朴裕河教授の「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述 を読んで その4(最終)

前日の『朴裕河教授の「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述 を読んで その3』の続きです。

この訴訟の本質は、「ろくでもない慰安婦支援団体の実態を暴露していること」でしょう。

なぜか慰安婦そのものの存在を否定しようとしたり、法治を無視する一部のカルト団体が韓国全体のことであるかのように誤認識させたりして、問題解決を断固阻止しようとする言論が多々あります。

共通点は北シンパ、目的は日韓断交。

90年代、この慰安婦問題が炎上しだした理由は、脱北者の証言で収容所はじめ、北の人権弾圧の実態が明らかになってきたからでしょう。

「収容所なんてない!」と証明することは無理でも、済州島4・3事件とか、植民地支配とか、日韓の過去を持ち出して、お前たちも昔は同じようなことしてただろ!まずはお前が謝れ!!という論理で、己の罪をごまかすことはできます。

そうやって北の手のひらで踊らされてきた結果が、今の日韓慰安婦問題の源泉と言えます。まぁもちろんそれだけじゃないですが、一回言っちゃったから引っ込みつかないという保身と、それで食ってる人がいるから問題解決したら失業しちゃうという金銭的理由も多分にあります。

そういうのをうまくコントロールしながら、北にとって都合の良い結果になるよう、国家資源を全力投入して工作仕掛けてきているのが北の暴君です。

なんでもかんでも北の陰謀論にする気はないですが、実際に問題をこじらせるべく暗躍しているのは確かですから、そやつらの存在には大いに注目して騙されないよう十二分に注意すべきです。

それでは陳述書の続きです。

 

7. 帰ってこられなかった慰安婦のために

裁判長、

先に申し上げたように、私もまたかなり早くから慰安婦問題に関心を持ってきました。しかし『帝国の慰安婦』で、具体的に名前を挙げて記述したのはたったひとりです。血を吐くような遺書を書き、インターネットに載せたシム・ミジャさんです。それもその方の慰安婦体験ではなく支援団体批判でしたし、誰も彼女の声を聞こうとしなかったという文脈で言及しました。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

こういうところが慰安婦支援団体の欺瞞を証明しています。

血を吐くような遺書を書き、内容は支援団体批判。

そういう声は断固無視。

死者の声を抹消し、二重に殺す手法は北の政治犯収容所を彷彿とさせます。

政治犯収容所で死んでいった在日朝鮮人の存在も消えようとしています。何せ忘れてはいけない在日の子孫に対して朝鮮学校で一切教えてないわけですから、誰も注目しないのもあたり前です。

裁判長、

慰安婦の戦場生活と帰還、あるいは未帰還について書いた第1章の最後に、私はこのように書きました。

「おそらく今私たちが耳を傾けなければならないのは、誰よりも彼女たちの声ではないだろうか。戦場の最前線で日本軍と最後までともにし、命を失った彼女たち―言葉のない彼女たちの声。
日本が謝罪しなければならない対象も、あるいは誰よりも先に彼女たちであるべきなのかもしれない。名前も言葉も失ったまま、性と命を「国家のために」捧げなければならなかった朝鮮の女性たち、「帝国の慰安婦」たちに。(韓国語版『帝国の慰安婦』 104ページ)

私が本を書きながらも頭から離れなかったのは、誰よりも戦場で死んでいった慰安婦たちのことです。当時も記録されず、死んでも他の軍属のように遺族が支援金を受けとることもなかった、そのような慰安婦たちです。差別を受けることを恐れて帰ってこなかった慰安婦です。

それなのにどうして私の本が、生きて帰ってきた生存する慰安婦の方を特定した本になるというのでしょう。私がこの本で考えてみたのは、日本人女性を含む、国家の無謀な支配欲と戦争によって犠牲になったすべての個人のことでした。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

こういう人が本当のリベラルでしょう。

平気で団体の利益のために被害者を政治利用する支援団体は、そろそろ己の不明を恥じてもらいたいものです。

朝鮮学校も、挺対協と一致団結してせっせと慰安婦問題炎上させている労力を、帰国同胞が北の政治犯収容所でどのように殺されていったのか、語り継ぐべきでしょう。

朴裕河教授のように、誰からも顧みられることのない死者たちへの同情と敬意があればできるはずです。

それをやれないというのであれば、朝鮮学校は在日同胞のウリハッキョではなく、将軍様の学校だと認めることになろうかと思います。

8. 「慰安婦の苦痛」は誰が引き起こしたのか

1)当事者が排除された代理告発

裁判長、

ところが、告訴と起訴は不当だというわたしに、原告側代理人と検察は言います。慰安婦の方がつらく感じたのだ、「慰安婦の方」が「苦痛」を感じる限り告発と起訴は当然だ、と。一部の学者さえそのように言います。最近も原告側代理人は私が「もっともらしい話術」で「慰安婦の方の胸に五寸釘」を打ちこんだと話しました。

しかし、慰安婦の方に「五寸釘」を打ちこんだのは一体誰でしょうか。私の本を歪曲して伝え、慰安婦の方に苦痛の思いをさせ、怒りを引き起こしたのは果たして誰でしょう。

私は告発直後にふたりの慰安婦の方と電話で話しました。ひとりはナヌムの家にいた方で、原告として名前が挙がっていた方です。

先に申し上げたように私はナヌムの家の一部の慰安婦の方々と親密に交流し、その中のひとりであるペ・チュニさんとは半年にわたって電話もたびたびしました。会った回数よりも電話のほうが多かったのは、ナヌムの家が私を警戒していたからです。そのためペさんもやはり、会うことに慎重でした。

ところが最も親しかったペさんは、告発の一週間前に亡くなってしまいました。そこで私は嵐のようだった告訴の衝撃が少し通り過ぎてから、ナヌムの家に住むユ・ヒナムさんに電話をかけました。この方もやはり、私と対話をしてきた方で、私が主催したシンポジウムに出る予定だった方だからです。

いったいどういうことなのかをうかがったところ、ユさんはおっしゃいました。

「(私は目が)見えないでしょう、それで(職員が)来て読んでくれたけど、強制連行ではなくて何…ただ行っただとか…まあ、読んでくれたのに、聞いたけど忘れてしまったよ」「なぜそのようなことを本に書いたの」と。(参考資料156)

この方は目が不自由で、私の顔さえはっきり見えないとおっしゃっていた方です。そしてこの言葉から、ユさん自身が読んだのではなく、慰安婦の方々を集めて職員が読んだということがわかります。また、ナヌムの家の安信権所長は今年1月の日本での講演で、慰安婦の方々は高齢で本を読めないから、一部分を抜粋して繰り返し聞かせていたと言いました。つまり慰安婦の方は全体を読んだのではなく、支援団体によって前後の文脈が切り離された、抜粋の文章だけを「聞いた」のです。

聞く行為が本にあっては間接的な行為だというのは言う必要もないでしょう。詳しく読んでも読者の数だけの読解が可能なのが一冊の本です。私のために苦しまれたというナヌムの家の慰安婦の方々の苦痛は、私が引き起こしたのではなく、ナヌムの家の顧問弁護士主導の下で行われた漢陽大法科大学院の学生たちの雑な読解と、それをそのまま伝えたナヌムの家の関係者です。

そこで私がユさんにそのような意図で書いた本ではないと言うと、「意図はそうだけれど…」と言葉を濁しました。ユさんは、私が悪い意図をもって書くような人間ではないとご存知だったからだと思います。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

情報のインプットをコントロールするのが、マインドコントロールの手法。

慰安婦おばあさんの怒りを掻き立てるように本の内容を切り取って伝え、さらには支援団体の学生や研究者なんかも使って信憑性を高め、支援団体の言うことを信じ込ませるわけです。

閉鎖空間でありがちなことです。

やり口は朝鮮学校と同じですね。ひたっっっすら植民地支配と差別被害の怨念に満ちた歴史教育で怒りの感情を掻き立てさせ、北の暴君が民族教育をぐちゃぐちゃにし、朝鮮学校の恩師を拷問の末に殺し、在日一世、二世を収容所送りにして殺したことは一切教えない。

やり口が本当に最悪です。

そして3日後、今度は一人暮らしのある方から電話がかかってきました。この方はユ・ヒナムさんから聞いたと怒っていて、そのような本ではないと説明しようとすると、「5人のソウル大教授があなたの本は悪いと言ったよ!」と繰り返し、聞こうとされませんでした。(参考資料157)

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

あ~、分かります。

朝鮮学校支援者に、在日朝鮮人殺しまくった相手を愛する教育は残酷ですよ、と言っても「植民地支配の歴史を学べ!」「在日の歴史を学べ!」「創価大学にも言え!」と、何言っても聞きゃあしない。

裁判長、

私に対する告訴において、慰安婦の方々は当事者ではありません。

すでにおわかりのように、本を読んだのはもちろん、告訴書類の作成、論理構成、私を告訴したすべての主体は周辺の人々です。告訴状に押されている慰安婦の方々の印鑑、同じ形の印鑑をご覧になってください(リンク)。私は、慰安婦の方々の中、2014年6月告訴以前に私の本について知っていた方はいなかったと思います。ペ・チュニさんでさえ、亡くなるまで私に告訴のことなど話していません。
私との親密な交流を知らなかったからでしょうが、ナヌムの家の所長は、ペさんも生きていれば告訴に加わっただろうと言いました。しかし、私との通話記録をご覧になれば、そのようなことなどありえないことがお分かりになると思います。

そのうえ、慰安婦の方々は検察が進めた調停課程をご存知ではありませんでした。私に日本語版の絶版という要求を含む調停案が来たとき、他のことはともかくそれは私が決められることではないと伝えて理解を求めるため、刑事告訴で原告として名前が挙がっていたふたりの方に電話をかけました。

告訴後1年も過ぎた秋の時点だったのに、そのうちのひとりユ・ヒナムさんは親しみを込めて受けてくれました。私の話を聞いて、調停問題のことは安信権所長に話しなさいとおっしゃいました。もうひとりのイ・ヨンスさんは、原告として自分の名前が挙がっていることさえ知ってはいませんでした。

ナヌムの家の安信権所長は、最近提出した嘆願書でも相変わらず嘘やいい加減な記事で私を非難しましたが、慰安婦の方々との通話内容や映像を確認すれば、なぜ彼が嘘までついて私を非難するのかがわかるでしょう。

遅きに失しましたが、告発前後に何があったのか、ようやく書き始めた私の文を御覧ください(『歴史との向き合い方』今も出回っている「20億懐柔説」がユ・ヒナムさんの偽証だというのも、ペさんとの通話記録を見ればわかります。そして安信権所長が繰り返し非難してきた、事前の許可なく訪ねてきたとしたNHK問題もやはり、彼の嘘であるとわかるでしょう。必要ならば、安所長と交わした携帯メッセージを提出できます。ペさんは日本人との対話を待っていた方で、記者たちは解決のために努力した人々です。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

一人当たり20億ウォンを要求せよ!と言われて驚いた話しが、『「20億ウォン懐柔説」について』で、NHK問題の嘘というのはこちら『慰安婦、もう一つの考え「敵は100万、味方は自分ただひとり」』。

20億ウォンの話しは断固日韓和解をさせないためにハードル上げまくってます、という話しで、NHK問題の件は、ナヌムの家の所長が嘘つきの詐欺師でしたって話しですね。

2)血を吐く声

裁判長、本裁判と関係ないような話まで長々として申し訳ありません。しかし、「法」とは正義と共同善を追求することだと理解しています。私がこのような話をするのは私自身のためでもありますが、それ以上に慰安婦の方々のためのことです。相変らず慰安婦の方々の一部は、世の中に届かない声を持っていますが、依然として世の中に送りだすことができない状況です。ペ・チュニさんとの対話から、それがひしひしとわかりました。

ペさんは、自分の経験が世の中に通用するものとは違うということを口にできず、私と対話するときも誰かが盗み聴いているのではないかと気にしていました。

同時に、支援団体の運動やケアの方法に批判的ながらも、自分の考えを思うままに話すことができませんでした。そして彼女たちの言葉を「半分は嘘」(参考資料77、16ページ)とし、慰安婦の方々の講演料が支援団体の建物に使われることに不満ながらも言えませんでした。

私に会えないようにするために、体の状態が良くないのに病院からナヌムの家に無理やり移され、血を吐くように彼らに対する不満を吐露しました。亡くなる1か月前のことです。

「人は助けて命は救っておくべきじゃないか」「どんな人だって、命を救おうとすべきじゃないか」と。

その背景にどんなことがあったのか、通話記録を確認していただければありがたいです。メディアや検察がすべきことは、まさにそんなことではないでしょうか。

そうしてペさんは「敵は100万、私はひとり」と思いながら、孤独な生活の末に亡くなったのです。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

ナヌムの家は恐ろしいことしています。

「私に会えないようにするために、体の状態が良くないのに病院からナヌムの家に無理やり移され、血を吐くように彼らに対する不満を吐露しました。亡くなる1か月前のことです。」

朝鮮学校と一緒ですね。信じがたい人権蹂躙やっているのにみんなスルー。

こういうことに沈黙するリベラルが信じがたい。

実際、似たような言葉で支援団体を非難した方がかつておられました。その方の声を偶然聞いたのが、私が『和解のために』で慰安婦論を書くことになったきっかけのひとつです。2004年のことです。しかしそれから12年が過ぎても、状況は何も変わっていません。

韓国の社会は慰安婦に関心が高いです。しかし、私たちは彼女たちの心からの声を果たして聞いたでしょうか。間に合わなくなる前に、生存している方だけでも、本当の声を聞いてあげられる社会になればと思います。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

韓国にも、言論弾圧全開の北朝鮮のような支援団体から気の毒な慰安婦を解放しようという動きはあるようです。

が、多勢に無勢。頑張ってほしいですが、なかなか厳しいようです。

裁判長、

原告側代理人は、最近提出した書類で「朴裕河の解決策がどんな説得力を持つことができるのか疑問」と言いました。

まさにこの言葉に、この告発と起訴の本質が込められていると考えます。

原告側は、すでに告訴状に明確に表れているように、ただ「異なる声」の拡散を防ごうとしました。以後のやり取りでも、彼らがこだわっているのはひたすらこの部分です。日本の「法的責任」を繰り返し主張した理由もそこにあります。

先に申し上げたように、私が会った慰安婦の方のほとんどは、なぜ解決が遅れているのかを知ってはいませんでした。ただただ、日本が何もせずにいるからだとのみ考えていました。もちろんそれは、関係者が彼女たちに情報を伝えず、当事者の多くを排除したまま自分たちがすべてを主管したからです。

私はそのようなやり方を批判しただけで、彼らの活動のすべてを批判したわけではありません。なのに私を、彼らは国家の力を借りて抑圧し、20年以上情報を共有した結果として支援団体と同じように考えるようになったメディアや国民を動員して、私に石を投げさせました。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

そういえば北朝鮮の収容所では、逃げようとしたり保衛員に逆らった囚人に対して、全員に石を投げさせてますね。

母親や親兄弟がそれを見て泣いたら同罪になって殺される。だから目をそらさず、泣かずにただその姿を見続ける。

挺対協の目指す世界は北朝鮮らしい。

3) 攻撃を引き起こす意識

裁判長、

彼らの攻撃は、いろいろな構造が複雑に絡み合わされたものです。

そのうちひとつだけ申し上げるなら、検事や代理人の攻撃、慰安婦は自負心を感じてはいけないと抑圧する考えは、女性差別、売春差別的な考えが生み出したのです。

それは、原告代理人が「被害者の声」として彼の書面で繰り返し記述する表現から明確にわかります。彼は絶えず日本人慰安婦に対して「娼婦」「体を売った」「達磨屋」等々の単語を引用・使用しています。そうして「自発的な売春婦」の日本人慰安婦を、強制的に、あるいはだまされて連れて行かれた朝鮮人慰安婦と私が同一視した、と非難しているのです。

しかし彼のこうした言葉こそ、日本人慰安婦たちが名誉毀損と訴えることができる発言ではないでしょうか。彼の単語の使い方には明確に売春婦に対する差別があり、名誉毀損の条件という「社会的評価を低下させる」認識が存在しているからです。

いわゆる「女工」や「売春婦」たちは、いたしかたなく生き続けた日々の苦痛の中で、1銭、2銭とためて故郷に送りました。そのお金で兄は上級学校に行き、仕事をすることができたのに、妹や姉の恋愛に干渉し、時には暴力や殺人さえいとわなかった心理こそが、長らく韓国社会で慰安婦の「異なる」声を殺してきたのです。同じ考えを内面化した女性たちもまた、韓国社会には少なくありません。

これまで私を罪人扱いし攻撃してきた原告代理人と検事、そして彼らに論旨を提供してきた活動家や一部の学者もやはり、そのような認識の持ち主です。慰安婦を抑圧し、自分の存在に何の意味も感じられないように差別し疎外させ、自殺に追い詰めたりした考えの主犯なのです。

このように私を抑圧する理由はただひとつ、そのような存在たちが自分を居心地悪くさせるからです。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

邪悪な人たちの特性です。

自分が間違っていることを認めたくないためなら平気で弱者を踏みにじる。

反差別、反ヘイト界隈の方々と同じです。

4) 攻撃の目的

ところで、彼らがこのように一貫して「自発的にいった人と被強制連行者」の差異を強調する理由はどこにあるのでしょう。どうやって行こうがおしなべて悲惨な状況であったことを、彼ら自身が誰よりもよく知っているはずなのに、差異を主張して私を非難する理由はどこにあるのでしょうか。それは、「強制連行」としなければ、彼らが初期に誤って要求してきた「法的責任」を引き続き問えないからです。自分たちの認識に誤りがあったことが明らかになるのを隠すためです。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

朴教授の訴訟で分が悪いと思ったのか、「強制連行」説で商売していた人たちが、軍艦島や関東大震災朝鮮人虐殺で新たなビジネスを展開しておられますね。

そんな暇あるなら、北送された在日朝鮮人が政治犯収容所で虐殺されたことや、そこで日本人配偶者も同じように殺されたこと、韓国国軍や朝鮮人民が次々と殺されていったことに注目してもらいたいものです。

裁判長、

支援団体は、国民やメディアが与えた市民権力、学界やメディア権力、そして国連や世界女性と市民連帯に至るまで、大きな力を持っています。支援団体の代表のひとりは、有数の学会の元会長であり、有名なマスメディアの元主筆の奥様であり、ウ・ヨンジェさんが言及した「ソウル大教授」でもあります。そして彼らの後ろには、長い歳月の運動を通して作られた固いつながりだけでなく、長官や国会議員を排出した人脈があります。さらに政府や企業、国民が集めてくれた資金があり、何より仕事をする「人」があります。

しかし、私はもっぱらひとりで、批判者たちが集団になって次々と出してくるすべての攻撃文を分析して反論を出さなければなりませんでした。その作業以上に苦しかったのは、その中に含まれる歪曲や敵愾心、根拠のない嘲笑でした。

彼らはひたすら、自分たちの考えを守るため、それまで国民に向かって行った数多くの矛盾をただ隠すため、運動の邪魔になるという理由で、それまで守ってきた権力と名誉が傷つくことなく維持できるようにするために、私を売国奴、親日派と追い立て排斥してきました。 変ることなく大衆の誤解や過度の非難を、知らぬふりをしました。

さらに、ただこの裁判で勝つために、何の根拠もなく私の本が慰安婦を「歪曲」するために資料を「意図的に」「巧妙に」「徹底して」「繰り返し使用」したとし、私に「悪辣」「残忍」「利己的」「悪意的」との単語まではばからないのです。このような態度や表現が典型的な魔女狩りの手法だということは、すでによくご存じでしょう。

裁判長、

これまで多くの資料と説明で、私の本が虚偽でないと主張してきましたが、本当はこの問題は本の問題でさえありません。

私が訴えられたのは、慰安婦の方々と私が親しく交流すること、それによりナヌムの家の問題が世の中に知られることを恐れたナヌムの家の安信権所長と、彼に同調したナヌムの家の顧問弁護士、そして慰安婦問題についてよく知らないまま、教授が指示した通りにいい加減な読解をもとに本を100か所以上めった切りにするレポートを作成した漢陽大法科大学院生の、反知性的な行為であり、謀略であり、陰湿な攻撃です。

裁判長、

「異なる」声に対する暴力的な抑圧と、それによって引き起こされた言葉に言い表せない苦しみの経験はもう私だけで充分です。

代理人は私を非難し、私を放置すれば「第ニ、第三の朴裕河」が出てくるだろうと言いました。

同じように申し上げたいです。私が言う意味での朴裕河を、いわれなき苦しみを経験する第二、第三の朴裕河を、もうこれ以上は生み出さないでください。

彼らは「厳しく処罰されずうやむやに終わっては」ならないと裁判長を脅迫までしました。彼らが私を処罰して守りたいものが何か、もう理解してくださったと信じています。

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

これは真面目に凄まじいですね。

ちょっとなめてました。

バックに北のにおいが漂う団体は、本当に危険です。何十年もコツコツコツコツ浸透工作仕掛けてくるだけあります。

自分は良いことをしている!絶対正しい!!という情緒形成に成功すれば、めでたく絶対狂徒のできあがりです。

こういう人って踊らせるのが超簡単だったりします。

裁判長、

彼らの攻撃と告発によって私の学者生活二十数年の名誉が一瞬にしてめちゃめちゃにされ、この2年半もの間苦しみの中を生きてきました。

私は彼らの嘘と歪曲が犯罪的レベルのものと考えましたが、仮処分と損害賠償裁判所はそのような彼らの扇動を検証しませんでした。その結果として韓国の法廷を、世界の笑いものにしました。

ごく少数の人だけが私の本を正しく受け入れてくれ、苦しみながらも多くの人々に助けられてなんとか耐えてきました。告発事態でこうむったわたしの名誉毀損と心の傷は、たとえこの裁判で私が勝訴しても完全に消えることはないでしょう。

「社会的価値が低下」することが名誉毀損の定義だと聞きました。

どうか明晰な判断を下していただき私の名誉を回復させ、大韓民国に正義が生きていることを見せてくださるよう、切にお願い申し上げます。

2016年12月20日

朴裕河

「帝国の慰安婦」刑事訴訟 最終陳述2

めでたく勝訴したようですが、挺対協の欺瞞が一般人に広まったとはいいがたいですね。

朴裕河教授を応援する!という良心的文化人はいましたが、いかに慰安婦支援団体が最悪な言論弾圧を気の毒な慰安婦おばあさんにやってきたか、情熱的に非難している人はほぼ皆無です。

「南北統一のためには朴正煕の独裁政治を清算し、民主化を成し遂げよう!!」というスローガンで、「徐君兄弟を救う会」という団体が、韓国の刑務所から政治犯を釈放する運動を繰り広げてました。

当然、その後は「南北統一のためには金日成の独裁政治を清算し、民主化を成し遂げよう!!」となるかと思いきや、ほぼ全員が慰安婦問題に流れていきました。

なぜか北にとって都合の悪いことはしようとしないのが日韓リベラルの特徴です。

それにしても、こういう慰安婦支援団体の極悪さがまったく広まらないのは凄まじいの一言です。

メディアも一緒になって活動してきたから、今さら間違ってました!とは言えないのでしょうね。まぁそれが人間の弱さではありますが、半島情勢はそんなことを言っている余裕はなくなってきているわけです。

慰安婦と支援団体を分離して、今一度証言を整理し、本人が望む補償をやるべきでしょう。