先祖の英霊にあきれられる「靖国参拝論争」

パラパラと図書館で戦前のニュースを読んでいたら、靖国神社参拝について昔から同じようなことで論争していたことが分かる記事を見つけたので紹介しておきます。

昭和7年(1932年)10月13日の読売の記事のようですが、こういうのを読むと、人間って昔っから同じようなことをしていたんだな~、と遠い目になりますね。

 

◎靖国神社参拝拒否問題
上智大学学生の拒否に軍部が激昂
〔昭和7年10月13日 読売〕

 今春、上海事変と満洲に戦歿(せんぼつ)した戦士の合祀の靖国神社大祭に、カトリック上智大学生が軍教教官に引率されて礼拝するのを拒んだのに対して、この頃、神道側の一部が詰問書を発している事実がある。その趣旨は、この事件で軍部の激昂から同大学が文部省に伺いを立て、「神社は宗教なりや否や、文部省としての確固たる解釈を発せられたし」と問うたところ、文部省は大臣、次官、局長の会議で、「学生及び児童をして神社に参拝せしめるのは教育上の理由に基づくもので、例外なく従わなければならぬ」と明示した。故に同大学は誠意を以って回答せねばならぬというのである。

 上智大学では、この問題は神道側のいうごときものではなく、学生の多数は参拝したが、少数の者が不参加の態度をとったかも知れぬと云い、靖国神社をはじめ神社がはたして宗教であるか否かは依然問題で、この方の態度も、もし神社が宗教ならば信仰上から不参加を云うことは変わりはないというのである。

右につき同大学の当局は、

五項目に亘る質問書は来ていますが、靖国神社に全学生か参拝しなかったと云うのはデマで、予科の二、三名が思慮なく拒んだだけでしょう。しかし神社が宗教と公認され信仰の対象とならば、恐らくカトリック関係者は参拝しないでしょう。国家のために斃れた人々の英霊を慰め、感謝すると云う意味ならば、拒否するごときことはない云々。

昭和ニュース事典 (3)』 P698

まぁ、今と似たような論争やってますよね。「靖国神社は宗教か否か」、など今でも言い争いが絶えません。

先祖の英霊が今の靖国参拝の報道を見たら、

「え?おまえらまだやってんの??」

とあきれるでしょう。

その後の事件の推移は、記事を読む限り下記のようになっています。

陸軍省が配属将校引き揚げを決意
〔昭和7年10月14日 読売〕

昭和ニュース事典 (3)』 P698

内容としては、靖国参拝しないことにキレる軍部が、各大学に軍事教練をする軍人がいたのですが、その人たちを引き揚げる、という手段で大学側に圧力をかけています。

大学側は、学校として生徒に参拝を禁止させるようなことはしていない。しかし、カトリック教徒が信仰の立場から礼拝せぬのは、憲法で宗教の自由を認めている以上やむを得ぬもの、という主張しています。

大学側の意見は、至極まっとうなことを言っているように思います。

だいたい、二、三名が行かなかっただけでいちいちキレるなよ、おまえは全体主義者か?と言いたくなります。このころの軍部はかなりうざい感じですね。

陸軍省と大学の間で、文科省が板挟みになって四苦八苦しているという記事の内容になっています。

陸軍省は強硬、板ばさみの文部省
〔昭和7年10月20日 読売〕

昭和ニュース事典 (3)』 P699

譲らない軍部と大学の間で、文部省が四苦八苦しています。

「日本の国体と相容れぬ学校に軍教を実施する必要などない!」と主張して聞かない軍部に困り果てる文部省と大学、という構図ですね。

今の常識で考えれば、「あっそ、どうぞ撤収してください」で終了ですが、「もし軍教廃止のごとき結果を招く時は、右三校は或いは没落するような悲境に陥る」と、記事にあるので、当時はそれくらい「軍教」というのが必須の教育科目だったのでしょう。

上智大学、暁星中学が文部省に詫状
〔昭和7年10月27日 読売〕

昭和ニュース事典 (3)』 P699

困り果てた文部省を憐れに思ったのか、東京教区大司教のシャンボン氏が、「神社参拝は宗教上の理由ではない」、「教育上の理由によるもの」、「愛国心と忠誠心を表して国民道徳の思想を涵養せんがため」、「ゆえにいかなる宗教でも例外なしに行うもの」、という通達を、各学校に出してくれました。

学校側からは、「神社参拝の道徳的意義をよく了解したので、今後は学生、生徒の訓練上につき十分注意する」というわび状が来たと記事にあります。

ご理解いただき、どうもありがとうございます!!と感謝して良いと思いますが、そうならないのがこのころの軍部です。

「学校における神社対宗教の関係は解決した訳で、残る今後の問題は陸軍省との交渉であるが、軍部側の態度はかなり強硬なので、解決までには相当の時日を要する模様である。」と、締めくくられています。

こういう絶対教徒は何言っても聞かないから本当に大変です。学校からわび状まで届いて、司教が、宗教は関係ない、教育上必要なこと、とわざわざ言ってくれてるわけです。

「いや、こちらも強硬論ばかり言って申し訳ない。ちゃんと軍教をやります。今後ともお互い協力して次世代への教育をやっていきましょう!」、くらいの返事を言えば良いのにダメな人たちです。

そして、こういう言論弾圧まがいのことをやると、当然嫌われます。

神社不参拝の動き、全国に拡大
〔昭和7年10月28日 読売〕

昭和ニュース事典 (3)』 P699

一言で要約するなら、「反感を買って全国各地で参拝拒否者が続出」ってなことでしょう。

だいたい何もしなければ、カトリック系の大学だけで、全校生徒中、二、三名の超少数の参拝拒否者がいただけなのに、馬鹿みたいに騒ぐから反感買って参拝拒否が全国に拡大することになります。

歴史に学ぶなら、こういう言論弾圧まがいのことをすると逆効果にしなかならないからやっちゃいけない、ということを教訓にすべきでしょうね。

それにしても、これが1932年の記事です。つまり昔っからやってるわけですよ、この靖国参拝論争を。ほんと成長してないな~、と思わず笑ってしまいました。

先祖の英霊からしたら、「こいつらまだやってんの?」とあきれられること間違いなしです。

本当に歴史戦を戦略的に戦う気があるなら、中国で捕虜になり思想改造を受けた人や、北朝鮮で思想改造を受けた日本人を合祀するのが良いでしょうね。

結構古い本ですが、こちらの本が凄まじいです。
思想改造の心理―中国における洗脳の研究 (1979年) (人間科学叢書〈6〉)
中国の収容所で思想改造を受けた欧米人を研究した本です。解放された後も、この思想改造の後遺症で、自分で自分を自己検閲し、中国共産党や共産主義にとって都合の良い行動をしてしまうところは本当に戦慄させられます。

当然日本人捕虜も同じことをされていたでしょう。そういう人たちが戦後日本に帰ってきて共産主義の細胞となり、「三光作戦」など、捏造話をせっせと広めていたわけです。

この本を読むと、拷問と飢餓を組み合わせた脳内改造がいかに恐ろしく、かつおぞましいものかがよく分かります。

こういう中国や北朝鮮の収容所で弾圧された日本人を靖国神社に合祀すると、かなり中国や北朝鮮がつつき辛くなります。何せ下手につつくと日帝の蛮行がガキのお遊びに思える、強制収容所での自国民虐殺に飛び火するわけですから。

昔の馬鹿な軍部のような論旨で靖国論争を戦うから、国際政治で不利になるわけです。相手の有利な戦場に出向いて戦うのは愚か者のやることでしょう。

こういう戦い方をすると、韓国の激烈な反日カルト集団である従北左翼も黙るでしょう。強制収容所での韓国軍捕虜の扱いなど、本当にありえません。

こういう戦い方をすれば、「なぜ自分たちはこの人たちのことを忘れて、チュチェ帝強占期(今の北朝鮮のこと)を無視して、日帝強占期ばかり重要視してしまうのだろう?」という常識的な思考をしてくれる韓国人も増えるでしょう。

だいたい竹島のことを騒ぐ前に、金一族に国土の半分強奪されているのだから、早くそっちを取り返せよ、と言いたくなります。

中韓がー!と騒ぐ人たちは敵の姿が見えていませんね。「中韓」ではなく、「朝中」の工作を警戒すべきでしょう。中韓の工作はありますが、「朝中」に脳内汚染された韓国人が、元気に国際的反日活動に邁進しているのが実態だと言えます。

そもそもネットで韓国人を名乗って書き込みしているのが実在する韓国人かも怪しいものです。ネットに国境などありませんから、常識的に考えれば当然北朝鮮の工作員が韓国人の仮面をかぶって元気に工作活動を展開しているでしょう。

ちなみ、だから韓国と仲良くしよう!とは言ってませんよ。ちゃんと韓国内に浸透した共通の敵に狙いを定めて撃滅しないと日本の国益にマイナスだと言っているだけです。

この投稿を読んで靖国参拝を馬鹿にするな!という方もいるでしょうが、そういう脊髄反射の反応をする前に、下記の自称愛国者の蛮行についてどう思うかお聞きしたいところです。

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