抑制しなければならないとか、その内容は論理的で相手に分かるものでなければ受け入れられないという、普遍的・常識的ルールが韓国にも適用されはじめたのだ。

日本に次いで韓国も、「被害者という地位に安住して他国を一方的に批判して良い時代は終わった」、「自分の発言について責任が追及されることがある」、「国際社会で自分が批判の的になりうる」ことに気がつき始めたのだ。

日本外交官、韓国奮闘記 (文春新書)』 P62-64

60年代の日本は、アメリカ帝国主義批判=知識人、という構図だったそうです。

いわゆる「良心的日本人」の源流ですね。

この辺の構図が、「反日にあらずんば歴史学者にあらず」の韓国と同じです。

ちなみに韓国にも猛烈な反米の嵐が吹き荒れてました。

廬武鉉政権なんか良い例でしょう。

同盟国のアメリカを怒らせるようなことをやりまくって、危うく同盟が破綻しそうになりましたから。

5月の終わりには、ワシントンの韓国大使館を訪れたローレス米国務次官補から駐米韓国大使が、
「北東アジアのバランサー論は韓米同盟と両立できない概念だ。もし同盟を変えたければいつでも言ってくれ。希望通りしてやる」
と言われた。

懲りない大統領:盧武鉉

「同盟を変えたければいつでも言ってくれ。希望通りにしてやる」

もはや韓米同盟は破綻寸前。

これが文在寅が心から尊敬する廬武鉉前大統領です。

米国批判=かっこいい!という馬鹿な思考回路を持っていたのでしょう。

今の、反安倍、反自民ならなんでもいい!という野党と一緒です。

 

ちなみに60年代の日本と一緒だから暖かく韓国を見守ろう、なんて気はまったくないです。

大いに反論して、『日本に次いで韓国も、「被害者という地位に安住して他国を一方的に批判して良い時代は終わった」、「自分の発言について責任が追及されることがある」、「国際社会で自分が批判の的になりうる」ことに』気づいてもらうべきでしょうね。

そういう意味でも、日韓慰安婦合意の日本側の対応は重要です。

合意の履行を求め続け、安易な妥協はしないことです。

それでこそ、韓国が歪んだ対日コンプレックスで自国の国益を北に貢ぐような真似を止めることができます。

1965年の日韓基本合意と同じように、いつか安倍総理と朴槿恵大統領の日韓慰安婦合意が評価される時がくるでしょう。