恩師「韓鶴洙先生」のことを忘却させ、阪神教育闘争は代を継いで神格化

私たちの手にほんとうの民族教育を取り戻そう!

もし、総聯中央が心ある先輩たちの提言を真摯に受け止め、改善・改革に取り組んでいたならば、今日のような事態にはならなかったことでしょう。

今まで出されてきた、民族教育の改善を要求する声は、総じて、ウリ学校から金日成・金正日崇拝のための教育を廃止し、真の民族教育を取り戻したいとするものでした。しかし、総聯中央はこれらの要望に対し聞く耳を持ちませんでした。多くの先輩諸氏は、「なんでもないさ、ウリ教育が変質したんだよ。学校の教室から乙支文徳将軍や李舜臣将軍の肖像画がなくなり(一九六〇年代後半)、組織内で金日成の唯一思想体系の確立が狂ったように叫ばれたころから、民族教育は事実上消滅したのだ」と言うのです。

いや、在日同胞の民族教育を金日成親子にかっぱらわれたと言うべきです。

このようにして、同胞子弟の民族教育は金日成親子に対する崇拝教育、すなわち北朝鮮の国民教育になりさがり、表の顔とは別に、その裏では金親子への忠誠心教育を推し進めてきました。

(中略)

私たちの未来が、民族の言葉と文字、文化を思いっきり学び明るい希望が持てるようにするため、金親子にひったくられ、政治の道具に利用された民族教育を、みんなの手に取り戻そうではありませんか!

『朝鮮総聯の改革と民族統一・志向会 第五報』より一部引用
『光射せ!第8号』に収録 P166-167

こういった声は、「怪文書」の名のもとに踏みにじられ、闇に葬られてしまいます。

在日同胞の学校が存続するか消滅するか、今その分かれ道に来ているのではないでしょうか?教育内容を是正し堂々と無償化を勝ち取ることこそが、民族の誇りを守り、朝鮮学校を次世代に残す唯一の道ではないかと私は思います。

そのための第一歩は、朝鮮学校のために尽力した在日一世と、朝鮮学校の先輩たちが北朝鮮でいかにありえない殺され方をしたか、それを知ることが第一歩でしょう。

朝鮮学校がやるべき行事は、毎年平壌に子供を送り込んで在日一世・二世を大量虐殺した相手を一族と集団を称えさせるのではなく、北の圧政で殺された人たちのために黙とうを捧げる行事あろうと思います。

それをやらずに朝鮮民族の民族教育とは言えないのではないでしょうか?

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