アメリカ世界戦略の大転換 「リベラルな覇権」から「オフショアバランシング戦略」へ

どのように機能するのか

  • オフショアバランシング戦略では、主要3地域のパワーバランスの現状に即して軍事姿勢を調節する。
  • ヨーロッパ、北東アジア、ペルシャ湾岸に覇権国が台頭する気配がなければ、米軍を派遣する必要はない。
  • 地域的覇権を確立するには長い時間がかかるために、米国がそれに気づいた段階からでも、対応できる時間的猶予は十分にある。
  • この段階で、米国は地域諸国を防衛の第一線にたたせ、彼らに地域的対抗バランスの形成を委ねる。
  • 同盟国を援助し、支援を約束することもできるが、大規模な米軍部隊を外国に派遣するのは控えるべき。
  • 小規模の部隊を送り込み、情報収集施設を確保し、装備の事前配備をしておくのが合理的な場合もある。しかし、基本的には、対抗バランスの形成は、覇権国の台頭を阻止することに大きな利益とインセンティブをもつ地域諸国に委ねるべき。
  • 地域諸国が潜在的な覇権国の封じ込めに失敗すれば、ワシントンは、地域秩序を好ましい地域バランスへ向かわせるために、十分な軍事力を投入する。この先例は、西ヨーロッパ諸国だけではソビエトを封じ込められないと判断して、大規模な米地上軍と空軍をヨーロッパに前方展開したことなどがあげられる。
  • その一方、戦争が起き、交戦国のどちらかが覇権国の地位を手に入れそうな情勢になるまで、介入を控えることもできる。二度の世界大戦へのアメリカの介入のタイミングがまさにそうだった。ドイツがヨーロッパでの覇権を確立しそうな情勢になるまで、アメリカは介入を控えた。
  • ときに軍事介入が必要になることがあることを理解しつつも、可能な限り、遠くから事態を見守るオフショアバランシングを維持することが重要。
  • 仮に米軍事力の投入が必要になった場合でも、アメリカは同盟国に主要な任務を担わせ、(目的を果たしたら)可能な限り早い段階で兵力を撤退させるべき。
  • アメリカが防衛にコミットする地域を限定し、地域諸国に防衛上の重責を担わせれば、米軍の重荷は軽減される。
  • これによって、国内の投資と消費に回せる資源が増え、危険にさらされる米兵士の数も少なくできる。
  • 現状では、同盟諸国はアメリカの軍事的保護にフリーライド(ただ乗り)しており、この傾向は冷戦終結以降、ますますひどくなっている。
  • NATOメンバー国のGDP合計に占める米GDPの割合が46%でしかないのに、NATOの軍事支出の75%をアメリカが負担している。政治学者のバリー・ポーゼンが言うように、これでは富裕国を支援しているようなもの。
  • オフショアバランシングでテロのリスクを抑え込むこともできる。
  • 「リベラルな覇権」という戦略概念を背景に、アメリカはなじみのない遠くの場所にさえ民主空間を拡大することにコミットしてきた。
  • 民主空間拡大策はときには軍事占領を必要とし、現地の政治アレンジメントに関与せざるを得なくなる。こうした行動が現地のナショナリズムを刺激し、民衆はアメリカに反発する。
  • そして、直接アメリカに対抗する力がないために、彼らがテロに訴える。
  • テロを感情的・思想的に刺激することに加えて、「リベラルな覇権」戦略は、テロリストを具体的な行動へと駆り立てる環境を作り出す。
  • アメリカの価値を拡散するために体制変革にうってでれば、現地の制度が損なわれ、過激主義がはびこる統治の及ばない混乱した空間を作り出すだけ。
  • オフショアバランシングなら、ソーシャルエンジニアリング(国家建設)に関与するのを避け、アメリカの軍事介入を最低限に抑え込むことで、このリスクを緩和できる。
  • 米軍が外国に駐留するのは、死活的に重要な地域に位置する国が、潜在的覇権国に脅かされている場合に限定。
  • この場合、潜在的覇権国に脅かされる国は、アメリカのことを占領国ではなく、救済者とみなす。
  • 脅威を取り除いた後は、米軍は相手国から撤収し、現地の政治に水面下で介入することはしない。
  • 他国の主権を尊重するオフショアバランシング戦略が、反米テロの温床を作り出す可能性は低い。

 

以上がオフショアバランシング戦略を採用した場合の効能です。

特徴はギリギリまで軍事介入は避ける。

対抗バランスの形成は、覇権国の台頭を阻止することに大きな利益とインセンティブをもつ地域諸国に委ねる。

そうすれば米国が金と血を垂れ流すことはなくなります。

いいことづくめですね、アメリカにとっては。

辛くなるのは、バックパッシング(責任転嫁)される地域諸国。

東アジアでは中国への対抗を日本・台湾・ベトナム・フィリピンのような国が担わされることになります。

最前線に米兵を立たせることはない。

前線にいるお前ら(=地域諸国)が頑張れ。

う~ん、辛い。辛いですが当然と言えば当然です。

直接戦ってくれなくても、強力に後方支援してくれるならこれほどありがたいことはないでしょう。

中国に飲み込まれるなんて悪夢ですから。

アメリカは後ろに下がって辛い役目を俺たちに押し付けている!と非難したところで、中国の台頭を抑えるインセンティブを一番持っているのは隣国の日本や台湾なわけです。文句を言ったところでしょうがない。

それに、いよいよ抵抗できない!となれば大規模な米軍派遣もあるえると言っているわけですから見捨てる気満々というわけでもありません。

やめてくれ~っと言いたくなるのは、戦争が起きても片方が地域覇権の地位を手に入れそうになるまで介入するな、という考え方でしょう。

例に出した第二次世界大戦がまさにそれでしたね。

ヨーロッパで血みどろの殺し合いをやってる間も、日本がどんどん中国へ侵攻して、中国人と殺し合いを繰り広げている間いも、基本静観。

やばくなったら英仏や、中国国民党を裏で支援しつつ、日本に対しては資産凍結や禁輸で圧迫し、勝利を邪魔する。

その間、アメリカが空爆されて産業が破壊されることもなく、むしろ両方に対して金を貸したり、商品を売りまくったりして急激に米国へのパワーシフトが起きました。

日本としては今これをやられると辛いですね。

戦争になったら国土が荒廃しますから。

まぁそうなる可能性は低いでしょうが、そうならないように米国のオフショアバランシング戦略を理解して、その中で自国の国益を確保するように対応していくしかないでしょう。

もう一つ注目すべき点が軍事占領も行う「リベラルな覇権」こそがテロの温床になっている、という点でしょう。

この手の介入が、現地のナショナリズムを刺激し、民衆をアメリカに反発させ、絶望した若者をテロへと駆り立てると批判しています。

こう言われれば「そうだそうだ、その通り。だから米軍は撤退せよ」と思ってしまいますが、言い換えれば米国の脅威とならない限り、中東の独裁者が過酷な統治をしても関知しない、ということです。

シリアからの撤退も土台にはこの考え方があります。

アサドが復権し、再び過酷な警察国家へと戻っても、もう米国は何もしないでしょう。

ヨーロッパも難民が止まるなら過酷な統治をしてても知らんぷりでしょう。

人権や自由について、口ではなんだかんだ言うでしょうが、基本他人事だと無視すると思います。

実力行使はまずしない。

仮に軍事介入がありえるとしても、住民が独裁者に徹底的に痛めつけられ、上述しているように「アメリカのことを占領国ではなく、救済者とみなす」くらいまで追い込まれ、「明らかな必要性があり、任務が遂行可能で、介入しても事態をさらに悪化させることはない」と米国やEUが確信した場合に限られます。

そんな厳しい条件がクリアされるまで、独裁政権は安泰なわけですよ。

まぁそれもしょうがない。

嫌ならもろ手を挙げて米軍を歓迎し、自国に自由民主主義が定着するまでアメリカの指導を喜んで受けます!くらいの親米になるべきでしょうが、中東でそんなことはどう考えても無理。

核やICBMで自国が脅かされたり、無節操に難民が大量に移動してきたりしない限り、中東の人間がどれだけ殺し合いを繰り広げようが、欧米先進国では無視されることでしょう。

涙を流し、同情はするでしょうが、実質的なことはやらないでしょう。

「それは欧米の責任ではなく、中東の人々の責任」

これがオフショアバランシング戦略です。

まぁそれは悪い言い方であって、結局、中東を安定させ自由と民主主義を定着させる能力は米国やEUにはない、というあきらめです。

事実その通りですからしょうがいないですね。

自分の能力を現実的に直視して、考えられたのがこのオフショアバランシング戦略と言えます。

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エンゲージメント戦略の悪夢

  • 現状に照らせば、オフショアバランシングは急進的戦略のように思えるかもしれない。
  • 実は、この戦略概念は数十年にわたって米外交の指針の一つとされ、アメリカはこの戦略から利益を引き出してきた。
  • 19世紀のアメリカは(西部フロンティアに向けた)領土拡大路線をとって国家基盤を強化し、西半球における覇権を確立。
  • 世紀末までにこの目的を達成すると、アメリカはヨーロッパと北東アジアでのバランス・オブ・パワーを維持することに関心を示すようになった。
  • 地域大国による相互牽制に流れを委ね、軍事介入は、二度の世界大戦のようにバランス・オブ・パワーが崩れた場合に限定した。
  • 冷戦期のアメリカは、ヨーロッパと北東アジアの地域諸国にソビエトを封じ込める力がなかったために、直接的に関与せざるを得なくなった。
  • こうしてワシントンは同盟関係のネットワークを形成し、北東アジアにおけるソビエトの影響力拡大を封じ込めるために朝鮮戦争にも介入した。
  • しかしペルシャ湾岸地域では、アメリカはオフショアバランシング戦略を維持し、特定国が原油地帯を支配するのを阻止する役目をイギリスに委ねた。
  • 1968年にイギリスが湾岸からの撤退を表明すると、アメリカはイランのパーレビ国王とサウジの王室に地域バランサーの役目を委ねた。
  • イランのパーレビ体制が1979年の革命で崩壊すると、カーター政権は、イランやソビエトが中東を支配するのを阻止する目的から、米軍内に緊急展開部隊を組織。
  • レーガン政権が1980―88年のイラン・イラク戦争でイラクを支援したのも、この理由から。
  • サダム・フセインがクウェートを侵略し、サウジを含む湾岸の産油国を脅かし始めた1990年まで、米軍は中東への直接関与を回避。
  • ほぼ1世紀にわたってアメリカはオフショアバランシング戦略で地域的覇権国の登場を阻止し、戦略地域におけるバランス・オブ・パワーを維持することで、アメリカの安全保障を擁護してきた。
  • ワシントンの政策決定者がこの戦略から逸脱し、ベトナムのようなアメリカの死活的利益が存在しない地域に介入した結果、非常にコストの高い失敗に直面したことは、オフショアバランシングの正しさを証明している。
  • 冷戦後の歴史も同じ教訓を示している。ソビエトが崩壊すると、ヨーロッパには支配的な大国は存在しなくなった。この状況で、アメリカは軍事プレゼンスを着実に削減し、ロシアとの関係改善を図り、ヨーロッパの安全保障をヨーロッパ人に委ねるべきだった。
  • しかし、実際にはNATOのプレゼンスを強化し、ロシアの利益を無視し、ウクライナ危機へと向かう環境を作り、モスクワを中国へと向かわせてしまった。
  • 中東でも、湾岸戦争後は現地情勢からは距離を置き、イランとイラクによる相互牽制に秩序を委ねるべきだった。
  • しかし、クリントン政権はイラン・イラクに対する「二重封じ込め」戦略をとり、結局、イランとイラクを同時に牽制するためにサウジに米軍の地上部隊と空軍を展開させた。
  • その後、ジョージ・W・ブッシュ政権は「地域的な変貌(中東の民主化)」をスローガンとするさらに野心的な政策をとり、アフガニスタンとイラクでコストのかさむ失敗を繰り返した。
  • オバマ政権も、リビアのカダフィ政権の打倒を助けただけでなく、シリアのアサド政権の退陣を求め、反政府勢力の一部を支援することでシリアのカオスをさらに深刻にするという間違いを犯した。
  • 冷戦後にオフショアバランシングを放棄したことが、外交の破綻を呼び込んでしまった。

 

一言でいえば「バランス・オブ・パワーを維持=勢力均衡」を目指していた時にはうまくいき、アメリカの死活的利益が存在しない地域に過度に介入した結果、失敗した、ということでしょう。

ソ連崩壊後にはヨーロッパに支配的な大国も存在しなくなった、だからさっさと欧州から撤退してロシアと関係改善を図り、ヨーロッパ人に任せておくべき。

中東は湾岸戦争後にはイラク・イランの相互牽制というバランス・オブ・パワーに地域秩序を任せるべき。

それをやらず、NATOの東方拡大でロシアと衝突し、イラク・イランの二重封じ込めで米国が主体となってやるはめになり、中東の泥沼にはまり込んで多額のコストを支払い続け、さらにはイスラム教徒に恨まれてテロの標的にされる。

いいことなかったよね?

以上、終了!

ってな感じでしょうか。

説得力は抜群です。

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関与すべきか、関与を控えるべきか

  • 「リベラルな覇権」を擁護者は、さまざまな正当化の理屈を示しているが、そのいずれにも説得力はない。
  • 「世界秩序を維持していくには、アメリカの力強いリーダーシップが必要だ」とする議論をよく耳にするが、グローバルなリーダーシップそのものは目的ではなく、リーダーシップをとることでアメリカの利益が直接的に強化される場合だけ。
  • 「地域プレイヤーたちの集団行動上の問題ゆえに、潜在的覇権国へのバランスがうまく形成されない場合には、アメリカのリーダーシップがやはり必要になる」と主張することもできるが、オフショアバランシング戦略でもその危険に対処するよう考えられている。
  • 「リベラルな覇権」擁護派は「破綻国家、テロ、犯罪ネットワーク、難民の流れその他に起因する新しいトランスナショナルな脅威に対処していくためにも、アメリカのリーダーシップが必要になる」と主張しおり、大西洋と太平洋もこうした危険に対する防波堤にはならず、そのため近代的な軍事テクノロジーを利用して米国がパワーを世界に展開して対応すべきと主張する。
  • しかし、この見方は脅威とワシントンの対応能力を過大評価している。犯罪やテロ、それに準じた問題は確かに厄介だが、これらが国の存続を脅かすことはなく、軍事的対応が必要になることはあまりない。
  • 逆に、何度も他国に干渉し、軍事介入を繰り返せば、現地住民の反発を買うだけでなく、政治腐敗を横行させ、トランスナショナルな脅威をさらに深刻にする。
  • 問題に対する長期的な解決策は、現地で力強い統治が行われることだ。世界の警察官としてアメリカが強権を振るっても解決策にはなり得ない。
  • 「リベラルな覇権」の擁護者たちが言うほど、世界の警察官の役目を果たすことのコミットメントは、経済的にも人的犠牲という側面でも軽くはない。
  • アフガニスタンとイラクにおける戦争ではそれぞれ4兆ドル、6兆ドルのコスト負担が必要になったし、約7000人の米兵が犠牲になり、5万を超える兵士たちが負傷した。この戦争に参加した米兵のなかには、復員後も鬱病を発症し、自殺する者も多い。
  • 「リベラルな覇権」戦略の維持を求める人のなかには、「オフショアバランシングをとれば、他の国がグローバルパワーの頂点にいるアメリカの地位を奪いとることになる」と懸念する者もいる。だが、中核目的に焦点を合わせるオフショアバランシングなら、アメリカの支配的優位をむしろ長期化させる。
  • オフショアバランシング戦略をとれば、「リベラルな覇権」とは違って、意図とは逆の結末に直面することの多い十字軍的ミッションから解放され、政府は、長期的な視点でパワーの強化と繁栄のために、教育、インフラ、研究開発に投資できるようになる。
  • かつてアメリカは外国での戦争への関与を避け、世界レベルの経済を構築することで大国の座を手に入れた。奇しくも、過去30年にわたって中国はこれと同じ戦略をとってきた。一方、昨今のアメリカは数兆ドルの資金を軍事介入に投入し、長期的な優位を危機にさらしている。
  • 「平和を守り、開放的な世界経済を維持するために米軍は世界の守備隊としての役目を果たすべきだ」と主張する人々もいる。「この路線から後退すれば、大国間のライバル関係が激化し、壊滅的な経済対抗策が入り乱れ、アメリカが関与せざるを得ない大規模な戦争が起きる」と彼らは言う。「1930年を再現するリスクを冒すよりも、グローバルな警察官としての役目を続けたほうがよい」というのが、その言い分。
  • こうした主張に説得力はない。この議論は「アメリカがヨーロッパに踏み込んで関与していれば、第二次世界大戦は回避できていたかもしれない」という考えを前提にしているが、ヒトラーが戦争を決意していた以上、論理破綻がある。
  • ワシントンがどのような行動をみせても、地域紛争は起きる。そしてアメリカの死活的利益が脅かされない限り、紛争に関与する必要はない。
  • 実際、日露戦争、イラン・イラク戦争、そして現在のウクライナ紛争など、アメリカが関与しなかった地域紛争は数多く存在し、この事実からみても「アメリカは結局、紛争に関与せざるを得なくなる」という主張の基盤は脆い。
  • 仮に大国間戦争に関与せざるを得なくなるとしても、アメリカは遅れて参戦し、当事国が戦闘コストの大半を負担するのが望ましい。二つの世界大戦に最後に参戦したアメリカは、介入のタイミングを待つことで、二つの戦後において大きな力をもつようになった。
  • 「平和を維持できるのはアメリカのリーダーシップだ」という議論も、最近の歴史に照らせば、その根拠は希薄だ。この25年にわたって、ワシントンは中東で数多くの紛争を起こすか支援し、他の地域でも小規模な紛争を起こしている。だが、世界の安定を促進するはずの「リベラルな覇権」はまともな結果を出せていない。
  • 「リベラルな覇権」戦略で、経済利益が促進されたとも考えにくい。西半球における影響力を確保している以上、アメリカは(「リベラルな覇権戦略」をとらなくても)経済利益を期待できる機会を生かし、自由に世界各国と貿易と投資ができたはず。
  • 投資や貿易の場合、あらゆる国が利益を共有できる以上、経済的に関与し続けるために、あえてグローバルな警察官の役目を果たす必要はない。
  • 「リベラルな覇権」の支持者たちは、「核拡散を阻止するためにも、ワシントンは世界規模のエンゲージメントを続ける必要がある」と主張している。
  • 「アメリカの関与を主要地域に限定するか、あるいは全面的に世界から手を引けば、アメリカの核の傘に保護されてきた諸国は、核兵器を調達して抑止力を形作るしかなくなる」と彼らは言う。
  • いかなる大戦略も核拡散を完全に封じ込めることはおそらくできないが、現実には、オフショアバランシングは、少なくとも「リベラルな覇権」よりも核拡散問題にうまく対処できる。
  • 結局のところ、「リベラルな覇権」戦略では、インドとパキスタンが核能力を獲得するのを阻止することも、北朝鮮が核クラブの新しいメンバーになることも、イランが核開発に向けて大きな進展を手にすることも阻止できなかった。
  • しかし、体制変革路線を手控え、アメリカの軍事関与を削減するオフショアバランシング戦略をとれば、潜在的核拡散国が核開発を試みるインセンティブそのものを低下させることができる。
  • 核開発を決意している国への軍事行動をとっても、相手が核兵器を手に入れる時期を先送りできるだけで、最終的に核を獲得することは阻止できない。
  • 最近のイランの核合意からみても、予防戦争や体制変革路線よりも、国際協調型の多国間圧力や厳格な経済制裁のほうが優れたアプローチであることは明らかだ。
  • アメリカが安全保障関与のレベルを低下させれば、脆弱な国家の一部は核を手に入れて、独自に核抑止力を形作ろうとするかもしれない。そうした結末はもちろん好ましくない。しかし全面的な核不拡散を試みるのはコストがかかるだけで、おそらくはうまくいかない。
  • 仮に核拡散が起きても、その悪影響は悲観主義者が懸念するほど深刻なものにはならない。弱体な国が核を保有しても大国になれるわけではないし、ライバル国を恫喝できるわけでもない。
  • 実際、1945年以降、10カ国が核能力を手に入れたが、それで世界が抜本的に変化したわけではない。ワシントンがどのような行動をとろうと、核不拡散が重要なアジェンダであることに変わりはなく、これにもっともうまく対処できるのがオフショアバランシング戦略。

 

「リベラルな覇権」擁護派がぐだぐだ正当化する理由を言ってるけど、どれも説得力ゼロ。懸念していることは、オフショアバランシング戦略でも十分に対処できるし、むしろオフショアバランシング戦略の方がうまくやれる、というのが要旨でしょうか。

米国の能力を過信してなんでもできると思うな、という現実的な達観ですね。

限界を理解して、米国の利益を最大化させ、米国に対抗できる新たな覇権国家の出現を阻止することだけに力を注ぐべし。

紛争が起きたとしても米国にそれを防ぐ能力もなければ、義務もない。

そんなもんは勝手にやらせとけ。

介入するなら気のすむまでドンパチやらせて最後に参戦すればよし。

核武装したところで大国になれるわけでも、ライバル国を言いなりにできるわけでもない。

核拡散を黙認しろと言っているわけではなく、核拡散を防止するのもむしろオフショアバランシング戦略の方がうまく機能する。

言いたいことはこんな感じでしょうか。

この考え方に則れば、北朝鮮の核武装を黙認する可能性もありえます。

まぁそうなるには「北朝鮮が親米国家になって中国を敵視するようになること」というかなり可能性の低い条件をクリアしなくてはならないでしょうが。。。

この章では「リベラルな覇権」論者の問題点をえぐりながら、いかにオフショアバランシング戦略の方が優れているかを説明してます。

ただし、「イランの核合意からみても、予防戦争や体制変革路線よりも、国際協調型の多国間圧力や厳格な経済制裁のほうが優れたアプローチであることは明らかだ」という指摘は、現状とは乖離していると言えます。(この論文は2016年7月号のもの)

(次ページに続く)