姜尚中に歪められる『在日一世の記憶』

絵に描いたような従北人士の姜尚中さんですが、この方が編纂した『在日一世の記憶』という本がありえないことになっています。

52人の人が証言していますが、従北率が尋常じゃありません。こういう明らかに偏った証言を集めて在日一世の代弁者を気取り、在日一世の声を圧殺しているのが姜尚中さんや、朝鮮学校卒業という経歴を持つ在日知識人たちの特徴です。

まず、証言者52人中、朝鮮総連と朝鮮学校関係者で27人を越えます。過半数ですね。

在日って総連と朝鮮学校関係者で半数以上になるんでしたっけ?統計としてかなり問題があると言わざる得ません。

 

転向組ではなく純粋な民団の人は2人くらい。ビックリな比率です。あとはほぼ宗教関係者でしたね。

総連&朝鮮学校関係者を除いて、韓国の従北左翼が大好きな「済州四・三事件」の被害にあったと言っている人が、5人。32/52で6割を越えます。

樺太帰還在日の運動、韓国に悪感情を抱かせる記述、親が関東大震災の虐殺を逃れた、原爆に被爆した、ハンセン病は植民地病という人。あと、日立就職裁判、指紋押捺運動、その他もろもろ朝鮮学校の歴史教育で神格化されている内容を語る人。

その辺入れたら、45人になります。86%以上ですね。真っ赤っかです。

そしてありえないのが、帰国事業で帰った帰国在日が収容所でどのように殺されたか、そういうことを証言する人が皆無な点でしょう。

朝大生200人を北送することに加担した、朝鮮大学元教員たちの悔恨の念に満ちた証言ももちろんなし。

この本が、2008年10月22日発行です。

この時までに、帰国在日の末路が明らかにされた脱北者の手記がバンバン出版されているのですが、そんなことには一切触れていません。

2004年にNHKで北朝鮮帰国船という番組が放映されたのですが、そういう悲劇的なことを証言する内容は皆無でした。

この辺のありえなさを指摘している、在日三世でもある浅川晃広さんは、著書『「在日」論の嘘―贖罪の呪縛を解く』で、姜尚中さんの欺瞞性をこう指摘しています。

自らを在日「一世」の代弁者として位置づける

二〇〇四年三月、姜尚中・東京大学大学院教授は『在日』(講談社)を刊行し、あくまでも「在日」として発言する意志を再表明した。

しかし、『在日』には、二つの決定的な問題点が見られる。それは、ひとつに日本社会に対する一切の責任から自らを免除する「免責符」として「在日」を位置づけていること、そして、その「在日」としての位置づけを、代弁不可能な「一世」を用いることによって行っていることである。

すなわち、姜における「在日」とは在日韓国人を代弁することでも何でもなく、それを「免責符」として最大活用し、そして日本社会における既得権・発言権を確保しようとするものに他ならない。

(中略)

「実在の一世」の発言権を圧殺

これがいかに欺瞞的であるかは明らかである。なぜなら「一世」を発言できない人々として位置づけることで、まさに姜こそが、その発言権を圧殺しているからだ。

たとえば、鄭大均は『在日・強制連行の神話』(文春新書、二〇〇四年)において、現在日本にいる在日韓国・朝鮮人たちが、〝強制連行〟によって日本に居住を余儀なくされたひとびとであるとの「神話性」を明らかにするために、在日本大韓民国青年会による一世(男性七百人、女性四百六人)の聞き取り調査報告書『アボジ聞かせてあの日のことを』(一九八八年)を用い、そこに記載された一世たちのさまざまな証言を、一章を設けて詳細に引用している。たとえば、日本移住の理由として、以下のように指摘している「一世」もいる。

本国にいる時は学校に行けなかった。いろいろな理由で(経済的な事もあり)。父母に反対されて、そこで、日本に行って勉強しようと思って日本に留学した(鄭、前掲書、七十四頁)

すなわち、姜が「思案」しようがしまいが、このように。「どうして日本にいるのか」を語っている「一世」がいるのだ。

もし姜が本当に一世の声を代弁したければ、その報告書のように、忠実に一世たちへの聞き取りを行い、そして鄭のように、それを再構成して社会に公表することが必須だろう。

「在日」論の嘘―贖罪の呪縛を解く』 P14-16

「一世たちへの聞き取りを行い、そして鄭のように、それを再構成して社会に公表することが必須」

こう指摘しています。

この浅川さんの著書が2006年5月26日発行です。

おそらくこの指摘に敏感に反応したのでしょう。

「じゃあ聞き取りをしようじゃないか!」と編纂された結果がこの本ですね。

冒頭でもお示ししたように、従北汚染全開の証言集です。証言者に明らかな偏りがあります。統計の手法として、母集団の選定からやり直すべきでしょう。これをもって「在日一世の声」を代弁しているなど詭弁もはなはだしい。

だいたい朝鮮学校はいまだにこの公演を子供にやらせていますよね?そういう学校の関係者の証言はどう考えても親北的にならないでしょうか?

 

そんでもって朝鮮総連はこういう組織ですよね?こういう忠誠の公演を今もやっているのが朝鮮総連なんですが、そんな人たちの証言を集めてどうするのでしょうか?

(※https://youtu.be/9uZcwW7cVo8?t=4m53sより)

あふれんばかりの忠誠心ですね。

祖国は将軍様のものであって朝鮮人のものではないそうです。

総連も将軍様のものであって、在日同胞の団体ではないと宣言してます。

将軍様の近衛隊になって生きていくそうです。

こんな連中の証言を「在日一世」全体の声として取り上げるなどありえません。

この辺が、自分が間違っていることを断固認めない「邪悪な人」の特徴と言えます。己の罪悪感から逃げるためには平気で他者を踏みにじります。表面上、善人面しているのが本当に最悪と言えます。

こういう人の特性を説明した内容を、『平気でうそをつく人たち』から引用しましょう。

邪悪な人たちというのは、一般的な意味での苦痛からの逃避者、つまり怠惰な人間ではない。

それどころか彼らは、ご立派な体面や世間体を獲得し維持するためには人並み以上に努力し、奮闘する傾向がある。

地位や威信を得るためであれば、大きな困難にも甘んじ、熱意をもって困難に取り組むことすらある。

彼らに耐えることのできない特殊な苦痛はただひとつ、自分自身の良心の苦痛、自分自身の罪の深さや不完全性を認識することの苦痛である。

平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』単行本版 P101-102

まさにこれが、姜尚中さんをはじめ、左翼に共通する特徴と言えます。

自分自身の良心の苦痛から逃れるためには、800ページ弱の偏りまくった証言集を編纂します。まさに「人並み以上に努力して奮闘」しておられますね。

前々から本当に不思議に思っていました。

「被害者レベル」で言えば、収容所から奇跡的に出れた帰国在日の脱北者や、半死体になるまで拷問を受けた在日二世でもある高政美さんがぶっちぎりです。

なぜ日本のリベラルたちはこの人たちの支援をしないのだろう?と本当に不思議でした。

まぁ一番大きいのは、「朝鮮学校」の問題点を指摘したことでしょうね。2010年の高校無償化も、脱北者の高政美さんがいたから注目され、無償化が実現したようなものです。

「北朝鮮と同じ教育をしている」という訴えをするも、最初日本の専門家たちは信じてくれませんでした。「ここは日本だ!そんなわけないだろう!!」と言われ、大喧嘩です。

とても分かります。私だってそんな馬鹿な、と言うでしょう。

本当か?と萩原遼先生がつてをたどって教科書を入手し、高政美さんの言っていることが真実だと判明します。

そこから1週間で翻訳し、政治家に配って問題点を明らかにすることで、やっと教育内容が世間に広まり、高校無償化から除外されたわけです。

無償化除外について朝鮮学校いじめだと言う輩がいますが、朝鮮学校をいじめているのはぶっちぎりNo.1で北の暴君たちです。

むしろ日本のリベラルたちが、「朝鮮学校の子供たちを北朝鮮から守れ!!」という大合唱を起こさないことの方が、よっぽどありえない「いじめ」と言えます。

よく「いじめを見ているだけなのは、いじめに加担しているようなもの」と言うリベラルたちがいますよね?それをやっているわけです。

そう指摘しても一切恥じないのが日本の外道左翼の特徴と言えます。

「帰国事業が愛族愛国の素晴らしい事業だ」、と書いた教科書で子供に歴史を教え、朝鮮学校の黎明期を支えた在日一世や朝鮮学校の先輩たちをスパイ容疑で収容所にぶち込み、ありえない方法で虐殺したことは教えないわけです。

それを知らないから、無邪気に平壌に子供を強制連行し、「敬愛する金正恩元帥様!!」と絶叫させる公演ができるのでしょう。

北朝鮮の収容所で殺された、在日同胞のウリハッキョの発展のために尽力した在日一世たちが今の朝鮮学校を見てどう思うでしょうか?

この帰国同胞へのありえない冷酷さ、北の暴君にとって都合の良いことだけ徹底して教えることこそが、朝鮮学校が洗脳教育をしていると非難されるゆえんです。

本来、姜尚中さんの『在日一世の帰国』に、北朝鮮に帰国した人たちの声も入れなければならないはずでしょう。この人たちの魂を踏みにじり、忘却という名の第二の殺戮をしているとしか思えません。

浅川さんも著書の中でこう指摘しています。

北朝鮮に帰還した十万人には無関心

姜は、一九五〇年代末から始まった「帰国事業」によって北朝鮮に帰還した約十万人の「在日」――その中には姜が何としてでも代弁しようとする「一世」が多数含まれていることはいうまでもない――が北朝鮮で受けている塗炭の苦しみには、随分と無関心である。

その後、「北鮮帰国者」の消息は、ほとんど忘れ去られていった。延べ十万人近くに達する「民族移動」が投げかけた意味は、深められないまま、「拉致問題」を契機に北朝鮮へのネガティブ・キャンペーンだけが突出していくことになった。(三十六頁)

実は、忘れ去っているのは姜や、北朝鮮礼賛を繰り返した日本の「進歩的」人士達であろう。たとえば、二〇〇二年小泉訪朝に伴って拉致問題が国民的関心事になるよりもはるか以前、しかも帰国運動期間中の一九六二年には、関貴星による『楽園の夢破れて 北朝鮮の真相』(全貌社)が刊行されており、北朝鮮の実情が明らかになっている。

その後、北朝鮮に帰国した親類を訪ねた在日による『凍土の共和国 北朝鮮幻滅紀行』(金元祚、亜紀書房、一九八四年)などが、次々に刊行されている。

これら「帰国事業」の悲惨さを指摘する数々の著作が、一九六〇年代から存在するにもかかわらず、右のような記述が出現することからして、十万人の帰国者の意味を忘却し、深めていないのは、まさしく姜に他ならない。

もし姜が、何としてでも一世の代弁者たらんとするなら、北朝鮮に帰還し、そこで塗炭の苦しみを味わっている「一世」をいとも簡単に忘却することは、とうていありえるはずがない。それゆえに、姜は自ら絶対に発言することができない「死者」の代弁者に徹することで、自らの発言権を獲得しているにすぎない。

存命の在日一世、そしてその証言、さらに北朝鮮帰還者といった「生者」の存在など、実は姜にとってはどうでもいいのである。

「身体化されたような記憶」とは、いとも便利な「忘却」の手段のようだ。このように、姜による在日一世を利用しての発言権の獲得は、かくも欺瞞的なものなのである。

「在日」論の嘘―贖罪の呪縛を解く』 P18

素晴らしい指摘ですね。これが2006年の著書で書かれています。

まったく成長していないのが進歩的左翼言論人です。

特に朝鮮学校周辺で差別ビジネスで金儲けしている外道左翼たちは本当に最悪です。

帰国事業で帰り、塗炭の苦しみを味わって日本へ戻って来た在日一世の子孫や、朝鮮学校の先輩たちがいるわけです。

その人達が、北の暴君に強奪された朝鮮学校を取り返そうとしているのに、右翼呼ばわり、ヘイト呼ばわりして、言葉の暴力で妨害してきます。これってヘイトスピーチじゃないの?と言いたくなります。

人としての良心があれば、在日一世たちが必死の想いで作った学校を取り返す運動に協力しようとするはずでしょう。それをやらず、ひたすら差別の大合唱です。

そもそも右翼と総連が裏で繋がっているんじゃないか?と疑うこともできないようです。右翼がいてこそ、朝鮮学校の今の親北人士養成教育が維持できているわけです。

右翼なんてヤクザ者です。金さえもらえればなんでもやりますよ。学校襲撃になて余裕でしょう。

在特会なんて、言ってることは一昔前の朝鮮総連とかなり似てます。在特会お抱えの在日映画監督が「留学同」出身だったりするわけです。

そもそも街頭で叫んでいる内容が「日韓断交!」の時点で、おいおい在日特権はどこいった?と言いたくなりますし、行動と発言が北朝鮮の喜ぶことをやっているとしか思えない時点で右翼の仮面をかぶった親北団体だとしか思えません。

だいたいこういう愛国馬鹿団体が、朝鮮学校のソルマジ公演をこれでもかと拡散していない時点でおかしいでしょう。何せこの公演が地上波に流れて日本人の目に触れれば、一気に朝鮮学校への印象が変わります。

1987年から毎年この公演をやらせていたわけです。つまり90年代、大量の餓死者が出ている間もやらせていたわけです。ありえない暴挙と言えます。

この教育のせいで、アイデンティティクライシスに苦しんでいる卒業生の言葉を紹介します。

最近、韓国で親しくなった若い脱北女性に、何もない天井を見ながら、空腹で立ち上がることさえできず、数日間生死を彷徨っていた幼少時代の思い出話を聞かされました。彼女が苦しんでいたその時間に、自分は金日成の歌を歌い、主体思想を信じ、北朝鮮を我が祖国と叫んでいたのです。人間の底なしの自分勝手さと、見えることにしか興味を示さない浅はかさ、罪深さを痛感せざる得ません。

『拉致と真実 第9号』 P15 朝鮮学校修了生 リ・ナナ より

これが朝鮮学校の最大の問題でしょう。

朝鮮学校は「将軍様の学校」ではありません。

在日同胞のウリハッキョ(我が学校)です。

学校の支援者は、本当に存続を望むのであれば、自分はいったい何をすべきなのかを己の良心に問いかけてほしいと思います。

 

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