朝鮮学校と北朝鮮の収容所、問題の構図は同じ

朝鮮学校と北朝鮮の収容所、問題の構図は同じです。残虐さが同じだと言っているのではなく、問題の仕組みが同じだということです。

「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の機関誌である『光射せ!創刊号』で、長年収容所の廃絶のために取り組んでおられる、小川晴久先生がこのように書いています。

 広大な政治犯収容所(強制収容所)の存在、飢餓、脱北者の受難という三つの巨大な人権侵害領域と状況がありながら、北朝鮮の体制(金正日の体制)は崩壊しない。(中略)その理由は三つある。

 一つはソ連や東欧の社会の社会主義とちがう北朝鮮の極度の閉鎖性と、本人だけでなく家族ぐるみの生命を手玉にとる稠密な全体主義抑圧体制、

 二つめは中国や韓国、日本の左翼や人権派の支援である。

 三つめは、最近の六カ国協議の動向で、北に核放棄させるため北の体制を保障しようという方向に進んでいる要因である。

 第一の要因はハンナ・アレントによって解明された全体主義体制の分析で十分であるが、それにアジア的な要素(連座制や忠誠性)を加味した、より残忍さを増したものとして把えることができる。一言でいえば地獄のような山の中の強制収容所に、本人だけでなく血のつながりのある家族ぐるみを送り、生命をとる恐怖のため、内部の力だけでは崩せない、体制である。
 外部の力がなければ崩せない体制であるのに、外部の力が、崩すのではなく、その体制を崩れないように援助しているのが、第二の要因である。世界史の中で一番醜悪な非人間的抑圧体制を支えているのが、中国、韓国、日本の左翼であるのが特徴である(とくに韓国と日本では人権派が加わっている)。史上で最悪な北朝鮮の人権抑圧体制は一刻も早く崩れなければいけないのに、それを支えているのは左翼や人権派であるという悲劇。そして左翼や人権派は北朝鮮の人権抑圧体制に目を開こうとしない現実。

 そして第三の最近の六力国協議による北の体制維持の動き。

『光射せ!創刊号(2007年12月)』 P53-54

朝鮮学校問題が解決しない構図もまさに同じです。

 

  1. 朝鮮総連系在日社会の閉鎖性。北の親族を人質にした脅迫。総連系列で仕事をしている場合、逆らえば解雇されるという恐怖。こういった手段で言うことを聞かせる全体主義体制。
  2. 韓国や日本の左派による朝鮮学校擁護。国連や国際人権機関もこれに同調し、政治家や政府、地方自治体の一部でも朝鮮学校を支援し、現在の教育体制を維持することに加担。
  3. ヤクザまがいの右翼が学校を襲撃し、結果的に左派にモラルサポートを与え、現在の教育体制を維持することに加担。保守は、拉致被害者さえ帰してくれれば、朝鮮学校や北朝鮮の収容所問題を黙認しかねない。

 

北朝鮮の政治犯収容所の問題が解決しない理由を、朝鮮学校問題が解決しない理由に置き換えれば上記のようになるでしょう。

大事なのは、「外部の力がなければ崩せない体制」という点です。

北に親族や友人知人がいる人たちに、朝鮮学校改革のために立ち上がれ!と要求するのは酷なことだと思います。自分の子どもに銃を突き付けている誘拐犯に、「あなたの子どもでしょう!さぁ犯人と戦いなさい!!」とけしかけるようなものです。

そういうことを主張する人には、「あなたは鬼ですか?」と言いたくなります。

いまだに「子供を巻き込むのは、、、」とか、「洗脳教育というが、どこでも似たようなことをやってるじゃないか、、、」などと言って問題の本質から目を背ける人が多すぎます。

こういう人たちのやっかいなところは、善意でそう言っている点でしょう。

本当に善意があるなら、抑圧されている内部の人たちのために、適切な外部の力を加えて、抑圧体制を打破することに力を注がなければおかしいはずです。

朝鮮学校と北朝鮮の収容所は、問題の構図は同じです。

しかし、難易度は圧倒的に朝鮮学校の方が低いはずです。

  • 「内部の力だけでは崩せない体制」
  • 「外部の力がないと崩せない体制」
  • 「なのに外部の力が体制維持に使われている」

問題が解決しない原因は同じです。

難易度の低い問題を解決することもできないのに、難易度の高い北朝鮮の収容所問題を解決できるはずがありません。

「北朝鮮の政治体制が崩壊しなければ朝鮮学校は変われない」など妄言中の妄言です。論理が逆でしょう。

朝鮮学校の体制を変えることができないのに、
北朝鮮の政治体制を変えられるわけがない。

私はそう思います。いまだに朝鮮学校問題に腰がひけている人たちは、このことを肝に銘じてもらいたいです。

逆に言えば、北朝鮮の収容所問題には熱心なのに、朝鮮学校の問題に何も言わない人の善意は偽物だと思います。結局は「体制維持」のために使われている外部の力の一部だとしか思えません。

北朝鮮の収容所で殺される人々には同情するのに、毎年平壌に強制連行されて下記の公演をやらされている子供に同情し、激怒しない人には人権を語る資格はないと思います。

 

 

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