「李承晩は逃げた」というありえない歴史認識

韓国の従北左翼の鉄板ネタに、「金日成が南進したとき李承晩はまっさきに逃げた」、という主張があります。

本気で言っているなら思考能力に著しい欠陥があると言わざるえません。

あんな老人が前線に張り付いていて、何か役に立つのでしょうか?

当然、とっとと逃げて己の職務を果たすべきです。

李承晩の職務とは何か?

米軍始め、国連軍を連れてくることです。

当時の北朝鮮と韓国の軍事力の差は圧倒的でした。むしろソウル攻略後に何をもたもたしていたのか?と後世の歴史家が不思議に思っているくらいです。

 

仮に李承晩が最後まで前線に張り付いて陣頭指揮をしていたとしましょう。力の差は圧倒的ですから、当然負けて捕虜になるでしょう。めでたく市中引きずり回しの計に処され、人民裁判にかけられ、その様子が世界に流され、赤っ恥をかかされたことでしょう。

「李承晩は真っ先に逃げた」、など妄言中の妄言です。

発想が逆でしょう。

「さっさと逃げる」べきです。

李承晩の命のかけるところは前線ではありません。

アメリカ議会であり、国連です。

命をかけて、米軍と国連軍を連れてこなければいけません。

もし米軍がもたもたするようなら、「韓国を救ってくれ!!」、とアメリカ議会で首をかき切って米議員をドン引きさせるくらいのことをすべきでしょう。それでこそ、大統領としての責務を果たしていると言えます。

そして、李承晩は己の職務を全うしています。ちゃんと米軍を連れてきていますから。

さらに言えば、李承晩が真っ先に逃げたという主張も嘘っぱちです。

イ・スンマンはソウルから離れるのをためらった。フランチェスカ夫人が涙を流して懇願しなければ、ぐずぐずしていたイ・スンマンは朝鮮人民軍に身柄を拘束されていたであろう。

朝鮮人民軍がソウルを占拠する直前の六月二七日午前三時、イ・スンマン夫妻はソウル駅から特別列車で脱出、南方へ向かった。

間一髪だった。大統領夫妻と秘書一人、警察署長と警護官四人が乗った特別列車が通過した五時間後、朝鮮人民軍の妨害工作によって南方行きの鉄道は不通となった。イ・スンマンは妻のおかげであやうく歴史に無様な姿を刻まずに済んだ。

異形国家をつくった男: キム・イルソンの生涯と負の遺産』 P133

真っ先に逃げるべきなのに、ぐずぐずして間一髪で逃げれたわけです。

いかに、「李承晩は真っ先に逃げた」、という主張が嘘っぱちかが分かります。こういう主張をしている人は、不勉強なのか、北の手先なのか、そのどちらかでしょう。

こういうことを言っている日本の保守言論人はかなりいます。倉山満氏などかなり怪しい。李承晩や朴正煕、GHQやダグラス・マッカーサーを妙に貶めています。李承晩は逃げた、ということも動画で言っていましたね。本気で言ってるならおバカさんです。

それに影響を受けた保守言論人が似たような主張をまき散らすので、嫌韓情緒を持った人が無条件に信じてしまっているようです。困ったものです。

李承晩のことを、「元祖セウォル号の船長」、と揶揄する嫌韓ネトウヨさんがいますが、まぁ北朝鮮の工作員か、思考能力に著しい欠陥がある愚か者のどちらかでしょう。

さっさと逃げないといけないのに、「李承晩は逃げた!」、と非難しているわけですから。

ちなみに逃げた云々で非難するなら、金日成こそ非難されるべきでしょう。

マッカーサーの仁川上陸作戦でソウルを奪い返された後、せっせと逃げますが、その時の小者っぷりが凄い。

一〇月一日、マッカーサーの降伏勧告がキム・イルソン宛てに出され、国連軍は三八度線を越えて北朝鮮へ入った。攻め込まれた北朝鮮の民衆は意気消沈した。キム・イルソンの指示で親衛隊員たちは「祖国防衛の歌」をうたいながらピョンヤン市内を行進した。「最高司令官はピョンヤンにとどまっているので安心してほしい」という市民へのメッセージであった。キム・ジョンウン(金正恩)の後継決定が行進隊によって暗示的に広められたように、北朝鮮では行進隊が重要なメッセージを発信した。

九日、キム・イルソンはスターリンに電報を打った。「軍事科学技術の最新の成果を取り入れた装備を持つ強力な敵との戦いで成功をおさめるために、われわれには飛行士、戦車要員、通信員、工兵将校の早急なる育成が必要である。国内においてそれらを準備するのは非常に難しい」と述べたうえで、キム・イルソンはソビエトに留学で派遣されている朝鮮人学生のなかから二〇〇~三〇〇人を飛行士として、ソビエト在住朝鮮人、から一○○○人の戦闘要員、二○○○人の飛行士、五〇〇人の通信員、五〇〇人の工兵兵将校の帰国を養成した(『朝鮮戦争の謎と真実』一五○頁)。

10月16日、土砂降りの雨が降るなか、キム・イルソンはボルガに乗ってピョンヤンから退却した。

(中略)

退却途中で、キム・イルソンは反共レジスタンスに執拗に命を狙われ始めた。身の危険を感じたキム・イルソンはソビエト製高級車のボルガを放棄し、最高司令官のメンツもかなぐり捨て、山中に入った。山のなかは遊撃隊で慣れていたが、次第に焦りと恐怖で平常心を失っていった。疑心暗鬼にかられたキム・イルソンは親衛隊員まで疑うようになった。ちょっとでも気に障ると、「この反動分子め!」とののしり、皆の前でピストルを構え、その隊員を射殺した(『原爆か 休戦か』一九五~六頁)。

まさに殿、ご乱心である。

異形国家をつくった男: キム・イルソンの生涯と負の遺産』 P140-141

 

  • 平壌市内で最高司令官はとどまっているので安心してほしいと行進
  • ソビエト様助けてくださいと電報を打つ。(まぁこれは当然なので非難されることではない)
  • どうにもならんとボルガに乗って逃亡(平壌市民置き去り)
  • 反共レジスタンスに命を狙われビビりまくってボルガ乗り捨て
  • 疑心暗鬼になり自分の親衛隊を「この反動分子め!」と罵って射殺
  • まさに殿、ご乱心である

小者臭が尋常じゃありません。

韓国戦争で、「李承晩は逃げた!」と言うくらいなら、「金日成はボルガ乗り捨ててしょんべんちびりながら逃げて、あまつさえ疑心暗鬼になって味方撃ち殺しやがった!」と言う方が適切な歴史認識でしょう。

それに比べたら李承晩の覚悟は大したものですよ。これこそ戦時中のリーダーの覚悟だと言える逸話を紹介します。

戦争期問中拳銃を所持していた李承晩

李承晩と韓国政府官吏の涙ぐましい努力にもかかわらず、戦況は不利に進展し、李承晩は避難せざるを得なくなった。ソウルは6月27日、北韓軍の手に落ちてしまった。大田に避難した李承晩はその日の夜、寝床につく前にモーゼル拳銃を枕の下に置いた。戦争が始まってから、初めて床につく日だった。

このとき、大統領が銃を枕の下に入れるのを秘書が見た。秘書は「閣下、それは何ですか」と尋ねた。大統領は「ああ、君は見たのか。拳銃だよ」「私がさっきほど誰かに頼んで一丁持って来い、と言ったんだ。いざというときは、私も1人、2人くらいは倒せるのではないか。最後の銃弾はわれわれのためのものだが」李承晩はこの日から3年間、拳銃を枕元のシーツの下に隠して床についた。戦時大統領の死生観が分かるエピソードだ。

米国に堂々と対した大韓民国の大統領たち』 P92-93

李承晩の覚悟のほどがうかがえるエピソードです。

ビビりまくって自分の親衛隊に拳銃ぶっぱなして殺す、どこぞの小者とは違いますね。

金日成のような他人を信頼できない、臆病で狡猾な小人が権力を握ると、密告制と連座制と収容所の恐怖で人間を支配する最悪な国家体制にさせられます。こういう点を歴史の教訓とすべきでしょう。

どう考えても南北分断のA級戦犯は金日成なのに、なぜか李承晩始め、右派や親日派、米軍や日本の植民地支配のせいで分断の苦しみを味わうことになった!という主張がまかり通ってますからね。事実を捻じ曲げる、ありえない歴史認識といえます。

その辺のありえなさを指摘する、李春根教授の指摘が面白い。

成功した国の建国大統領をけなす今日の大韓民国

大韓民国は韓半島に存在した国家の中で最も成功した国だ。檀君以来、人々が最も豊かに暮らし、世界へ能力を誇示している。しかし、分断という歪んだ政治状況のため、韓国国民の歴史認識も歪んでしまった。

世界最悪、韓国史上最悪の国である「北韓」に追従する者の執拗な努力と、彼らを支持するのが使命と勘違いしている知識人たちのせいで、大韓民国の誇らしい歴史は否定されている。

そのため大韓民国を建国した李承晩は国父として仰がれず、独裁者という汚名を着せられている。最近の李承晩の再評価は、本当の意味で大韓民国の歴史を正すことだ。

米国に堂々と対した大韓民国の大統領たち』 P61-62

「北韓に追従する者の執拗な努力」
「彼らを支持するのが使命と勘違いしている知識人」

何度読んでも他人事だと思えない。

日本の保守界隈に浸透して、この従北史観を日本でせっせと広めてますよね。それに嫌韓ネトウヨが乗っかって不勉強な愛国馬鹿の日本人が踊らされています。

「李承晩は逃げた」という主張など、「まっさきに逃げるべきしょ、あんた馬鹿?」で即論破です。そういうことを言われると、この人は本気で言っているのだろうか?それとも狂ってるんじゃなかろうか?と心配になります。

保守の仮面をかぶって従北史観をせっせと広めることに貢献している連中は、本当に拉致被害者を奪還する気があるのか疑ってしまう。こういう北朝鮮による韓国への浸透工作の特徴を把握していないのであれば、知識人失格でしょう。

朝鮮戦争は、マッカーサーと李承晩の主張通り、統一しておくべきだったと思います。

正直、この時のトルーマンはありえないと思います。それもこれも、アメリカ政府中枢に食い込んでいた共産スパイの貢献が絶大だったのでしょう。

当時の外交を取り仕切っていたディーン・アチソンのソ連スパイであったヒス兄弟への信頼が尋常じゃありません。

バーリは、当時ローズヴェルト政権の財務次官だったディーン・アチソンにも話をした。チェンバーズとの会見でヒス兄弟について聞かされたことを告げると、アチソンは「あの一家とは親しいし、彼らのことは子供のころから知っている、わたしが保証するよ」と言った。そのあと、国務次官補になるなり、ドナルド・ヒスに補佐役を要請している。

チェンバーズがドナルド・ヒスをソ連の工作員と認めたことを再度バーリが注意したため、アチソンは調査をおこなったが、それはまさしくポーラ・ジョーンズが訴えたビル・クリントンのセクハラ疑惑にたいする民主党の調査と同じお粗末さだった。

きみは共産党員かとヒスに尋ね、ヒスがそれを否定したとたんに、「これで一件落着だ」と宣言したのである。

民主党が内部にいたソ連のスパイにここまで無頓着だったことは、破廉恥きわまりないことだった。いわばブッシュ大統領がイスラムのテロリストを登用するようなものだ。それも、その人物たちがアルカイダのメンバーだと知らされていながら、である。

リベラルたちの背信―アメリカを誤らせた民主党の60年』 P40

ヒスがスパイだと知らされ、「君はスパイか?」、と本人に聞き、「いえ、違います」、との答えを受け、「ほら違うってさ、一件落着!」。

ア、アホすぎる、、、。

さらにはトルーマンもこのソ連スパイを重用していました。

ローズヴェルト大統領は十年のあいだに何度もヒスは共産スパイだと警告されていたが、それでもヒスを登用しつづけ、高位に就けた。ヒスはヤルタ会談に随行した。

そこでローズヴェルトがスターリンに、ポーランドを譲り渡したことはあまりに有名である。英仏両国はドイツのポーランド侵入で第二次世界大戦を始めたのに、無頓着なことにそのポーランドをこれまた全体主義の独裁者に譲ってしまったのだ。この会談でローズヴェルトの助言にあたっていたのが、ソ連のスパイ、アルジャー・ヒスだった。

トルーマンは、ヒスを国務省政治問題局のトップに据えつづけた。

(中略)

チェンバーズがヒスを共産スパイとして公然と告発したとき、トルーマン政権の司法省が起訴しようとしたのは、ヒスならぬチェンバーズだった。

もし起訴が実現していたら、ヒスがスパイであることを立証する唯一の証人は失われていた。

ローズヴェルトが任命した二人の最高裁判事、フェリックス・フランクファーターとスタンリー・リードは、刑事裁判でヒスの人柄について証言した。のちの民主党大統領候補アドレイ・スティーヴンソンも、ヒスはすばらしい人格者だと請けあった。民主党員は、スティーヴンソンのことを「アルジャー、いやアドレイ」とやったジョー・マッカーシーには目をむいたが、自党が売国奴の避難所と化していたことは気にならなかったらしい。

リベラルたちの背信―アメリカを誤らせた民主党の60年』 P49-50

凄いですね。韓国の従北野党の皆さんに読ませてあげたい。

まんま同じようなことやってます。金大中、盧武鉉政権になってからスパイ容疑で捕まった人が釈放され、名誉回復運動みたいなことやってますからね。本当に笑えない。

朝鮮戦争を取り仕切っていた当時のトルーマン政権は、ヴェノナ文書で明らかになったように、共産スパイの巣窟でした。

そういう状態であったからこそ、マッカーサーや李承晩の目的は歪められ、中共軍と戦いながら、後ろからトルーマンに背中を撃たれるようなありえない状況での戦いを強いられます。

それをよく表しているのがウィロビー回顧録から読み取れます。

当時、マッカーサーは中国内の聖域を攻撃する決定を下すように、強硬に主張していた。彼はワシントンに、わが軍に対して活発に展開していた鴨緑江以北の軍事施設を空爆し、敵の補給を断つために中国の海岸を封鎖することの許可を求め、さらに台湾の国府軍を使わせてほしいとの要求を再三再四行った。だが国防長官のマーシャル、国務長官のアチソン、それにトルーマンはこれを握つぶしてしまった。おかげでわれわれは陣地戦で行き詰まり、消耗多くして実りの少ない戦争を継続する破目に陥った。

トルーマンは、中国内の聖域どころか鴨緑江にかかる橋を空爆することさえ許可しようとはしなかった。中国軍が鴨緑江を渡ってきたとき、マッカーサーは河に架かる六つの橋を空軍で破壊するように命じたが、彼の命令はたちどころに飛んできたワシントンからの電報で撤回されてしまった。

鴨緑江の橋はいまも相変わらず架かっている。その橋桁には、共産軍を増強して国連軍を撃破しようと、何十万という兵士たちの足音がとどろきわたり、何百万トンという補給物資と弾薬が車輪の音を響かせたのである。

痛恨やるかたないマッカーサーは、こう述懐していた。

「私は自分の将兵の生命を守り、部隊の安全をはかるために、自分の持つ全戦力を使わんとしたが、それを禁じられたということに初めて気がついた。私には、これは朝鮮に、将来、悲劇的な事態が起こる前兆としか思えない。私はこのことに、いいようのないショックを感じている」

仁川での勝利の瞬間、北朝鮮の全面的敗北は目に見えていた。それなのに、どうして中国は十月の終わりまで、つまり六週間も待機していたのだろうか?その理由は簡単だ。彼らは鴨緑江に架かる橋や河畔の基地が爆撃されるのではないかと心配していたのだ。そうなれば介入は失敗に終わるかもしれなかったのである。

ところが鴨緑江の橋が聖域であり続ける――との情報が中国側に流れたに違いない。中国軍はこうした保証のもとに進撃した。これ以上の保証はありえない。

マッカーサーは「鴨緑江に架かる橋を空爆することについて、敵の輸送作戦を妨害することを計画しているが、そうすれば共産軍の進撃は鈍るだろう」とくり返し述べた。だが、元帥はワシントンからの命令で空爆を全面的に禁止されてしまい、米六個師団が圧倒的兵力の敵の猛反撃にさらされることになったのである。こんなことが、なにやら曖味な外交かけ引きのうえでの、あらかじめ計算された犠牲だったのだろうか? この責任は誰が取るべきなのか?

しかもトルーマンはマッカーサーを解任し、彼を野心家呼ばわりし、口汚なく罵ったのである。

GHQ知られざる諜報戦―新版・ウィロビー回顧録』 P320-323

いやいやいや、本当にありえない。

川があります。

対岸に中共軍がいます。

橋があります。

マッカーサー:「橋爆破していいですよね?」
トルーマン:「あかんあかん!」
マッカーサー:「・・・はいっ!?」

こんな感じでしょうか。中共軍が橋渡って大量に朝鮮半島に侵攻してこようとしているわけです。普通、橋くらい破壊するでしょう。

何せ敵が橋を渡ってきたら、こっちが殺されるわけですから。

トルーマン、アチソン、マーシャル、この辺の人たちはものすごく容共的な人たちです。周辺には共産スパイがうようよいました。当然、その人達から色んな情報をインプットされていたでしょう。

予想するに、マッカーサーは戦争狂だとか、第三次世界大戦が起きるとか、色々言われていたことでしょう。

地政学上、川というのは海や山脈と並んでパワーを分断する効果が高いです。

鴨緑江や豆満江など上流に行けば歩いて渡れますが、上流は山岳、森林、極寒地帯です。少数でゲリラをするならともかく、大軍を通過させるにはかなり厳しい地形です。

つまり、橋を落としておけば、その後、ローラーのように半島が破壊されつくすようなことは起きず、分断されることもなく、川沿いの国境線が確定されていたでしょう。

この時のアメリカ政府はかなりありえない外交をしています。

「中国は十月の終わりまで、つまり六週間も待機していた」
「鴨緑江の橋が聖域であり続ける――との情報が中国側に流れたに違いない」

当然、政府中枢にまで浸透していた共産スパイから中国側に情報が流れたのでしょう。

「橋が攻撃されることない」と。

その結果、安心して中共軍は半島に侵攻し、その後アコーディオンのように国土が蹂躙され、深い傷跡を残すことになりました。

韓半島の南北分断という悲劇は、トルーマンやその周辺に浸透していた共産スパイの存在も考慮した歴史の再評価をしなければいけないでしょう。

正直言って、ロウソク片手にマッカーサー像の撤去活動に邁進している韓国のまったく進歩しない自称進歩派は頭がおかしいとしか思えません。

北朝鮮としては、そういう点に気づいてほしくないでしょうから、徹底的に李承晩を貶め、それと関連するようにマッカーサーも貶めているのでしょう。

己の悪逆非道を人のせいにする手腕は、本当に天才的です。

よく東西ドイツの統一の事例を上げて、南北統一について語る人が多いですが、東西ドイツの事例はまったく参考にならないと思います。

それよりも米ソ冷戦を勝利に導いた、ロナルド・レーガンを参考にする方が良いと思います。戦争を起こさず、平和的にソ連の体制変更を成し遂げたわけですから、そちらの方がよほど参考になるでしょう。

ロナルド・レーガンの偉大なところは、朝鮮戦争の評価が的確な点です。

過去六十年の歴史の中で、連邦予算が均衡を保持できたのは飛び飛びに八年間しかないが、そのうち四年間はトルーマンの時代だった。今振り返ってみて、彼と私は政府に関する多くの問題について波長が合っていたように思うし、もし彼がもっと長生きできたとしたら、私同様、共和党陣営に移ったかもしれないと想像している。

私の考えでは、ハリー・トルーマンが真の偉大さに到達できなかったのは、ダグラス・マッカーサー元帥を完全に支持し、朝鮮戦争に勝つ、という決断を下さなかったためだった。

私もマッカーサーと同様、国家としてわれわれが兵士たちを海外へ送り、敵の標的になるという目に遭わせるのなら、われわれは彼らを投入した戦争に勝てるよう、可能なあらゆることをする道徳的責任を持っていると考えていた。マッカーサーの言った予言的な言葉が私には忘れられない。

「もしわれわれが朝鮮でのこの戦争に勝たなければ、われわれはもう一つの戦争を、今度はベトナムと呼ばれる場所で戦わなければならなくなるだろう」と彼は言ったのだ。それまで私はベトナムのことなど聞いたことがなかった。仏領インドシナという場所を知っていたぐらいだった。何と彼の見方は的確だったことか。

わがアメリカンドリーム―レーガン回想録』 P174

さすがはレーガン大統領。朝鮮戦争の本質を見抜いています。

この戦争は、全体主義との戦いです。

マッカーサーと李承晩が朝鮮戦争に勝利し、鴨緑江と豆満江で国境が確定していれば、毛沢東の大躍進の時に大量の「脱中者」が出ていたことでしょう。

そうすれば、共産主義のありえない危険性がもっと早く世界に知れ渡り、社会主義幻想を打ち砕いていたと思います。

毛沢東の大躍進のありえなさは、『毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災 1958-1962』を読めば良く分かります。

これを読んで泣かない奴は、人間じゃないと思います。

それくらい残虐なことが中国で巻き起こっていました。『北朝鮮 絶望収容所 (ワニ文庫)』に優るとも劣らない内容です。飢餓で人間を追い詰め、親兄弟、隣人同士を争わせる手法など、本当に戦慄させられます。

金日成はこの毛沢東のやり方を学び、連座制と人間を家畜化する拷問収容所の恐怖政治を北朝鮮で完成させたんだということが良く分かる良書です。

話しが長くなので、毛沢東の大虐殺はまた別の機会に書きます。

まぁとにかく、韓国での李承晩や朴正煕の貶め方は異常だ、ということです。

どう考えても北朝鮮の執拗な工作が功を奏しているでしょう。それに日本の進歩的知識人が結託しているわけです。当然、朝鮮学校卒業生たちもそれに加担しています。

この人たちの多大な貢献によって、北朝鮮の収容所や、そこで殺された在日一世や、朝鮮学校の先輩の末路がまったく広まらない原因だと言えます。

このような状態では、いつまでたっても北朝鮮から連座制と収容所の恐怖はなくなりません。収容所の実態を広めるためには、それをひたっっっすら邪魔する、日韓の従北さんたちを排除していくことが大事だと思います。

「李承晩は逃げた!」⇒「さっさと逃げるべき、あんた馬鹿?」

こう言われてそりゃそうだと思わない人は、北の手先で確定でしょう。従北偽装保守を自ら証明しているようなものだと思います。もしくは本当に頭が悪いか、そのどちらかでしょう。

 

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「「李承晩は逃げた」というありえない歴史認識」への4件のフィードバック

  1. そのギリギリで逃げる時、漢江の橋を同胞もろとも吹っ飛ばしたの書いてませんね
    そして、爆破を指揮した士官に罪を被せて死刑に
    これと比較すると、確かに金日成は小物に見えます

    1. すみません。返信したと思ったらできてませんでした。

      >そのギリギリで逃げる時、漢江の橋を同胞もろとも吹っ飛ばしたの書いてませんね

      単純に善悪を判断できる問題ではないでしょう。
      爆破して同胞もろとも吹っ飛ばしたことを強調しますが、じゃあ爆破しなかったらどうなるんですか?という当然の疑問を抱くべきだと思います。急に侵攻されて逃げ遅れる人も大量にいる中で、どこかで橋を爆破しなくてはいけないわけです。

      「今から爆破しますから渡らないでください」と言って残された人が納得して大人しく引き下がるわけはありませんから、非情になって橋を爆破するしかありません。爆破しなければ追撃されてもっと多くの死者が出ます。それを責めても仕方ないでしょう。

      >そして、爆破を指揮した士官に罪を被せて死刑に

      詳しい内容を知らないのでなんとも言えないですね。罪をかぶせてといいますが爆破タイミングは現場の士官です。ギリギリまで逃げるのを待たずに爆破したなら死刑になるのも仕方ないかもしれません。罪を被せてというのは微妙ですよね。橋の爆破命令は必須です。それを実行する過程で過ちがあったかどうかが問題です。
      まぁ橋の爆破で死んだ韓国人の怒りをなだめるために犠牲にされたという気はしますが、例えばそれで「反乱」の発生が抑えられたとしたら政治判断としては正解と言えるでしょう。人道的にはアウトですが戦時のことを平時の常識で判断はできないと思います。

  2. 逃げたのですよ
    李承晩は人生で6回逃げているから逃げ上手。
    せオウル号沈没時の船長と同じ。先ず我が身。
    女房フランチェスカは阿呆で賤しいオーストリア人下種。
    兎も角李承晩は典型的な朝鮮人思考の愚か者だった。
    李承晩は国民より自分だけが可愛かった最低の動物。
    人ではない

    1. ただの海難事故のセウォル号沈没と朝鮮戦争が同じなわけないですよね?
      比喩にならない例えを持ち出すのはやめた方がよろしいかと思います。

      6回が何のことなのか知りませんが、北が南侵してきたときに政治家が逃げるのは当然ですよ。
      ただの老人が前線に張り付いいていてどうするんですか?
      大統領の仕事は死ぬ気で交渉して米軍を連れてくることです。
      彼は大統領の仕事を果たしています。
      逃げたとかどうこう言うより、その点を評価すべきでしょう。

      それに逃げたといっても5時間前ですよ。ギリギリまで粘ってます。
      もし人民軍に捕まってたら市中引き回しで韓国の面子丸つぶれでしょう。
      政治家のトップはさっさと撤退して、死ぬ気で米軍連れてくる外交交渉をすべきです。

      「あいつは逃げた~!」なんて愚かな発想です。じじいが前線いても邪魔なだけですから。
      「政治家はとっとと逃げて外交しろ!」が常識的思考能力を備えた大人の発想です。

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