『北朝鮮という悪魔』 収容所送りにされた在日朝鮮人芸術団初代団長

今は金剛山歌劇団となっていますが、おそらくその前身となったであろう在日朝鮮人芸術団(在日朝鮮中央芸術団?)を作った初代団長の末路が北送された後に脱北した方の手記に書かれていたので紹介しておきます。

北朝鮮で「里帰り署名運動」をしたために、関係者だけでなく、その存在さえ知らなかった親類縁者全員が収容所送りとなりました。

この世の地獄と言える収容所と、自分だけでなく愛する家族までも地獄行きとなる連座制が、北朝鮮の独裁システムを支える核と言えるでしょう。

 

一時間ほど待ったが彼女は帰って来なかった。私は寄宿舎に戻ろうか? と思ったが、考え直し、もう少し待つ事にした。
もうすでに二時間は待っただろうと腕時計を見つめた時、彼女が現れた。
彼女は私を見つけると涙を浮かべた。

(中略)

家の中は引越し後の空家のようになっている。
私は彼女が泣き止むのを待った。
彼女の話によれば「……両親は内務員(警察、現在の安全員)たちに連行され……その数日前に家宅捜索を受けた……。昨日は父親の職場の人たちと内務員が来て家財道具の大半をトラックで運んで行ってしまった」……という事であった。
何故、逮捕されたのだろう? 私は唖然となった。
「お兄様に会いに大学へ幾度も行ったけれど……」、彼女は涙を浮かべ私を見つめる。
「何故、連行されたの? 心当たりは?」
私は少し間を置き、彼女に訊ねた。
躊躇していた彼女は決心したのか話し始めた。
「お父様、お母様が日本へ行きたくて、伯爵婦人と御一緒に歎願書を作り、たくさんの方たちから署名をいただいたのです。里帰りしたいという願いが何故罪になるのですか?お兄様!」、彼女は再び涙を浮かべた。
彼女の話を聞いた途端、私には思い当たる節があった。
幸一さんの頼みで私が咸興から運んだ大きな封筒の中に署名集めの書類が入っていたに違いない。
ここで「伯爵夫人」とは旧家の日本女性で、夫の名は金ヨンギリと呼ばれていた。
平壌の「帰国者」たちは金ヨンギリ夫妻の家を「団長・伯爵」家と呼んでいた。

それは金ヨンギリこと日本名ナガタゲンジロウ氏が朝鮮総連傘下に在日朝鮮人芸術団を結成し、その初代「団長」を務めたばかりか「帰国」事業が始まるやすぐ帰国船「団長」として「帰国」したということから、夫の金ヨンギリには「団長」の渾名があった。

夫人の出身が伯爵家であったかは確実ではないが、旧家の出身ということで平壌の「帰国者」の多くが彼女を「伯爵夫人」の渾名で呼んでいた。
「今夜は私と一緒にいてください、恐ろしくて眠れません。どうしたらよいのか心配です。
お話をして下さい。夕食の準備をしますから少しお待ちになって下さい、お兄様」
私は口実を設けて辞そうとした。が、彼女は外へ出ようとする私を妨げ戸の前に立った。
「お兄様、お願い。お願いだからいて下さい」
私は都合があるから……と断った。
「では明日からはいられるでしょ?」
涙を溜めて哀願する彼女の姿を私は四十年過ぎた今も忘れることが出来ない。
私が彼女を最後に見だのはその時だった。

(中略)

彼女はまたもやいなかった。昼食時になっても彼女は現れなかった。
「あら、大学生のチョンガ、今頃来てどうするの? あなたは情が薄いのね、毎日毎日夜遅くまであの娘は待っていたのよ、さんざん待って、今朝行っちゃったわ。せめて最後に情けをかけてやったらよかったのに、かわいそうなあの娘」
隣の奥さんの話に私は呆然となった。
「どこへ行きましたか?」
「そうね、私もよく分からないけれど、中年の男二人が来て連れて行ったのよ」
「お母さん、あの人たち、きっと私服の内務員(警察)に間違いないわ」
隣の娘の話である。
「あら、この娘は知りもしないのに余計な事言うんじゃないの! 口出ししないで家に入りなさい!」
隣の娘は母親に叱られ、戸の裏に隠れた。

私は胸の震えを抑えられず、その場を去った。
その後、私は柴田家の人たちや金幸一さん夫婦と再会することがなかった。
里帰り署名運動を主導した人たちは政治犯収容所行きになったという。
政治犯収容所は一度入れば出獄したという例がほとんどない恐ろしい所である。
《里帰り署名運動》は弾圧されてしまった。
公表すれば、弾圧されることを恐れ、秘密に署名集めをした日本人妻、日本人夫たちであった。
ここでいう日本人夫とは朝鮮人妻と共に北朝鮮へ渡った日本人男性を指す。
柴田コウゾウさんは日本人で、柴田さん以外にも幾人かの日本人夫がいた。
里帰り嘆願書に署名した全ての日本人夫、日本人妻たちは当局の取調べを受け、政府に書類を出した代表者たちは先に連行され、「主犯」たちは政治犯収容所へ家族と共に投獄された。
「副犯」たちは長い取調べの後に家族と共に電気も水道もない山奥へ追放されてしまった。
その他の人たちは幾度も恐喝・罵倒された後、「再び政治運動に参加しない」約束を強要され家に戻された。
私が三十八年間を過ごした北朝鮮は連坐法(れんざほう)という野蛮な刑法が実によく機能していて、具体的にして徹底的に適用されていた。
柴田さんの娘は未成年であったが、誰が、どこへ連れて行ったのか知る人がいない。
私の同窓生の一人、李高胤君も《里帰り署名運動》の件で退学処分となった。母方の叔母が積極的に参加したという《理由》!? で退学処分となった。
ところが、李高胤君は里帰り運動があったということさえ知らずにいたのである。
主犯・共犯は別として、罪に全然関係なくとも、家族・親族・近縁・友人・知人・上司・部下・同僚となれば、その度合いに応じて罰を与えるのが北朝鮮の連坐法である。
北朝鮮に渡って三年目になれば《里帰り》させてくれると朝鮮総連は約束した。
しかし、提出した《里帰り》申請書は全て拒否されてしまった。
個別に申請書を提出しても無駄であると判断し、始めたのが「里帰り嘆願書」の署名集めであった。
一九六二年の「里帰り署名運動事件」からは「帰国者」たちに対する監視が一段と強化され、書信の検閲は露骨になった。
日本との電信電話などは到底利用できぬ当時であった。

(中略)

連行されて行ったきり消息が途絶えた金幸一さん、順子さん、キスニ、山田次郎さん、美恵さん、キドン、柴田コウゾウさん夫妻と娘さんたちのことに想いを巡らせた。
「里帰り」したい人たちをスパイにでっち上げ、政治犯、思想犯扱いにした政府を私は憎み、共産主義者の野蛮な処置を呪ったが、どうにもならなかった。
私は「夢の楽園」に来たのではなく、「地獄」に来てしまったのであった。
日本で夢に描いていた「楽園」はすでに失われてしまった。

北朝鮮という悪魔―元北朝鮮工作員が明かす驚愕の対日工作』 P95-102

 

署名をしただけでスパイ容疑で政治犯収容所行きです。

ありえないことに、この収容所で殺され人たちが作った在日同胞のウリハッキョである朝鮮学校で、収容所で虐殺された在日同胞のことを教えず、虐殺した当事者を愛する教育をしています。

収容所で殺された、在日朝鮮人芸術団初代団長である金ヨンギリ氏が、今の在日朝鮮人芸術団の公演を見たら血の涙を流すことでしょう。

(※https://youtu.be/9uZcwW7cVo8?t=4m53sより)

あふれんばかりの忠誠心です。
祖国愛がいつのまにか将軍様への忠誠にすり替えられました。
最悪な祖国詐欺、民族詐欺、同胞詐欺と言えます。

いくつか帰国事業で撮影された写真を載せておきます。この人たちがスパイ容疑をかけられ、収容所で筆舌に尽くしがたい方法で殺されました。何の罪もない人々です。

主に、日赤センター内での写真や、帰国が決まった家族の送別会の写真です。

この人たちの資産は後朝鮮総連に強奪され、総連を潤し、民族学校設立の費用として使われました。親兄弟、友人知人とのつながりを破壊され、自分の命と金を強奪され、そしてそれが地獄の苦しみを与えた本人のために使われる。この苦しみは筆舌に尽くしがたいと思います。

収容所から奇跡的に逃げ延びた脱北者はこのように述べています。

 輸出工場が稼動した当時、集められたのは刑務所の中でもわりと若くて、刑期の短い比較的健康状態のいい人である。しかし、その後、二年間の厳しい労働と殴打、独房処罰の末に、何十人もが障害者になり、生命まで失う人が統出した。
 それほどまでして私たちが价川刑務所で稼いだ外貨は、外国からテレビや冷蔵庫を輸入するために費やされた。そして、輸入された電化製品は各地域の警官に配られたそうだ。いわゆる〝金日成の贈り物〟だった。血と涙の結晶が、私たちをどん底に落とした張本人たちのプレゼントに使われる―。このやるせなさは筆舌に尽くしがたい。

北朝鮮 泣いている女たち―价川女子刑務所の2000日 (ワニ文庫)』 P170-171

 

「血と涙の結晶が、私たちをどん底に落とした張本人たちのプレゼントに使われる―。このやるせなさは筆舌に尽くしがたい。」

北朝鮮で地獄の苦しみを味わった在日同胞が、今の朝鮮学校を見たら同じことを思うでしょう。これが自分たちの血と涙で稼いだ金を使って作られた民族教育なのか!?と。

この学校に通う子供のソルマジ公演を見たら血の涙を流して悲しむことでしょう。

 

少なくとも、在日二世、三世にあたる脱北者が、ずっと朝鮮学校問題に取り組んでいることを見れば、そのことは自明だと思います。

そういうあの世からの声を無視し、無条件に朝鮮学校を擁護する日本の知識人は、あまりにも邪悪だと思います。もしかすると精神病なのかもしれません。そういう研究をしている人の本を読むと、まさに正鵠を得ているので、ますますそう思わされます。
(※参考記事:なぜ過ち認めない人がいるのか?『平気でうそをつく人たち』に答えがあった

本当に子供の学ぶ権利を守りたいと思うのであれば、今の教育内容の是正を強く訴え、堂々と無償化を勝ち取ろう!と呼びかけるべきでしょう。

※トップの画像は『Are They Telling The Truth?』より、収容所に収監された人たちの絵。

 

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