野党が目指すべき有権者層

保守とリベラル、右と左。この対立軸で政治が語られがちですが、そもそも保守とは何か、リベラルとは何か、その定義があいまいです。

色んなところでその辺の定義を読んだり聞いたりしましたが、一番「なるほど~」と納得したのは橘玲さんの『バカが多いのには理由がある』です。

この図が一番分かりやすくまとめられています。

 

人間が直観的に判断する正義にはそれぞれ立場があり、それぞれ共同体主義とリベラリズムに大きく分かれ、同じく自由から派生した無政府主義的なリバタリアニズムがあり、近代になって「功利主義」というものが新たに加えられ、その4つの立場で現代政治の政党の性格・イデオロギーを説明しています。

まず、リベラリズム、リバタリアニズム、共同体主義について。

・・・「自由」を追求すると必然的に格差が広がっていきます。それを平等にしようとすれば、国家が徴税などの”暴力”によって市場に介入するしかありません。自由を犠牲にしない平等(平等を犠牲にしない自由)はあり得ないのです。

リバタリアンとリベラルは「自由 Liberty」から生まれた二卵性双生児のようなものですから、経済格差を容認するかどうかで激しく対立するとしても、リベラルデモクラシーの理想を共有しているのは間違いありません。それは、「自由と自己決定権を保障された市民が民主的な手続きによって国家を統治する」という政治思想です。そこでは完全な人権を持つ個人(市民)が社会の基本単位で、共同体(コミュニティ)はそうした市民が自由な意思で集まってつくるものです。

それに対して共同体主義者は、歴史や伝統・文化を無視した「平板な近代思想」に強く反発します。彼らにとっては共同体こそがひとびとの生きる基盤で、あらゆる「徳」はそこから生まれます。ヒトは社会的な動物で共同体(群れ)を離れては生きていけませんから、これはたしかにそのとおりでしょう。

しかしそうした政治的立場が正しいとすると、共同体は個人(市民)に優先することになってしまいます。リバタリアンであれリベラルであれ、市民の人権を制限する政治思想はぜったいに認めないでしょうから、共同体主義と近代的自由主義も原理的に両立できないのです。

(中略)

下部の半円にある3つの「正義」は、いずれも進化論的に基礎づけられています。正義感情によって直感的に正当化できるこの3つの正義は等価で、リバタリアニズムを中央に置いたのは便宜的なものにすぎません。

功利主義を半円から別にしたのは進化論的な基礎がないからです。功利主義の考え方は私的所有権(自由市場)を重視するリバタリアニズムときわめて相性がいいので、その部分がもっとも厚くなっています。一方、極端な平等主義や共同体主義では功利主義(市場原理)は全否定されます。

バカが多いのには理由がある』 P34-35

左右の対立とは個人主義と共同体主義と言いかえることができるかもしれません。

戦時には国家総動員制のごとくガッチガチの共同体主義が猛威をふるい、平和で豊かになると「俺の好きにさせろ!」と奔放な自由がはびこって道徳が廃れる。悪く言えばそんな感じでしょうか。

まぁ何が正解かはその時代ごとに中間を行ったり来たりするものなのでしょう。

面白いのは、リベラリズムも共同体主義の共通点が「市場原理の否定」だという点でしょう。極右と極左は、なぜか企業活動を国家管理したがります。どちらも行きつくところは全体主義ですね。

最近左翼とつるむ右翼がいますが、それも「市場原理の否定」という共通点があるからです。極右団体の綱領とか読むと、言葉を変えてるだけで共産主義者と一緒だったりしますから。

興味深いのは人類が直観的に正義の判断してきた歴史がないものとして、功利主義という概念が出てきていること。「功利」というと聞こえが悪いかもしれませんが、「少ない資源でより多くの物を生み出す奴がえらい!」ということでしょう。

これは、何も制限するな自由にさせろ!というリバタリアニズムと相性が良い。

ゆえに功利主義とリバタリアニズムが一番被っている範囲が大きい。

が、人間そこまでシビアにもなれないし、一人一人が強い個人でもない。

そこで政治的には中間くらいの「中道右派」や「中道左派」に流れ、そこをターゲットにした政党が大きな勢力となります。

日本はどのように政党がマッピングされるかというと、現在の自公連立政権が中道右派でしょう。

そして、潜在的に大きな勢力となりうるのが中道左派のポジション。現在ここは空席、というよりこの席を埋めるべく、希望&維新、立憲&共産が覇を競うことになりそうです。

この空席の「中道左派」マーケットについて、こう述べています。

現在の日本政治は、中道右派(安倍政権)の対抗軸が共産党しかないという奇妙な図式になっており、中道左派がいるべき場所には大きな政治的空白(ブルーオーシャン)が広がっています。

民主党が党勢を回復するのか、新興政党が台頭するのかはわかりませんが、将来的にはこの場所を占めた政党が自民党の対抗勢力になるのでしょう。

バカが多いのには理由がある』 P39

2014年の出版なので民主党の名前が出ていますが、状況は今も変わっていません。

中道左派という大きな政治的空白に真っ先に名乗りを上げ勢力を築けた政党が自民党の対抗勢力となりえます。

希望と維新は、自民補完勢力というイメージを払拭して、弱者救済や社会福祉の強化をもっと主張しつつ、経済政策・金融政策は今の自民を踏襲すれば良さそうです。政策的には問題はなさそうですが、足りないのは強固な支持基盤でしょう。土台がないとなかなか政党として根付かない。

立憲と共産は、左派の強固な支持基盤があります。が、これがまともな政策を阻害します。「市場原理を否定」するような主張をする市民団体や集団をどれだけ抑えながら集票組織として維持できるか。共産党では無理でしょうから、立憲がどれだけ共産党支持層を吸収できるかにかかっています。立憲が共産党を解党にまで追い込み、支持基盤を丸ごと吸収するくらいの手腕を発揮すれば、政権交代も可能な大きなリベラル政党として成長することも可能でしょう。

本当にそれができれば立憲を見直します。

野党は自民との対決を演出しつつも、本当の敵は同じ野党というのが現実です。

政策的には正しくても、自民との違いをアピールできず、固い支持基盤もない希望&維新が埋没してしまうか?それともコツコツ頑張って支持基盤を構築し、責任野党として飛躍できるか?

固い(というよりカルト的な)左派支持基盤を吸収があり、自民との違いも明確。それを生かして勢力を広げやすい立憲はどうなるか?”反対のための野党”と揶揄され、第二共産党となって「永遠の野党」に転落するのか?それとも共産党の集票機能だけおいしくいただいて、政策は現実的に練り上げ「中道左派政党」として立憲が躍進するか?

中道右派マーケットは自民の独占状態ですから、野党としては中道左派マーケットを狙うしかない。

もの凄く大変そうに思えるかもしれませんが、東京都議選でも分かるように”与党”と連立することが党是の公明党がいます。野党が大きくなれば、自民から逃げて中道左派政党に鞍替えすることもありえます。

野党でも与党でもどちらが政権をとってもうまく世の中が回るのが一番良い。反対のための野党ではなく、まっとうな政策論争をできる野党ができることを願ってます。