朝鮮学校を擁護する人たちの矛盾

朝鮮学校を擁護する人たちの根本的な間違いは、北朝鮮の支配層は「朝鮮民族」ではなく「金日成民族」だということを理解していないことでしょう。

何をそんな詭弁を!と反論を受けそうですが、こちらの認識は問題ではないでしょう。

相手が自分たちを「金日成民族」だと、自己定義しているのですからこちらが違うと言ったところで無意味です。

そうなると現在の北朝鮮は、金日成民族が朝鮮民族を支配している国となります。もしくは朝鮮人を民族浄化して、全て金日成民族に作りかえてしまった、とも言えます。

こうなると日本の植民地支配を情熱的に批判してきた人たちの言っていることに、強烈な矛盾が生じることになります。朝鮮学校無償化にずーっと賛成しつづけてきた大阪産業大学の藤永壯教授は、『マンガ嫌韓流』のここがデタラメ―まじめな反論 不毛な「嫌韓」「反日」に終止符を!対話と協力で平和を!!』でこう述べています。

 

『嫌韓流』が「勧善懲悪」を目指しているというから、あえて言うのだが、植民地支配は絶対に悪である。なぜならそれは、本来対等であるはずの人間と人間の関係を、民族という基準で不平等なものにしてしまうからだ。「日韓併合の真実」とは要するに、日本が朝鮮を征服したということであり、その逆ではない。日本が朝鮮を植民地支配している状況のなかでは、日本人は生まれながらの征服者、支配者であり、朝鮮人は生まれながらの被征服者、被支配者なのだ。

(中略)

だから私は、植民地支配は絶対に悪だ、よい植民地支配などあり得ない、と断言する。

それは、人を傷つけてはならないのと同じぐらい、当たり前のことなのだ。韓国や台湾の人たちが、かりに日本の植民地支配を賞賛したとしても、それはこの際、関係ない。植民地支配は、どんなに努力しても「勝ち組」と「負け組」をひっくり返すことのできない不条理な制度なのだから、どの民族、どの国籍に属しているのかという以前に、一人の人間として許せないのだ。

マンガ嫌韓流』のここがデタラメ―まじめな反論 不毛な「嫌韓」「反日」に終止符を!対話と協力で平和を!!』 P177-179

この人たちのまったく理解できない点は、まさに北朝鮮こそが、「あなたが断固許せないといっている支配の仕方をしているのに、なぜ沈黙するのか?」ということです。

沈黙するだけならまだしも、擁護するのだから救えない。

まさに金日成民族に、朝鮮民族が植民地支配され、生まれで絶対に逆転できない支配者/被支配者が決められているのが北朝鮮です。

その国を祖国と呼び、教育援助金をもらって感謝する。それが朝鮮学校です。

金日成民族の国が、教育援助金を出すなら当然期待するのは「金日成民族教育」でしょう。朝鮮民族の民族教育をやっているなど嘘です。

彼らは、この朝鮮学校の無償化に賛成だそうです。

なぜ朝鮮学校の教育内容に激怒しないのか?

こういう二重基準がリベラル叩きに使われる大きな要因。真面目にリベラル活動している人たちからしたらいい迷惑です。

実に偽善的。

結局は、自分たちが今まで言ってきたことが否定されるくらいなら、子供の未来が犠牲になっても構わない人たちなのでしょう。

餓死者が続出していた横で朝鮮学校の子供にこの公演をやらせていたことも問題視していません。

(2012年~2016年の迎春公演。1987年から毎年行われている)

こういう自分の誤りを断固認めない姿勢は、「邪悪な人たち」の特徴と言えます。

「平気でうそをつく人たち」という本から、邪悪な人たちの思考回路を紹介します。

邪悪な人間は、自分自身の欠陥を直視するかわりに他人を攻撃する。

精神的に成長するためには、自分自身の成長の必要性を認識することが必要である。

この認識をなしえないときには、自分自身の不完全性の証拠となるものを抹殺する以外に道はない。

平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』 単行本版 P98

植民地支配は、「絶対」に悪だ。

そう豪語するのが藤永教授。

しかし彼にとって「日本の植民地支配」が絶対悪なのであって、金一族の朝鮮人支配には同じだけの情熱は注がない。

そして自分自身の欠点、つまり朝鮮学校を擁護したことは誤りだった、ということを認めないために他人(=右翼)を攻撃し、自分の良心をごまかします。

そして、北朝鮮の政治犯収容所をはじめ、ありえない北の人権弾圧にはだんまり。

朝鮮学校の卒業生や先生たちがそこで殺されたのに無視。

まさに「自分自身の不完全性の証拠となるものを抹殺する以外に道はない」を実践しています。

スケープコーティング、つまり罪の転嫁は、精神医学者が「投影」と呼んでいるメカニズムによって生じるものである。

邪悪な人間は、自分には欠点がないと深く信じこんでいるために、世の中の人と衝突したときには、きまって、世の中の人たちが間違っているためそうした衝突が起こるのだと考える。

自分の悪を否定しなければならないのであるから、他人を悪と見なさざるをえないのである。自分の悪を世の中に投影するのである。

平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』 単行本版 P98

北の悪を日本に投影し、さらに今まで信じてきたことは絶対に間違っていないという断固たる確信があるため、「韓国や台湾の人たちが、かりに日本の植民地支配を賞賛したとしても、それはこの際、関係ない」と言って、彼らの意見を平気で切り捨てるわけですね。

自分には欠点はない。世の中の方が間違っている。

まさにこの思考回路を持っているのが、朝鮮学校を無条件で擁護する人びとに見られる傾向です。ちなみに右翼も思考回路は一緒です。

邪悪な人たちというのは、一般的な意味での苦痛からの逃避者、つまり怠惰な人間ではない。それどころか彼らは、ご立派な体面や世間体を獲得し維持するためには人並み以上に努力し、奮闘する傾向がある。地位や威信を得るためであれば、大きな困難にも甘んじ、熱意をもって困難に取り組むことすらある。彼らに耐えることのできない特殊な苦痛はただひとつ、自分自身の良心の苦痛、自分自身の罪の深さや不完全性を認識することの苦痛である。

平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』単行本版 P101-102

これがやっかいなところ。

自分の悪を認めないためにはどんな困難も跳ね返し、熱意をもって努力します。

自分の考えを補強できる情報はどんどん収集し、都合の悪い情報は無視。

証明できなかったら、戦後日本人は公文書を大量に焼却して証拠隠滅をしたから証拠が出てこないのだ、と言い出す始末。

そして、帰国事業で北送された在日一世、二世が、政治犯収容所でどれだけ残酷に殺されたかを徹底して無視。

「忘却」という第二の殺戮も平気でやる。

関東大震災や強制連行、戦前戦後の朝鮮人差別、そういうことには熱心に取り組んでも、北送された在日のことや、政治犯収容所で大量虐殺された朝鮮人(日本人も含まれている)のことは無視。

彼らの語る人権がいかに偽善的かよく分かります。

他国のことだからほっとけ、というならそれでもかまいませんが、朝鮮学校は日本の国内問題です。今も北朝鮮の魔の手にからめとられているのに、そこから救おうとせず、北の暴君と一緒になって子供の未来を搾取するなど言語道断です。

それにしてもこの人たちはいつになったら、考えを改めるのでしょうか?困ったものです。

そもそもこの藤永教授は「「植民地支配は絶対悪」というのは、歴史の評価というよりも、ひとつの真理である」という考えらしい。

絶対悪とか真理とか言い出したらヤバイですね。自分がカルト化していることに気づいていないようです。

それならそうでかまいませんが、その「絶対悪という真理」をかかげて、ぜひ北朝鮮批判をしてほしいものです。