『北朝鮮 絶望収容所』悲しき姉弟相姦

北朝鮮の恐怖支配の核である強制収容所。

数ある脱北者の証言の中でも「完全統制区」と言われる政治犯収容所の証言内容は、群を抜いて残虐です。

その内容がよく分かるのが、この本です。

人間をとことん追い詰めると近親相姦さえあたり前になってしまう、愕然となる内容を紹介します。

九三年四月、保衛員の家族用石炭を集中的に搬出しろとの指示を受けて炭鉱地区に車を乗り入れたのだが、石炭が足りず時間待ちをしていたことがあった。車を停めて事務室に入ってみると、崔順愛ら二人の確認員が人員の出入りと石炭の出庫量を確認していた。

(中略)

話が一段落したときトイレに行きたくなり、私は外へ出た。

ここには保衛員用のトイレがないので、近くの政治犯用の共同便所に行かねばならない。匂いがきつくドアもないその共同便所は、事務室から三百メートルほど離れた山中にあった。

早く行ってすませようと便所まで来てみると、女子用のほうから、
「早くして、早く」

という声が聞こえてきた。

なんだろう、と変に思って声のするほうに行ってみると、ドアもないその狭いトイレの中で、三十五歳くらいの女性と二十歳ほどの男性が、互いにズボンだけを下ろしてセックスに励んでいる最中だった。

破れた服からはみ出た体は骨と皮だけに痩せ細っているのに、しかも我慢ができないほどの臭気の中で、二人は何かにとり憑かれたように交接していた。私がそばに近寄っても気づかない。

荒々しく腰を動かし続ける二人の姿は、まるで犬の交尾そのもののように思えた。政治犯たちの性行為は禁止されているため、人目を忍んで、そそくさと交わるはかなかったのだが。

二人を叱りつけるのも気恥ずかしく、とりあえず私は木の陰に身を隠すことにした。

やがて用がすんだのか、男のほうが先に出てきて辺りを見回して誰もいないことを確かめると、「うん、うん」と女に合図を送って、1坑寮のほうに行ってしまった。食事の時間を利用して、我慢に我慢を重ねていた性欲を満たし合ったのだろう。二人とも清々とした表情をしていた。

食べることも着ることも満足にできない苛酷な場所で働かされていても、旺盛な性欲があることに私は驚き、本能のしぶとさに感心もした。

事務室に戻ると崔順愛か電話を受けていた。採掘が少し遅れ、まだ一時間ぐらいかかるということだ。椅子に腰かけ、ゆっくりと煙草を取り出して吸っていると、なぜかあの情事の場面が思い出され、笑えてしまった。

(中略)

彼女があまり熱心に訊くので、見てきたことをありのまま話すと、
彼女もまた、

「そんなところで、まあ……」

と笑い出す始末。妙なもので、崔順愛が笑い出すと、逆に私か笑えなくなってしまった。もしかすると、彼女もあの女と同じことをしているのではないか……。そんな疑いの気持ちが頭をもたげてきたのだ。多分、彼女の清純さを願う気持ちと嫉妬とが私の頭の中で交錯していたのだろう。そのころの私は、彼女のすべてを知っておきたくなっていた。

「お前もそんな関係の彼がいるのか?」

唐突な質問に、順愛は笑うのをやめて私のほうを見た。

「いいえ」

と答えた彼女の顔つきが、何かを隠そうとしている気配を感じさせた。

「でも、もしそんな気分になったら、お前たちはどうするんだ?」
返事はなかった。ただ恥ずかしいのか、あるいは私か警備隊員だから話せないのか、そのどちらかだろう。

「秘密は必ず守るから、心配せずに話してみろ」

警備隊疑の叱責口調にならないよう、できるだけ優しく切り出してみた。崔順愛はそんな私に安心感を抱いたのか、ぽつりぽつりと自分たちの実態を語りはしめた。

「私たち政治犯は、先生様たちがいらっしやいますからそんなことはできません……でも夜や、特に春になると我慢できなくなるときがあります」
「そんなとき、どうするんだ」
「はい、あるときは木を抱きしめて我慢することもあります」
「そんなことしても、何の足しにもならないだろう」
「……先生様を信じて正直に話しますが、私たちは情報員に見つからないよう、身近な者どうしで満たし合うことがよくあります」
「身近な者どうし?」
「はい、休憩時間や食事時間のとき、夜には妹と兄とが、あるいは姉と弟とが、睦みあうこともあるのです」
「えっ、姉弟でか?」
「ええ、母と息子の場合だってあります」
「いったい、どうしたことなんだ」
「以前、私の家の近くに住んでいた四十五歳ぐらいの母親が、二十二歳の息子と関係を持ったことが警備隊先生様にばれたことがあります。その場で担当の先生様に呼ばれ、息子だけ処罰労働をするために炭坑に連れていかれました」

思い出した。八九年、13号収容所でそんなことが何回かあった。東浦地区22番に住んでいた母親と息子が、母子相姦の関係を政治犯の情報員に密告されてしまったのだ。

母親と息子を摘発すると、保衛貝たちはその制裁処置に困惑して母親はそのままに、息子だけを炭鉱送りという形で処分したのである。

「しかし、血のつながった者どうしで、どうしてそんなことができるんだ?」
「それは……やはりそうなってしまうんです」

話している彼女の口ぶりで、彼女自身も経験しているような気がしてきた。

「お前もそうだろう!」

私は思わず声を荒げてしまった。そうあってほしくない、という気持ちが高じてしまったのだ。

「違います」

崔順愛は即座に否定したが、その視線が私から逃げている。

「正直に話してみろ。秘密は守るから。お前たちのそんな生活が心配だから訊いているんだ」

崔順愛は口ごもり、顔が次第に赤くなっていった。そして観念したように、

「私も弟と何回かしたことがあります」

と恥じ入るようにつぶやくのだった。

「熙由とか?」
「ええ、最初はためらったのですが、いまでは……」
「どうしてそんなことになってしまったんだ?」
「そんなにせかされて尋ねられても……私……困ってしまいます」
下を向きながら、絶え入るような声で答えた。

「いいから、心配しなくていいから、話してみろ」

私か何回も尋ねるので、彼女は意を決したのか、やがて自分自身に言い聞かせるように話しはしめた。

「二十二歳のときでした。寝床についても、変な考えばかりが湧いてきて眠れません。すると隣で寝ていた熙由が寝言を言いながら自分の足を私のお腹の上に乗せてきたのです。明りもなく真っ暗でした。男の物はどんなものかと思い、そっと触れてみたのです。
さわっているうちに、熙由が弟というより一人の男性に思えてきました。熙由も目が覚めたようで、さわり続けている彼の物が硬くなると同時に、私の上に乗ってきたのです。そのときはあらがったのですが、火照った体が彼を迎え入れてしまいました。それが最初でした。その日から私と弟はそういう関係になってしまったのです」
「母親は知らないのか?」
「そのうち母も知るようになりました。……それは私か妊娠したときです」
「妊娠したのか? それでどうしたんだ?」
「何か変だと思ったんでしょう、何回も母が私に尋ねるので、妊娠したことと、その相手が熙由だと打ち明けると、母は呆然となって私たちを叱る言葉も出てきませんでした。
そしておろおろしながら、〝堕ろさなければ〟とつぶやいたのです。
私も〝中絶しないといけない〟と思いました。下水に溜まった泥を飲んでみたり、木の枝で腹を何回か突いてみたり、熙由に私のお腹を蹴ってくれと頼んだりしましたが、どれもみんな無駄でした。そのうち、私の中の母性が目覚めたのでしょうか、お腹の子を殺すのが惜しくなってきたのです。そんなときでした。母がツツジの根からつくった薬を持ってきて、これを飲んでみろ、と勧めたのは」
「その薬を飲んだのか?」
「はい、母に〝堕ろしてくれ、どうかこの薬を飲んでくれ〟と泣いて説得され、やっと決心がついたのです。でも、それを飲んだらほんとうに死にかけました。それはもう、お腹の中を火掻き棒でかきまわされるように痛み、大変な苦しみです。そのうち毒が体全体に回って、私は気絶してしまいました。、そのあと肝炎にかかり、嘔吐と下痢を繰り返しました。しかし、それでやっと中絶できたのです」
「それで……それから熙由とはしてないのか?」
「一年ほどはしませんでしたが、やはり体の火照りはどうしようもありません。それは熙由も同じでした。ただ、それからは熙由も妊娠には気を遣い、果てる前にその物を抜いて、男の精を足のあいだに出すことにしています」
「母親は知っているのか?」
「知ってはいますが、知らないふりをしてくれています」
「妊娠でもしたら、どういうことになるか知っているのか?」
「知っています。でもどうしようもないんです」
「気をつけろ。でないと命にか、かわるぞ」
「わかっています。先生様、この秘密は必ず守ってくださいね」
「わかってる。心配するな」

不思議なことに崔順愛を非難する気持ちにはなれなかった。あまりにも衝撃的だったので、感情というものが麻痺してしまったのかもしれない。いや、彼女の行為が異常であると言うよりも、彼女が強いられている環境そのものが異常なのだ。

人倫という概念さえも届かない場所に置かれた彼女の身の上と、禁を犯してまでその身をいつくしんだ自分自身を見つめ直したとき、私には、彼女のすべてを否定するか肯定するか、二つに一つしかなかった。

北朝鮮 絶望収容所 (ワニ文庫)』 P348-356

ここまで人間を追い詰めるのが北朝鮮の政治犯収容所です。

姉弟で近親相姦をし、妊娠し、母が泣いて堕胎をお願いする。

本当に愕然とさせられます。

その地獄を作り出したのが金日成と金正日です。

(※http://www.wowkorea.jp/news/korea/2015/0401/10141959.html

毎年何度もこの銅像の前に子供を連れて行って頭を下げさせ、教育援助金を送ってくださりありがとうございますと感謝させているのが朝鮮学校です。

そんな教育やってりゃそりゃ生徒も減ります。

本当に立派な朝鮮人としてもアイデンティティと民族意識を持たせたいなら『北朝鮮 絶望収容所 (ワニ文庫)』の読書感想文を書かせて、安全な日本にいる自分たちはどうやって外から働きかけて朝鮮同胞を解放するかを考えさせるべきでしょう。

帰国事業で北送された在日一世、二世がこの収容所にぶち込まれ、絶望の中で死んでいったのに、そういうことはまったく教えずに、北の暴君に教育援助金を送ってくれてありがとうございますと感謝する。

これほど子供の心を深く傷つける教育はお目にかかったことがない。

この世の地獄と言える強制収容所を国家として運営しているのが北朝鮮です。

その横で、加害者を褒め称える公演を何も知らない子供にやらせる。

朝鮮学校は、いい加減この歪んだ教育を捨て去るべきでしょう。本当に民族教育をやる気があるのであれば。

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