資料:『朝鮮総聯の自主解散と新しい在日同胞組織の結成を目指して!』

おそらく朝鮮総連改革志向会の前身となったと思われる、総連内の改革派が書いた文書を全文公開しておきます。

朝鮮戦争をアメリカの罠だと認識していたり、朴正煕大統領が知識人を弾圧していたと書いているのを見るといかにも北朝鮮史観だな~と思わされますが、それ以外のことはしごくごもっともです。

やはり帰国事業で在日同胞を、地獄に突き落とした原罪から逃げず立ち向かっている人はまともですね。「一挙手一投足が民族への裏切り行為」と揶揄される許宗萬とは違います。

以下本文。


朝鮮総聯の自主解散と新しい在日同胞組織の結成を目指して!

在日本朝鮮人総聯合会中央本部常任委員会有志一同

親愛なる同胞のみなさん!
総聯活動家のみなさん!

同胞と共に歩んだ半世紀以上の歴史を持つ総聯、その総聯が、今や民族と在日同胞に反逆、背信する「無用の組織」へと凋落してしまいました。

総聯中央の許宗萬責任副議長と、それに盲従する一部幹部の公金横領、腐敗、堕落の醜態は止まるところがありません。

先日、新聞、テレビ等で報道された総聯中央・裵真求(ペ・ジング)事務総局長の、新宿・神楽町の高級バーでの店長殴打事件は、その最たるものです。これが総聯上級幹部の「大衆観点」であり、人権に対する観点なんでしょうか?

彼らには、薄給に耐えて働いている専任活動家たちや同胞のことなど眼中にありません。

繰り返される彼らの悪行を見ても、ただ首を振る程度の反応で過ごしてきた専任活動家たちも、怒り心頭に達し、「引きずり出して自己批判させよ!」と、総聯中央に迫りました。先日中央は彼を罷免したといいます。

総聯組織の現状を直視しなくてはなりません。総聯中央の傘下団体も軒並み会長一人だけの事務所に縮小され人の出入りも絶え、半数以上の地方組織は看板だけで機能せず、支部組織は専任のいない支部の方が多い状態です。

高級学校を有する茨城県では、昨年も今春も新入生皆無。全学生数は数年前から1万名を切っています。年間数千万の教育賛助金を出していた熟誠商工人たちが連携し、関西にコリア国際学校の建設が進行している事実等は、総連中央執行部が頭をかかえる大問題であります。

深刻な財政難。専任活動家や教員の給与遅配。各級集会には同胞が集まらず、一説によると朝鮮籍の同胞は3万台という深刻な現実をどう理解すればいいのでしょうか!

民心は天心といいますが、同胞から見放されて久しい総聯組織の弱体ぶりは、当然の帰結であります。

にも拘らず、総聯は「6ヶ月運動」を総括し、5月末には第21回全体大会を開催します。

すでに心ある人々が、「許宗萬現執行部」の退陣を要求し、組織の改革・正常化を訴え、そして行動に移しています。

「これ以上我慢できない。自らの総意を結集させ在日を生きていこう」という共感帯が拡大しております。これまた当然の動向であり歴史の必然であります。

私たち有志一同は、自らの総括自己批判にもとずき、総連の解散と真実の同胞組織出帆の時が到来したものと考え、ここに決起することにしました。

同胞のみなさん!

1945年8月、アジアの諸民族に耐え難い苦難と横暴の限りをつくしてきた日本帝国主義は打倒され、我が祖国・朝鮮も36年間の植民地支配から解放されました。

植民地下の朝鮮人民は、耳はふさがれ、口は閉ざされ、名前まで奪われるという過酷な圧制の中で、3・1独立運動、光州学生運動、普天堡戦闘等々の果敢なたたかいを繰り広げました。

解放の日、全国土が民衆の歓喜と万歳のルツボとなった厳然たる事実は、我が民族が如何に解放・独立を渇望していたかを如実に物語っております。

祖国は解放を迎えることは出来ましたが、大国の思惑と干渉のため38度線に分断され、南北それぞれが自己中心の権力争いから、相互不信と憎悪、その結果、あってはならない民族相食む戦争までも体験することになりました。

そして、60年という歳月が過ぎ去りました。私達がこの時点に立って過去の歴史から教訓をひき出し、かつまた、冷静に事態を見つめるとき、現在の祖国南北と在日にに何が残っておりましょうか!

私たちは何を得、何を残すことが出来たか静かに振り返って見たいと思います。

解放後、南半部・韓国では民衆の血みどろの努力と奮闘により。世界第11位規模の「経済大国」を打ち建て、世界で注目される国となりました。同じ民族の構成員として、私たちは南半部同胞の尊いたたかいと成果に対し。深甚なる敬意を表するものです。

現在、「南」では12月に実施される大統領選挙についての論議が沸騰しており、韓国の幼い民主主義が定着するのか、さもなくば親北左翼政権が存続するのかという重要な分岐点にあります。

その中で、一つ注目すべきことは、朴正煕大統領をどう評価するかの問題であります。

国民の多くは「功績大なり」と評価していると言われています。もちろん。「漢江の奇跡」と言われる韓国経済の飛躍的な発展と近代化を推進させたことは事実であり、農村の改革や緑化政策等も高く評価されるものです。

しかし、その反面、大きな犠牲が伴ったことも事実でした。無実の罪で死刑になった人々、ひどい拷問で障害者になった人々とその家族、長期の獄中生活で人生を犠牲にした人々など、言論、出版、集会の自由が圧殺させられ。知識人にとっでは暗黒の時代でした。

朴正煕元大統領夫妻ともども銃殺されるという悲運な死が、国民の同情をひき功績評価にプラスを与えたことも否定できません。しかし、人々に「では、あの政治をもう一度求めますか?」と問えば、多くの人々は即座に「二度とごめんだ」と答えることでしょう。

「功績は評価。しかしあんな政治はごめん」だという朴大統領の時代とは、少なくない知識人にとっては悪夢この時代でした。

しかし、一般庶民にとっては確かに生活は向上し、高速道路が象徴する近代化の恩恵はありがたいものでした。その近代化の裏側に、人権を無視した暗黒の深い背景があることを、庶民的感覚で本能的に察知感得しているのではないかと思います。

人命は地球より重いという言葉がありますが、政治を司る者にとっては、この言葉の意味を重<考えるべきではないでしょうか。

これからの韓国は、激動する世界の中でいろいろな課題と障壁に突き当たり、ある時は前面突破、ある時は立ち止まり深思熟考、そして前進しなくてはならないことでしょう。ですから全国民のゆるぎない結束が、韓国の成長・発展の力強い原動力となり、来るべき祖国統一へとうまく連携していくことを心から願いたいものです。

親愛なる同胞のみなさん!

「北」の政権が、この60余年間に何を残すことが出来たのか検討して見たいと思います。

痛恨の念極まり筆が進みません。

何故なら、解放後一貫して「金日成主義・主体主義」なるものを信奉し、この道こそが民族の繁栄と統一、在日同胞の幸せを約束するものと信じ、愛する肉親までも躊躇することなく「北」へ送り、「忠誠心」の化身となって活動して来た先輩活動家たちに与えられた結末が、いまここに現存する残酷な現実であります。

心ある先輩諸兄の悶え苦悩する反省と懺悔の声が聞こえるのです。その心情を共有する、私たちの悔し涙と自責の思いが筆を引き止めるのです。

でも、立ち止まれません。私たちは、冷静に真実に則して分析・総括し、今後の行動を通じて、その罪過を拭わなければならないからです。

素直にありのままの北半部を語るとき、そこには稼働をやめた廃墟同然の工場群、「主体農法」なるものによる国土の荒廃、数百万にのぼる餓死者と栄養失調者、ナチの強制収容所にまさる政治犯収容所での虐殺、「主体思想版ロボット」へと人間改造された2千300万同胞。200万の軍隊と大量虐殺兵器と核爆弾の実験を強行している「先軍政治」の実体。これはもう一つの国の姿ではありません。人間獄であり、悪魔の国、サタンの支配する社会であります。

このすべての原因は、解放後一貫して北半部をハッタリと大言壮語で統治してきた、金日成主席と金正日国防委員長の誤った政策の結果であることは明白な事実であります。

金日成主席の失政は、第一に、「民族の独立と祖国統一」との名分を前面に押し出し、人民軍を大挙南下させた無謀な朝鮮戦争を惹き起し、300万の同胞を惨殺、国土を廃墟と化した大罪であります。

朝鮮戦争はアメリカの謀略的な「罠」にはまり、金日成主席が「民族解放、統一独立」の妄想にかられ、アメリカの「意図」が読めず軽率な決断で開戦したところにあります。これは、その後の歴史家の研究・分析で明らかになっております。

当時、韓国の李承晩は親日派追及事業を中止させ、親日派官吏と警察官を一階級も二階級も進級させ強権政策を強行しました。それが民衆の大反発を招き全土で暴動が頻発、軍隊までが反乱を起こすという事態を招きました。当時の日本の新聞に、「李承晩大統領亡命か?」という記事がー面を飾るほどで、李政権は風前の灯でありました。

アメリカのアチソン国務長官は、韓国のあまりの混乱ぶりを見て、「アメリカのアジアにおける防衛線から韓国を除外する」との声明を出しました。これで、金日成主席は南下してもアメリカ軍は出て来ないだろうと判断したのでした。

しかし、アメリカはアジア防衛線からの撤退どころか、戦争が始まるとたちまち国連軍の名で戦争に介入しました。同時に再軍備をしぶっていた当時の吉田内閣に日本の再軍備を強行させ、不景気のドン底にあった日本を「朝鮮特需」で景気づけました。

アメリカは、金日成主席が侵略戦争の準備を大々的にしていて、何時南下するかということもよく知っていて待っていたのです。日本のあるジャーナリストが著わした「朝鮮戦争」と言う本には、「本当に朝鮮戦争を挑発したのは誰なのか!」とアメリカを指弾している程です。

このように金日成主席は、アメリカの「仕組まれた罠」にはまってしまいましたが、だからといって今の「北」の窮状のすべての原因、核爆弾「保有」の原因等を「アメリカに全責任あり」と決め付ける「北」の言い分が通るものではありません。

周知のように、戦争は中国の参戦、その後の膠着状態を経て休戦となりました。そして、「北」は共産圏諸国から莫大な復興援助資金と物資を受け、暫くの間、経済が安定する様相を見せ、「千里馬の時代」を迎えたのでした。1962年金日成主席は、その信念の辞で「遠からずわが国は、白米のご飯に肉入りスープを食べ絹の服で装い、御殿のような瓦屋根の家で暮らせるようになるでしょう」と述べたものです。

方や、1962年当時の韓国は、戦争による壊滅的な被害のため絶望的な混乱状態のさ中にありました。当時の生産実績を比べて見ると「北」が俄然優位。たとえば、石炭生産で2倍、製鉄の16倍、電気7.7倍、肥料は10倍、セメントの4.3倍と言う有様でした。

しかし、その後のいわゆる社会主義計画経済の原理的矛盾と主体農法なる農業政策の失敗、社会主義ソ運崩壊後の徹底した「鎖国政策」と先軍敢治は、遂に「北」の民衆に一日―食運動を強要する結果を招来させました。

第二の失政は、1972年のアメリカ・ニクソン大統領の訪中によって醸しだされた情勢の変化を過小評価し、その時点で政策転換、すなわち「開放改革」へと踏み切るチャンスを逃し、その後の貴重な30年間を無駄にしてしまったことです。

90年代中頃の、300万民衆の餓死を、ただ自然災害のなすところだと信じる人はいません。これは間違いなく金正日委員長の失政がもたらした人災でありました。人民が飢え死に凍え死んでいるにも拘わらず、自らの延命のための「先軍政治」に明け暮れた「将軍さま」の失政であります。経済の活性化と人民生活の向上はかえり見ることなく、厖大な予算を軍事予算に投入した責任であります。

第三の大きな失政は、超独裁的な自らの体制を維持せんがため「主体思想」なるもので人々をコントロールし、人民の自由で独創的な発想と人間としての尊厳と人権が蹂躙され、その結果、国の政治・経済・文化的発展を妨げたことです。

ここで多くを語る必要もありません。北半部が如何に貧しい国かということは、アメリカの金融機関雑誌「トウーインターイテリナショナル」によると、世界119ヵ国のうち「北朝鮮」は117位にランクされる貧乏国だということです。

それにも拘わらず、国家予算に占める軍事予算で、「北」は世界一であります。

そしてもうーつ、生きんがために脱北した数十万にのぼる脱北者の現状。「北」に帰した子供や肉親に、身を削るおもいで貯えた日本円を懐にして、北を訪問してくる在日同胞のため息がすべてを物語っています。

第四に、最も根幹的かつ重要な失政は、個人崇拝と唯一指導体系の確立といわれる「後継者問題」であります。

レーニンも、「個人崇拝は古き時代の、最も嫌悪すべき遺物である」と言っています。「朝鮮民主主義人民共和国」という国名に恥じる「個人崇拝」は世界中の人々からの格好の物笑いの一つとなっています。

「絶世の英雄」「人類の太陽」等々の歯の浮くような賛辞が乱発されていますが、これらの賛辞、尊称を聞いていると、「北」がどんなに素晴らしい国なのかと錯覚しそうです。

それが、アメリカ帝国主義から国を守るため人々を統制する必要からのものだとしても、行き過ぎた個人崇拝の強要は人民を「一人独裁」のロボットと化し、軍事独裁へと暴走する「21世紀の専制奴隷国家」をつくり出す結果を招きました。

その間、「北」で粛清されていった人々の怨恨の声が、私たちの胸を痛打してやみません。

特に「朝鮮戦争」失敗の全責任を朴憲永副首相に押し付けた凄まじい血の粛清は、金日成主席が日帝時代と解放直後にあげた一定の業績までおも否定するものではありませんが、これらの粛清が正当化される理由はどこにもありません。

それは、「金日成王朝」形成への道程以外の何ものでもなかったのです。

また、後継者問題も個人崇拝と同様に「王朝政治」への道程でありました。「北」では、「金日成主席の遺志を継ぐ最も正しい選定(解決)であった」と強調していますが、古代・中世社会ならいざ知れず、世襲の馬鹿さかげんは語る言葉すらありません。

後継者の出現を賛美し、金日成主席が息子に捧げたと言う「献詩」なるものは愚の骨頂であります。ですから、総聯の活動家や多くの同胞が「親父までは仕方ないが、息子までとは納得できん」と、総聯からの組織離れが加速したのも当然の成り行きでした。ともあれ後継者問題の「解決」は、継続革命を約束する「偉大なる成果」であったはずですが、さにあらずでした。

上で述べたように、金日成主席と金正日委員長の、人の道に反した傲慢、我執、狂暴、無謀な施策の結果が、北半部の今日の醜態と瓦解をもたらした全ての原因であります。

総聯傘下の各級専任活動家のみなさん!
総連から離れ良心に従ってたたかっている同志のみなさん!

私たちは、遅ればせながらも、良心に恥ずることのない結論と行動の指針を見出すことができました。

主体思想は、いたって当然なことを説いています。それは人間中心の思想であり、人間は自主的、創造的な存在である。そして歴史の主体を人民大衆であると説いています。

すると、これは他でもなく人間の尊厳を尊重する人権思想に繋がり、自由な思考と自由な行動なくしては自主性も創造性も発揮されないものだということになります。ゆえに「主体思想」はこの限りにあっては、なんら誤った思想だとは言えないものと考えます。確かに歴史の原動力は人民大衆だといい、革命は前衛党が指導すべきとの理論までは許せるかもしれません。しかし、「金日成思想」は、その前衛党を指導する誤謬なき唯一の存在者を首領だとする乱暴極まりない理論を打ち出し、「北」を一人独裁の家父長的軍事独裁国へと「改造」したのです。

私たちが覚醒し結論を見出すことの出来た原則とは、一言で表現するならば、歪められた「主体思想」でない本来の主体思想に則って、自らの価値観を確立し実践するということです。南北祖国の民衆と在日同胞の立場に立って考え行動すること。再び同胞を裏切ることな<、真実の同胞組織の結成に向けて活動することです。

今、南北祖国の情勢は重大な転換期にあります。

「北」の先軍政治は、ついにミサイルと核兵器を所有しました。

私たち有志一同は、定期的な学習会を重ねていますが、「北」の核問題、そして6・15宣言と連邦制の問題では、見解が分かれしばしば激論を交し合いました。やや迫力に欠ける展開ではありますが、核問題に対する私たちの見方を述べることとします。

現在、核を保有する諸大国が、核問題解決へ人類的課題の道程を確立しているとはいえません。この問題の解決には残された問題が多いのも事実です。だといって、「北」の核所有が正当化される理由もありません。「北」は「抑止力としての核」だと強調していますが、朝鮮半島の非核化は南北が合意して久しく、東北アジアの平和と安定にとっての重要問題であり、何よりも人類共通の願いと志向に逆行する犯罪行為であります。

「北」の核は、壊滅的な経済と軍事力からの活路を見いだす手段であり、今や絶望に陥っている軍や人民を力づけ結束させる手段、政権延命の唯一の手段であります。ですから、金正日政権にとっては、天が崩れ落ちても核を手放すことは出来ないのです。

朝鮮半島の非核化のための6者会談が、今や「北朝鮮延命支援のための会談」・一大茶番劇の場となり果て、今後も延々と〝綱引き〟が続くこと間違いありません。

所詮、「2・13の合意」は、泥棒に追い銭なのです。

問題の本質を見誤るべきではありません。「北」の核問題の解決は、国際的な圧力、すなわち金融制裁等の圧力を強化することであり、大部分軍事費にしか充当されない経済援助を中止することであります。

最も重要な問題は、政治犯収容所の解体要求等、人権問題の解決を協力果敢に要求することであり、金正日政権を排除し民主化を実現してこそ解決するのです。何故なら、金正日政権イコール原子兵器だからです。

人権問題の解決とともに、核問題の解決は「北」の民主化と直結する問題でもあります。何故なら核は「北」の現政権にとって必要なものであって、「北」の人民にとって必要なものではないからです。

人権が蹂りんされ人民を犠牲にし作り出された核は、人権と自由、民主化の力で打ち勝つ以外、他の方法はありません。

翻って、「北」による日本人拉致の問題を考えるとき、他国民への拉致はあってはならない人権蹂りんであり、主権侵害の犯罪行為であります。

総聯の一部に、日帝が犯した「強制連行」等の所業と相殺すべきとの議論があるようですが、日本人拉致は如何なる弁明、正当化も許されないことは明白なことです。「北」は拉致問題を誠意を持って対処すべきです。

在日同胞の運動も一大転機を迎えるべき時点にあります。しかるに、この度の総聯第21回全体大会に「期待」できることがあるでしようか。残念ながら答えはノーです。「行き着くところまで亅とは今の総聯をさす言葉でしよう。金正日政権への追随と、許宗萬責任副議長や一部の悪質幹部の「忠誠合戦」が展開され、「北」の代弁と在日同飽への収奪は一層深まるであろうことは疑う余地すらありません。

同飽のみなさん!

ところで我が在日同胞は.この日本をどう生きてきたのでしようか。そして、今後の
在日をどう生きて行けばいいのでしようか?

周知のように、1945年の在日同胞数は115万5000人でありました。その翌年には64万7000人であり、その後6~7O万人前後を推移してきました。6O余年、私たちはいわれなき民族的差別と基本的人権の抑圧の中にあっても、屈することなく艱難辛苦を乗り越えて生きてきました。

解放当初私たちは、祖国をもつことの出来る喜びの中で在日における自らのよりどころとして、1945年10月、朝鮮人連盟を結成しました。結成時の宣言は「我々は総力を尽くして新朝鮮建設に努力し、…日本国民との友誼関係を深め、在留同胞の生活安定、帰国同胞の便宜を企図せんとするものなり」と唱えました。これは朝連を独立国民としての誇りを持つべく啓蒙団体、自治組織として発足させたことを意味し、政治的思想的色彩は帯びていないものでした。

しかしその後、一部の在日共産主義者たちが、朝連を日本共産党の指導下に置き日本の革命に従属せんがため、朝連内の民族主義者や親日派を追放していきました。この朝連から追放された人々を中心に1946年1月、居留民団が結成されました

在日朝鮮人が、祖国の歴史的客観情勢を背景にし、自由主義と社会主義へ分裂、そして対峙したことは、ある意味必然的な帰結でありました。

日帝に民族の自負心を奪われ、奴隷のようなドン底生活に喘いだ在日の一世や二世たちが、疾風のように押し寄せてきた社会主義思想―「あらゆる社会の格差、搾取をなくし、自由と平等を保障する健康で幸福な社会の到来。唯物弁証法に依拠する世界観。唯物史観が説く資本主義から社会主義への移行の必然性」―と言う「理論」が私たちをとりこにして行きました。

なんと私たちが最も惹きつけられ崇拝したのが、金日成将軍の雄姿と「作られた神話」でした。そしていつも憤激させられるのが故郷韓国の政情でした。韓国の時の政権の腐敗、民主化を願う民衆への容赦なき弾圧と社会的混乱の実情は、私たちを益々「北」への傾斜を増幅させたものでした。

解放後の在日同胞は、独立国家の海外国民としての尊厳と権利はまさに絵に描いた餅でした。日本政府の私たちに対する政策は、一貫して管理し、排除すると言うものでした。どれだけ多くの同胞が悔しさのあまり地団駄を踏み、時には涙し天を仰いだことでしょう。

自らをただすとき、1950年代、私たちの運動方針が先鋭化し、人々の支持を集めることが出来なかった事実から眼をそらすものではありません。しかし、日本の反動的政権の前時代的な差別と非人道的な政策に反し、日本国民が投げかけてくれた変わらない愛情と理解がせめてもの慰みであり励みでした。

そこで、私たちの絆のあかしであり、精神的支柱が民族教育に向けての結束と推進だったと思います。

解放後の在日同胞運動史の中で私たちがもっとも大切にしてきた事業は、民族幹部を養成するための教育事業でした。そして、民団、総聯を問わず日本各地に学校を建設し、民族教育を施してきたことは誇るに値するものです。その最盛期には150余校、4万人の生徒・学生が机をならべ多くの卒業生を輩出していきました。

しかし、民族教育が歩んだ道のりは決して平坦なものではありませんでした。先ず、日本政府が民族教育の権利を保障しなかったことであり、学校運営も困難なものでした。

特に、総聯の学校教育にあって、1970年代からの金日成主席と金正日委員長に対する神格化と絶対化の「進行」とともに、「首領さま」と「将軍さま」にたいする「忠誠心教育」がもたらした誤りは深刻なものがありました。

その結果、同胞の支持と信頼は急速に低下し、生徒数は1万名を切り校舎は次々と廃統合されております。こともあろうに同胞が三度のメシを二度に減らして募金し建設された校舎と土地を、総聯中央の一部悪質幹部たちが、金正日委員長に秘密献金するために売り払ったり、一部幹部が横領するという裏切り行為がまかり通っています。

このように朝鮮総聯中央が犯した過失と責任を直視しつつも、在日同胞が民族教育に傾けた熱意と成果を過小評価してはなりません。何故ならば、民族教育が無かったら現在の在日の様相はどのようになっていたか、それは想像にあまりあるからです。同化現象は進み2004年現在の帰化した人の数は28万6000人で、その家族まで入れると60万人以上になると言われています。

在日同胞は、高いハードルを乗り越え経済活動にも大きな力を傾注してきました。

異国の地にあっても、相互扶助の民族的美風を発揮し、民団、総聯あわせて60余の信用組合が設立され、同胞企業家の経済活動に大きく寄与してきました。その後のバブル崩壊などの動きと、特に総聯系信用組合の「北」への送金問題等の詐欺的運営の結果、その衰退ぶりは目にあまるものがあり同胞への背信行為は許されるものではありません。

「組織離れ」は今に始まったことではなく、数10年前からの韓国への「朝鮮籍同胞の墓参訪問団」の進行と、近年の金正日政権の横暴と総聯の眼に余るばかりの追随以後、組織を見切る幹部や同胞が続出しています。現在、在日同胞(特別永住者)44万7000人中、朝鮮籍同胞は4万以下だと言われ、「主体力量」は推してはかれるものです。

このような実体をいちばんよく知っているのは、総聯の最高幹部たちです。しかし、彼らは十年一日の如く歯の浮くような「将軍さま賛美」と嘘の報告をピョンヤンに上げているのです。

よくご存知のことで今さらとも言えますが、「北」が数年前、許宗萬責任副議長の娘を「こちらで面倒をみるから帰しなさい」と「命令」を出しました。しかし彼は、色んな口実をつけて娘を帰えしませんでした。これが「日本で筆頭の忠誠幹部」の「なさけない」、そして、偽りのない正体です。

この「事件」は多くの本質を語っているといえます。彼は、幹部や同胞に「将軍さまへの忠誠」を強要し、自らは裏で舌を出す虚偽で固められた人間であり、詐欺ハッタリ屋であります。

自らも「将軍さま」と「北」の暗部を知りつくし、帰国などするわけもありません。こんな人が責任者である総聯を虚構団体だと言っても、決して言い過ぎではないでしょう。

親愛なる同胞のみなさん!

ここで民団について眺めることが、在日を総括的に評価する重要課題のーつだと思います。

解放後の在日の民族運動の中で、民団はどのような役割を果たして来たのでしょうか。
朝鮮人連盟の結成時、そこから締め出された多くの民族主義者や親日派の人たち、共産主義者に反発して朝連に組しなかった知識分子たち、その中には天皇に対するテロで囚われていた朴烈もいました。朴烈を中心にして1946年、朝鮮人居留民団が結成されました。

総聯の対立組織としての民団は、結成当初からアメリカ占領軍と日本当局の支援を受けて伸張して来ました。しかし、この50余年、民団は韓国の政情にも振り回され、重なる困難と試練の道程を歩まなくてはなりませんでした。

民団の民族教育に対する見方と実践は、消極的なものでした。朝連―総聯傘下の同胞よりも富裕層の同胞が総体的に多かったにもかかわらず、民団傘下の民族学校は少なく学生数もはるかに及びませんでした。

一貫した運動にはなりえなかったといえども、民団は祖国の民主化運動を支持、支援し、自由民主主義を守護してきました。在日同胞の北への「帰還」反対運動を展開したばかりか、脱北同胞支援センターを設置し人権運動をも展開しています。

民団は、総聯同胞、人士の韓国への「墓参団訪問」を推進し、総聯同胞に発展した「南」の現状を見学・体験させ、「虚偽の忠誠」に惑わされていた多くの同胞に希望を与えてきました。

また、在日同胞の「地方参政権獲得」運動、「指紋押捺反対」運動等、民族権利擁護の運動においても着実な前進を勝ちとってきました。

次に、在日同胞と日本人民との関係について、考えてみたいと思います。

在日同胞が、日本に定住するであろうことは、総聯、民団の両団体も明確にしています。すると私たちは、この地日本での多文化共生の道を歩まなければなりません。すなわち、日本社会・日本人とのよりよい関係を築く「共生」ですから、それは民族の違いを認め合い日本人とともに生きると言うことです。

解放直後、私たちが喜びに溢れていた時期、日本は史上始めての敗戦を経験しただ茫然と立ちすくんでいました。その中で、日本の良心的な知識人や勤労者・農民が連携し、日本の民主化を求めて声をあげ始めました。その上、当時の在日同胞の処遇に同情し、連帯の手を差し伸べ応援してくれた日本人がいた事実。そして、その後半世紀以上にわたり、私たちの民族的諸権利擁護の運動と祖国の民主化・自主統一の促進を支持、支援してくれた多くの日本の友人を忘れてはならないと思います。

近代日本は、日清、日露の両戦争と、その後の朝鮮侵略をとおして朝鮮を隷属させました。そして、「大東亜共栄圈形成」の妄想から太平洋戦争を惹き起し敗北しました。

第二次世界大戦以降、アメリカの援助と干渉等によって天皇制は維持され、根強い保守基盤に依拠した、いわゆる戦後の保守体制は崩れることなく続いて来ました。

日本は朝鮮特需やベトナム戦争で大きな「恩恵」を受け、ついに世界第2の経済大国にのし上がりました。

思うに、日本は如何なる局面にあっても、国民の根本的な意識と自由・民主主義の体制は覆がされることなく、日本民族としての連帯感を継承してきたといえます。このたくましい復興振りと経済的発展には驚愕するばかりです。

私たちの願いは、日本人が、本来の良さである「やさしさ」「いさぎよさ」、そして、芳しい文化と固有の伝統をはぐくみ、やさしい隣人愛を引き続き発揮してほしいと思うのです。私たちはわだかまりを拭い去り、隣人としての理解と信頼を深め、共生していくことを願つてやみません。

親愛なる在日同胞のみなさん!
総聯の各級活動家のみなさん!

なぜ私たちが、総聯の自主解散と新しい在日の組織結成を決意するようになったのかについて述べてみたいと思います。

私たちの運動は果たしてこれで良いのでしょうか?私たちは重要な局面を迎える度に「原点に戻ろう」と誓い合ったものです。しかし、この事態が原点、初心に戻ったと言えるでしょうか。

何時まで過去の面子にこだわり、硬直、後退を続けようというのでしょうか?

総聯が朝鮮労働党の手足となり、同胞の生命と人権、財産を虫けらのように利用し重ねてきた数々の罪悪。赤化統一を目的とした「南」への破壊・工作員の浸透。同胞の財産収奪。学校や会館を処分しての莫大な献金、「北」への同胞帰還事業等、反民族的、反同胞的な犯罪は、厳しく指弾されてしかりです。

人道と人権保障を高らかに叫んできた総聯が、帰国者の政治犯収容所送り等の人権侵害に対して沈黙していることは許されません。

また、帰国者には三年後の日本往来も約束する、それが金日成主席の人道主義だと「誇らしげ」に約束しました。事実はどうでしたか?

故・韓徳銖議長の娘は、しゃあしゃあと日本へやってきて贅沢三昧する。9万5000余名の帰国者を涼しい顔で「北」に差し出し、全ての自由と人権を蹂躙しておきながら、自分の娘は親に逢いに来させる。こんな欺瞞と詐欺がまかり通っていいでしょうか!

これが、「模範的な金日成主義者」の正体なのです。

あるジャーナリストは、「共産主義者になったということは、そんなに非難することではないかもしれない。素直な情熱と良心、そして個人的な憎しみが彼らをその道へ走らせたかも知れない。しかし、それよりいけないことは間違いを悔い改めないことです。もっと悪いことは、すでに共産主義者としての熱情を喪失したにもかかわらず、「理想というリボン」を胸につけて純粋な人々を騙していることだ」と、この言葉は私たちの胸を絞ります。

特に、私たちが胸をかきむしられる思いで総括した事は、同胞の帰国事業に手をかしたことでした。中でも民族教育に関係してきた同志たちの、教え子たちが政治犯収容所で露と消えたり行方不明になっている厳然たる事実を前にしての苦渋と悶えは、涙と嗚咽で幾たびか言葉が途絶えるものでした。

しかし、私どもの討議中にも、周辺から次ぎのような意見やつぶやきが聞こえてきました。

「祖国は確かに困難な時期だ。それは、全てアメリカ帝国主義の敵視政策のためだ。いまさら米帝にひざまずけるか」

「北が、もう持ちこたえられない所まで来ていることはよくわかるが、親兄弟、子供が北で、「金送れ!」と待っている。どうすることも出来ないんだ」

「核爆弾を持った。これから反転するかも?もう少し様子を見よう。それからでも遅くはない」…。果たしてこれでいいのでしょうか!

事実と大勢がいかなるものであるのかは明白であります。今日、金正日王朝の実態は、ジレンマと孤立の中でもだえています。そして、総聯組織の体質と実体をよく知り尽くしている私たちは、現総連中央指導部の、「ここまで来たんだ。玉砕するだけさ」との諦めと、難破船のように漂流する姿が、痛ましいほどに見えてくるのです。

同志のみなさんに訴えます。祖国の格言に「罪は罪の分だけ償わなくてはならず、徳は徳の大きさだけ報われる」とあります。今や、私たちは初心に戻り良心に従って再出発すべきではないでしょうか!民族と同胞の側に立って前進すべきでないでしょうか!

私たちは、「北」の人権回復と民主化、改革開放のたたかいを支援し、「南」の親北左翼の陰謀、進出を防止し、自由・民主主義の定着を支持支援します。韓国の選挙への「北」の不当な干渉を許さず、「南」の人々が民主主義に忠実な人を大統領に選ぶよう支援します。

前途は決して平坦なものではありません。しかし、祖国の自由・民主化と自主的・平和的統一は必ず成就されることでしょう。歴史の歯車を逆行させることは出来ないのですから。

親愛なる同胞の皆さん!

私たちの決意をご理解の上、祖国の統一と在日同胞の真の和解と日本国民との友好親善のために惜しみない支持、支援のあらんことを衷心よりお願いいたします。

2007年4月30日
○在日本朝鮮人総聯合会中央本部常任委員会有志一同
○「総連を解散し在日同胞の新しい組織結成を目指す準備会」

▲現在、事務所の準備中です。追って連絡場所をお知らせいたします。


以上

結局、事務所は存在していないですから、いつものごとく潰されたのでしょう。

こういう無念の声が『在日の歴史』からきれいさっぱり抹消されているのが恐ろしい。

まさに人間の存在そのものを抹消する、北朝鮮の政治犯収容所と一緒です。

ハナ・アーレントが全体主義を言い表した「忘却の穴」そのものだと思えます。

2007年4月30日の文書ですが、今とまったく変わってないのが残念ですね。

2010年から第10報まで発行されていた『朝鮮総連改革志向会』の声もいつの間にか消されてしまいました。

京都朝鮮学校襲撃事件から巻き起こされた反ヘイト、反差別の大合唱でどっかに消えた感じですね。朝鮮総連の改革を求める声を潰すやり方は昔から首尾一貫しています。

まぁ朝鮮総連特有というより、どこでもよく見られる光景です。国のトップが内部の不満を自分に向かってこないようにするために、対外戦争に走る構図と一緒と言えます。

その結果良くなればいいのですが、衰退、衰退、また衰退の負の無限ループです。

もしかしたら本気でこう思っているのかもしれません。

しかし、私どもの討議中にも、周辺から次ぎのような意見やつぶやきが聞こえてきました。

「祖国は確かに困難な時期だ。それは、全てアメリカ帝国主義の敵視政策のためだ。いまさら米帝にひざまずけるか」

「いまさら米帝にひざまずけるか」

「一億総火の玉」という頭のおかしいスローガンで「玉砕」を煽った戦前の馬鹿なトップ連中を彷彿とさせますね。

本当に「いまさら米帝にひざまづけるか」と思っているのだとしたら、塗炭の苦しみを味わっている北朝鮮国民や北送同胞より、自分の信じてきたものが否定される方が嫌だ、という利己主義者でしょう。

いい加減、朝鮮学校の高校無償化問題で、差別差別と連呼する前に、どうやって北の暴君に強奪されたウリハッキョを奪還できるか真剣に考えてもらいたいものです。

外部の圧力も、内部の改革派が呼応して踏ん張ってくれないと意味がないですから。

 

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