『北朝鮮脱出 地獄の政治犯収容所』 子供を生まれながらの罪人とし、容赦のない暴力を加える

北朝鮮脱出(上) 地獄の政治犯収容所

 この本は、強制収容所から脱出した方の手記です。ここでは、強制収容所内での子供達がどれだけ残酷な目にあっているかが書かれています。この強制収容所の実態を知らずに、北朝鮮は語れないでしょう。

北朝鮮脱出〈上〉地獄の政治犯収容所 (文春文庫)』 P37-42


 収容所の中にも学校はあった。人民学校(小学校に当たる)は一般社会と同じ四年制で、中学校は五年制であった(一般社会では六年制、つまり四・六制。収容所の学制は四・五制)。私たちが収容所に入ったときはちょうど夏休み中であった。美湖と私は九月の新学期まで、家で祖母の家事を手伝いながら過ごした。
(中略)
 私と美湖は手をつないで、監督の指示どおりに六時に作業班の広場に行った。そこにはすでに多くの生徒たちが集まって列をなしていた。まだ日がのぼる前なので、子供たちの顔が暗闇の中で赤く燃えているようだった。
 見慣れない私たちが近づくと、子供たちは同情の眼差しで二人を見つめた。子供たちは一様にボロのような服をまとっており、ポコンとへこんだやせた顔の中で、瞳だけが大きく見えた。同情を受けなければならないのは彼らであるはずなのに、むしろ彼らが私たちに同情していた。
 「おい、おまえはどこから来たんだ?」
 「平壌から」
 「おまえたち、これから苦しい目にあうんだな」
 「……?」
 私の横の同じ年頃の男の子が、黄色い歯をむき出して笑いながら話しかけてきた。私たちは学生監督が近づいて来たことも知らず、話をしていたが、雷が落ちるような声とともにその子の顔に、ぱっと火花が散るのを感じた。
 「おい! パンチョッパリ(半日本人。「パン」は「半」、「チョッパリ」は割れ爪の意。下駄を履く日本人をブタの爪にたとえた悪口)ども、列に並ばないで無駄口をたたいてたな!」
 声をかけてきたその子は両手で顔をおおった。彼の指のあいだから血のしずくが垂れてきた。顔を殴られて鼻血が出たのだ。監督は顔をおおっている彼の腰のあたりをもう一回足で蹴りつけ、また 「パンチョッパリ野郎!」と悪態をついて行ってしまった。
 「ごめん……」
 私は、その子に本当に申しわけなくて小さな声であやまった。
 「大丈夫だ。こんなことは何でもない、今に見ていろ」
 私は顔色が変わったのに、反対に彼はこの程度殴られるのは茶飯事だといわんばかりに、流れ落ちる鼻血を服の袖でさっとぬぐってから、にやりと笑ってみせた。何か、別の動物を見るような妙な気分にとらわれた。
 生徒たちは学生監督の指示にしたがって何の表情もなく機械的に動いた。私と同じ年頃の男の子たちが約二十五名いた。
 「前進!」
 学生監督の号令とともに私たちは学校に向かって出発した。
 「今から行軍しながら歌を歌う。『革命化の歌』 始め! いち、に、さん!」

思想と技術の主人はわれらだ
事大主義、修正主義を叩きつぶせ
思想・技術・文化革命、もっと急ごう
革命の旗手らしく、革命の旗手らしく生き抜こう……

 生徒たちは声を張りあげ、やけくそになって歌った。
 この歌はこれまで一般社会ではまったく聞いたことのない歌だった。この歌がまさに「収容所の歌」であるということはあとになって知った。
(中略)
 ずんぐりした体格の五十代の男が教壇の上に立った。彼が他ならぬこの学校の校長であった。
(中略)
 「おまえたちは罪人の子である。おまえたちの父母はわれわれの党と祖国に背信し、ぬぐい去ることのできない過ちを犯した。しかし、偉大なる首領様金日成同志と親愛なる指導者金正日同志が、おまえたちに学ぶ機会を作ってくださった。おまえたちは少しでもその恩恵に報いるために、一所けんめい働かなければならない。万一、規律に違反したら、容赦なく処罰する」
 生徒たちは、息を殺した。校長の手が、腰につけた拳銃の上にいったためだけではなかった。彼の首には青筋がたち、目には殺気がこもり、顔には憎悪心が満ちていた。
 「パンチョッパリのガキども。おまえたちの父母が罪を犯さなかったら、われわれはこんな苦労をすることはなかった! 全部おまえたちのせいだ。おまえたちのような反逆者のせがれどもには、一日に三食食べさせるのももったいないことだと思え!」
 私はここが学校だということをとうてい信じることができなかった。刑務所に閉じ込められている罪人になった気分だった。事実は罪人なのであるが、私はまるでそのことに気がつかなかった。少なくともその事実を認めることができなかった。私は罪を犯してないのだから。
 朝会が終わり、私のような新入生は、別に呼ばれて教員室に行った。
(中略)
 「おい、おまえどこから来た?」「誰が罪を犯したのか?」「何の罪か知ってるか?」
 私たち三人は偶然、平壌出身であった。そのうち李竜模は、父が労働党教育部の課長であると言った。しかし何の罪を犯したのかという質問には、三人とも返事ができなかった。
 集中的な質問が終わると、教員の一人が、自分が私たちの担任教員だと名のった。
「おい、パンチョッパリども、ここを平壌の学校のように考えたらだめだぞ! ここでは勉強よりは仕事をしっかりしなければいけない。仕事を怠けたら、ひどい目にあわせてやる。わかったか!」
ひと言ひと言に私たちに対する憎悪が濃くにじみでていた。


 

 これが学校です。罪人の子供だからお前たちも罪人だと、校長が憎悪を込めて子供に怒鳴る学校です。少しでも私語があれば大人の全力の力で容赦なく殴られます。先生に、勉強よりも仕事をしろと言われる学校です。パンチョッパリと差別用語を平気で連呼する学校です。これが北朝鮮の強制収容所に入れられた子供の運命です。

 この残酷な人権問題を隠し、「敬愛する将軍様」が乱舞する教科書で授業を行っているのが、日本の朝鮮学校です。子供達が将来、脱北者の手記を読んだとき、なぜ先生たちは自分達にこの事実を教えてくれなかったのか?なぜ「敬愛する将軍様」と教え、朝鮮民族を容赦なく虐殺する集団を愛する祖国と教えるのか?きっと疑問に思うと思います。怒り、愕然とすると思います。

 朝鮮学校には、「敬愛する将軍様」が乱舞するおぞましい教科書を破り捨て、北の大地で無残に殺された、朝鮮の同胞のために涙し、黙とうを捧げ、冥福を祈るような教育をしてもらいたい。この教育内容では、この人達に胸を張って、在日同胞のウリハッキョだと言えないはずです。どうかそのことに気づいてほしいと思います。

コメントを残す