『北朝鮮 絶望収容所』 日本に帰せ!さもなくば殺せ!!

 

 北朝鮮を語る上で、絶対に読まなければならない本です。これを日本全体で共有しない限り、日朝国交正常化はありえません。

  『北朝鮮 絶望収容所』 文庫版 P178~181より引用します。
これが在日帰国事業で帰った9万3千人が受けた、祖国からの仕打ちです。これが日本のメディアでまったく注目されていないことに戦慄を覚えます。


日本に帰せ、さもなくば殺せ!

 収容所本部の弾薬庫歩哨が嫌われるのは、弾薬庫が政治犯拘留所と背中合わせになっているからだった。
 この勤務に出るといつも背筋がぞくぞくとし、気分が悪くなる。毎晩、保衛員と戒護員たちが政治犯たちを殴りつける音と、政治犯の呻き声がいやでも耳に入るからだ。私も収容所の爆薬庫の勤務だけは避けたかった。
 弾薬庫に出勤するとき、たいてい私は綿で耳の穴を塞いでいく。鞭打ちや怒鳴り声はそれで少しは遠のいたが、異様に高音の断末魔のような叫び声までは遮断することができない。特に女性政治犯が殴られているときの胸が締めつけられるような悲鳴は、とても耐えられるものではなかった。
 夕方の早いうちからはじめられる鞭打ちは、夜明けまで続けられるのが常だった。
 ある日の夕方、戒護員・李慶哲特士(特務上士の略)の怒鳴り声と、耳慣れない女の呻き声が聞こえた。鞭で打たれているのは五十歳くらいの女性のようだ。李慶哲の下卑た声が女性をいたぶる。
 「そうか、国が飯をくれなかったのか? 家をくれなかったのか? まだ日本のチョッパリにへつらいながら暮らしていたことが忘れられないのか?」
 答える女性の発音はたどたどしい朝鮮語だった。
犬畜生め! わたしゃ日本のチョッパリなんかに媚びたことなど一度もないよ。日本でチョッパリの汚いやり方に嫌気が差していたときに、首領様(金日成)が来いと言ったから祖国にやってきたんだ。ところが祖国っていうのはこんなものなのかね。日本から帰ってきたというだけで、こんなひどい目に遭わせるのが祖国って言えるのかね!
 その女性はおぼつかない言葉で、痛みにも耐えながら、しかし言いたいことをはっきりと戒護員に叩きつけた。
 「なにい! 犬畜生だとぉ。このアマ! その囗でどれくらい減らず口が叩けるか聞いてやろう。
ただ、その囗から偉大な首領様のお名前が出てくるとはな。お前みたいなやつらには”助けてください”という言葉以外、言う権利はないんだ!
 空気を裂いてしなる鞭の音。次の瞬間、
 「げぇー!!」
 という声が聞こえた。肉を打つ音、血を吐くような悲鳴が繰り返される。しかし、その声もやがて聞こえなくなり、鞭の音だけが闇にこだまし続ける。
 1時間ほど過ぎると再び戒護員の声が聞こえた。
 「おい、お前は倒れている芝居を打っているのか? 頭をあげろ!」
  バケツの水をぶっかけられる音。女性の「あああああ……」と叫ぶ声。「殺せ! 殺せ!」と足をばたつかせる音。女性は最後の力を振り絞って、自らへの呪詛と叶えられるはずもない思いを戒護員にぶつけた。
ああ、私はどうして日本から北になんか来たんだろう。なんでこんなことが見通せなかったんだろう。夫にくっついて子供まで連れて……故郷だからと思ってついてきたのに、私たちがなんだってスパイにされなきやならないんだ。日本の親戚たちは私たち家族がどんな目に遭つてるかも知らず、よい暮らしをしてるとばかり思っているのに。
 おい、犬畜生! うちの家族を日本にまた送り返せ! それができないと言うなら全員殺すなりしろ! もうこれ以上、こんなふうに生きるのはいやだよおぉ……
 「思い切りぬかせ。そしたら日本に戻してやるぞ」
 「そうだ、この犬畜生どもめ! 喉がはりさけるまで叫んでやる! 日本へ……」
 全部言い終わらないうちに鈍い音が聞こえ、カランと堅い棒が拘留所のコンクリートの床に落ちる音がした。その後はひっそりとなった。
 次の日から、二度とその女性の声を聞くことはなかった。


 あまりにも、あまりにも残酷です。本当に愕然とします。なぜこれがメディアで騒がれないのか?なぜ平和を愛するリベラルは騒がないのか?このことに戦慄を覚えます。

 そして、恐ろしいことに、朝鮮学校の教科書ではこの帰還事業が素晴らしいことのように書かれています。笑顔の主席様と、帰国者同胞が抱き合っている写真が使われています。

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「帰国の実現は自主独立国家の海外公民として、在日同胞が民主主義的な民族の権利の擁護のための闘争で勝ち取った勝利となっただけでなく、同胞の力に依拠してくり広げられる愛国愛族運動の礎となり、 高揚の契機になった。」

 この写真を使い、帰還事業が在日同胞が勝ち取った素晴らしいことであると書いています。鞭で打たれ、気絶するまで殴られ、失神しても水をかけて起こされる。

「家族を日本に帰せ! できないなら殺せ!!」

 そんな血を吐くような叫びをあげさせ、祖国を心底憎悪する。そして、容赦なく金属の棒で殴られ、殺される。なぜ、朝鮮学校はこの事実を子供達に教え、そんな残酷な最後を迎えた同胞のために、怒り、涙し、そして黙とうをささげてくれないのでしょうか?そうしてこそ真の民族教育なのではないでしょうか?

 朝鮮学校は狂っています。子供達が将来自分でこの手記を手にとって読んだとき、母校を憎んでしまうような教育をしています。「敬愛する金日成主席様」と説明する写真が掲載された教科書を使い、読み上げ、暗記し、テストで回答させています。子供達の未来を何だと思っているのでしょうか?この学校に通わされる子供達が、あまりにも不憫です。もし知らなかったというのであれば『北朝鮮 絶望収容所』を必読書として、朝鮮学校の学生に読ませるべきでしょう。『凍土の共和国』も必読書とすべきです。きっと学校の図書館にはこの2冊はないでしょう。

 最大の被害者は、この学校に通っている子供達です。決して朝鮮学校を潰したいのではありません。朝鮮学校には、主体民族教育をやめ、真の朝鮮民族の教育をする学校に生まれ変わってほしいのです。

 なぜ、北の大地で塗炭の苦しみを味わった、帰還事業9万3千人の在日同胞の悲劇を、朝鮮学校で教えてくれないのでしょうか?帰還事業は素晴らしいことだ書いた教科書を、この人達に胸を張って見せることができるでしょうか?それはまるで、ホロコーストをユダヤ人に素晴らしいことだと教えることと同義ではないでしょうか?これが在日同胞のウリハッキョだと、これこそ朝鮮民族の民族教育だと、胸を張って誇ることができるでしょうか?

 強制収容所で、飢えのあまりクルミを食べた子供が、手のシミが消えるまで運動場の砂地で手の皮膚を削りとられる。そんな残酷な仕打ちを受けた在日同胞の子供達のために、なぜ涙してくれないのでしょうか?これを命令した張本人を、「敬愛する将軍様」と子供に教えることは、ドイツ人に「敬愛するヒトラー様」と教えることと同義ではないでしょうか?

 強制収容所で、自分が愚かなせいで、日本から子供や孫を連れてきてしまった。そう死ぬまで自分を責め続けた在日同胞の声を語り継ぎ、なぜ涙してくれないのでしょうか?この悲劇に積極的に加担した朝鮮総連を、在日同胞の民族団体と子供に教えることは、民族詐欺ではないでしょうか?

 死ぬまで働かされ、死んだ後はその辺の「道」に人知れず埋められ、墓もなく、平土(ピョンド)にされる。 肉親は、その上を歩き、遺体を踏みにじらされる。なぜ、その人達のために、いつか遺骨を掘りおこし、供養します、待っていてくださいと、そんな慰霊祭を執り行ってくれないのでしょうか?これを命令した張本人を、「敬愛する将軍様」と子供に教えることは、子供の未来を奪う、残酷な教育ではないでしょうか?

 1990年代に発生した苦難の行軍300万人の死者のために、なぜ涙し、黙とうを捧げ、冥福を祈ってくれないのでしょうか?「苦難を乗り越えて前へ」という運動会の演目名は、この人達の魂を踏みにじる行為ではないでしょうか?この悲劇を教えず、何も知らない子供に、朝鮮同胞の魂を踏みつけさせる、それが朝鮮民族の民族教育なのでしょうか?

 帰還事業9万3千人の在日同胞に、胸を張って誇れる学校に生まれ変わって欲しい。
それが北の大地で散っていった朝鮮同胞のあの世からの声ではないでしょうか?

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