琉球処分は植民地支配だという虚構

明治政府と琉球王府の裁判権についての駆け引き

明治政府はすべての裁判を明治政府がやると通達したが、琉球王府の池城親方らは、他府県人と琉球の人間が絡んだ事件は明治政府の出張所で裁いてもいいが、琉球の人間同士の事件ならば琉球藩庁に裁判権を与えるように要求した。

琉球王府は琉球藩の独立性を維持したかった。そのためには琉球の民だけは琉球王府の支配下に置きたかった。琉球王府は琉球藩が本土他府県とは違うことを強調し、琉球藩の独自性を政府に訴え、藩内人民と他府県人がからむ事件については、刑事民事を問わず内務省出張所で裁くのもやむをえないとしても、琉球人に関する事件は、刑事民事共に藩庁に裁判権を与えてもらいたいと要請した。

それは琉球のためというより琉球王府の政治権力を維持し、琉球の民を琉球王府が支配するシステムを維持させるのが目的であった。

琉球王府は日本軍の沖縄駐留も阻止しようとした。しかし、中央集権国家を目指している明治政府が琉球王府の要求を聞き入れることはなかった。

明治政府は琉球王府の要求のほとんどを受け入れないで、琉球処分を強行し、琉球王府の権力をすべて奪った。

明治政府の強引なやり方に対して琉球処分を批判する人が多いが、琉球王国時代の社会と廃藩置県後の社会を比較して琉球処分を評価するべきである。

琉球処分は、琉球藩の政治実権を握っている琉球王府にとっては嫌なことであっただろうが、士族に搾取されて貧しい生活を強いられていた農民にとっては歓迎すべきものであった。

琉球処分を否定的に評価するということは琉球王国の独裁政治を認めることになる。

民主主義思想からみれば身分制度を廃して四民平等の政治改革をやった明治政府の琉球処分は大いに評価できる。

沖縄に内なる民主主義はあるか』P22-23

琉球王府からの裁判権のはく奪をどう評価するか?

左派はきっと大和人が治外法権の特権を得るためだと強弁し、それが米軍軍属の裁判権の不平等と同じだと言いそうです。

今の日米裁判権の不平等はともかく、琉球処分のときの裁判権はく奪は違います。

琉球支配層から琉球人を弾圧する権限ははく奪しただけ。

兵権のはく奪も、弾圧する装置を取り上げただけ。

琉球処分は「士族に搾取されて貧しい生活を強いられていた農民にとっては歓迎すべきもの」だということです。

身分制度はなくなり、義務教育がいきわたり、努力すれば出世できるようになった。何が嫌なのか分からない。

日韓併合も一緒。李朝の特権階級から特権を取り上げ、経済が発展し、人権状況は劇的に改善。

が、それを認めたくないからその原因である李朝時代の悪政を隠蔽したり、美化する。そうしないと併合時代を貶めることができませんから。

だからと言って日本に感謝すべきだなんて思っていません。その方が経済が発展して富国強兵にプラスになるというだけ。

それが当時の時代の流れだったのでしょう。逆らったところで滅ぶだけ。それが李氏朝鮮と琉球王国です。

それにしても韓国の左派民族主義者と琉球民族主義者の反発する理由が似ていて面白いですね。

「琉球民族主義者は、琉球王国が農民を搾取して虐げていた独裁国家であったことを琉球民族主義者は軽視している」

「朝鮮民族主義者は、李氏朝鮮が農民を搾取して虐げていた独裁国家であったことを朝鮮民族主義者は軽視している」

単語を入れ替えるだけでどちらにも通用します。

こういうことを言うと沖縄蔑視・沖縄差別・沖縄ヘイトだと批判される。困ったものです。

歴史は歴史、今現在の問題は問題と分けて考えた方がいい。

昔のことを今に当てはめて考えようとしても事実認識を歪めるだけでしょう。

安田浩一氏の『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』のような本は百害あって”一利くらいある”かな~という程度。嘘と感情論のオンパレードでしたが、沖縄の左翼活動家の考え方を知るには良い本かもしれません。それが”一利くらいある”理由です。あと右翼側のロクデナシっぷりを知るのにも良い本かもしれません。

本来、お互いが自省的になるのがベストなんですが、人間そんなにご立派じゃないですからね。

個人的に、左右両方の本を読んで、相手を非難する根拠を参考にするのが良いかなと思えます。

人間、自分の非を認めもしないし改めもしないものですが、他人の非をあげつらう分には結構正しいことを言うものですから。