資料:『祖国の懐に抱かれて 在日朝鮮人の帰国実現三十周年』 世界史に輝ける一ページ 新潟県在日朝鮮人帰国協力会会長 小林力三

朝鮮総連が帰国事業30周年を記念して発行した冊子『祖国の懐に抱かれて 在日朝鮮人の帰国実現三十周年』、新潟県在日朝鮮人帰国協力会会長 小林力三氏の寄稿。

 

世界史に輝ける一ページ

新潟県在日朝鮮人帰国協力会会長 小林力三

一九五九年に在日朝鮮公民の帰国事業が開始され満三〇年になりました。三〇年前の当時、日本経済はようやく高度成長が始まった頃で、まだ不安定の状態が続いており在日朝鮮公民の方々もいろいろ苦労されている頃であります。

その際に朝鮮民主主義人民共和国金日成主席閣下の、在日朝鮮公民の方々が祖国へ帰ることを歓迎するという表明があって、公民の方々は欣喜雀躍して帰国されることになりました。

それに呼応して新潟県は北村新潟県知事、渡辺新潟市長が率先して新潟港を帰還港とされるようにとの申し出があり、そして日朝両赤十字の合意により世界赤十字も中に入れて、一九五九年新潟港より清津港への帰国事業が開始され、一二月一四日に第一船クリリオン号及びトボルスク号に万雷の如き万歳の声に送られて公民の方々は希望に満ちて祖国に帰られたのであります。

その際、一部の妨害行為があったり、その後いろいろの紆余曲折がありましたが、わが新潟県・市民は政党政派を問わず超党派的な運動で、この人道的事業に協力して一回の事故もなく完遂できたことは、新潟県・市民の大きな誇りとするところであります。

このことは、一九〇五年以来日本国家が朝鮮民族の皆さんにたいしておかした過(あやま)ちの償いでもありますが、終戦後の日本人にみなぎった人道主義の勝利でもあります。

三〇年間に約一〇万人の方々が世界注視の中を平和的に堂々と帰られたことは、民族の大移動とも言われて世界史に輝ける一ページを飾ったと言えましょう。

帰国された方々は、早速祖国の建設に参加されて、また共和国は金日成主席のご指導のもとに飛躍的に発展しており、大慶のいたりに思います。

ところで、現在東アジアにおいて環日本海圈の発展の問題が論議されていますが、地政学的に見るに共和国とわが新潟県は日本海の各南北の中央に向かい合って位置し、それぞれ日本海圈の中核となる運命にあります。

そして、この環日本海圈の諸国の友好協調がこれからのアジア、いな世界の平和的発展の大原動力になることは疑いを入れません。

かかる情勢下、この九月初めに新潟県・市の代表者約一〇〇名が帰国事業三〇周年を祝賀のため共和国を訪問して大歓迎をいただいたことは、日朝両国の友好を深め両国の絆をいっそう大きくさせました。世界の平和的発展に大いに貢献するものとしてともに喜びにたえぬところです。

日朝友好親善万歳。

善意で罪もない人を地獄に突き落としたことをまったく反省していない。

1989年ですから、自分が送った人たちがその後どうなったのか気にかけていれば、こんな無邪気な文章は書けないはず。

帰国事業を「人道主義の勝利」と無邪気に絶賛するとは、、、。本当にありえない。

こういう日本人が大半だったのが60年代~70年代の進歩的知識人の実態でしょう。反省して180度方向展開してくれれば良いのですが、なぜかそうはならない。

困ったもんです。