『金日成のパレード』 崔洋一と梁泰昊の論争

2014年の『金日成のパレード』の放映にあたりサイトで、崔洋一監督と梁泰昊(ヤン・テホ)氏とのやり取りが紹介されています。

<崔洋一×梁泰昊 論争>

これぞ北朝鮮と朝鮮総連が長年かけて継続してきた、あくなき歴史洗脳プレセスによって作り上げた、典型的な在日知識人の思考回路だな~とため息が出たので紹介しておきます。

 

 

崔 20年前っていうのは、まさに矢沢永吉と金日成は同居できたんですよ。でも、一週間ぐら い前に引っ越ししてさ、見事に捨てたね、いわゆるマルエンから何から全部捨てたね。

彼が永遠なる スターリニストか、永遠なる抗日パルチザンなのか、と。

で、抗日パルチザンという響きはやっぱりとっても気持ちのいいものがあるんですよ。それは単純に 斎藤を嫌いになるっていう意味の無知な反日ではなくてね。そこにはずっとやり続けることのスタイ ルの美しさみたいなのはあるんですよ。

 エイトビートは不滅です、みたいな。だから矢沢永吉とどっ かで同居してたんだな。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P1

「抗日パルチザンロマン」という感じでしょうか?

これなんですが、もはや在日の民族病と言える領域に来ています。

在日総合誌の『抗路』なんてネーミングにそれがあらわれていますから。

抵抗抵抗って、北の独裁体制打破のために安全な場所にいる人たちが同胞のために外から援護射撃しなくてどうするんですか?と言いたくなります。

『抗路』で書かれていることなんて、朝鮮学校擁護のオンパレードですから。

北で殺された在日同胞を踏みにじる「魂の殺人」と言える公演を黙認している時点で、抵抗どころから盲従でしょうに。『従路』と雑誌名を変えた方がいいのでは?と嫌味を言いたくなります。

斉藤 最近こっちに伝わってきている、例えばポーランドの映画『金日成のパレード 東欧の見た “赤い王朝”』なんかね、軸で入ってくる北のイメージってのがあるじゃない。

崔 『金日成のパレード』っていうのは、そのうち書くつもりだけど、ぜったい許さないよ。と くにあれを入れた連中を許さないね。俺の感情をまったく逆撫でしてくれたって感じで。

斉藤 ある種の、からかいっていうことだよね。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P1

この辺の感覚が信じがたい。

要は、朝鮮人蔑視だ!差別だ!!けしからん!!という理屈です。

あの全体主義体制下で苦しんでいる人のことなどどうでもいいんでしょう。

自分がからかわれた!!という怒りでしかこの映画を解釈できないようです。

崔 あそこから感じる意図っていうのは、明らかに白人種の、イエローのワンマン独裁国家に対 する意図明白なシニカルというか、からかいだよな。それを分かってて入れてるなんてズルイよ。

斉藤 確信犯。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P2

これです、これ。

なんでも差別です。白人による黄色人種蔑視だ!という印象操作ですね。

どう考えても同じように全体主義体制下で苦しんでいたポーランドが、同じような苦しみを味わっている人々のために、少しでも実態を知らせようと映画化したと思えますけどね。

ちょっとでも北が非難されると朝鮮人差別だの、人種差別だのと己の被害者意識と結びつけてしまう思考回路がもはや病気と言えるレベルです。

まぁある面、仕方ないと言えば仕方ないでしょうけどね。北朝鮮のおかげで盛大に振り回されてきたわけですから、直視したくないのも分からんでもないです。

お次は、梁泰昊氏の反論。

ところで「金日成のパレード 東欧の見た“赤い王朝”」という映画が大いにうけている。東京・大阪とも劇場の観客動員レコードを塗り替え、さらに更新中である。

この映画のことを崔氏が<あんなのを今(日本に)入れる意味は何だっていうのさ>と発言しているのには笑ってしまった。

(中略)

この映画について崔氏は<あそこから感じる意図って明らかに白人種の、イエローのワンマン独裁国家に対する意図明白なシニカルというか、からかいだ>という。

もし仮にそうだとしたなら、日本の観客は崔氏が“感じる”(感じている)そんな映画を歓迎しているということになるが、その事態 をどう受けとめるのか。

「白人種」対「イエロー」などという一面的な対比でごまかすのではなく、もう一度ポーランドで作 られた記録映画だということを思い起こすべきだろう。

自ら「ナチス」や「社会主義」という全体主義に苦しんだ経験があるからこそ、それがどこであれ全体主義を悲しみ、冷静にみつめなければなら ないということを。

人類に共通する課題であり、今の、日本や、いわゆる先進諸国の一部にもないと はいえない現象ではないか。

崔氏はこれが<笑える映画>だということがお気に召さないらしい。しかし<笑って終わりにできる 映画ではない>ということには気が付かないのだろうか。

崔氏は<そのうち書くつもり>とのことだ が、願わくば理論として分かるようにぜひとも書いてもらいたいものである。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P4

至極当然の指摘です。

笑える映画だと思える時点で、崔洋一監督の感性はおかしい。

パレードをやっている横では強制収容所で塗炭の苦しみを味あわされている人がいたわけです。

パレードの派手な衣装は、その収容所の囚人をわずかなトウモロコシ飯で、朝から晩まで奴隷労働に従事させてつくられたものです。

そういう側面を知っていれば、この派手なパレードの裏にどれだけの人間の生き血が絞られているのか?と戦慄すべきでしょう。

もちろん1991年の最初の放映ではまだまだ収容所の実態が知られていなかったのかもしれませんが、少なくとも『凍土の共和国 : 北朝鮮幻滅紀行 [新装版]』のような本があり、公開銃殺で沈黙を強要させられている帰国同胞のことは明らかだったわけです。

そういう人たちの存在が少しでも知られるようになることより、自分の感情を逆なでされた方が重要だという信じがたい自己中心的な発想と言えます。

この梁泰昊氏に対する崔洋一監督の監督の反論はこれ。

梁泰昊よ、言うまでもないことではあるが俺の「許さない」の当たり前は、『金日成のパレード』 を入れた君および、君たちの意図に対する批判なのだ。

君は『金日成のパレード』が東京や大阪で劇 場の観客動員レコードを塗り替え、さらに更新中と、数(客の量と質の問題は一切触れぬまま)を他 のみにふんぞり返り、「考えねばならないことは〔今、何故それがうけているのかであろう〕」などと夜郎自大の御託である。

いいかい、梁泰昊よ、この『金日成のパレード』がこの国でどんな反応をもちえ、どんな効果が 波及するのかはちょっと気がきいた右や左の政治主義者やプロの運動屋、そして、「チョーセン」の安売り屋たちだったらただちに読み込めることだよ。

梁泰昊よ、こんなことぐらいは君だってわかっている筈だ。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P5

「君たちの意図に対する批判」と思想警察のような発言に驚きます。

客の質に言及しておりますが、崔洋一監督の考えでは、こういう映画を見に来るのは、政治やプロ運動や、「チョーセン」を連呼するレイシスのようですね。

完全な決めつけです。

まぁそういう輩も一定数いるでしょうが、少しでもそういう連中が喜ぶことは許せないのでしょう。

また、この映画を持ち込んだ人たちは、そういう連中を喜ばせようとしていると、決めつけれる感性がありえない。

しばき隊界隈で、「差別主義者を喜ばせる」「運動が分断される」という理由で、暴力事件を隠蔽する構図と一緒です。

ソ帝(我ながら古い)がつぶれ知らんぷりの中国があり、どうやらまとまるカンボ ジアがあり、カリブの頑固親父のカストロが妥協を始め、明らかに湾岸の戦争を経てアメリカの一局化が世界をのしている今現在、社会主義国家を標榜し、まともに(?)残る国家は「朝鮮民主主義人民共和国」だけだ。

こんなに気軽に叩けて遊べる対象は近ごろのこの国の民族的狭量の圧倒的な部分を、「世界の潮流」である「正義のような反共」として相対化させ満足させるのに充分に余り有るシチュエーションである。

したがって、おかど違いの客は来るのである。

湾岸を軸とするメデ ィア戦争に慣れきっているこの国の多数派にとってのエンターテイメントな刺激はテレビの中の戦争の正義であり、よく分からないが何となく怖い「朝鮮民主主義人民共和国」であり、タンコブをぶら下げているデブの「独裁者金日成」であり、その息子「金正日」なのだ。

ようするに身近に来 ない現実は不幸であればある程に気をそそる楽しさがあるという極めて分かりやすいリアリズムなのだ。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P5-6

日本の「民族的狭量」を満足させるそうです。まぁそういうやつはいるでしょう。

さらに言えば北送在日の存在をキレイに忘れ去り、北朝鮮の強制収容所問題よりも慰安婦問題や、関東大震災の朝鮮人殺戮や、在日差別撲滅の方が大事だと思っている人も、民族的狭量と言えるでしょうね。

そう指摘した場合の言い訳は、「国連に任せるべき」「政府の仕事」「韓国の仕事」という責任転嫁です。

指紋押捺運動や、反ヘイトスピーチで情熱的な市民デモ闘争を繰り広げることと比べてえらい違いです。

国連や日本政府、地方自治体にこれでもかと働きかけをするのに、北の収容所問題や、北送された在日同胞がどう殺されたかには沈黙し続けてますから。

最悪なのは朝鮮学校の子供にやらせているソルマジ公演に沈黙していることですね。

これも「差別主義者を喜ばせる」という理由で沈黙するのでしょう。

そもそもおたくらが非難している嫌韓&在日嫌いのネトウヨという差別主義者たちが、ソルマジ公演を盛大に拡散していないことに疑問を抱かないのでしょうか?

嫌韓なんて北朝鮮がぶっちぎりNO.1ですからね。

朝鮮学校のソルマジ公演には沈黙して、ひたすら韓国叩きをしている匿名のSNSアカウントなんて従北工作員と思ってほぼ間違いないでしょうに。

在特会ですら、ちょろっと触れるくらいですから。笑ってしまう。

そして、この『金日成のパレード』は「客観、客観」と現実の北朝鮮を画で重ねる程に白々しい 「真実」の相貌を見せてくれる。

「神の為政者金日成」と愚鈍な「朝鮮民主主義人民共和国の民」が織りなすオカルティックな「国家」の創造とでも呼べばいいのだろうが、君と君たちの『金日成のパ レード』が客に強要する「朝鮮民主主義人民共和国」に対するイメージの喚起は、その「モンタージ ュ」において一気に勘違いへと雪崩こむ。

「国家」とは何か「人間」とは何かと、この『金日成のパ レード』が俺に真摯に問うものならば、繰り返し編集されていく「客観」が、否定されるべき「真実」へと化けていく『金日成のパレード』の方法こそが本質的に否定されるべき「政治」そのものであるのだ、と断言しておく。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P7

独裁者金日成とそれに従う愚鈍な朝鮮人民というイメージが喚起されるからダメらしいです。そういう懸念はあるでしょうけど、どう考えてもそれが映画を放映してはいけない理由にはならないでしょう。

まるで『クロッシング』を封殺しようとした李鳳宇氏のようですね。

やれやれです。

梁氏のこの崔洋一監督への反論ですが、一部だけ印象的な部分を紹介しておきます。全文は興味があれば『http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』を読んでみてください。

 

再現すれば君は、「あそこから感じる意図というのは、明らかに白人種のイエローのワンマン独裁国家に対する意図明白なシニカルというか、かいらいだ」と言う。

よしんば君がそういう匂いを感じたとしても、その源は朝鮮民主主義人民共和国にあるのであって、あえてそれを引き受けることが、 「あるべき姿」なのだ。

感覚的な拒否におぼれず、身の内から生まれたものを胸に受け止めて歩むこ とこそが、自らを慈しむ方途であろう。

ましてやポーランドがかかえもつ現実の中でよく言えたものである。

少なくともポーランドには分割された戦前と、領土変更を余儀なくされた戦後があることを知っておれば、同じような歴史的な痛 みを持つものとして親近感をもちこそすれ、人種的な対抗意識を燃やすなど信じられないことだ。

の映画でポーランドが「朝鮮民主主義人民共和国」を笑ったと考えるのは余りに短絡に過ぎる。かれらは自分たちの体験し歩んだ「越し方」を笑ったに過ぎない。

http://nkparade.com/images/pdf/controversy_2.pdf』 P10

これですよ。本当におっしゃる通り。

ポーランドなんてヒトラーに蹂躙され、その次はスターリンに蹂躙され、やっと自由を勝ち取ったわけです。同じような辛さを味わっているのに、白人のイエロー蔑視だとすり替えれる感性が信じがたい。

とにかく差別差別と自分たちはひたっっっすら被害者だと、北の北による北のための「在日の歴史」で情緒形成されているから、その「神話」が少しでも揺らぐようなことがあると過剰に反応してしまうのでしょう。カルト信者と一緒です。

その辺は帰国事業に真正面から向き合おうとしない姜尚中氏と同じですね。

戦後最も在日を弾圧してきたのは、北朝鮮と朝鮮総連ですから。

在日差別というなら、その魔の手から保護しなかったことがそれこそ最悪な差別と言えます。

そんなこと知ったこっちゃないという意見の人には、それを放置したせいで日本人に被害が及んでいることをどう思うのか?と言いたいところです。

そもそも北朝鮮の工作員など、20,30年前まで日本国内を自分の国のように好き勝手出入りしてました。

金日成が韓徳銖に「明日来い」と言ったら、夕方には金日成の前に登場できるレベルです。

もちろん密航ですよ。

やりたい放題ですわ。

本当に拉致被害者を取り返したいなら、北朝鮮の工作の歴史と、隠蔽された在日の歴史を調べ尽くさなければいけないはずなのに、そんな保守は少ないですよね~。

本気で拉致被害者を奪還する気があるのかと疑ってしまう。

やってることは皇室マンセーと中韓の工作に気をつけろ!という言論ばかり。誰にとって都合の良い言論を展開しているのか分からないのでしょうか?この人たちは。

ネットなんざ従北偽装保守の独壇場です。

まぁそれに影響を受けてしまうのは仕方ないと言えば仕方ないでしょう。

だとしても、そろそろ何十年もコツコツコツコツ、日韓断交という北朝鮮の第一級戦略目標達成のために従北さんたちが情報工作していることに気づいて、ちゃんと対抗言論もしていかないとダメだろうと思います。

これは日韓双方に言えることですね。

いい加減、金正恩の手のひらで盛大に踊っていることを恥じと思ってほしいものです。

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